軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第954話 ノーヴェ砂漠の夜

ラウルがネツァクの街に向かって飛び立っていった後。

マキシ達八咫烏三兄弟は、日が落ちるまでずっと周囲の警戒を続けていた。

ラウルが人里に戻る前に、ドラリシオ・ブルーム達の周辺に退魔の聖水を撒いていってくれたので、ひとまずは安心だ。

だがそれでも、ラウルがいなくなった後もしばらくの間は時折魔物達が近づいてきていた。

しかし、どの魔物達も退魔の聖水による結界、見えない壁に阻まれて中にいるマキシ達にそれ以上近寄ることができない。

それに業を煮やした魔物達、バッサバッサと羽をばたつかせて鱗粉を飛ばしたりキーキーと煩く喚く。

不快な騒音や鱗粉攻撃があまりにも鬱陶しいので、マキシ達も積極的に応戦して魔物達を退治していく。

青い蛾や三つ目カマキリには雷魔法、砂色ヒトデや砂漠蟹のもとには風魔法、黒い人型靄には浄化魔法。どれもあっという間に瞬殺である。

そうこうしているうちに、太陽は完全に地平線の向こうに落ちて夜になった。

夜の帳が下りてからは、ノーヴェ砂漠の固有魔物達は一切出てこない。

マキシ達にはそこら辺の知識は全くないが、それでも魔物の出現がピタリと止まったことで『ここの魔物達は、夜になると活動停止して表に出てこなくなるのかも』ということは分かった。

そして日が落ちて少しづつ冷え込んできたので、マキシは明かりと暖を取るために人の姿になり、火魔法を使おうとした。

すると、マキシが手のひらの上に火を灯した途端に、退魔の聖水の結界の向こうにデザートスイーパーやアビスソルジャーが涌いてきたではないか。

突然の事態に、八咫烏三兄弟は泡を食ったように驚愕する。

「え!? 何!? また魔物が出てきた!?」

「マキシ、火を消せ!おそらくその火が原因だ!」

「は、はいッ!」

フギンの咄嗟の指示に、マキシは慌てて火を消した。

すると、今さっき出てきたデザートスイーパーとアビスソルジャーはそれ以上この場に留まらずに、すぐに砂の中に消えていった。フギンの予想通りである。

まるでドッキリを仕掛けられたような驚きの連続に、マキシの心臓がバクバクと高鳴る。

しばしの静寂の後、マキシが兄達に向けて頭を下げて謝った。

「フギン兄様、レイヴン兄様、本当にすみません!僕の浅慮で、ここにいる皆を危険に晒してしまいました!」

「……そこまで気に病まずともよい」

「そうだぞー。マキシだって、俺達のために良かれと思って火を灯したんだろ?」

「そ、それは、そうなのですが……」

懸命に謝る 末弟(マキシ) に、 長兄(フギン) も 三兄(レイヴン) も殊更責め立てたりはしない。

「確かに若干不用意ではあったが、この通り大事には至っておらん」

「そーそー。それに、俺達全員この砂漠ってもののことを全く知らんもんなー。何事も経験が大事、ってな!」

「兄様…………お許しくださり、ありがとうございます」

目を閉じしたり顔で頷き続けるフギンに、両翼を頭の後ろで組みあっけらかんとした声でフォローするレイヴン。

寛大な兄達を見つめるマキシの瞳がじわりと潤む。

そう、この程度のことなら取り返しのつかないような大失敗でもない。そしてレイヴンが言うように、何事も経験。

失敗したら、そこから学んで次に活かせばよいのだ。

「ここでは火は厳禁のようだ。それに、ドラリシオ達からも離れているとはいえ、彼女達は植物系魔物。火はきっと怖いに違いないだろうから、以後ここでは絶対に火は使わないように」

