軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第793話 謎に満ちた剣豪

「くッそー、このあちしの入店をお断りするとは……」

「すまんな、俺達のせいで……許してくれ、この通り」

公園のベンチに座りながら、横に座る眠に深々と頭を下げるレオニス。

ジョージ商会を出て【Love the Palen】の喫茶店に行った一行だったが、文鳥を二羽連れたレオニス達を見た店員に入店を断られてしまったのだ。

「おねむ様、大変申し訳ございません。ペットをご同伴での入店は、当店では固くお断りしておりまして……」

「なぬッ!? このあちしの入店を断ると言うのですか!?」

「おねむ様お一人でしたら、如何様にもお通しできるのですが……鳥を二羽お連れのお客様とともに入店なさるのは、お断りさせていただく他ありません」

ライト達とともに入店した眠に向かって、申し訳なさそうに退店を伝える女性店員。

何と驚いたことに、彼女も眠のことを『おねむ様』と呼んでいるではないか。

眠がジョージ商会で自信満々に言っていた『あちしはあの店の常連客にしてお得意様なのです』というのは、どうやら本当のことらしい。

だが、馴染みの店員からここまできっぱりと入店を断られても、なおも眠は食い下がる。

「君では話になりません。上の方を呼びなさい!」

「店長をお呼びしても、同じことを繰り返し仰るだけですよ……店長は、私ども店員よりもはるかに規律に厳しい御方ですから……それはおねむ様もご存知ですよね?」

「ぐぬぬぬぬ……」

女性店員の紛うことなき正論に、さしもの眠もぐうの音も出ない。

それまでずっと後ろにいたレオニスが、眠の肩をポン、と軽く叩きながら声をかける。

「もういい、ねむちゃま、行こう……店側の言っていることは正しいし、こればかりはどうしようもない。鳥連れで来ている俺達が悪いんだから」

「仕方ありませんね……レオぴっぴの言う通り、ここは戦略的撤退するしかないようです」

「店員の姉ちゃんも、無理言ってすまなかったな」

「いいえ、どうぞお気になさらず……またの機会にお越しくださいませ」

そう言って、【Love the Palen】を後にして急遽近くの公園に移動したのだ。

ライト達としては、フギンとレイヴンを連れたままで小洒落た飲食店に入れないだろうことは覚悟していたのでまだいい。

【Love the Palen】は、首都ラグナロッツァでも指折り数える超有名店。その手の情報に疎いレオニスですら知っている店だ。

開けた露店ならともかく、高級サロンかと見紛うような高級人気店で動物同伴の飲食など、店側が許すはずもないことは容易に想像できた。

だが、眠の方はそうはいかないようだ。

腹の虫が収まらない!といった感じで、未だにブツブツと呟いている。

「ったく……最近の店員は教育がなっていませんね」

「いや、徹底した教育がなされているからこそ、きっぱりとお断りされたんだと思うぞ……」

「パレ公め、許しませんよ。今度会ったら即刻死刑に処します」

「いやいや、マスターパレンが死んだら冒険者ギルドっつーか、アクシーディア公国そのものが大変なことになるから、それは勘弁してくれ……つーか、そもそもマスターパレンは何一つ悪くねぇし」

