軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

137:女の過去は、謎に満ちてるって話

私はエヴァ・キャスパー。魔術師。

二十四歳。

少し昔話をしよう。

私の記憶が曖昧なほど幼い頃、両親が優秀な魔術師だったのは覚えている。

まだカミーユはよちよち歩きで、マリリンはハイハイをしていたかどうかの頃だ。

両親は揃っていなくなった。

事故死だったらしい。

私たちは紆余曲折を経て、両親の師匠だった男に引き取られた。

両親はこの師匠を嫌っていたらしい。

なんとなくだが、幼い頃、私たちの師匠はひどい人で見捨てられた的なことを零していた気がする。

師匠はまず、私たち三姉妹の魔力量を調べた。

門外不出の特殊な鑑定魔法で、個人の潜在魔力量がわかるそうだ。

もちろん、それ知ったのはかなり後だが。

師匠は言った。

私には豊富な潜在魔力があると。

弟子になり、魔術師となり、あとを継ぐならば、三人まとめて面倒をみると。

私は幼いながら、他に生きる道がないことを直感する。

自分よりもさらに幼い、妹を二人、養えるわけがないのだ。

私は迷いながらも頷き、了承する。

なぜ、親類縁者ではなく、師匠に引き取られたのか、それは弟子入りし、どこか辺境の、古びた塔に住み込むようになってから判明する。

塔には私と同じような孤児がたくさんいたのだ。

魔法の素質をもつ子供たちが集められた、外界から切り離された、隠者の庭園。

両親はここの出身だったのだ。

つまり才能を見込まれた孤児であり、この場所で出会った二人だから、親戚一人いなかったということ。

細かい話は省く。

隠者の庭園は、外界と遮断された、小さなコミュニティーで、小さな里であり、国でもあった。

だから、魔術師以外の紋章持ちや職業の人間もたくさんいる。

私は「隠者」と呼ばれている師匠の元で魔術の勉強に明け暮れる間、里の用意してくれた乳母が妹二人の面倒をきちんと見てくれた。

たった三人になった家族のため、私は師匠に捨てられぬよう、必死で勉強にしがみつく。

十六歳になると、世間一般とは少し違うが、「成人の儀」が執り行われる。

里で見たことのない紋章官が、私の左手に、紋章を刻む呪文を唱えた。

そのときの緊張と恐怖を、どう言い表したらいいだろう。

幼い頃から成人の今日この日まで、魔術師になるべく努力を重ねた結果、魔術師の紋章が刻まれなかったら……。

数秒のようで、それまでの人生を全て振り返るほど長く感じる時間が過ぎたが、無事、私の左手には魔術師の紋章が刻まれていた。

この日から、本格的で実践的な修行にはいる。

もちろん、紋章を得る前から最低限の魔法は使えていたが、やはり紋章があるとないとでは、魔力効率も、威力も段違いだ。

すでに紋章をもっている年上の魔術師たちと、競うように技術と知識を磨いていくことになる。

私の努力は実り、数年で実力をつけていった。

二人の妹、カミーユとマリリンもそれぞれ剣士と神官の紋章を得る。

もともと二人は、師匠の求めていた魔力量に達しないとみられていたため、大きくなってから、里のなかで仕事をしながら暮らしていた。

カミーユは身体を動かし、剣を振るって魔物退治をしていたし、マリリンは小さな教会で手当の手伝いなどをしていた関係で、それぞれに刻む紋章が決定する。

さて、私が庭園のなかでも有望株と知られてくると、私だけでなく姉妹全員が里中に知られるようになる。

そして、三人が年頃になってくると、周りの見る目が変わってきた。

獣の目。

男たちから向けられる視線が、明らかに変化していく。

異性を意識した視線と、嫉妬の視線を感じるようになって来た頃、私は次期「隠者」を決める試練に挑んだ。

隠者になってしまえば、この里で誰も私に、私たちに手を出せなくなる。

妹たちに絶対手を出させない。

試練の命題は、二つの大魔法を習得すること。

私は血反吐を吐きながら、特訓を繰り返す。

一つ、”深淵の冥層氷獄牢”。

