軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第930話 竜王樹の加護

飛空高度を落とし、山の峰のスレスレのところで飛ぶ迅雷竜と飛竜達。

迅雷竜はもうこのギリギリの低空飛行にすっかり慣れたものだが、飛竜達はこんな山の斜面真近で飛ぶことなど初めてなので、距離感が掴めず何気に苦戦しているようだ。

そして竜王樹のいる山の麓に着き、回り込んでから頂上を目指して低空飛行を続ける。

ここら辺まで来ると、もう竜王樹の雄大な姿が誰の目にもはっきりと映る。

「おお……あれが、竜族が敬愛して止まないという竜王樹か……」

「何という荘厳な御姿か……」

生まれて初めて目にする神樹を見た竜騎士達が、息を呑みつつその威容に嘆息を漏らす。

ふよん、ふよん、と地面スレスレを飛ぶ迅雷竜の後を、六頭の飛竜がついていく。

竜騎士達が乗る飛竜六頭の表情は、いつになく緊張を帯びて硬いものになっている。この山から感じられる複数の強大な気配故の緊張だろう。

そうして七頭の竜が、竜王樹のもとに辿り着いた。

竜王樹の横には、当然のように白銀の君がいる。そして白銀の君の少し後ろにも、鋼鉄竜に獄炎竜、氷牙竜といったお馴染みの面々が控えていた。

竜王樹の根元に着地し、即座に平伏す迅雷竜と飛竜達。竜達の背に乗っていたレオニスや竜騎士達も地面に下りた。

「よう、ラグスに白銀。今日も元気そうで何よりだ」

『レオニスさん、いらっしゃい。迅雷も、レオニスさんといっしょに出迎えに行ってくれてありがとう』

『迅雷、人族達の出迎えご苦労さまでした』

「イエ!当然ノ、コトヲ、シタマデデス!」

レオニスの挨拶の後、ユグドラグスと白銀の君が迅雷竜の働きを労う。

二者の上司?の労いの言葉に、迅雷竜はますます恐れ多そうに深く頭を垂れる。

そんな中、白銀の君が早速レオニスに問うた。

『レオニスよ、そちらにいるのが人族の竜騎士なる者達ですか?』

「ああ。人族の中でも精鋭中の精鋭だ」

『そうですか……正直なところを言うと、其方程の強さは感じられませんが……其方がそう言うのなら、間違いなくそうなのでしょう』

白銀の君が、飛竜の背から下りたディラン達竜騎士六人にちろりと視線を向けて見遣る。

ディラン達は、飛竜から下りてすぐさま跪き深々と頭を垂れている。

それはまるでラグナ大公と謁見しているかのような、相手に敬意を示すための作法の中でも最上級の姿勢である。

『人の子等よ、面を上げることを許します。各々その名を名乗りなさい。我が君の御前である故に、くれぐれも粗相のないように』

ディラン達に向けて声をかける白銀の君。その声は威風堂々としていて、竜の女王の威厳を存分に示していた。

白銀の君の言葉に、ディラン達六人は全員ガバッ!と頭を上げて順に名乗っていく。

「竜の女王、そして竜王樹にお目通りが叶い、真に恐悦至極に存じます。私はディラン・チェステと申します。若輩者ではございますが、以後お見知りおきいただければ幸いに存じます」

「私はエレオノラ・ペトラルカと申します。偉大なる竜王樹、そして偉大なる竜の女王にお会いできて光栄です!」

「私はルーベン・アルカンタルと申します!」

「私はブルーノ・フォンス―――」

「私はミリアム・ハイネケン―――」

「私はハンク・フェッター―――」

竜騎士団団長であるディランを筆頭に、その名とともに竜王樹、白銀の君に会えた喜びや称賛の言葉を次々と述べていく。

名乗る順こそ役職順だが、その役職をわざわざ口上することはない。竜王樹や白銀の君を含む竜族達が、人族の中でしか通用しない序列などに興味を示す訳がないことを、ディラン達も重々承知しているのだ。

