軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第962話 怒りの矛先

その後腕の蔓を引っ込めたチルドレン達が、泣いているブルーム達に向かって懸命に謝り始めた。

「ごめんなさい!」

「乱暴に扱った私達が悪かったわ!」

「ニセモノだなんて言って、ごめんなさい!」

平身低頭で謝り続けるチルドレン達に、大泣きしていたブルーム達はスン、スン……と鼻を啜りつつ涙目でチルドレン達の顔をじっと見つめる。

彼女達の 顔貌(かおかたち) は、大きさこそ違えどその作りはほぼ同じ。

黄金色のつぶらな瞳に、小さな鼻と言葉を出すためだけの小さな口。

ほぼコピペ状態のそっくりな顔立ちの両者は、しばらく無言のまま見つめ合う。

しばしの静寂が流れた後、その静寂を破ったのは一体のブルームだった。

「……怖いオ姉チャン達……もウ、私達のことヲ、いじめなイ?」

「え、ええ!もう絶対にいじめないわ!」

「急ニ、捕まえたリ、逆さ吊りニ、したリ、酷いこト、しなイ?」

「もちろんよ!二度とそんなことしないって約束するわ!」

「……なラ、もウ、いイ……オ姉チャンモ、皆モ、それでいイ……?」

チルドレンを許す決意をしたブルームの言葉に、姉他三体のブルーム達も静かに頷く。

いや、彼女達とて本当は納得してなどいない。彼女達が味わった恐怖や悔しさが、先程チルドレン達が発したたかだか数言の謝罪程度で綺麗さっぱり流して消せる訳がないのだ。

だが、ここで意地を張って拗らせるのも本意ではないことも、ブルーム達は理解していた。

彼女達がここに来たのは、ひとえに彼女達の母ドラリシオ・マザーに会いたいがため。マザーに一目会うまでは、死んでも死にきれない―――その一心で、皆あの灼熱地獄を必死に生き抜いてきた。

ノーヴェ砂漠で散っていった彼女達の仲間を、母のもとで眠らせてやりたい。そのためにも、この乱暴で意地悪な姉達チルドレンだけにずっと 拘(かかずら) っている訳にはいかないのだ。

そんなブルーム達の思いを他所に、許しを得たチルドレン達はパァッ!と明るい顔になる。

「許してくれて、ありがとう!」

「アナタ達って、とっても優しい子なのね!」

「意地悪しちゃってごめんなさい!これからはもう絶対に、意地悪なことしないからね!」

ブルーム達の前で、キャッキャとはしゃぐチルドレン達。

カティアの瞳も、先程まで橙色の瞳だったのが元の黄金色に落ち着いている。両者が和解に至ったことで、カティアの怒りも収まったのだろう。

何とかこの場は円満解決できたようで、周囲もほっとした空気になる。

だが一人だけ、完全に納得していない者がいる。それはレオニスだ。

レオニスは未だ渋い顔をして、カティアに詰め寄る。

「チルドレンが己の過ちを認めて、ブルーム達に謝って仲直りしたことは評価しよう。だが、こいつらが謝るべきはブルーム達だけじゃねぇぞ?」

『……まだ他にも、この子達の粗相があるの?』

「ああ。こいつらは、あっちにいるアクアにも危害を加えようとしたんだ」

『アクア?…………ッ!!』

レオニスが右手親指でクイッ、と後ろを指す。

その先にはアクアがいた。

当のアクアは、レオニスからの突然のご指名に『???』となっている。

今はまだ森の中を歩いていた時のままで、縮小サイズのアクア。

端から見たら小さな水竜にしか見えないのだが、カティアは改めてアクアを見ることでその正体にすぐに気づいたようだ。

そしてアクアをよくよく見ると、その首筋に薄っすらと紐の痕のようなものがついているのが見える。

先程アクア自身は『大丈夫だよー』と軽く言っていたが、チルドレンの蔓攻撃はかなり強力なものだったことが窺える。

レオニスの話により、それら諸々の事情を察したレディー。

慌ててアクアの前に進み出て、その頭を思いっきり垂れる。

『いと尊き御方、お初にお目にかかります。貴方様に御目文字が叶いましたこと、望外の喜びにて誠に恐悦至極に存じます。そして、何やら我が妹達が無礼を働きましたようで……何卒……何卒お許しくださいませ』

