軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第914話 市場への回帰

十月に入ってからの、とある日のこと。

ラグナロッツァでも残暑と言えるような暑さはすっかり消え失せて、秋の気配もだいぶ深まってきた。

世の景色は橙と紫と黒、いわゆるハロウィンカラーに染まっている。

ラウルがいつも買い出しに出るヨンマルシェ市場だって、見渡す限りどの店にも何かしらのハロウィングッズが飾られていたりする。

かぼちゃのランタンに翼を広げたコウモリ、白い布を被ったオバケに魔女が被るとんがり帽子等々、可愛らしくデフォルメされたハロウィンキャラ達が、ラグナロッツァの街のあちこちを彩る。

ラウルがいつも買い物をしている果物屋や八百屋はもちろんのこと、肉屋に魚屋、雑貨屋や洋服屋、果ては武器屋や防具屋までハロウィンディスプレイに染まる始末だ。

そんな中、今日のラウルはヨンマルシェ市場の八百屋に買い物に来ていた。

「よ、大将。邪魔するぜ」

「おッ、ラウルさんじゃねぇか、らっしゃい!」

「今日はかぼちゃを買いに来たんだが、いいのは入ってるか?」

「もちろん!今が一番食べ頃のやつを、大小様々取り揃えてるぜぇー!」

「そりゃありがたい。そしたら大将オススメのかぼちゃを全部くれ」

「毎度ありー!」

毎度お馴染みラウルの豪快な注文っぷりに、見た目三十代半ばくらいのまだ若い男性店主がホクホク顔で応じる。

店主がより食べ頃のかぼちゃを選んでいる間に、ラウルは店頭に並ぶ他の野菜を見ている。

秋の味覚の代表格、サツマイモや栗、数種類のキノコを始めとして、ゴボウや大根、サトイモ、ニンジン、ナスなどが所狭しと並んでいた。

「大将、ここにあるサツマイモと栗とキノコも全部くれ」

「はいよー!ラウルさんはいっつも豪快に買っていってくれるから、ホント助かるよ!」

「いやいや、それは大将が目利きだからだ。この店の野菜なら、どれも間違いなく美味いからな」

「くゥーーーッ!嬉しいことを言ってくれるねぇ!」

ラウルの追加注文に、店主の顔はますます輝きに満ちる。

これだけ爆買いされて喜ばぬ商人などいないだろう。

しかもそこに店主の目利きを褒める言葉まで加われば、店主の機嫌はますますうなぎのぼりで良くなっていく。

今でこそラウルはラグナロッツァの屋敷で家庭菜園をしたり、カタポレンの畑で様々な巨大野菜を栽培しているが、それでも作れない作物がいくつかある。

今ラウルが爆買いしたキノコも、そのうちの一つだ。

いや、キノコとて原木栽培や菌床栽培など作物として育てる方法はあるし、ラウルならばきっとどれだけ難しくてもいずれは作れるようになるだろう。

だが、ライトとレオニスから『キノコ栽培だけはやめとけ』と止められているのだ。

その主な理由は『万が一にも魔物化したらマズいから』というものである。

RPG系ゲームの敵モンスターには、キノコがモチーフのものも多い。

そしてそれはサイサクス世界も例に漏れず、キノコ型魔物はかなり多い。

例えば暗黒の洞窟には暗黒茸がいるし、レオニスがウィカとともにシュマルリ山脈を旅していた時に出てきた毒々キノコもエリンギそっくりのキノコ型魔物だ。

それ以外にも、まだライト達が出会っていないキノコ型魔物は世界中にたくさん存在している。

それらを考えると、カタポレンの畑でのキノコ栽培は絶対に認められない。

今のところカタポレンの畑で野菜類が変質したことは一度もないが、キノコは野菜類とは違う。種から発芽する野菜類と違って、キノコは胞子や菌糸で繁殖していく。

野菜類とは生態が全く異なるだけに、変異した時の脅威度も全く予想がつかないのだ。