竜騎士達の自己紹介を含む挨拶が一通り済むと、それまで静かに聞いていた白銀の君が徐に口を開いた。

『……ふむ。今回ここに来た人族は皆、レオニス、其方よりもだいぶ賢き者達のようですね』

「うっせーよ」

ディラン達六人とレオニスを比較し、ディラン達の礼儀正しさを褒め称える。

その感想は、今朝迅雷竜が竜騎士達と初対面を果たした時に言われたことと全く同じである。考えることは皆同じ、ということか。

白銀の君に二度目のディスりを食らったレオニス、その場で即座に文句を言う。

一方でディラン達は、レオニスのあまりの気安さにただただ目をまん丸にして驚く他ない。

レオニスのそれはまるで漫才のツッコミだが、そのツッコミ相手は白銀の君。竜の女王相手にそんな口がきける人族は、世界広しと言えどレオニス以外にいないだろう。

そして、ディラン達が驚いたのはレオニスが白銀の君にツッコミしたことだけではない。

その一見無礼でしかないツッコミをされた白銀の君が、全く怒る様子がないどころか何事もなかったかのようにスルーしていることにも驚愕を禁じ得なかった。

これは、レオニスと白銀の君にとって日常的な会話であり、互いに信頼していることがディラン達にも如実に分かる光景だった。

もっともその驚愕はディラン達のみならず、ここにいる中位ドラゴン達も同じ思いのようだ。

白銀の君の後ろで、獄炎竜や鋼鉄竜が「ホンット、アイツノ、肝ノ太サハ、信ジラレン……」「ヨクモマァ、八ツ裂キニ、サレズニ、済ンデルヨナァ……」「俺ガ、同ジコト、シタラ、千回ハ、丸焼キニ、サレテルゼ……」とヒソヒソ声で囁き合っている。

そんな様々な様子を見て、ユグドラグスがくつくつと笑う。

『フフフ……この界隈も、レオニスさんや人族の皆さんのおかげでしばらくは賑やかになりそうだね』

『そうですね。ですが……此度の研修は、邪竜の島の討滅戦のために行われるもの。決して手を抜けることではございません。故にここは私が直々に、人の子等に厳しく指導いたしましょう』

「「「!?!?!?」」」

白銀の君の言葉に、ディラン達だけでなく六頭の飛竜達までもが極限まで目をひん剥いて固まる。

確かにディラン達は、邪竜の島の討滅戦に備えて白銀の君を始めとする竜族との親睦を図りに来た。

それがよもや、竜族の頂点たる白銀の君直々に指導をする!ということにまでなるとは、夢にも思っていなかったのだ。

天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに研修指導宣言をする白銀の君。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

それだけ彼女は邪竜の島の討滅戦への闘志を燃やしているのだ。

ディラン達の目の前に、大きな山の如く聳え立つ白銀の君。その威容はもはや言葉では言い尽くせない。

ただでさえ強大なオーラをますます燃やし意気込む白銀の君に、ディラン達の目は釘付けになる。

白銀の君の圧を真正面からモロに受けたディラン達の眼差しは、皆それぞれに様々な思いに揺れる。

『竜の女王から直接指導を受けられる!』という光栄に満ちた思いと、『竜の女王から扱かれて、俺達生きて帰れるのか……?』という不安が入り混じっていた。

そんなディラン達の様子に構うことなく、レオニスが白銀の君の宣言に賛同した。

「おお、そりゃいいな!そしたらちょうどいい機会だ、獄炎や鋼鉄、氷牙に迅雷もいっしょに鍛えてもらえ!」

「「「!?!?!?」」」

『ああ、それも良いですね。今後とも獄炎達には、私が不在の際に我が君の警護を任せなければなりませんしね』

「「「!?!?!?」」」」

レオニスから突如放たれた容赦ない言葉に、今度は中位ドラゴン達がその目を極限までひん剥いて固まる。

それまで四者は口にこそ出さなかったが、皆腹の中で『オー、白銀ノ君ノ、特訓カー』『ゴ愁傷サマダナ!』『死ナナイ程度ニ、頑張レヨー』等々、完全に他人事として捉えていた。