プンスコと怒りながら、レオニスから渡されたおやつ―――ラウル特製カスタードクリームパイを、勢いよくもっしゃもっしゃと頬張る眠。

ぬるぬるドリンク珈琲味を片手にスイーツをむしゃる姿は、とてもじゃないが大陸一の剣豪には見えない。

そして眠はなかなかに過激なことを呟いているが、その都度レオニスが冷静なツッコミを入れて止めている。

しかも、眠の言う『パレ公』とは冒険者ギルドマスターのパレンを指しているらしい。

パレンのことを誰憚ることなく『パレ公』と呼ぶのは、世界広しと言えど眠唯一人であろう。

しかし、そんな荒ぶる眠もラウルの美味しいスイーツを食べていくうちに、だんだん気分が落ち着いたのか感心したようにレオニスに尋ねた。

「それにしても……このカスタードクリームパイ、ものすごーく美味ですねぇ。これはどこの店で購入したものなのですか?」

「ン? ああ、これはうちの執事のラウルが作ったものでな。市販品じゃないんだ」

「ほう、それはすごい。宮仕えの菓子専門料理人が大公への献上品として作ったものだ、と言われてもそのまま信じる自信がありますよ」

「そりゃどうも。ラウル、ねむちゃまに褒められたぞ、良かったなぁ!」

「ぉ、ぉぅ……」

ラウルに向かってニカッ!と笑いかけるレオニスに、話を振られた当のラウルは何と返していいものやら分からない。

戸惑うラウルに、レオニスはなおも解説する。

「このねむちゃまってのはな、なかなかにグルメな舌を持っててな? 宮廷晩餐会の料理にすら、その場で容赦なくダメ出しすることでも有名なんだ」

「そ、そうなのか……そいつは宮廷晩餐会に招かれるほどの人物ってことなんだな」

「そりゃあな? さっきも言っただろ? ねむちゃまはサイサクス大陸一の剣豪だって」

「そ、そうか……ご主人様がそう言うなら、信じる他ないな……」

いつものラウルなら『お褒めに与り光栄だ』と返すところなのだが。

眠が醸し出すあまりの胡散臭さに、さしものラウルも動揺を隠せないでいる。

ラウルは眠とは初対面なので、彼がどんな人物か知りようもない。

だが、ラウルが最も信頼するレオニスがそこまではっきりと断言するのなら、それは間違いなく事実なのだろう―――そう自分に言い聞かせる他ない。

そしてそう考えるのはラウルだけでなく、ライトも同様である。

BCOのキャラクターに『眠狂七郎』などという名前の人物は出てこなかったし、ライト自身全く心当たりがない。

創造神(うんえい) が生み出したNPCではないようだが、彼はきっとレオニスやフェネセン同様このサイサクス世界における重要人物なのだろう。

でなければ、レオニス程の人物が『大陸一の剣豪』などと手放しで絶賛するはずがないからだ。

注意深く繁繁と眠を見つめ、観察するライト。

黒い着物に黒い羽織、そして愛用の得物らしい重刀。

背丈はレオニスと同じくらいで、黒い長髪をポニーテールのように高い位置で一つに結わえている。

髪だけでなく瞳も黒で、肌は東洋人系の黄色肌。他の国はどうか知らないが、ライトが知る限り黒目黒髪はアクシーディア公国の中ではかなり珍しい方だ。

本当に現代日本でいうところの昭和の時代劇の主人公のようである。

そして左頬に、一筋のくっきりとした大きな傷があるのが見える。

じっくりと見つめるライトの視線に、眠も気づいたのか彼の方もライトを見ながらレオニスに尋ねた。

「ところでレオぴっぴよ。貴方、いつ結婚したのです?」

「え、結婚!? 俺まだ結婚なんてしてねぇよ!?」

「ならばこの子は一体誰の子です? もしかして……レオぴっぴ、未婚の父に就任したのですか?」

「違う違う!この子はライトと言って、俺の兄貴分だった人の忘れ形見だ!」

眠からの尤もな質問に、レオニスが慌てて否定する。

眠もまたライトとは初対面だし、レオニスと再会したのも数年ぶりとあって、ライトとレオニスの関係を全く知らないのだ。

「なぁんだ、そういうことですか。あちしとしては、レオぴっぴが未婚の父をしていた方が面白いんですがね……チッ」