「……ぇ? カティア姉様、どしたの?」

「あのちっこいアヒルが、どうかしたの?」

「ぁー、確かにさっき、ブルーム達を捕まえるついでにちょーっとだけ締めた気がするけどー」

額を地面に擦りつける勢いでアクアに跪くカティアに、三体のチルドレンが不思議そうな顔をしている。

そんなチルドレン達に、カティアはその首をギュルンッ!と90°曲げてクワッ!と睨みつける。

『貴女達!お黙りなさい!』

「「「ピャッ!?」」」

『ここに御座すは水の化身、全ての水を司る水神様ですよ!』

「「「ええええッ!?」」」

『一体どこの世界に、こんな綺麗な瑠璃色をしたアヒルがいると言うの!!というか、この清浄な神気を目の当たりにして、何故水神様だと気づかないの!!この愚か者達が!!』

「「「…………」」」

さっきよりもさらに強い威圧を込めて、チルドレン達を睥睨するカティア。

極限まで眉間に皺を寄せ、忌々しそうにチルドレン達を見るその目は怒りで真っ赤に変化していた。

その怒りは、先程のブルーム達を巡る諍いどころの話ではない。カティアの怒りが頂点に達しそうなのは明白である。

カティアがここまで怒るのには理由がある。

植物系魔物であるドラリシオにとって、水は人族以上になくてはならないもの。まさに生命の源と言っても過言ではない。

その水を司る水神を害したとあれば、ただでは済まない。水なくして彼女達植物は生きてはいけないのだから。

そう、事ここに至ってはもはや彼女達個々のいざこざではなく、種族全体レベルの大問題にまで発展してしまったのだ。

一方のチルドレン達は、姉の言葉に飛び上がらんばかりに驚いている。

ここまでカティアが激怒したところを、チルドレン達は今まで一度も見たことがない。

普段は穏やかで、多少チルドレン達が無茶をしても軽く窘める程度だったカティアが、ここまで怒りを露わにしている―――ブルームをオモチャ扱いした以上にとんでもないことをしでかしたことを、チルドレン達は姉の激怒ぶりから悟る。

無自覚のうちに己達が犯した所業、その罪深さにチルドレン達は再び顔色を失いガタガタと震え出した。

「ご、ごめんなさい……」

「水神様、どうかお許しください……」

「お、お願いします……どうか、どうか私達の里を滅ぼさないでください……」

三体とも力を失ったかのように、その場にペタン、と座り込む。

虚ろな目からはポロリ、ポロリ……と大粒の涙が零れ落ちる。

『私達の里を滅ぼさないで』とは穏やかではないが、事態はドラリシオ滅亡の危機をも招きかねない状態であることは間違いない。

一方のアクアは、いきなり巨大なドラリシオ達四体に傅かれて未だにきょとんとしている。

そんなアクアに、レオニスが声をかけた。

「アクア、お前にこの里を滅ぼすことはできるか?」

『ン? そりゃあね? この近辺の水源を全部猛毒の水にしようと思えば、できないこともないと思うよ?』

「「「『!!!!!』」」」

レオニスからの問いかけに、アクアは事も無げにシレッとした表情で答える。

しかし、 水神(アクア) の答えを聞いたドラリシオ達は愕然としている。

植物にとって生命源である水。その水を得るための水源を、もしもアクアの言うように猛毒の水に変えられてしまったら―――この群生地にいるドラリシオは間違いなく全滅する。

水を司る水神を敵に回すことは、ドラリシオの滅亡に他ならない。アクアの何気ない答えは、それを明確に表していた。

「ア、アクア様!罰を与えるなら、どうか私達だけにしてください!」

「カティア姉様や他の皆は何も悪くありません!」

「悪いのは、アクア様に手を出した私達だけです!」

「どうか、どうか母様達まで殺さないで!!」

三体のチルドレン達が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらアクアに訴えかける。

そんなチルドレン達の申し出に、カティアも自らアクアに申し出る。

『アクア様、悪いのはこの子達だけではありません。この子達の勝手を許した私も同罪……罰するならば、この子達だけでなく私もともに処罰してくださいますようお願い申し上げます』