なのに、レオニスの余計な提言であっという間に白銀の君の特訓に巻き込まれてしまったではないか。

この思わぬ事態に、中位ドラゴン達が慌てふためきながら口々に抗議しだした。

「チョ、待、オマッ……レオニスゥゥゥゥ!」

「オ、オマエ!何テコトヲ、言イダスンダ……ッ……!」

「オ、俺達如キガ、白銀ノ君ニ、直ニ、指導ヲ、賜ルトカ……」

「畏レ多過ギテ、ソンナン絶対、無理ムリ無理ムリィィィィッ!」

血相を変えてレオニスを睨みつける中位ドラゴン達。

その目は本気で血走っていて、実に切迫した空気が流れている。

だが、当のレオニスは全く気にすることなく答える。

「ン? だってお前ら、万年運動不足だろ? 前にラグスにも運動不足って言われてたじゃねぇか」

「ソ、ソレハ……ソノ……」

「タ、確カニ、竜王樹ノ旦那ニモ、ソウ、言ワレテハ、イタガ……」

「だろ? なら良い機会じゃねぇか、お前らも討滅戦に向けて鍛えておかんとな!な、ラグスもそう思わんか?」

レオニスの『お前ら運動不足だろ?』という指摘に、中位ドラゴン達はぐうの音も出ない。

実際かつてレオニスが初めて竜王樹のもとを訪ねた時、白銀の君に連れられた後を心配して追いかけた中位ドラゴン達。飛ばずにずっと二本の足で山登りした結果、思いっきり息が上がってヘロヘロになってしまったという過去がある。

