軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第911話 十人の竜騎士達

会議室と思しき部屋の中にいた、総勢十人の人間達。

まず部屋に入って左側中央に大きな八角形のテーブルがあり、十人のうち四人が椅子に腰掛けている。

そして案内役を務めたルシウスを除く他の五人は、四人が座っている椅子ともう一つの空席の後ろで直立姿勢で立っていた。

おそらくは椅子に腰掛けているのが上役で、その後ろに立つのは直属の部下なのだろう。そして唯一一人だけが立っている前の空席は、副団長であるルシウスが座る席と推察される。

その十人の中には女性もいて、当然のことながら全員漏れなく竜騎士である。

何故そんなことが分かるのかというと、この飛竜専用飼育場に出入りできるのは基本的に竜騎士だけだからだ。

例え竜騎士団に何か用事があって訪ねるとしても、その訪問先はラグナ宮殿内になり、この専用飼育場で落ち合うことなどまずないのである。

そして、彼ら彼女らの外見的服装もかなり異なっている。

パリッとした竜騎士専用の制服を着ている者もいれば、戦闘用の鎧を着用している者、制服よりもラフで動きやすそうな服を着ている者、様々な格好の者達がいた。

レオニスが会議室に入室した直後から、レオニスはその十人全員からの視線を一身に集めている。

竜騎士という強者達から無言で向けられる視線に、レオニスの口角が僅かに上がる。

……ああ、こういう視線を浴びるのはいつ以来だ……

最近はめっきりそういう機会がなかったから、久しく忘れていたが……昔はよくこういう目で見られていたもんだった。

ま、その頃は俺もまだまだケツの青い、駆け出しに毛が生えた程度の経歴しかなかったからな。

久しぶりに味わう感覚に、レオニスはかつての若かりし頃の自分を思い出す。

レオニスの言うところの『こういう視線』とは、 自分(レオニス) を値踏みする目。あるいはその出自を知り、下に見てくる目。そして時には羨望混じりの嫉妬と好奇の目。

いずれにしても、駆け出しの頃のレオニスを取り巻く視線は、決してポジティブな眼差しではなかった。

もちろんレオニスの周囲には、そんなネガティブな者達ばかりではなかった。

むしろレオニスの所属組織である冒険者ギルドでは、常に組織の一員としてその実力を公正に評価し、それを素直に称賛してくれる者の方が多かった。

ならば一体どこでそんなネガティブな視線を受けるかと言えば、主に貴族が集う場所。特にラグナ宮殿からの呼び出しで、仕方なく登城した時が圧倒的に多かった。

その実力を耳にした貴族が、レオニスを専属騎士として迎え入れようと接触してくるのはまだマシな方で、中には安月給で私兵として取り込もうとしたり、高額報酬を餌に絶対服従を強いろうとする者、果ては妾腹の娘との婚姻を迫る者も少なからずいた。

レオニスはそれら理不尽な要求を尽く断り続けたが、そうなると今度は侮蔑の目がレオニスを取り囲むようになる。

『下賤な平民の分際で』

『貴族から差し伸べた救いの手を跳ね除けるなど』

『何という不遜、何という身の程知らず』

『これだから、愚かな平民は救いようがないのだ』

『あのような者に叙爵などあり得ぬ』

『叙勲ですら分不相応だというのに』

『あのような者に、ラグナ宮殿に入る資格などない』

ラグナ宮殿に呼びつけられたレオニスが、これまでに叩かれた陰口は到底こんなものだけではなかった。

次第にレオニスはラグナ宮殿からの呼びつけを無視するようになり、冒険者階級が上がるにつれてその対応を冒険者ギルドに丸投げするようになっていった。

金剛級冒険者という、押しも押されぬ最上級の階級になった今でこそそうしたやり取りからは逃れられている。だがそこに至るまでの過程で味わった数々の苦痛こそが、レオニスを根っからの貴族嫌いにさせたのだ。

