作品タイトル不明
第760話 孤児院再建の進捗状況
公園からラグナロッツァ孤児院に移動したライト達。
寂れた裏路地は、先程までいた公園とは打って変わった空気が漂う。
だがそんな中にあって、はるか遠くから子供達の明るい笑い声が聞こえてくる。
その楽しげな笑い声は、ラグナロッツァ孤児院から響いてきていた。
相変わらず建付けの悪い入口扉を開けて、ライト達は礼拝堂に入っていく。
レオニスが奥に向かって、大きな声で呼びかけた。
「おーい、シスターマイラ、いるかー?」
礼拝堂入口でしばらく待っていると、ドタドタドタ……という音が聞こえてくる。
そうして奥から孤児院の子供達が出てきた。
「はーい、どなたー?」
「……あーッ、レオニス兄ちゃんだー!」
「ラウルのお兄ちゃんに、ライト君もいるー!」
「「「こーーーんにーーーちはーーー!!」」」
ライト達の姿を見た子供達が、元気いっぱいに挨拶をする。
ライト、レオニス、ラウルはもう何度もこの孤児院を訪ねているので、子供達ともすっかり顔馴染みで仲良しだ。
一行の先頭にいたレオニスに、多数の子供達が群がる。
「お兄ちゃん達、今日もお餅を届けに来てくれたのー?」
「ああ、そうだぞ。今日も美味しい餅をたくさん持ってきたぞ」
「わーい!…………って、その鳥は、なぁに? カラス?」
「ホントだー、今日はカラスさんを連れてきたの!?」
レオニスの両肩にいるカラスっぽい鳥―――ムニンとトリスを子供達が目聡く見つけ、物珍しそうに見ている。
ムニンとトリスは、公園で昼食を摂った時と同じ普通のカラスのサイズでレオニスの肩に留まっていた。
文鳥サイズだと子供達が乱暴に扱うかもしれないから、という懸念からカラスサイズにしたのだ。
「ああ、知り合いから数日の間預かってくれと頼まれたカラスなんだ」
「ふっくらまん丸で、とっても可愛いね!」
「レオニスお兄ちゃん、この子達に名前はあるの?」
「もちろんあるぞ。どっちも女の子で、こっちがムニンで、こっちがトリスだ。…………よな?」
むっちりまん丸な二羽のカラス(仮)の名を問われたレオニス、右肩にいるのをムニン、左肩にいるのをトリス、と紹介した。……が、イマイチ自信がなかったらしく、最後の語尾で小声で確認をする。
ムニンとトリスが小さくコクリ、と頷いたので、どうやら合っていたようだ。
「ねぇねぇ、ムニンちゃんとトリスちゃんを撫でてもいい?」
「いいけど、そっと優しくな。乱暴に扱うと、この鋭い嘴で反撃されて危ないからな」
「分かった!」
「でもって、あんまり長く触らないでくれ。たくさんの人間に触られ過ぎると、カラス達のストレスになるからな」
「はーい!」
「皆ー、撫でるのは一人一回だけね!」
「撫でたい子は一列に並んでー!」
レオニスがムニンとトリスに「しばらく子供達の相手をよろしくな」と囁き、礼拝堂と椅子の上にそっと一羽づつ下ろす。
ムニン達を撫でたい子供達は、ムニン達の前に行儀良く一列に並び、順番待ちを始める。
そしてカラスにあまり興味のない子供達は、列に並ぶことなくレオニスに話しかけた。
「ていうか、レオニス兄ちゃん、今月は来てくれるのが遅ーい!」
「そうだよ!僕達ずーっと待っていたんだからね!」
いつもは月の中旬に餅を届けに来ていたレオニス。
今月は諸々の事情で少し遅くなり、子供達がむくれながらレオニスに文句を言う。
レオニスがどれほど忙しかったかなど、孤児院の子供達には知る由もないので致し方ない。
それに、孤児院を定期的に訪ねてくる来客などほとんどいない。ライト達以外に来るといったら、ラグナ官府のお役人くらいのものだ。
故に、純粋な好意だけで孤児院を訪ねてきてくれるライト達の存在は、孤児院の子供達にとってとても絶大で、だからこそ毎月の訪問を今か今かと首を長くして待っているのだ。
同じく孤児院育ちのレオニスは、そういった子供達の心情を誰よりもよく理解している。
子供達に怒られながらも、レオニスは笑顔を絶やすことなく子供達に話しかけた。
「すまんすまん、今月はいろいろと忙しくてな、休む暇もないほどあちこち出かけてたんだ」
「そうなんだー、お仕事忙しかったんだね!」
「じゃあ、お出かけしたところのお話を聞かせて!」
「おう、いいぞー。でもその前に、シスターマイラに餅を渡した後でな」
「「「うん!!」」」
事細かな理由までは話さなかったが、謝るレオニスにそれ以上怒ることなくすぐに許し、話をねだる子供達。
きちんと謝ればすぐに許すだけの理解力が、子供達にもあるのだ。
そうしてレオニスが子供達とわいわいと会話をしていると、奥から遅れてシスターマイラが礼拝堂に入ってきた。
「お前達!!建物の中を走るなと、一体何度言ったら分かるんだいッ!!」
礼拝堂に入るなり、子供達に向けて怒号を響かせるマイラ。
もちろん子供達はその声に怯むことなどない。本当に怖いのはシスターマイラの手刀、脳天チョップだけである。