そのことに触れられて、中位ドラゴン達がモゴモゴと口篭る。その間にレオニスに話を振られたユグドラグスが、中位ドラゴン達に向けて声をかける。

『そうですねぇ……皆の健康のことを思うと、少しくらいは運動した方がいいかとは思いますが……』

「な? ラグスもこう言ってることだし。ここはいっちょ 漢(おとこ) を見せるところだろ!」

ユグドラグスの同意を得たレオニスが、ますます輝かんばかりの笑顔でニカッ!と爽やかに笑う。

だが、中位ドラゴン達からしてみればたまったものではない。

白銀の君からの直々の特訓―――それは中位ドラゴン達にとって死刑宣告にも等しかった。

「ゥゥゥ……竜王樹ノ旦那ァ……」

「ナ、何テ、酷イ、仕打チ……」

「俺達、討滅戦ガ、来ル前ニ、死ンジマウヨゥ……」

「竜王樹ノ旦那……今マデ、オ世話ニ、ナリマシタ……ゥゥゥ」

皆一様にがっくりと項垂れながら正座のような格好に崩れ落ち、四頭揃ってシクシクと泣き出したではないか。

あまりにも絶望に染まる鋼鉄竜達を見た白銀の君が、スーン……とした顔をしながら『其方達……私のことを一体何だと思ってるんです?』と呟いている。

しかし、心優しいユグドラグスは泣き出した中位ドラゴン達を見て、慌てたように声をかける。

『み、皆、そんな悲観することはないと思うよ? 確かに白銀は普段から割と厳しい方だけど、君達が本当に死ぬまで追い詰めたりはしないはずだよ? ね、白銀?』

『……そうですね。我が君がそう仰るならば、死なない程度に鍛え上げることも可能かと』

『そ、そこはほら、死なない程度じゃなくて、もう少し優しくしてあげて?』

『ですが、邪竜の島の討滅戦は全くの未知数。敵の数も正確には分かっていませんし、絶対に油断はできません』

『そ、それは、確かにそうなんだけど……』

オロオロとするユグドラグスに、白銀の君が毅然とした声で答える。

そう、白銀の君の言うことも尤もで、邪竜の島の討滅戦は予測不能な面が多い。

そしてこれは絶対に負けられない戦いでもある。

神樹を付け狙う廃都の魔城の四帝、その手駒である邪竜達。これを根絶することは、長年敵対してきたレオニス達人族のみならず白銀の君の悲願ともなっていた。

いつもならユグドラグスを立てて譲る白銀の君だが、今回ばかりは甘い顔はできない!とばかりに言い返す。

竜達のわちゃわちゃとした会話に、ディラン達はただただ静観するしかない。

そんな中、唯一フリーダムなレオニスがユグドラグスに声をかけた。

「あ、ラグス、多分ディラン達にはラグスの声は聞こえていないだろうから、代表のディランだけでもいいからラグスの加護を与えてやってくれないか?」

『……あ、はい、そうですね。そしたらここにいる全員に加護を授けましょう』

「手間をかけさせてすまんな」

『いえいえ、この地を動けぬ僕ができることと言えば、これくらいのことしかありませんから……』

レオニスの要請に、ユグドラグスが即座に応じてディラン達六人の竜騎士と相棒の飛竜、そして鋼鉄竜達四頭の中位ドラゴン達にも加護を与えていった。

ディラン達はキラキラとした粒子にふわりと包まれ、身の内から大いなる力が湧き起こるのを感じる。

光の粒子はゆっくりとディラン達の身体に染み込むように消えていき、その輝きが完全に消えた頃にユグドラグスが声をかけた。

『これで加護を与えることができたはずだけど……僕の声が聞こえますか?』

「……ッ!これは……竜王樹のお声、なのですか……?」

『ああ、ちゃんと聞こえたようですね、良かった』

「「「……ッ……!!」」」

初めて聞こえる竜王樹ユグドラグスの語りかけに、ディラン達は感無量で言葉に詰まる。

人族が神樹の声を聞くには、神樹から加護を受ける必要がある。加護を持たない人間には決してその声を聞くことはできないのだ。

しかし、この地でディラン達竜騎士が一週間も研修と称して過ごすからには、竜王樹の声が全く聞こえないままでは困る。故にレオニスはユグドラグスにディラン達への加護の下賜を願い出たのだ。

そしてレオニスの申し出は、思わぬところまで波及する。

ユグドラグスはディラン達竜騎士だけでなく、その相棒の飛竜や四頭の中位ドラゴン達にまで惜しみなく加護を授けたのだ。

ディラン達同様に、淡い光の粒子に包まれた中位ドラゴン達。身体の奥から新たな力が湧いてくるのを各々感じていた。

「オオオ……」

「何ダカ、身体ノ、中ガ、熱ク、ナッテキタ……」

「モノスゴク、 力(チカラ) ガ、漲ッテクルゾ……」

「今ナラバ、地ノ果テマデ、ヒトッ飛ビデ、行ケソウダ……」

それまで地面に膝をついて崩れ落ちていた中位ドラゴン達。

竜王樹の加護を得て、四者とも自然と立ち上がり新たな力を実感している。

そんな中位ドラゴン達に、白銀の君が静かな声で語りかける。

『其方達。たった今、我が君の加護を授けられたのが分かりますか?』

「……ハイ……」

『それは、我が君が其方達に大いに期待している証であることも、分かりますね?』

「……ハイ……」

それまで半ば呆然としていた中位ドラゴン達の顔が、白銀の君の語りかけによって徐々にしっかりとした顔つきになっていく。

次第に凛々しい表情になっていく中位ドラゴン達に、今度はユグドラグスが声をかけた。

『獄炎、鋼鉄、氷牙、迅雷、僕にはこれくらいのことしかできないけど……少しは君達の役に立てそうかな?』

「ソ、ソンナ!役ニ立ツ、ドコロノ、話ジャ、アリマセン!」

「竜王樹ノ旦那ノ、御力ヲ、俺達ニモ、分ケテ、イタダケルナンテ……」

「コンナニ、嬉シイコトハ、アリマセン!」

「「「「アリガトウゴザイマス!!」」」」

竜王樹に向かって一斉に頭を下げて、礼を言う中位ドラゴン達。

ピシッ!と背筋を伸ばしてからの礼は、とても綺麗で美しい所作だ。

どん底だった中位ドラゴン達のモチベーションは、見事復活したようだ。

『君達にこんなに喜んでもらえるなんて、僕も嬉しいよ。こんなことなら、君達にももっと早くに加護を与えるんだったね。ごめんね、僕が気が利かないせいで遅くなってしまって』

「ソンナコトハ、アリマセン!」

「俺達、竜王樹ノ旦那ノタメニ、モットモット、頑張リマス!」

「空ニ住ム、邪竜ナンテ、俺達ガ、コノ手デ、捻リ潰シテヤリマス!」

「竜王樹ノ旦那ニ、仇ナス奴ハ、決シテ、許シマセン!」

地の底から這い上がった中位ドラゴン達の意気込みの、何と凄まじいことよ。

彼らに救いの手を差し伸べたユグドラグスだけでなく、白銀の君もまた微笑みつつ励ましの声をかける。

『其方達、その意気です。例えその名に竜を頂く同族であろうとも、我が君を付け狙う邪悪な者共はもはや竜族に非ず。我が君の敵は我等の敵です。来たる討滅戦で、我等竜族の力を見せつけてやりましょう』

「「「「ハイッ!!」」」」

やる気に満ちた中位ドラゴン達の揃った返事は、実に頼もしい。

彼らの力強い言葉に、白銀の君だけでなくユグドラグスやレオニス達もまた微笑みながら見つめていた。