「「分かりました!」」

フギンの指示に、マキシもレイヴンも背筋をピン!と伸ばしつつ従う。

ドラリシオ・ブルーム達のいる方を見遣ると、まだ元気な方の三体は真ん中で寝ている姉を中心にピッタリと身を寄せあっている。

この騒動でも微動だにしないあたり、どうやら四体とも寝ていて全く気づいていないようだ。

彼女達を脅かすようなことにならなくて、本当に良かった……と安堵するマキシ。

よくよく考えたらフギンの言う通りで、植物系の気質を持つ者は動物以上に火を怖がるものだ。

マキシがそのことを失念していたのは、きっと人里で長く暮らしてきたせいもあるのだろう。

そして何より一番の元凶は、木から生まれた妖精のくせに料理が大好きなせいでガンガン火を使いこなしまくる、あらゆる意味で規格外な某万能執事の存在である気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

魔物達が全く襲ってこなくなり、火に関する騒動も収まってきたところで、マキシ達も一息つきながら食事をすることにした。

ラウルがマキシ達の晩御飯用に置いていってくれた、バスケットに入ったサンドイッチやタコ焼きなどを嘴で器用に摘んではパクパクと美味しそうに食べている。

ちなみにマキシだけは人化して食べている。八咫烏の姿のままでは、空間魔法陣からバスケットや皿を取り出したり仕舞ったりするのに不便だからである。

とっぷりと日が暮れた暗い中で、マキシ達は四方山話をしながら晩御飯を食べ始めた。

「そういえば、兄様や姉様達の人化の術の習得具合は如何です?」

「これまで人里見学に出た者は、一応皆人化できるようにはなった」

「そうなんですか!? それはすごいですね!」

「でもまぁ、一番上手なのはやっぱミサキだなー。まだ丸一日は無理だけど、それでも朝起きてから昼くらいまではずっと人化できるようになってるし」

「そっかぁ……ミサキも頑張ってるんですね……」

サンドイッチをもっしゃもっしゃと食べながら、八咫烏達の人化の術の進捗状況を語り合うマキシ達。

前回マキシ達が八咫烏の里を訪れたのは、ライトの夏休み終わり頃。例の神樹襲撃事件にて、ユグドラシアがウルス達八咫烏の援軍を送ってくれたことへの礼を言いに行った時のことだ。

