軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 聖女オリーヴィアの思惑

ステラがキャンプ地を飛び出したその夜、オリーヴィアは自ら名乗りを上げてステラのテントの中を片付けていた。

といっても私物はほとんど無く、干しっぱなしの白服や簡易ベッドの寝具を捨てるだけだ。

最後に毒虫の入った瓶を転がした。

「ふふふ、あっけなかったわね」

オリーヴィアは美しい口元に弧を描いた。

はじめはシアーズ家の護衛にステラを暗殺させ、森に捨置き魔物か野生動物の餌になってもらうつもりだった。

聖女の称号を剥奪され悲観し、森へと入ったのだろうと皆に勝手に思わせるつもりで。

しかしステラは危険な戦場に自ら踏み込む変わった聖女だと聞いていた。戦闘の心得があるかもしれない。

念の為、暗殺が失敗したときのために毒虫を用意していたのだが、正解だった。

想定外だったのはステラが自ら森の餌になると言ったことだ。

聖女オリーヴィアを狙った罪人ステラに最大の厳罰を――――とわざわざ父親のシアーズ侯爵に手を回すよう頼む手間が省けた。

被害者であっても聖女オリーヴィアが原因で人の死があってはイメージが悪くなる。ステラの命乞いのおかげで、汚点が残ることを最小限に避けられた。

「聖女はわたくしひとりで良いのよ」

オリーヴィアは残されていたステラの白い軍服を廃棄物専用の麻袋に捨てた。彼女の微笑みは黒く染まっていた。

「オリーヴィア、大丈夫か?」

「ライル様、やはりステラさんのテントにこれが……」

先程転がした毒虫の瓶を指差し、ショックを受けたようにライルの胸に寄りかかった。先程の黒い笑みはなく、か弱いただの令嬢にしか見えない。

「ステラさんの心の傷に気付けませんでしたわ。偽りでも聖女として五年もの間頑張ってきたんですもの」

「着任日だというのに苦労かけたな」

「いえ、これくらい」

ライルの片手がオリーヴィアの背にまわり、オリーヴィアはうっとりとした気持ちになる。

しかしすぐに体は離された。

「アドラム騎士団長が最前線から戻ってきている。今のうちに挨拶をした方がいい。本部のテントに来なさい」

「わかりましたわ」

一瞬の温もりも感じれぬまま、ライルはそっけない態度で先に出ていってしまった。

オリーヴィアは彼の背を追いかける。

(この様子じゃステラ・ヘイズは政治の道具ってだけで、ライル様と特別な進展は無さそうね。彼女の身分が低くて良かったわ)

第二王子ライルは魔族討伐で成果を挙げて、王位継承権一位の座を第一王子から奪いたいという野望がある――――とオリーヴィアは知っていた。

今回のダンジョンは瘴気が多く、過去百年の事例を見ても規模が大きい。

そんなダンジョンを踏破すればライルは 新(・) た(・) な(・) 英雄になる。聖女は救国の乙女と崇められるだろう。

英雄ライルがそんな聖女と結婚すれば、世論は大きく動き、王座が近づく。

あとは第一王子の醜聞ひとつがあれば確実だ。

元より聖女という貴重な力の持ち主を国に留めるために、ライルは聖女と結婚する立場にあった。

しかしライルが王を目指すにはステラの地位も低く、後見のヘイズ家の力も弱すぎた。

そのためライルはステラとは目に見える成果ができるまで正式に婚約を結ばず、手を出さず、その気だけ持たせて慎重に動いていたのだろう。

歴史ある由緒正しきシアーズ家出身のオリーヴィアのような娘が現れることを願って、耐えるように待っていたはずだ。

(ね? ライル様、そうなんでしょう? だからわたくしは危険を冒して秘術まで使ったのよ。ライル様は王座を手に入れ、わたくしはライル様の全てを手に)

オリーヴィアはライルの背に熱い眼差しを送る。

幼少期より美しく、強いライルにずっと恋焦がれていた。聖女というだけで、自分以外の女と結ばれるなんて許せなかった。肩書だけでずっとライルの隣にいるステラが憎かった。

