軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120:罪を憎んでも、人を憎まずって話

黒幕はザイードの母親ベラ。

もう一人の子供である黒薔薇姫が「ふう」と小さくため息を吐いた。

「お母様は、もうこの国にはいないのですね?」

黒薔薇姫レイラに、カイルの父、ベイルロード辺境伯が頷く。

「どのような手段を使ったのかはわからぬが、マウガリア王国とデュバッテン帝国をつなぐ、山岳国境を越えたのはほぼ間違いない」

「ならば……もう本心を隠して生きる必要はないのね」

レイラがカイルに振り向く。

「カイル。今まであまりかまってあげられなくてごめんね? ずっとお母様が怖くて、言いなりだったの」

「レイラお姉様……」

カイルが泣きそうな表情でレイラを見つめる。

「レイラ。ベラが怖かったとはどういうことだ?」

「言葉で説明するのは難しいのですが……、ザイードお兄様を領主にするためだけに生きていたような……」

「ふむ……」

ベイルロード辺境伯が腕を組み、黙考する。

するとヴァンが片手を振った。

「うちの魔術師や神官を総動員して、ザイードとカイル、それにマイナに呪いがかかっていたことは確認した」

「え」

マイナという言葉に、思わず声が出てしまった。

やばっ!

国王陛下を前に不敬になる!

ヴァンの背後に控える騎士と側仕えがピクリと動いたが、ヴァンはニヤリと笑い、話を続ける。

どうやらなかったことにしてくれたらしい。

「安心しろ、マイナの呪いはごくごく軽いものだった。食が細くなる程度のものらしい。だが、現在はほぼ薄れて消えている。もちろん昨日のうちに、解呪済みだ」

マイナまで呪われてたのかよ!

ベラって奴、許せねぇ!

「カイルとマイナは双子だ。生まれる前に呪いを受け、その大半がカイルに、ほんの少しだけマイナに分けられたようだ。カイルがこの歳まで生きてこられたのは、わずかでもマイナに呪いが分散していたからだ」

そうか、マイナは人知れず、兄を助けていたのか。

あとで褒めてやろう。

「カイルとザイードの二人は、かなり複雑な呪いがかかっていたと思われる」

思われる?

「エリクサーで呪いの大半が消え去っているからな。ただ、複合的な呪いだったらしく、いくつか特殊な呪いが残っていた。こちらも解呪済みだ」

エリクサーは万能薬ではあるが、解呪はおまけみたいなもんだからな。

ヒントがあったとはいえ、二人の呪いを調べて解呪した王宮の魔導師や神官が凄い。会う機会があれば、ぜひお礼を言いたい。

ジャビール先生がため息交じりに羊皮紙の束をテーブルに放り出した。

ヴァンの側仕えに渡されていた資料のようだ。

「呪いを隠蔽するための呪いがあるとはな……、こんな面倒な呪いをよくもまぁ何年も維持したものじゃ。考えてみると、カイル様とマイナ様を危険な辺境に押しやろうと強行した時期も、ベラ様がカイル様と接触する機会が減ったタイミングじゃな」

ヴァンがぼりぼりと頭をかく。

「ベラは犯罪者として手配。同時にオルトロスとの婚姻を解消だ。帝国にはこちらから抗議とともに連絡しておく」

「は」

ベイルロード辺境伯が背筋を正す。

「さて、そうするとお前は独り身になるが、領主がそういうわけにはいかん。オルトロス、俺の娘から好きな奴を娶れ」

「は……は!? 陛下の娘で婚姻が決まっていない方は、成人していない方がほとんどだったと思うのですが!」

「一人か二人、成人してた気もするが……なんだ、俺の娘では不服か?」

「いえ……そういう訳ではありませんが、さすがに年齢が!」

「親子くらいの年齢差なら珍しくもないだろう。これは王命だ。好きな奴をやるから選んでおけ」

おおう。

貴族の婚姻こええ!

ヴァンが腕を組む。

「……私の姉であるイルミナを大切にしていてくれたことは感謝している」

イルミナ……カイルとマイナを生んだ母親か。

ってことはベイルロード辺境伯とその血族は、王族の血を引いてるってことか!

重要な辺境伯なんだから、そのくらいは当然なのか。

「そして、帝国との国際的な関係を強化するためだけに、ベラを第二夫人として半ば無理矢理娶らせたことも、申し訳ないと思いつつ、感謝していた」

「それは、辺境伯として、必要なことでした」

オルトロス父ちゃんとベラは、政略結婚だったのか。

「思い出すな。オルトロスの飛竜でベラとジャビールを連れてきた時のことを」

「あのときは大変だったのじゃ……」

そうか!

帝国とは険しい山道くらいしかつながってないので、どうやって輿入れしたのかと思ったが、飛竜で連れてきたのか!

俺が納得していると、ヴァンが鋭い視線をベイルロード辺境伯に向ける。

「オルトロス、跡継ぎはどうする」

「フラッテンで決定とします」

「カイルの選択肢はないのか?」

ベイルロード辺境伯がカイルに目をやる。

「……カイルは、領主に向いておりません。跡継ぎにするつもりはありません」

ヴァンが片眉を上げる。

「それは何度も聞いた。理由をここで述べろ」

「……は。カイルは……優しすぎます。領主には心を鬼にして犠牲をいとわぬ時が必ず来ます」

俺は思わず反論しそうになる。

カイルは優しいが、いざというときには必ず領主としての責任を果たせると。

だが、続く辺境伯の言葉に息をのむ。

「おそらく、カイルは最終的に義務を果たす判断を下せるでしょう。ですが、住民との距離が近すぎるカイルは、その瞬間、住人に手のひらを返され、慕われていた分、恨まれるでしょう」

事件や災害が起き、一部の住人を犠牲にする決断をくだしたとき、残った住人が「それが最良ならしょうがない」と言うだろうか?

