作品タイトル不明
ギーゼラの選択
「あなた、何を言っていますの?」
「ほら、早く答えないと、問答無用で君が悪人側になってしまうよ」
「なっ――」
どうして、何もしていない私が悪人になってしまうのか。
なんて思っていたら、その〝理由〟に気付いてしまった。
「父上~~~~!!!!」
聞き覚えがありすぎる声が聞こえた。
シモンである。
彼がこの状況を見たら、真っ先に私が犯人だと決めつけるに違いない。
「実はね、彼は協力者なんだ」
「聖教会を、メクレンブルク大公を、裏切ったというのですか?」
「うーーん、裏切ったのは聖教会とメクレンブルク大公側だと思うんだけれど」
意味がわからない。
メクレンブルク大公はいつもいつでも、シモンに清く、正しく生きるように説いていた。
兄弟、差別することなく教育していたように思えるのだが。
いったい何を感じてシモンは裏切られたと感じたのか。
「まあ、多感なお年頃だからねえ」
「成人男性に、多感という言葉は使いませんわ!」
「そうなんだ。人間の言葉って、難しいなあ」
聖人インゴルフはまるで人間ではないような物言いをするのが引っかかる。
だんだんと足音が近づいてきた。
転移魔法で逃げたいという気持ちはあったものの、これは私とふわりん、メルヴ・ウィザードのみ作用する。メクレンブルク大公を連れていけない。
ここに放置したら、どんな目に遭うかもわからないのだ。
見捨てることなんてできなかった。
「さあ、さあ、さあ、決めるんだ!」
「わたくしは――あなたの思う通りになんてなりません!!」
反抗するような言葉をぶつけたというのに、聖人インゴルフは 恍惚(こうこつ) の表情を浮かべた。
彼の感情が欠片も理解できず、ゾッとしてしまう。
「はは……さすがだ、君はそうでなくちゃ!」
聖人インゴルフがそう言い放ったのと同時に、シモンが率いる聖騎士隊が駆けつけてきた。
「父上、どうしたのですか!?」
何がどうした? だ。聖人インゴルフの協力者であるくせに、何も知らないと言わんばかりの態度でやってくる。
倒れているメクレンブルク大公に駆け寄りもせずに、「ああ、いったい誰が……!」などと呟いていた。
めざといシモンはすぐさま私の存在に気付くと、怒りをぶつけてくる。
「ギーゼラ、この騒動の犯人はお前だったのか!!」
「どうしてわたくしが、メクレンブルク大公に危害を与えたと決めつけるのですか?」
「だってお前は、メクレンブルク大公家に恨みを抱いているだろうが!」
「そんなこと――」
「ある! ずっと母上とも仲違いして、イゾルテのことも毛嫌いしていたではないか!」
仲違いしていると勘違いされる原因を作ったのはメクレンブルク大公夫人で、イゾルテのことはシモンが言うほど深く関わっていなかった。
いったい家庭内のどこを見て、物を言っているのか。
相変わらず、理解に苦しむ人物である。
「話にならない。続きは拘置所で聞かせてもらおう」
シモンが「取り押さえろ!」と聖騎士に命令する。
その様子を聖人インゴルフは楽しげに見ていた。
捕らえられてしまったら何もかも終わってしまう。いったん逃げたほうがいいのか、と思った瞬間、ポケットに入れていた銀の羽根が眩い輝きを放つ。
聖騎士達を阻むように白い何かが飛んできた。
『ポウポーウ!』
『ポポポポッ!』
『ポーーーウ!』
突然現れた聖鳩の集団が聖騎士達を突き始めた。
シモンは聖鳩に追いかけ回されている。
「あなた達は――」
もしかして私を助けに来てくれたのか。
『ワア、アリガト!』
メルヴ・ウィザードの声がしたほうを向くと、白猫がメクレンブルク大公の傍で魔法を展開させていた。