最悪の場合、魔の森カタポレンの魔力を吸ったキノコが突然変異で手足が生えて歩き出した!なんてことになるかもしれない。もしそうなったら、それこそ目も当てられない。

いや、手足が生える程度ならまだいい。巨大化した新種のキノコ型魔物に変異して、猛毒胞子を撒き散らすなんて事態になったら、冗談抜きで洒落にならない。

下手をすれば『屍鬼化の呪い』にも匹敵する脅威になりかねないのだ。

そんな訳で、キノコの我流栽培だけは絶対にダメ!と厳禁を言い渡されている。

そのことに対し、ラウルが全く不満を持っていなかった訳ではない。

カタポレンの畑がダメでも、ラグナロッツァのガラス温室での栽培ならいいんじゃねぇの?と思わなくもないからだ。

だが、ライトやレオニスが言っていた言葉が、ラウルのそうした不満を一気に消失させていた。

…………

………………

……………………

『キノコくらい市場で買えるんだから、キノコだけはそっちにしとけ』

『それに、全部自分で栽培できるようになるのもいいが、それだと市場で買い物する機会も激減するぞ?』

『市場で仲良くなったお店のおじさんやおばさんと会えなくなるのも、それはそれでとても寂しいでしょ?』

これらはラウルのキノコ栽培に関する話し合いの場の中で、ラウルがライト達から受けた説得だ。

確かにライト達の言っていることは、全て正しい。

ラウルが自給自足できるようになるにつれ、それまで市場で購入していた店からは必然的に足が遠のいていくだろう。

実際のところ、プロステスのパイア肉やファングのペリュトン肉を買うようになってからは、ラウルがラグナロッツァの肉屋で肉を買うことは少なくなった。

そしてそれは魚屋も同様で、最近のラウルはエンデアンの海鮮市場でより新鮮な魚介類を大量購入することが増えたので、ヨンマルシェ市場の魚屋には久しく足を運んでいない。

ラウルの活動範囲が広がるにつれ、そうした流れはより強まっていくだろう。他所の土地の名産品に出会えば出会う程、ラグナロッツァの既存店で同種の品を買う必要はなくなっていくのだから。

しかしそれは同時に、それまで買い物のために通っていた店との交流が途絶えることをも意味していた。

―――せっかく仲良くなった市場のおじさんやおばさんと、どんどん会えなくなっていっちゃうよ? それじゃラウルも寂しくない?―――

眉をハの字にして、心配そうな顔でラウルの顔を覗き込むライト。

その時のライトの寂しくて悲しげな表情が、ラウルの脳裏に焼き付いて離れない。

ライトはラウルとともにヨンマルシェ市場で買い物をするのが好きだ。

いろんな店で楽しそうに買い物をしているラウルの姿を見るのが大好きだ。

八百屋のおじさんや果物屋のおばちゃん、牛乳屋のおじいさん、いろんな人達と楽しげに会話をしながら、様々な食材を爆買いしていくラウル。その時のラウルの生き生きとした笑顔が、ライトはとても大好きなのだ。

だが、今のままではラウルはヨンマルシェ市場に通わなくなってしまう。

ヨンマルシェ市場でのラウルの笑顔と日常が薄れゆき、いずれは完全に途絶えて消えてしまうかもしれない―――それはライトにとっても、想像しただけで胸が痛くなる悲しい未来だった。

ライトが悲しそうに心配している顔を見た時、ラウルは決めた。

この先どれだけ自分の手で大量の野菜や果物を作り続けようとも、引き続きヨンマルシェ市場での買い物も継続していこう、と。

品物によっては足繁く通う回数は減るだろうが、それでも月に一度か二度は馴染みの店に顔を出して、四季折々の自然の恵みを他者からも仕入れよう———ラウルはそう心に誓った。

そうすることで、これまでにラウルが得てきた顔馴染みの人々との縁を繋げ続けていける。そしてそれは、決して多少の金銭では替えられない、得難き縁を失わずに済むということなのだから。