これは魔術と呼ばれるほど高度で強力な攻撃魔法。別名、コキュートス。

使うことが出来れば、本当の意味で魔術師と名乗れるのだと、庭園では考えられていたらしい。

一つ、” 鋼荊薔薇牢獄(こういばらろうごく) ”。

これは庭園に……というか、代々の「隠者」に伝えられるオリジナルの魔術らしい。

防御魔法の一つなのだが、鋼鉄の薔薇が対象を覆うので、そのトゲが攻撃側にダメージを与える、なかなかえげつない魔法のようだ。

父も母も、どちらの魔法……魔術も習得できなかったため、わずかな生活費のみを渡され、里を追い出されたらしい。

外の世界のことは知識でしか知らない。

不思議なことに、里では普通に外界の知識が手に入る。なんなら授業で徹底的に教えられる。

……今だから言えることなのだが、恐らく、優秀な魔術師ほど外の世界に行かされるのだ。

両親二人は「自分たちが落ちこぼれだから、師匠に見捨てられた」と零していた覚えがある。もっとも幼い頃の記憶なのではっきりとはしないが。

二人は見捨てられたのではなく、それなりに優秀で、かつそれ以上教えることがなくなったから、外の世界に放たれたのではと、推測している。

理由はいくつかあるが、次の「隠者」候補を集めると、必須である二大魔術を習得した数人のなかで、一番成績優秀なものが次期隠者と決まり、残りの者には、里で教師役になるか、この里を出るかの選択肢が突きつけられたらしい。

うぬぼれるわけではないが、私は天才の部類だった。

若くして二つの大魔術を習得したのだ。

これは里の歴史の中でも快挙である。

だが、次期隠者に選ばれたのは三十後半の、脂の乗った魔術師だった。

なんてことはない、最有力だった男が、予想通り選ばれただけ。

次期隠者になれなかったのはショックだが、妹二人を連れて、この庭園から出られるならかまわない!

これ以上、獣の目にさらされるのはごめんだ!

もちろん外の世界も同じくらい、もしかしたら、もっとひどいかもしれないが、里の中という狭い世界では、男たちからこれ以上は逃げ切れない。

だが、外の世界は広い。

ならば、冒険者という魔物退治の職業になってしまえば、町から町へ好きなだけ移動出来る。里と違い、きっと逃げ切れるだろう。それだけでもマシだ。

だから私は、妹を連れ、里を出る決心をする。

私たち姉妹は、それを告げるために「隠者」を訪れた。

「隠者」が無言で私たちを見下ろしている。

里の秘術を知っているのだ。どんな制限がかけられるかと思ったが、何一つなかった。

いや、一言だけ。

「……エヴァよ。もし、少しでも、世界の秘密に触れたと思ったのならば……里に……隠者の庭園に戻ってくるのだ」

意味はわからない。

あまり里に戻ってきたいとも思わない。

だが、これまで育ててもらった恩もある。

もし、世界の秘密なるものを見つけたら戻ってこようと決意した。

私が小さく頷くと、突然意識を失った。

……。

…………。

目覚めたのは、見た事もない宿屋の部屋だった。

謎めいた一言をもらった瞬間、唐突に眠くなり、意識がなくなったと思ったら……知らない宿屋の天井である。

「……これじゃあ、戻りたくても戻れないじゃないですか」

いや、違う。

恐らく、その世界の秘密なるものを手に入れられる実力なら、自力で里を見つけて帰れると思っているのだ。

一体どんな秘密だというのか……。

ただ、積極的に探せとは言われていない。たまたま見つけたら……というニュアンスだった。

ますます庭園の意味がわからなくなったが、隠者には誰にも言えない明確な目的があるような気がする。

世界の秘密。

それがなんなのか知らないけれど、きっとそれを知るためだけに、存在している気がする。

……。

少し話が逸れたけれど、このあと私たちは冒険者となり、一年もしないうちに、名の知れるパーティーとなった。

最近は辺境伯領で仕事をしていたが、最近また、男たちの視線が目障りになってくる。

はぁ、どこかに私を越える実力の持ち主で、女に変な視線を向けず、無駄遣いしない誠実な男はいないのかしら?