『ただし……処罰は私達四体だけでお願いいたします……この子達の言うように、ここにいない者達は巻き込まないでくださいまし』

『咎のある身で甚だ図々しいこととは存じますが……何卒アクア様のお慈悲をいただきたく、平に伏してお願い申し上げます……』

チルドレン達を庇うように前に出て、アクアの前で跪き 希(こいねが) うカティア。

それまで一度も頭を下げていなかったチルドレン達も、姉同様に深々と頭を垂れて恭順の意を示している。

先程までとは比べ物にならない程の、緊迫した空気がこの場を支配していた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

群生地滅亡回避を願い、ただただ黙して平伏すドラリシオ達。

そんなドラリシオ達に声をかけたのは、アクアだった。

『……え? 僕はそんな野蛮なことはしないよ? さっきのアレは、レオニス君にできるか?って聞かれたから答えたのであって、できるできないで言えばできるってだけの話だし』

『できるできないで言えばできるけど、やるやらないで言えば 多分(・・) やらないよ?』

『ていうか、何でドラリシオ滅亡なんて物騒な話になってんの? 何度でも言うけど、僕、そんなことするつもりは 今のところ(・・・・・) ないからね?』

戸惑うようにオロオロとカティアに話しかけるアクア。

未だに頭を垂れ続けるカティア達に、アクアもどうしていいか分からないようだ。

そんなアクアの横で、レオニスがアクアに問いかけた。

「アクアは、それでいいのか?」

『うん、僕はいいよ。ていうか、レオニス君も人が悪いねぇ……僕がそんなことするはずないって、君なら普通に分かってるだろうに』

「いやいや、そんなん分からんだろ? さっきアクアがこいつらに首を締められたのは事実だし。それを絶対に許さない!って思って怒ることだってできるし、何よりアクアには怒る権利がある」

『そりゃそうだけどさー』

レオニスをジロリンチョ、と横目で見遣るアクアに、レオニスは肩を竦めつつシレッと受け流す。

実際レオニスの言う通りで、チルドレン達から攻撃されたアクアにはそれに対して怒る権利がある。

その怒りの度合いによっては、かなり厳しい処罰を与えることだって可能なのだ。

するとここで、アクアとレオニスのやり取りを聞いていたブルーム達が話に入ってきた。

「アクア君……」

『ン? ナぁニ?』

「私達ノ、怖いオ姉チャンガ、酷いことしテ、ごめんなさイ……」

「でモ……怖いオ姉チャン達ヲ、殺さないデ、あげテ……」

「大きいオ姉チャンヤ、怖いオ姉チャンガ、死んだラ……オ母チャンガ、すっごク、悲しむト、思うノ……」

「アクア君……私達からもお願いします。どうか、姉様達を許してあげてください……」

おずおずとしながら、それでも自分達の願いをちゃんとアクアに伝えるブルーム達。

ブルーム達の口調がおずおずとしているのは、チルドレン達が自分達同様にアクアにも酷い仕打ちをしたことを理解しているからだ。

だが、ここでチルドレンやカティアが処罰されて命を落とすようなことになれば、彼女達の母であるドラリシオ・マザーが何より悲しむだろう。

それだけは、何としても回避したい。

ブルーム達がチルドレンやカティアの助命嘆願をした理由は、まさにそこにあった。

ブルーム達だって散々虐げられてきたのに、それでもなお他者を思い遣ることができている。

そんな彼女達の健気さ、ひたむきさに、周囲にいる者達全員が心を打たれていた。

しおしおと萎れているブルーム達に向けて、アクアが微笑みながら話しかける。

『大丈夫、安心して。今回のことで、僕から君達のお姉さんに罰を与えることはないよ』

「……ホント?」

『うん、本当だよ。これでも僕は水の神様だからね。神様は嘘をつかないんだ』

「アクア君……ありがとウ!」

「どういたしまして」

罰を与えない、と明言したアクアの言葉に、ブルーム達の顔がパァッ!と明るくなる。

ニコニコ笑顔のブルーム達に、アクアの相好はますます崩れる。

するとここで、それまで縮小サイズだったアクアが突如 変化(へんげ) を解除して本来の姿に戻った。

巨大な水竜になったアクア、その大きさはドラリシオ・レディーであるカティアの立ち姿をも大きく上回る。

そして未だ平伏しているカティアとチルドレン達に向けて、アクアは徐に口を開いた。

『……君達は、本当に家族思いの素晴らしい妹達に恵まれたね』

『勿体ないお言葉に存じます』

『僕としても、今回の件ではもともと君達を罰するつもりはなかったし、今もその気持ちに変わりはないよ。さっきも『やるやらないで言えばやらない』って言ったばかりだし。でも……』