「未婚の父のが面白いって、一体何なんだよ……つか、舌打ちすんじゃねーよ」

「とりあえず、レオぴっぴの実の子ではないのですね?」

「ああ。兄貴分だった人の代わりに、俺が養い親として育ててるだけだ」

眠の言い草に、レオニスがため息をつきながら力無く反論する。

ここまでレオニスが眠に対して強行に反論したり、あからさまに抗議する様子は一切見受けられない。

何というか、すっかり諦めの境地に至っているようだ。

「でもまぁ、実の子ではないにしても、レオぴっぴが養い親となって我が子同然に育てているというのなら、もはや立派な家族ですね」

「ああ、ライトは俺の家族だ」

「ならばあちしもきちんと挨拶せねばなりませんね」

眠はそう言うと、ライトの方に改めて向き直り自己紹介を始めた。

「あちしの名は、眠狂七郎。レオぴっぴとは旧知の仲でして、互いに愛称で呼び合うほどの仲良しさんです。以後お見知りおきを」

「あ、初めまして!ぼくはライトと言います。両親は早くに亡くなって、今はレオ兄ちゃんといっしょに住んでます。眠さん、よろしくお願いします!」

「ライぴっぴですか。とても礼儀正しくて賢い子ですねぇ」

「「「……ライぴっぴ……」」」

ライトの名を知った眠が、早速ライトのことを愛称で呼んでいる。

その名も『ライぴっぴ』、レオニスの『レオぴっぴ』とほぼ同等の愛称である。

そのあまりの衝撃的な呼び方に、レオニスとラウルはピシッ……と固まり、ライトは思わず目が泳ぐ。

「ぼ、ぼく、『ライぴっぴ』になるんですか……?」

「ン? 何か問題でも?」

「ぃ、ぃぇ、そういう訳では……レ、レオ兄ちゃん……?」

狼狽するライトに、何の疑問も持っていなさそうな眠。

ライトは思わずレオニスの方に視線を向ける。

それはライトの『レオ兄ちゃん、助けて!』という無言の救助要請であった。

だが、ライトの視線を受けたレオニスは、フッ……と小さな笑みを浮かべる。

そして首を横に軽く振りつつ、ライトに言い聞かせるように小声で囁く。

「いいか? ライト、よーく聞くんだ。このねむちゃまってのはな、フェネセンと同類だ」

「ぅぇ!?……フェネぴょんと……ど、同類……?」

「俺に『レオぴっぴ』なんて変な呼び方をつけて、自分のことも『ねむちゃまと呼べ』って言うんだぜ? フェネセンにそっくりだろ?」

「そ、そういえば……」

ライトに残酷な真実を告げた後、レオニスはフッ……とはるか遠くを見つめた。

「フェネセンも大概変なやつだっただろ? だがな、世の中上には上がいるんだ。このねむちゃまはな、さらに輪をかけてフェネセンの上をいく変人なんだ」

「ええええ……そそそそんな……そんな人が、この世にいるの……?」

「いる。ここにな」

レオニスがはるか彼方を見つめる一方で、レオニスの宣告を受けたライトは愕然とする。

だが、言われてみれば思い当たる節がたくさんあることにライトは気づく。

レオニスのことを変てこりんな愛称(レオぽん、レオぴっぴ)で呼び、自分にも妙ちきりんな愛称(フェネぴょん、ねむちゃま)をつけてそう呼ばせる。しかもそれらを、どういう訳かレオニスは受け入れている。

これだけのことをレオニスが何も言わずに受け入れているのは、実際フェネセン以来二人目だ。

ライトは眠のことは全く知らないが、フェネセンのことならよく知っている。

レオニスをして『フェネセン以上の変人』と言わしめる眠。

ライトが最も信頼するレオニスがそこまではっきりと断言するのなら、それは間違いなく事実なのだろう―――ライトもまたラウル同様、そう自分に言い聞かせる他なかった。

ライトが心の底から愕然としている横で、眠がレオニスに文句を言っている。

「レオぴっぴ、全部聞こえてますよ。あちしはフェネぴっぴとは全然違いますからね?」

「あのな? そう思ってんのは、ねむちゃまだけだぞ?」

「だいたいですね。あちしは平々凡々で、どこにでもいるような極々普ッ通ーーーの剣豪さんなんです。フェネぴっぴのような、とんでも規格外と比べること自体が大間違いというものです」