二十四歳という年齢は、一般的には行き遅れだ。

冒険者ということを考えると、適齢期と言えなくもないが。

男という生物に興味が全くないわけではないが、なにしろ、周りに集ってくる男たちというのは、ハエ以下なので、今のところ誰かと付き合いたいと思ったことは一度もない。

いい加減、なれなれしく接してくる冒険者が増えてきた頃、あの噂を聞いたのだ。

冒険者の天国、ゴールデンドーン。

王国の北西に広がる、広大な辺境と言えば、人間にとって「死」と同じ意味しかもたない。

にも関わらず、北西の端にその都市はあるという。

よくある黄金都市伝説にしても酷すぎる。

と、最初は思っていた。

周りの冒険者たちもだ。

だが、事情は数ヶ月で一気に変わる。市場にこんなものが流通し始めたからだ。

「ゴールデンドーンの錬金術師クラフト印の●●!」

このラベルのついたスタミナポーションが、ヒールポーションが、マナポーションが、冒険者御用達の道具屋に並び始める。

仕掛け人が商業ギルドではなく、生産ギルドという話はよくわからなかったが、地の果てから大量の商品が流れてきているという事実は消せない。

さらに、それらの荷物を運ぶキャラバンの護衛冒険者が、酒場に出入りし始めてから、噂は、ほぼ確定情報になる。

「いやー! ゴールデンドーンは最高の街だぜ! 石造りなのに、十階建ての宿屋がたくさんあってよ! 金さえ払い続けられれば、何ヶ月だって連泊させてもらえる!」

それだけでも凄いと思うのだが、護衛冒険者の話は続く。

「冒険者ギルドは領主……じゃなくて代官のカイル様が目を掛けてくれていてな、色々優遇されてるんだ。街の見回りなんかの依頼があったりするんだぞ。もっとも品行方正なパーティーしか選ばれんがな」

土地の責任者と冒険者ギルドは、なにかと仲が悪い。

そこまで信頼されているとは信じられない。

「ゴールデンドーンじゃ伝説級のスタミナポーションやヒールポーションが、普通の値段で売られてるんだぞ。おかげで現地の冒険者はめきめきと実力をつけてる。知ってるか? Dランク冒険者が溢れかえってるんだぞ?」

とても信じられない。実質的に、冒険者ギルドで最も信頼されるのはDランクだからだ。

Cランクより上になるのは、一気にハードルが上がる。

この辺は、色々あるのだけれど、ややこしいので割愛する。

「さらにカイル様は、住民のことをとても大切にしてくれる方だからな、でかい街なのに、犯罪は驚くほど少ない」

そこで私は重要なことを聞いてみた。

「婦女暴行の発生件数は? 体感でかまわないです」

これは衛兵でもなければ実態がわからないだろうが、女が夜道を歩けば、確実に危険な目に遭う街の雰囲気など、現地人であれば理解しているものだ。

「あ? 聞いたこともないなぁ」

「は? 一件も?」

いくらなんでも、それはないだろう。

この冒険者がゴールデンドーンに滞在していた期間が短いだけではないだろうか?

だが、男は常識でも語るように肩をすくめた。

「ああ。考えてもみろよ。あの街でそんな犯罪やってみろ、逃げたところで優秀な冒険者と兵士の捜査で絶対見つかるし、厳しい罰と罰金と賠償金だ。懲役と強制労働な上に、刑期を終えたところで、二度とあの街に入れなくなるんだぞ? ……ぶるぶる。想像したくもないね」

全く犯罪がない都市なんて信じられないと言うと、新参とのトラブルはしょっちゅうだし、万引きやら、喧嘩やらは絶えないそうだ。

だが、小競り合い以上の犯罪など聞いたこともないという。

万引きはすぐに掴まるし、喧嘩もすぐにギルドが仲裁に入るので、治安の悪さを感じたことはないらしい。

話がうますぎる。

だが、この手の話を聞くのは一人二人ではない。何人もの冒険者や商人から同じ話が出てくる。

それを証明するように、商会のキャラバンは日に日に大規模になっていくし、荷車を牽く馬すら名馬に変わっていくのだ。

冒険者たちの装備が日々充実していく様を見ていれば、もう戯れ言とは言い切れない。

私たち姉妹は決意する。

男どもから逃げるため、ゴールデンドーンへと旅立つことを。

黄金の都市で、私は理想と思える男性に出会うことになる。

レイドックしゃまぁ……。

そして今、私は、服屋にいる。

焦っていた。

相手がレイドック様なら、わかる。

だが、妹二人が許してくれなかった。

あの、冴えない錬金術師が、よりにもよってパーティーメンバー全員の前で、まるでデートにでも誘うように、食事に誘ってきたからだ!

私は確かに奢ってくれと言った。

でもそれは、姉妹やパーティー全員に、冒険者的な質より量の食事を振る舞ってくれればと思っていたのだ。

だが、あの男はなにをどう間違ったのか、女の子を誘うのに相応しくない的な返しをしてきたのだからたまらない!

次の朝、私はカミーユとマリリンに引きずられ、服屋にいる。

いろんな意味で焦りしかない。

昨夜だけでは誤解が解けなかったから。

ああ、誰か、私を助けて!