その時に、ミサキは人化の術の修行の成果を皆の前で初披露してくれた。

黒いキャミソールワンピースに身を包んだ、マキシそっくりの可愛らしい美少女になったミサキ。

その時化けていられたのはほんの一分程度だったが、その時のミサキの愛らしい姿をマキシは今でもはっきりと覚えている。

しかし、それから二ヶ月もしないうちに数時間も人化が継続できるようになっているとは、これには双子の兄であるマキシも驚きだ。

きっとそれだけ、一日も早く人化した姿でマキシ達のもとに遊びに行きたいのだろう。

末妹が懸命に励んでいると聞いて、マキシも思わず微笑む。

「そしたら、母様や兄様方、ムニン姉様やトリス姉様はどうなんです? もう皆人化できるようになったんですよね?」

「ああ。皆互いに互いの姿を確認しながら、手直ししたり試行錯誤している」

「そうなんですね!そしたらフギン兄様とレイヴン兄様の人化も見せてもらえるんですか!?」

「うぐッ……そ、それは……」

マキシのキラッキラに輝く瞳に、フギンもレイヴンも思わず後退る。

マキシと目を合わせないようにするためか、目線があちこち泳いでいるのは気のせいではない。

「そ、それはー……また人里に戻ってからな!」

「そ、そうだな。今はまだ敵陣深く入り込んでいる真っ只中。ここで人化の術だの何だので、油断する訳にはいかんからな」

「あッ……そ、そうですよね。僕だけ浮かれてしまってすみません……もっと気を引き締めなきゃ!」

兄達の言葉に、マキシはハッ!とした顔になり、謝罪しつつ猛省している。

実際今マキシ達がいるのは、ノーヴェ砂漠のド真ん中。如何に退魔の聖水の結界で守られていようとも、決して油断していい状況ではない。

ただし、フギンやレイヴンの口調からは、そうした真っ当な建前とは別の理由もありそうな様子ではあるが。

晩御飯を食べ終えて、バスケットや皿などを空間魔法陣に仕舞うマキシ。

日が落ちてから時間が経つにつれ、かなり空気が冷え込んできた。

それはまるで、カタポレンの森の真冬と大差ない寒さ。その寒さに、フギン達は思わずカタカタと身体が震え始めている。

「兄様、これをどうぞ。身体に巻いてください」

「お、おお、ありがとう」

「うひょー! 温(あった) けぇー!一枚羽織るだけでも全然違うな!」

マキシはラウルから預かった毛布を取り出して、フギンとレイヴンに貸し与えた。

二羽はすぐに温かい毛布に包まり、ホッと安堵しているようだ。

マキシ自身は空間魔法陣から冬服を取り出して、セーターやコートなどを何枚も着込んでいる。厚着することで寒さを凌ぐつもりのようだ。

そして、着替えの途中にドラリシオ・ブルーム達の方をちろりと何度か見遣るマキシ。どうやら彼女達のことが気になるらしい。

マキシは毛布に包まっている兄達に向かって声をかけた。

「フギン兄様、レイヴン兄様。僕、あのドラリシオ達の様子を見てきます」

「「!!」」

マキシの申し出に、目を大きく見張る二羽の兄達。

しばし無言だったが、フギンが徐にその口を開いた。

「……大丈夫なのか? ラウル殿が言うには、あのドラリシオというのは個体差はあれど気性の荒い者も多いようだが」

「ラウルが戻る前に、そこら辺も確認しておきたいんです。話ができるかどうかは、彼女達と二言三言言葉を交わせばだいたい分かるでしょうし」

「ふむ……確かにそれも一理あるな」

「ですねぇ。ラウル殿が帰ってくる前に、あのドラリシオ達の気質を俺達の方で把握しておけば、その後に取るべき行動も考えやすくなるでしょうし」

マキシの語る理由に、一度は懸念を示したフギンやレイヴンも納得している。

ドラリシオ達四体がおとなしめで話が通じそうなら、その後もともに行動できるだろうし、もし万が一気性が荒くて手がつけられないようなら別の手段を講じる必要がある。

いずれにしてもそこら辺は、ノーヴェ砂漠の固有魔物達が襲ってこない、時間に余裕のある今のうちにこそ見極めておくべきだ。

そのことを理解したフギンは、決意を決めたようにマキシに語りかける。

「よし、そしたら我らもマキシとともに行こう」

「えっ!? いいんですか?」

「もちろんだ。自ら危険な任務に向かう弟の背に、兄たる我らが隠れている訳にはいかんからな」

「そうそう!マキシだけ働かせて、俺らだけここでのんびりと休んでる訳にもいきませんしね!」

「兄様…………ありがとうございます」

マキシとともにドラリシオ・ブルーム達のもとに行く、と名乗り出てくれた兄達に、マキシは心から感動しつつ礼を言う。

こうして八咫烏三兄弟は、未だ微睡みの中にあるドラリシオ・ブルームのもとに近寄っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

日が落ちてから、しばらくの間。

ドラリシオ・ブルーム達は、四体ともうたた寝をしていた。

彼女達が待ち望んだ日没がようやく来たのだ、日中ずっと張り詰めていた気が抜けて寝入ってしまっても致し方ない。

そんな彼女達のうちの、一体がふと目を覚ました。

まだ寝惚け眼のドラリシオ・ブルームだが、何故か身体が少しだけ温かいことに気づく。

彼女達がこのノーヴェ砂漠で、望まぬ生を受けてから早五日が経過した。

昼は照りつける太陽の日射しが煮えるように暑く、夜は身体が芯から凍りつくような寒い砂だらけの地。

彼女達は生まれてこの方、温かさを感じる夜など一度も過ごしたことがなかった。

皆身一つで生まれたままなのだから、それも当然のことである。

これハ、一体、何だろウ……??と不思議に思いながら、身体をモゾモゾとさせてゆっくりと起き上がるドラリシオ・ブルーム。

そして己の身体の足元、球根の方を見ると、一枚の毛布がかけられていた。

「……これ、ハ……?」

「あ、起きた?」

「そのようだな」

「夜だけど、おはよー!……なんちて☆」

一時の安らいだ微睡みから目を覚ましたドラリシオ・ブルーム。

すぐ傍から聞こえてきた穏やかな声に、ハッ!と顔を上げてキョロキョロと周りを見回す。

起きたばかりの彼女の目に映ったのは、一人の年若い少年と二羽の大きな鳥だった。