いや、事情を話したところで受け入れられるわけがない。

「貴族は……特に領主は、普段からある程度理不尽で恐ろしいものだと、住人に理解させておかねばなりません。それができる点で、フラッテンだけでなく、ザイードも評価しておりましたが……」

そうか、普段から貴族は理不尽と思っていれば、いざ理不尽な目にあわされても、今までとあまり変わらない。

もちろん、本人が理不尽と思い込んでいるだけの場合でもだ。

カイルは住民との距離が近い、近すぎる。

俺はこのとき初めて、辺境伯がカイルを跡継ぎとしてみていない理由を理解した気がする。

「俺……私の考えは少し違うが、わかった。其方の考えを尊重しよう。フラッテンが次期領主であることは了解した」

ヴァンがフラッテンに目を向ける。そして一言。

「励め」

「はっ!」

フラッテンは優雅に立ち上がってから礼を返した。

「だが、フラッテン以外に継承権を持つ子供がいないのは問題だ。娘の誰かを娶って、とっとと子供を作れ。これは王命だ」

「……は」

若い嫁さんをもらえるんだからいいじゃない!

とは思ったが、成人前ってことはカイルと同じくらいの歳?

ああ、うん。そりゃ、口ごもるよね。

頑張れ父ちゃん!

「ザイードに関してだが」

ヴァンが口にした瞬間、室内にピリッとした空気が流れる。

「おとがめなし……という訳にはいかん。現在代官として統治している土地を全て取り上げる」

「そんな!」

俺はクソ甘い処罰だと思ったのだが、カイルが過剰に反応する。

これはあとで聞いた話だが、領主の子供にとって、代官として預かっている土地を取り上げられるのは、貴族社会に大きな汚点を残すことらしく、とても重い判決らしい。

それを知らない俺は、この判決を甘いとしか思えなかった。

せめて、思いっきりぶん殴りたい!

……まぁ、カイルがそれを望んでないのはわかってるんだけどね。

ヴァンが俺に視線を向け、ニヤリと笑ってからカイルに視線を戻す。

「カイル、ザイードを思いっきり殴っていいぞ」

「え!?」

おお!

素晴らしい提案だ! いいぞヴァン!

許可が出たからと言って、カイルがやるわけないんだけどね。

カイルが首を振っていると、部屋の隅で黙っていたザイードが顔を上げた。

「陛下。発言してもよろしいか?」

「ん? 許す」

「私は今までカイルをないがしろに扱ってきました。どこまでが本心で、どこまでが呪いか、判別できません。このようなことでカイルの気が晴れるとは思いませんが、どうか、その役目、そこの錬金術師にお願いいたします」

……え?

つまり俺に殴れと?

いいの? 思いっきりやるよ?

「ふむ……クラフト。お前、代わりに殴るか?」

面白そうにヴァンが肘を立てる。

俺は少し考えてから答えた。

「手加減せずにぶん殴って、罪に問われませんか?」

「兄さ……クラフトさん!?」

カイルが目を丸めてこちらを向くが、実は結構いい案だと思うのだ。

ザイードが呪いで操られたのか、カイルを嫌いになったのかわからないが、カイルをいじめていたのは間違いない。

今までのザイードを、このまま許すのは心のどこかでしこりが残る。

だが、呪いのせいだったのも確かだ。

今、思いっきりザイードをぶん殴れば、小さなしこりも消えると思うのだ。

「もちろん問わぬ」

「じゃあ、やります」

ヴァンは騎士に指示して、ザイードを俺の目の前に連れ出す。

「ザイード様、呪われていたことは理解します。同情もします。だけど、そのせいでカイルはずっと余分な苦労をしてきた。俺はそれらの恨みを全て乗せてぶん殴りますよ?」

「ああ。やってくれ」

手かせをつけられたザイードは目を閉じ、少し強めに噛みしめる。

「では……どっせい!」

俺は冒険者時代に鍛えた格闘能力の全てを駆使し、この一撃に全ての力を乗せ、思いっきり打ち抜いた。

「ごっはぁぁぁあ!」

思ったより派手にザイードは吹っ飛び、壁に打ち付けられる。

「ぶ……ぶはははははは! 遠慮なくやったな!」

「腹が立っていたのは事実なんで」

ただ、ここまで思いっきりぶん殴ると、不思議なもので、割と気持ちはすっきりしていた。

俺はこっそりとカイルに耳打ちする。

「どうだ? 少しはすっきりしたか?」

カイルは目を丸めたあと、少し困ったように微笑んだ。

「実は……少しだけ気持ちが良かったです」

二人で小さく笑い合う。

ヴァンが満足げに頷くと、手をばっと振った。

「よし! 事前会議はこれにて終了とする! 残りの決定事項は全て式典で発表する!」

そう宣言して、とっとと部屋を出て行ってしまったのだが、あれ?

そういうのを事前で決めるための会議だったんじゃないの?

俺の疑問を肯定するように、ベイルロード辺境伯が慌ててヴァンのあとを追う。

「お待ちください! まだカイルの処遇も、湿地帯の件も……」

二人が離れていったことで、声はそこまでしか聞こえない。

これはあれだ。

本番でむちゃくちゃを言われるパターンだ。

俺とカイルはその場で頭を抱えるのであった。