軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178:気高き生き様は、応援したくなるって話

その場所は息を飲む静けさであった。

その場所は澄んだ空気で満ちていた。

その場所はとても質素であった。

その場所は気品がにじみ出ていた。

そして。

その場所は神聖であった。

俺たちが将軍の屋形に向かうと、予定通り現人神ムテンとの謁見が許されたと教えてくれた。

初めはカイルのみの予定だったが、現人神ムテンが俺に興味を持ったらしく、ついてこいと言われて焦る。

全力でお断りしたいんですけど!?

だが、カイルを一人で向かわせることに最後まで反対していたペルシアのことを考えると、俺だけでも一緒に行けるようになったのは喜ぶべきだろう。

俺たちはシンゲンに案内され、将軍屋形の裏手にある参道を登り、よく整備された林の中を歩く。

鳥居と呼ばれる朱色の木枠を抜けると、周りの雰囲気が変わっていく。上手く言葉に出来ないが、空気が切り替わったというのか、自然と身が引き締まる感覚になったのだ。

だが、不思議なほど、その感覚を不快とは思わない。

これは元冒険者と、錬金術師としてのカンだが、呪いや幻覚の類いではないだろう。

どこか涼しげな林を抜けると、現人神の住まう御所へと到着した。

この国で一番偉い人の住む場所のはずなのに、飾り気がまったくない。いや違う、恐ろしいほど自己主張してないだけで、一見気づかないような控えめな場所に、圧倒的な技法を用いられているのだ。

ミズホ神国に来てから、リーファンがずっとミズホ建築に夢中だったので、俺でも少しは理解出来るようになっていた。そのミズホ建築の粋が集められているのは間違いない。

にもかかわらず、シンプルに集約されているのだ。

俺もカイルも、一瞬で確信する。この先にいるのは、とんでもない人物だと。

張り詰め、ぴんと背筋の伸びる空気の中、御所へと続く、廊下を進む。

無垢材のみが使用された謁見室。

思わず息を飲み込んでしまう。

二つ並んだ椅子に案内され、俺とカイルが席に着く。

正面には御簾が下ろされている。御簾の左右に、頭を下げたままの女性が二人。微動だにしない。

シンゲンが朗々たる声音で語り出した。

「神代の刻より、紡がれし、唯一の血統であらせられる、現人神ムテン・イングラム陛下との面会を許可する」

左右の女性が、頭を下げたまま、ゆっくりと縄を引くと、御簾がゆるゆると上がっていく。

そこに鎮座していたのは、カイルとさして年齢の変わらぬ青年だった。

だが、そこに漂う空気は、限りなく透明で、鮮烈。

俺が今まで出会った一番位の高い人物はヴァンだが、比べるまでもない。人として格上なのがムテンだと、理屈なく確信できる。

ムテンはこちらを見て……いなかった。

彼は目を閉じたままだったからだ。

そして現人神ムテンから、鈴の音のように響く声が発せられる。

「お二方、遠いところからはるばるお越しいただき、誠にありがとうございました」

そのまま表情を変えず、続ける。

「私はこの通り、幼い頃に病気で光を失ってしまいました。失礼もあるかと存じますが、ご了承いただけると幸いです」

カイルがなにも答えないので、俺も同じように無言を貫く。

「私はこのミズホ神国において、全ての責任を司る、ムテン・イングラムと申します」

事前の打ち合わせ通り、カイルと俺は立ち上がる。

「私はマウガリア王国より、外交使節団大使の任を預かっている開拓伯爵で、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシルと申します。このたびは謁見の栄誉を賜り、恐悦至極に存じます。横に控えるのは生産ギルドより、外交使節団員として同行している、黄昏の錬金術師である、クラフト・ウォーケンです。以後お見知りおきいただけたら幸いです」

俺は無言で一礼するだけだ。カイルが頼もしすぎるぜ!

「ご着席ください」

シンゲンがいつもの豪胆さの欠片も見せず、厳かに謁見を進行させると、ムテンがゆっくりと口を開いた。

「それでは貴国より提案された、国交の樹立や交易に関して、御三家の同意が得られたもの全てを、このムテン・イングラムが承認します」

ここで初めてカイルが一礼した。

「ありがとうございます」

予定では、これで謁見は終了である。俺は大きなミスもなく、内心で安堵の息を大量に吐き出していたのだが、安心するのは早すぎた。

ムテンが将軍に呼びかける。

「シンゲン」

「は」

「カイル様とクラフト様を残し、退席してください」

「は……は?」

「私はこの二人と話をします」

「い、いや、ですが!」

「私はシンゲンを信頼しております。そしてシンゲンの連れてくる者も信頼しております」

ムテンは目を閉じたままなのに、しっかりとシンゲンに顔を向けていた。

シンゲンは口を開きかけては閉じ、閉じては開きかけることを数度繰り返したあと、ゆっくりと「わかりました」と答えた。

え!? わかっちゃうの!?

俺の驚きをよそに、シンゲンが手を振ると、御簾の脇に控えていた二人の女性が頭を下げたままの姿勢で、すっと部屋から退出する。

それを見届けたあと、シンゲンもゆっくりと部屋の出口へと向かった。

「隣におりますので、いつでもお呼びください」

「そなたに感謝を」

シンゲンも退出し、部屋にはムテンとカイルと俺の三人だけが残った。

くっ、空気が重い!