今レオニスの目の前にいる、十人の竜騎士達。

彼らからの視線には、そこまであからさまな侮蔑は込められていない。だがそれでも、どこかレオニスを品定めしているかのような雰囲気は隠しきれていない。

かつてのレオニスだったら、この時点で踵を返してこの場から立ち去っていただろう。

だが今のレオニスは、この程度のことですぐに憤慨することはない。

それは十年以上冒険者をやってきて、レオニス自身がそれなりに成長したというのもあるが、相手とは初対面同士だからという理由が要因として大きい。

レオニスが持つ金剛級冒険者という肩書はもちろん有名だし、アクシーディア公国竜騎士団だって国内外でその名を馳せる組織だ。

互いに有名な初対面同士、何かと相手の噂は耳にしていても実力の程は実際にその目で見るまで分からない。

こいつは本当に、噂に聞く程に強いのか?という好奇を含んだ眼差しや思惑。それは竜騎士団側だけでなく、レオニス側にだって内心ではそうした思いが少なからずある。

言ってみれば『お互い様』というやつだ。

そんなレオニスの考えを他所に、先竜騎士団側の一人が先んじてレオニスに声をかけた。

「君がレオニス・フィア卿だね。我が竜騎士団の庭にようこそ。こんな郊外にまでわざわざ足を運んでくれたこと、心より感謝している」

「こちらこそ、重要施設内にお招きいただき感謝する。竜騎士団の専用飼育場なんて、誰でも簡単に入れるもんじゃないからな」

「そう言ってもらえると助かる。ささ、このまま立ち話というのも何だから、レオニス卿も好きな席を選んで座ってくれたまえ」

その人物はレオニスと言葉を交わした後、レオニスに席に着くように促す。

見た感じ三十代前後と思われる、その男性―――彼は部屋の入口から最も遠い位置に座っており、その左右二つの席に竜騎士がいる。

その座っている位置、そして着ている制服の豪華さからして、その人物は間違いなく竜騎士団団長であろう。

レオニスはその人物の言葉に従い、彼の真向かいの席に座る。

八角形のテーブルのうちの五箇所が既に使われていて、空いている席は三つ。その中で好きな席を選べ、と言われても、位置的に真向かいを選ぶ以外の選択肢は実質上ないのだが。

レオニスが席についたところで、口火を切った男性がさらに言葉を続ける。

「まずはお互いのことをよく知るために、自己紹介から始めようじゃないか。私はアクシーディア公国竜騎士団団長、第八十二代目総司令官を務めるディラン・チェステという者だ。よろしく頼む」

互いの自己紹介を提案したディランが、言い出しっぺの役割として一番始めに名乗る。

その間に、レオニスの案内役だった副団長のルシウスが席に着き、先程レオニスにしたのと同じように自己紹介をした。

その後も竜騎士達は、前の者に続け!とばかりに役職順に名乗っていく。

「次は私ですね。私はルシウスとともに副団長及び司令官を務めております、アリーチェ・ラインフェルトと申します。以後お見知りおきを」

「俺は第一師団長を務めるコンラート・シェルバリだ」

「僕は第二師団長のカルミネ・ベルティ―――」

「私は第一旅団長のエレオノラ・ペトラルカ―――」

「自分は第二旅団長の―――」

「私は第三旅―――」

「私は第―――」

竜騎士十人全員が順番に名乗り終えた。

その名乗りによると、テーブルの席に座っていたのは団長、副団長二人、師団長二人の五人で、背後に立っていた五人は全員旅団長という役職持ちらしい。

そして竜騎士団側全員が一通り名乗り終えたことで、今度はレオニスに視線が再び集中する。

皆言葉にこそ出さないが、その視線は暗に『さぁ、今度はお前が名乗る番だぞ?』と言っているかのようだ。

だが、そんな視線に怯むようなレオニスではない。

レオニスの真ん前に座る、竜騎士団のトップであるディランを真っ直ぐに見据えつつ口を開いた。

「俺の名はレオニス。冒険者ギルド所属で、金剛級冒険者として活動している。よろしくな」

竜騎士団側の名乗りと同様、最低限のことしか言わないレオニス。

これは別に、意趣返しなどといった深い意図などない。ただ単に相手が素っ気なかったから、自分もそれに倣ったまでである。

そうして両者―――この場にいる全員が名乗り、次の話題に移る。

「まず、今日こちら側にいる十人のこれからの役割を伝えておこう。シュマルリ山脈南方研修の派遣人数や回数について、貴殿の上司であるマスターパレンには既に伝達済みだが……レオニス卿は聞いておられるかね?」