そう、ライト達が心配していたのは、何もキノコ栽培が孕む危険性ばかりではない。

ラウルとラグナロッツァの人々の縁が薄れてしまうことをも懸念していたのだ。

そのことに気づかせてくれたライトとレオニスに、ラウルは心の中で感謝している。

カタポレンの森の一角、ラウルの生まれ故郷プーリアの里ではついぞ得られることのなかった他者との深い縁。

それをこのラグナロッツァでようやく得たというのに、危うくそれを再び手放すことになっていたかもしれない。

ラウル自身も気づかぬうちに犯しかけていた愚行。

取り返しがつかなくなる寸前に押し留めてくれたのは、ライトとレオニスの必死の説得だった。

……………………

………………

…………

こりゃご主人様達には、当分どころか一生頭が上がらんな。

しゃあない、そしたらこの恩返しとして今以上に美味い飯と極上の甘味をご主人様達のために、腕によりをかけて作っていかなきゃな。

……よし、そしたら明日明後日は殻処理依頼をこなして報酬稼ぎに出かけるとしよう。エンデアンの殻処理はこないだ行ったばかりだから、今度はネツァクとツェリザークにするか!

ラウルがそんなことを考えていると、八百屋の店主から声をかけられる。

どうやらラウルが買い上げた品々の金額が出たようだ。

「ラウルさん、待たせたな!かぼちゃ三十五個にサツマイモ六十本、栗二百個にシイタケ四十個、マツタケ二十五個、マイタケ五十個、締めて5750G!でもラウルさんだから、特別に5500Gに負けとこう!」

「おお、そんなに負けてくれるのか。そりゃありがたい」

「ついでにこれも試食がてらつけとくぜ!」

ラウルが会計のために財布を出す準備をしていると、店主がラウルに何かを差し出した。

財布を出す手を止めて、それより先に店主から薄い麻袋を受け取ったラウル。

袋の口を少しだけ開けて中身を見ると、それはかぼちゃの種を炒った加工品、パンプキンシードだった。

「これは……かぼちゃの種、か?」

「そうそう。かぼちゃの種を天日干しで乾燥させて、フライパンで少量の油で炒って外側の硬い殻を取り除いてから、軽く塩を振ったものだ。これがまた最高に美味いおつまみでな!サラダのトッピングにもなるし、塩を振らずにスイーツの飾りにしたり、そのまま食べても普通に美味いんだぜ!」

「ほう、それはいいことを聞いた。今度俺もそうしてみるか」

「ハハハ、そりゃいい!今買ってくれたかぼちゃからもたくさん種が取れるだろうから、是非ともやってみてくんな!」

店主からオマケでもらったパンプキンシード。

試しにラウルが一粒だけ摘んで食べてみると、カリッとした歯応えにナッツのような香ばしさと塩味がよく合っていて、これがまた実に美味しい。確かにこりゃ酒のつまみにも合いそうだな、とラウルは心中で思う。

かぼちゃの種を食べるという考えは、これまでラウルの中にはなくてずっと捨てていた。植物魔法が使えなかった頃は、種を蒔いて再利用しようなどと思うことすらなかったのだ。