その姿は消えてなくなる。
『ギーゼラ、白猫サンガ、安全ナトコロニ、連レテ、イッテクレルッテ!』
「そう、でしたのね」
ならば、私達がここにいる理由はない。
リーダー格の聖鳩が「ここは任せろ!」とばかりに『ポウ!』と鳴いた。
お言葉に甘えさせていただこう。
そう判断し、転移魔法の腕輪に触れた。
「おい!! ギーゼラ、こいつらをなんとかし――!!」
シモンの訴えを最後まで聞かずに、この場をあとにする。
くるりと景色が変わり、オルデンブルク大公家にある私室に下り立った。
「っ!!」
聖騎士もシモンも、聖人インゴルフもいない。
私は助かったのだ。
メルヴ・ウィザードやふわりんも傍にいた。
「メクレンブルク大公は!?」
「コッチ!」
メクレンブルク大公が倒れているのに気付く。
慌てて駆け寄り、容態を確認した。
「メクレンブルク大公! 大丈夫ですの!?」
荒い息づかいや痙攣は治まり、瞼も閉ざされている。
『メルヴ・ウィザードノ葉ッパ、アゲタカラ、大丈夫!』
「そう、だったのですね」
それを期待し、メルヴ・ウィザードに任せていたのだ。
声をかけ、肩を叩くも、意識は戻らない。
『少シ、目覚メルマデ、時間カカルカモ』
なんでもメクレンブルク大公は命が脅かされるレベルにまで魔力を奪われた状態だったらしい。
メルヴ・ウィザードがすぐに葉っぱを与えたものの、一気に魔力を回復させると体が驚き、拒絶反応を示すという。そのため、少しずつあげたほうがいいとのこと。
なんとかメクレンブルク大公を助け出すことができて、深い安堵を覚える。
私一人ではあの場にメクレンブルク大公を置き去りにするしかなかった。白猫のおかげだ。
「あら、そういえば白猫さんは?」
辺りを見回しても、白猫の姿はなかった。
どうしてあの子があの場にいたのか。
わからないが、とにかく助かったの一言である。
「メクレンブルク大公を寝台に運びませんと」
『メルヴ・ウィザードニ、任セテ!』
転移魔法を使って、客室の寝台に寝かせてくれたようだ。
『アトハ、看病、シテオクカラ!』
「ありがとうございます」
穏やかな寝息を立てるメクレンブルク大公を確認できた。
あとはメルヴ・ウィザードに任せても大丈夫だろう。
「わたくしは、エーリク様に報告しませんと」
そう口にした瞬間、膝の力が抜けてその場に 頽(くずお) れてしまった。
「まあ、ど、どうして?」
早く行かなければならないのに、体が言うことを聞かない。
ふわりんが私に頬ずりしながら、励ましてくれる。
『大丈夫、ここは安全だから~』
「あ――!」
その言葉を聞いて、私はずっと恐ろしくてたまらなかったのだ、と気付く。
無理もない。
人外じみた聖人インゴルフの相手をしていたのだから。
『エーリク、もうすぐ帰ってくるから~』
メルヴ・ウィザードも、待っているといいと言ってくれた。
ただ、一人になるのは怖かった。
だから眠るメクレンブルク大公の傍らに座り、エーリク様の帰りを待つこととなる。
その間、メルヴ・ウィザードは私に紅茶を淹れてくれた。
『蜂蜜タップリダヨ』
「ありがとうございます」
魔法で淹れてくれた紅茶はとてもおいしくて、ささくれていた心が癒やされる。
それにしても、酷い目に遭った。
まさか聖人インゴルフとシモンが手を組んで、何かやらかしていたなんて。
聖人インゴルフはメクレンブルク大公家にも出入りしていたが、ルーベン様が彼の治療を断った理由が今になってわかった。
きっと胡散臭い回復術で、患者を騙して回っていたのだろう。
絶対に許せない。
そう思いながら、紅茶を飲み干したところで、エーリク様の帰宅がメルヴ・ウィザードより告げられた。