椅子から立ち上がることも、声を上げることもできずにいると、急に空気が弛緩した。

「ふう……シンゲンにも困ったものです」

「え?」

ムテンは言葉通り、困った様子で、軽いため息を吐く。その姿は先ほどまでの神聖な姿ではなく、年相応の礼儀正しい少年のそれ。

「ああ。二人とも、気を楽にしてください。立場上、あのような態度を取らざるをえなくて」

「あの……」

「大丈夫ですよ。カイルさんとクラフトさんとは、個人的にゆっくり話したかったもので、今は神の血筋である現人神ではなく、ムテンという一人の人間として接してください」

目は閉じたままだが、その視線は俺たちに刺さっているように感じる。

「しかし……」

カイルは己の立場をわきまえている人間だ。だからこそ、ムテンの状態に気づかなかったのだろうが、俺は気づいてしまった。

ムテンは気楽に言っているようで、その手が微かに震えていたことを。

おそらく、本当はこのような言動をしてはいけない人なのだ。なら、先ほどの言葉は、現人神という立場ではなく、ムテンという個人の叫びなのではないか?

「いいんじゃね? 本人がそう言ってるんだから」

「クラフト兄様!?」

「!」

俺が肩を竦めながら、気楽にそう口にすると、カイルが顔面を蒼白にして俺に振り返る。

そして、ムテンは無表情に見えるが、彼の唇が微かに震えているのに気づく。それは昔、時々見た記憶があった。

耳をこちらに向け、じっと俺たちの様子を探る、あの感覚は……、期待……だな。

俺の子供時代。

孤児院で、親に捨てられてやってきた子供たちを思い出す。

虐待などを受けた子供たちだけではない。人として、一人の個として扱われず、捨てられた子供たちも大勢いた。

そんな連れられてきた子供たちが、同じ孤児院の子供を見る目は、恐怖、達観、諦め、……そして期待。

もちろん、ムテンが酷い仕打ちを受けるわけもなく、大事にされていないわけもない。

いや、だからこそ、大事にされているがゆえに、人として扱われてこなかった人生は、残酷だったに違いない。

だから、俺はいままで連れてこられた孤児の子供たちにしてやったのと同じように扱ってやると決めたのだ。

「カイルはなにをびびってんだ? 個人として接してくれって言ってんだ! なら、俺から見たらムテンは年下! 俺の弟みたいなもんだな!」

気楽に言って、いるつもりだ。だが、その声がわずかに震えているのが自分でもわかる。

そりゃそうだ。普通に考えたら即、首を刎ねられる罪だろう。ムテンに俺が汗だくであるのがわからないことは幸いだな。

……いや。声の震えなど、とっくに見抜かれているだろう。

それでも俺は続ける。

「よし、ムテン! 俺のことは兄と呼んでいいぞ! カイルとお揃いだ!」

額から滝のような汗が流れる。

大丈夫だカイル。ムテンが怒り狂って、シンゲンが飛び出してきても、お前だけは絶対に逃がす!

そもそも、隣の部屋にいるシンゲンに、この会話が聞こえてないはずがない。現状で出てこないってことは、すべてはムテンの反応次第ということだろう。

静止した時間は数秒にも満たなかっただろうが、俺にとっては永遠と感じるほどの刻が流れた。

「ふふ。やはりクラフトさんは思っていたとおりのお方だったんですね」

内心で俺は「勝った!」と叫びまくる。

「本当に兄上と呼んでも良いのですか?」

「おう! ドンとこい! ……あ、ただし、三人の時だけな?」

「ふふ……了解いたしました。兄上」

俺は立ち上がり、ムテンの横に移動し、その頭をわしわしと撫でてやる。

……たぶん。こいつはこんなこともされたことがない気がして。

「クラフト兄様……」

カイルが安堵の息を吐いたあと、少し頬を膨らませて俺を睨んできた。

「わはは! カイルは意外とさみしがり屋だな! ほれ!」

今度はカイルの頭をわしゃわしゃしてやる。

「ちょっ! ち、違います! そういう意味では……!」

「その割に、顔が真っ赤だぞ!」

「ちっ、違いますからね!」

うんうん。たまにはそういう年相応の反応を見せてくれると、俺は安心するよ。

カイルとマイナを足して二で割ったらちょうどいい性格になりそうなんだがな。

俺はカイルとムテンの手を取り、お互いを立ち上がらせ、無理矢理握手させた。

「今日からカイルとムテンは兄弟な! 仲良くしろよ!」

カイルは目を剥いてから、握られた手を見つめる。

「ムテン様――」

「カイル。兄弟なんだから、遠慮せず呼び捨てにしてやれ!」

きっと、たぶん、それがムテンの望むことだから。

カイルには、俺の心の声が聞こえたと思う。

「……わかりました。ムテン。僕たちは今日から兄弟です。ただし、三人だけの内緒の兄弟ですが」

「はい。ありがとうございます。カイル……兄上」

「え?」

「そう呼ばせてください」

カイルは少し間を開けたあと、握手に力を込めた。

「わかりました、ムテン。今日より僕は貴方の兄となります。困ったことがあったらいつでも頼ってください」

「心強く思います、カイル兄上」

ムテンが優しく破顔する。

俺はその笑みをみて、自分の無鉄砲さを久々に褒めたくなった。

「兄様、リーファンさんには教えられませんね」

「ぅおう! 絶対に内緒だから! カイル!」

カイルとムテンが声を合わせて、屈託なく笑い声を上げるのであった。

……。

マジで内緒にしなければ。正座じゃすまないぞ、これ。