だが、ここへ来て知った思わぬ活用法に、ラウルが食いつかぬはずがない。店主がしてくれた軽い説明を聞き、早速自分もやってみよう!と思うラウル。

「この種は、今日は一袋しかないからオマケでつけたが。ホントはこれも売り物の一つで、うちの隠れた人気商品なんだぜ?」

「そうなのか? そしたらまた再入荷するのか?」

「ああ、毎週月水金に入荷する。でもって、かぼちゃが旬の間にしか売らん季節限定品なんだ。ま、かぼちゃの旬は当分続くから、種の入荷もまだしばらくは続くがな」

店主からの耳寄り情報に、ラウルの目はどんどん輝いていく。

もともと『季節限定品』という言葉に弱いラウル、おつまみやサラダのトッピングにもなると聞けばその購買意欲は留まることを知らない。

「よし、そしたらしばらくは月水金に買い物に来るとしよう」

「そりゃありがたい!うちの野菜達も、ラウルさんに買ってもらえるのをそりゃあ心待ちにしてるからな!」

「大将よ、相変わらず口が上手いな?」

「ンなこたぁないぜ? こう見えて俺は、ヨンマルシェ市場一の口下手と名高いんだからよ」

「よく言うぜwww」

ラウルが代金の5500Gを支払い、店主が金額の確認をして店の財布に入れる。

ラウルはその間に空間魔法陣に買った品々を収納しながら、店主と軽口を叩き合う。

買い物全部を仕舞い終えたところで、ラウルがついでに何かを取り出して店主に差し出した。

「これはオマケしてもらった礼だ、よかったら今日のおやつにでも食べてくれ」

「これは何だ? パイか何かか?」

「ああ、俺様特製のパンプキンパイだ」

「おおー、そりゃまた洒落たもんを作れるんだな!ちょうど小腹が空いてきたところだ、おやつと言わずに今ここで味見させてもらうとするか!」

ラウルが差し出したお礼のパンプキンパイ。

それはホールタルトなどの大きなものではなく、手のひらサイズの小さな薄型パンプキンパイだ。かぼちゃ型にくり抜かれていて、見た目もとても可愛らしいパイである。

ラウルから礼として受け取った店主、おやつまで待ちきれないようでその場でむしゃむしゃと頬張り始めた。

「おおお、 美味(ンめ) ぇな、コレ!」

「そりゃ良かった、口に合ったようで何よりだ」

「俺ァ高級な菓子屋の菓子とか、生まれてこの方一度も食ったことなんざねぇが……ラグナ大公や貴族が食べるデザートってのは、きっとこんな味なんだろうなぁ」

「さすがにラグナ宮殿で出る食べ物は、もっといいもんだろうが……ま、お褒めに与り光栄だ」

ラウルのお礼のパンプキンパイ。初めて食べるその美味しさに、店主はまず目を大きく見開きながら褒め称え、そして花咲くような笑顔で頬張り続ける。

ラウルはそれを見て、『ああ、パンプキンパイを作っておいて良かったな。今日ここで買ったかぼちゃを使って、また今年もたくさんのパンプキンパイを焼いて作っておこう』と心の中で思いながら微笑んでいる。

そしてあっという間にパンプキンパイを食べ終わった店主。

口の端についたかぼちゃの餡を、親指で軽く拭いつつ指をペロッと舐めてからラウルに話しかけた。

「なぁ、ラウルさんよ。さっき俺が売ったかぼちゃも、こんな風に美味しいパイに生まれ変わるのか?」

「ああ。今年もかぼちゃをふんだんに使ったパンプキンパイをたくさん作る予定だし、さっきのサツマイモでスイートポテトも作るぞ」

「そうなのか!そしたら今度はスイートポテトをご馳走してくれないか!? その礼に、またとびっきり美味しい野菜を仕入れておくし、パンプキンシードに負けないくらいに良いオマケもつけるからさ!」

今もらったパンプキンパイだけでなく、先程まで店先に並んでいたサツマイモを使ったスイートポテトを作る―――そんな耳寄り情報を聞いた店主が、身を乗り出しながらラウルにおすそ分けをねだってきた。

目を輝かせて頼んでくる店主に、ラウルも快く承諾する。

「了解。いつも良くしてくれる大将への礼だ、オマケ云々抜きにしてもたくさん作っておすそ分けしよう」

「ありがとう!楽しみに待ってるぜ!」

「ああ。俺の方こそ、とびっきり美味しい野菜ってのを期待してるぜ」

「任せといてくれ!」

不躾とも思える突然の申し出を聞き入れてもらえたことに、店主がラウルの手を両手でガシッ!と握って礼を言う。

そんな大喜びの店主に、ラウルもまた店主にとびっきりの野菜を仕入れるよう改めて頼んでいる。

ライトとレオニスが繋ぎ止めた、ラウルとヨンマルシェ市場の店との縁。

その温かさを、ラウルは八百屋の軒先で存分に噛みしめていた。