「剣豪に、平々凡々だの極々普通もへったくれもあるかっての……」

眠の飄々とした語り口に、レオニスはずっと脱力しながらツッコミを入れている。

レオニスのツッコミなど、どこ吹く風とばかりに全く堪えない眠。かなりの胆力の持ち主とみえる。

はぁ……とため息をつきながら、レオニスが話題を変える。

「ところでねむちゃまよ、いつラグナロッツァに来たんだ?」

「昨日? いや、一昨日? ンー、よく覚えてませんねぇ」

「何だそれ……つーか、ジョージ商会にいたこと自体がかなり珍しいな? なんか買い物でもしてたんか?」

「あちしはラグナロッツァに立ち寄った折には、ジョージ商会もちょくちょく覗いていますよ。【Love the Palen】から近いこともありますしね」

「そうか……ま、ねむちゃまに会えたこと自体は幸いだと思うがな」

ジョージ商会にいた理由を明かさず、のらりくらりと適当な答えを返す眠。

レオニスも諦めたように尋ねるのを止める。

レオニスも早々に撤退するあたり、眠との会話はいつもこんな感じなのだろう。

「というか、レオぴっぴこそジョージ商会に足を運ぶとか、珍しいこともあるものですね。貴方、あんな店で武器防具なんて買わないでしょうに?」

「あー、今日はライトがジョージ商会に武器防具を見に行きたいって言ったから、出かけついでに立ち寄ったんだ」

「そうでしたか」

レオニスの答えに、眠が優しげな瞳でライトを見つめる。

そして、それまでとは違った柔和な口調でライトに問いかけた。

「ライぴっぴも将来は、レオぴっぴのような冒険者を目指しているのですか?」

「はい!ぼくもレオ兄ちゃんや父さんのような、立派な冒険者になりたいです!」

「明確な将来の夢があるのは良いことです。その夢を叶えるために、勉強や体力作りなどを頑張る励みになりますからね」

「はい!ぼくは今ラグーン学園の初等部二年生なんですけど、十歳になったらすぐに冒険者登録するつもりなんです!」

眠に将来の夢を問われて、思わず張り切りながら答えるライト。

明るい未来を夢見るライトの子供らしい姿に、大人達の頬も思わず緩む。

「……さて、あちしはそろそろ行かねばなりません」

「そうなのか? ねむちゃま、ラグナロッツァではどこに泊まっているんだ?」

「今は『向日葵亭』というところに泊まってますよ。あの宿は、値段の割に食事と布団の質が良いのでね。あちしのお気に入りの宿なのです」

「向日葵亭か、承知した。ねむちゃまに会いたい時には、向日葵亭に行ってみるわ」

「是非ともそうしてください。いつまでラグナロッツァにいるかは分かりませんがね」

眠はそう言うと、ベンチからゆっくりと立ち上がりながら、今度はラウルに声をかけた。

「ラウぴっぴ、とても美味しいカスタードクリームパイでしたよ。どうもごちそうさまでした」

「「「……ラ、ラウぴっぴ……」」」

眠からの礼の言葉に、ライト達全員が固まる。

美味しいおやつの礼の言葉は普通なのだが、ラウルの呼称まで『ラウぴっぴ』に確定してしまったことに全員愕然とするばかりだ。

「では、これにて失礼。いつかまたお会いしましょう。あでゅーーー」

「「「……ぁ、あでゅーーー……」」」

ひらりと身を翻し、ふわりと羽織をはためかせる眠。右手をひらひらとさせながら、颯爽と去っていくその立ち居振る舞いは、もはや優雅ですらある。

どこまでもマイペースで掴みどころのない眠の後ろ姿を、ライト達はただただ右手を小さく振りながら見送るしかなかった。