その嫉妬心がオリーヴィアの糧となり、吐き気のするような手段を用いてでも秘術を成功させた。

でも終わった。もうステラはライルの視界に入ることはない。

順調な出足にオリーヴィアは顔を緩ませた。

本部テントに入ると、体格のいいライルよりも一回り大きい男――――騎士団長のダリル・アドラムが待っていた。

髪は短く刈り込まれたシルバーグレイに、瞳は冷たいアイスブルー、歳は今年40になったばかりの豪傑だ。兄に四大公爵のアドラム公爵、姉に王妃をもつサラブレッド。

今回のダンジョンほど規模は大きくないが、過去に二つのダンジョン踏破を成し遂げた 現(・) 英雄。

王子ライルと聖女オリーヴィアが足を運んだというのに、アドラム団長は立ち上がることなく、頭を下げることもない。

オリーヴィアは微笑みを張り付け挨拶をしたが、アドラム団長からは値踏みの視線を返される。

「 甥(ライル) の婚約者に収まるのは構わないが、戦場知らずの箱入り娘に聖女が務まるのか?」

アドラム騎士団長は自分の紹介はせずに言った。

「どういうことでしょうか?わたくしは能力を認められ、ここにおります」

「ここは生温い王都の社交場ではない。ダンスの相手は笑顔の狸や狐ではなく、血まみれの 何(・) か(・) ということだ」

血まみれの相手が魔物ではなく、怪我をした人間ならまだマシだ――――と言いたげにアドラム団長は堂々とオリーヴィアを鼻で笑った。

(なんて失礼な男ですこと……でもライル様が最も信頼するお方。悲願を叶えるためにも味方につけなくては。それにダンジョン出現からもう五年。まもなく瘴気も切れ、踏破も近いはずよ。それまでの我慢だわ)

オリーヴィアは余裕の笑みを崩さないよう努める。

「皆様と命をかけて戦う覚悟で参りましたわ。能力はステラさんよりも優れていると自負しております。信頼していただけるよう頑張りますわ」

「当たり前だ。ステラ・ヘイズを追放した責任はとってもらわねば困る。若造どもが早まった判断を下しやがって。とんだ損失だ」

アドラム騎士団長は深いため息をついて、水筒の水を酒のようにあおった。

「ライル、真実だろうが嘘だろうがステラ・ヘイズがシアーズの聖女を襲ったことは無かったことにしろ。戦場の士気が下がる」

「はい、叔父上。ステラ・ヘイズは自分が聖女でなかったことにショックを受け、今までの疲労もあり心が病んだことにします。そして自ら行方を晦ませたことに」

「妥当だな」

そこに噛み付いたのはオリーヴィアだった。それではステラが純粋な元聖女として皆の記憶に残ってしまう。聖女の名はオリーヴィアだけのものだ。

「ステラさんの罪を隠蔽するのですか?」

「オリーヴィア、君を守るためでもあるんだ。不満は飲み込め」

「ライル様、どういうことですの?」

「聖女ならば全てを許し、相手を理解し、諭し、止めるべきだったのだ。それが建前だとしても。このままでは自覚がなくともオリーヴィアの判断はステラ・ヘイズの『自殺行為』を認めたと捉えられるだろう。オリーヴィアは肩書は聖女であるが、真の信用は得られなくなる……私も叔父上に言われ気付かされた」

ライルの指摘に、オリーヴィアは口をキュッとしめた。

しかし追放した判断に後悔はしていない。止めていたら、オリーヴィアの裏工作が明らかになる可能性が高くなるためだ。

ただ今は反省する姿勢は見せなければいけない。

「日が浅く、わたくしの聖女としての自覚が足りず申し訳ございません。アドラム団長のお気遣い感謝いたします」

「害にもならん毒虫ぐらいで二度と騒ぐな。それくらい知らぬ顔で殺しとけ。俺は前線に戻る。ライル、決して本分を見失うな」

「はい、叔父上。ありがとうございました」

アドラム騎士団長が本部テントから出て行く。ライルや他幹部も見送るために外へ出ていった。

その場に唯一残ったオリーヴィアは出口を睨みつけた。

(今に見てなさい。ここにいる全ての者はいずれわたくしの力に感謝し、平伏するのよ。アドラム騎士団長、あなた様もね)

決意を込めるように、赤いロングネックレスをぎゅっと強く握った。

こうしてオリーヴィアの聖女としての運命が動き出した。