「「「???…………!?!?!?」」」

アクアの発した『でも』という反転の言葉に、チルドレン達が思わず顔を上げてアクアの顔を見る。

だがその言葉の真意を汲み取る前に、先程まで小さかったアクアが巨大な水竜に姿を変えているのを見て、腰を抜かさんばかりに驚愕している。

そしてその瞬間に、アクアはチルドレン達に向けて鋭い眼光を放ちながら言葉を続けた。

『今後もし、この子達に対して再び理不尽なことをしたら……今度こそ許さないからね』

「「「『!!!!!』」」」

アクアからの申し渡しに、驚愕するカティアとチルドレン達。

その声音には、有無を言わさぬ強さが込められていた。

そしてアクアの鋭い視線は、チルドレン達からカティアに移される。

『そしてそれは、何も君達だけに限ったことじゃない。 全てのドラリシオ達(・・・・・・・・・) に対してだ。僕が言っていることの意味は分かるね?』

『……はい……』

『君達は……いや、この群生地にいる者達全て、この子達に生涯感謝することだね』

『肝に銘じます』

先程のレオニス同様に、アクアが発する言葉の一言一言にものすごい圧を感じるカティア達。

アクアが言う『この群生地にいる者達』には、カティア達のみならずドラリシオ・マザーも含まれている。

つまりは、チルドレンだけでなくマザーもまたブルーム達を拒絶することは許さない、とアクアは暗に言っているのだ。

アクアが発する強烈な威圧に、カティアもチルドレンも身体を震わせる。

アクアとカティア、体格だけで言えば両者に然程大きな差はない。アクアの方がカティアより一回り大きい程度だ。

だが、種族としての格が違う。ドラリシオ・レディーはドラリシオ種族の中でも上位種だが、それでも神格を持つには至らない。

生まれた時から水神であるアクアには到底及ばないのだ。

するとここで、アクアとカティアがほぼ同時にとある方向に顔を向けた。

『……ン? 誰かが僕達を呼んでる?』

『ええ、母様がお呼びのようです』

『呼ばれているのは、僕だけじゃないよね?』

『はい。ここにいる者達全てをお呼びです』

アクアとカティアの会話からして、どうやらその視線の先にドラリシオ・マザーがいるようだ。

そしてドラリシオ・マザーが直々にお呼びとあっては、出向かない訳にはいくまい。

アクアはライト達の方に身体を向き直し、全員に向けて声をかけた。

『皆、ドラリシオ・マザーが僕達のことを呼んでいるみたい。僕といっしょに行ってくれる?』

「もちろんだよ!」

「おう、アクアが行くってんなら、俺達だってついていくぞ」

「ああ、どこまででもついていこうじゃないか」

「アクア君、僕達も行きますよ!」

「我らも皆様方とともにあります」

「うひー、マザーとか怖ぇー!けど、ここまで来たら俺も最後まで見届けるっス!」

アクアの問いかけに、皆快く応じる。

若干最後の一名だけ本音がダダ漏れだが、誰の発言かは明かさないでおこう。

皆の心意気に、アクアもパァッ!と明るい顔になる。

『じゃあ皆、僕の背中に乗って!ブルームの皆もね!』

「うん!」

「「おう」」

「「「はい!」」」

「アクア君、ありがとウ!」

アクアの呼びかけに応じ、ライト達が次々とその背に乗り込んでいく。

人族、妖精族、八咫烏族、そしてドラリシオ・ブルーム。四つもの種族が水神の背という同じ場にともにいた。

『じゃ、行くよ。カティア、だっけ? 君達も準備はいいかい?』

『もちろんでございます』

「「「は、はいッ!」」」

ライト達を背に乗せたアクアは、低空飛行でマザーのいる場所に向かって飛んでいく。

カティアやチルドレン達も、アクアの背を追うように地を走りマザーのもとに向かって駆け出していった。