「もちろんだ。六人一組で五回派遣すると聞いている」

「その通り。第一班は私が率い、第二班と第三班を副団長、第四班と第五班を師団長が率いる予定だ」

「で、その五人の後ろに立っている五人の旅団長が副班長ってことか?」

「理解が早くて助かる」

ディランの話すことをすぐに理解するレオニス。

今日ここに集められた十人の竜騎士は、近々行われるシュマルリ山脈南方研修の正副班長。つまりは責任者である。

ここにはいない二十人はまた後日改めて顔合わせするとして、まずは責任者全員とレオニスを顔合わせしておこう、ということのようだ。

「で? 一番初めは誰が行くんだ?」

「それはもちろん、第一班の私が行く予定だ」

「ほう、竜騎士団団長自らが先陣を切るのか。そりゃまた相当に気合いが入っているようだな」

「当然のことだ。我等にとって竜の聖地であるシュマルリ山脈に行けるのだからな!」

「竜の……聖地?」

五回の研修派遣の順番、誰が一番手で行くのかを尋ねたレオニスに、ディランは突如目を輝かせながら興奮気味に語りだす。

ディランの口から飛び出した『竜の聖地』というパワーワードに、レオニスが小首を傾げる。

レオニス達冒険者にとってシュマルリ山脈とは、中央から南下するにつれ危険度が増していく超危険地帯、という認識が一般的だ。

実際に山脈中央から野生の翼竜や飛竜が増えていき、さらに南方にはそれらをはるかに上回る力を持つ獄炎竜や氷牙竜などが生息している。

そんな強大な力を持つ竜族からしたら、人族など虫けらにも等しい瑣末な存在だ。興味本位や貴重な素材目当てで迂闊に近づいたら、竜族が持つ鋭い牙や爪で瞬時にその身を引き裂かれるだろう。

だが、そんな危険極まりない場所であっても、竜騎士達にとっては意味が異なってくる。

彼らが日頃から駆る飛竜、それは竜騎士達の相棒。そして飛竜のみならず、様々な竜族が生息しているのがシュマルリ山脈だ。

そう、竜騎士団に欠かすことのできない大事な相棒達の故郷であるシュマルリ山脈は、まさしく『竜の聖地』なのである。

「レオニス卿には理解し難いだろうが……竜騎士にとってシュマルリ山脈とは『いつかは相棒の飛竜とともに訪れたい、憧れの地ナンバーワン』なのだ!」

「そ、そうなんか……ま、まぁな、俺は竜騎士じゃねぇからな……理解しきれなくてすまんな」

天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに力説するディラン。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

そしてそんなディランの勇姿?を、他の九人の竜騎士達は目を閉じつつ、うんうん、と深く頷き小さな拍手とともに全身全霊全力で肯定している。

どうやらディランの論は突飛なものではなく、竜騎士達全員が持つ共通認識のようだ。

だが、ディランの熱気はすぐに萎む。

そしてディランが萎むと同時に、他の九人もがっくりと肩を落とす。

「しかし、現実はなかなか上手くいかぬものでな……竜騎士現役時代は日々の仕事に追われて忙しく、シュマルリ山脈に出かける時間的余裕など全くない」

「そりゃまぁ、そうだろうなぁ」

「ならば竜騎士引退後に行けばいい、と思うだろう? だがな、竜騎士を引退したら飛竜には乗れなくなる。ここで飼われている飛竜は皆、アクシーディア公国の国家財産だからな」

「……ぁー……それは、まぁ、その、何だ……うん、頑張れ……」

部下達以上にがっくりと肩を落としながら、竜騎士を取り囲む現実を語るディラン。

竜騎士達が恋い焦がれる竜の聖地、シュマルリ山脈。

プライベート旅行で行くには、ここラグナロッツァからはかなり遠い故に、竜騎士現役時代に詣でることは叶わない。

かといって、現役を退いたから行けるようになるというものでもない。何故ならば、竜騎士団が持つ飛竜とは国家が管理するものであり、引退した竜騎士が自由に扱えるものではないからだ。

竜騎士達が抱える苦悩を察したレオニス。

その苦悩を察することはできても、レオニスにはどうしてやることもできない。

哀れな竜騎士達を前に、言葉に詰まりつつ励ましの言葉をかけた、その時。

ディラン達が全員同時にガバッ!と顔を上げた。

「しかし!レオニス卿のおかげで!我等の長年の夢がようやく叶う時が来たのだ!」

「!?」

「そうです!此度の研修は、まさに我等にとって渡りに船なのです!」

「!?!?」

「ええ!だってだって、ラグナ大公の命のもと、公務として堂々とシュマルリ山脈に行けるんですもの!」

「…………」

ガバッ!と顔を上げたディラン、テーブルの真向かいにいたレオニスのもとに駆け寄り両手をガシッ!と握りしめる。

ディランだけではない、他の九人全員までもがレオニスの周囲に一気に集まってきたではないか。

これにはさすがのレオニスも、鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔になる。

しかし、先程までの互いに値踏みするような面持ちで腹の探り合いをするよりは、今の豆鉄砲の方が余程いい。

レオニスは、自分の与り知らぬところで誰かが喜んでくれていたことを知り、徐々に顔の筋肉の緊張が解れていく。

それまで澄まし顔だった竜騎士達が、一転して破顔しながらレオニスに向かって「ありがとう!」「本当にありがとう!」と口々に礼を言っている。

そんな竜騎士達の笑顔を見て、レオニスも次第に自然な笑顔になっていった。