むしろマイラの怒鳴り声に身を縮ませるのは、かつてマイラに養育されていたレオニスの方だった。大人になった今でも、その恐怖が身体の芯に染みついているのだろう。
ブルッ、と身体を震わせたレオニスが、マイラにおずおずと声をかけた。
「あのな、シスター、元気いっぱいなのはいいことだが……あんま怒鳴ってばかりいると、そのうち頭の血管が切れちまうぞ?」
「……ああ、レオ坊じゃないか、よく来たね。……というか、私のシスター人生において子供を怒鳴らない日なんて、ディーノ村にいた頃から一日たりともないよ……」
「……ぁー、うん、すまん……」
マイラを宥めるつもりが、逆に過去の己の所業を思い出す羽目になったレオニス。申し訳なさそうに、小声でマイラに謝る。
「フフフ、今のレオ坊が謝ることじゃないよ。レオ坊にはここに来てからずっと世話になりっぱなしだし」
「昔ディーノ村で育ててもらった恩返しだ、気にしないでくれ」
「今日はお餅の定期便を届けに来てくれたのかい?」
「ああ、それと孤児院再建についての続報も知らせておきたい」
「分かったよ、そしたら奥の執務室に来てくれるかい」
「ああ」
マイラと執務室で話すことになったレオニスが、ライト達に向かって声をかける。
「ライト、ラウル、俺はシスターと話をしてくるから子供達と遊んでてくれ。ムニンとトリスの世話もよろしくな」
「はーい!」「おう」
レオニスとマイラが礼拝堂を出ていった後、ライトとラウルは子供達にそれぞれ呼びかけた。
「三時のおやつを作るのを手伝ってくれる子は、俺と厨房に行こう」
「ムニンちゃんとトリスちゃんと遊びたい子は、僕といっしょに中庭行こうねー」
「「「はーい!」」」
おやつ作りをしたい子はラウルとともに厨房に、ムニン達カラスと触れ合いたい子はライトとともに中庭に、それぞれ分かれていく。
今日は厨房組よりも、動物触れ合い組の方に多くの子供達が集まった。料理はいつでもできるが、カラスと触れ合えるのは今日だけだから!ということであろう。
「ラウル、ぼく達は中庭にいるから、おやつができたら呼んでね!」
「おう、楽しみにしてな」
そうしてライトとラウルもそれぞれ分かれていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスとマイラは執務室に入り、マイラがお茶を淹れるためにワゴンの方に向かう。
レオニスはソファに座り、しばらく待っているとマイラが二人分のお茶を持ってきてテーブルに置いた。
レオニスにはブラックコーヒー、マイラには紅茶。どちらのカップも芳しい香りが漂う。
「ふぅ……美味しいな」
「コーヒー豆も紅茶の茶葉も、こないだレオ坊が差し入れしてくれたものだよ」
「どっちもラウルが市場で選んで仕入れてくるやつなんだがな」
「ラウルさんはとても博識なんだねぇ」
コーヒーと紅茶の良い香りにほっとひと息つきつつ、レオニスが先に口を開いた。
「……シスターの顔色もだいぶ良くなってきたな」
「そうかい? そんなに顔色悪かったかねぇ?」
「ああ、今にも倒れるんじゃないかってくらいに窶れてたからな」
「まぁね……でも今はもう大丈夫だよ。レオ坊が孤児院の新しい移転先を用意するって言ってくれたからね」
レオニスの気遣いに、マイラが穏やかに微笑む。
今ここにあるラグナロッツァ孤児院は、地域再開発により年内に立ち退かなければならないことが確定している。
このままではシスターも孤児達とともに路頭に迷うところだが、それを知ったレオニスが孤児院再建のために東奔西走し、ラグナロッツァ内の別の土地に新しい孤児院を建てることが決まったのだ。
「一応建てる場所はもう決まっててな。東の塔の近くの空き地なんだ。だいぶ郊外で、買い物や交通の便は今よりかなり悪くなるんだが……」
「そんなの全然問題じゃないよ。むしろ、子供達の騒がしさで近所に迷惑をかける心配がない分、よりありがたいことさ」
「そう言ってもらえると、俺も助かる」
立地条件の利便性の悪さをレオニスが謝るも、マイラはちっとも気にしていないようだ。
むしろマイラの言う通り、子供達が騒いで近所迷惑だの騒音問題に発展する懸念がないのは郊外型物件の長所の一つである。
ちなみに今のこの孤児院には、今のところ騒音問題はない。孤児院の両隣三軒は無人の空き家で、流れの浮浪者がたまに雨宿りするくらいの 荒屋(あばらや) である。
「新しい建物は七月から工事に入っててな、多分もう基礎とか骨組みくらいは終わってると思うが……もし良かったら、今度俺といっしょにシスターも建設現場を見に行かないか? 俺もここ最近ずっと忙しくて、進捗状況とか全然見に行けてなくてな」
「そうだねぇ……私も孤児院の責任者として、新しく引っ越す場所の下見くらいはしておかなきゃねぇ」
レオニスの提案に、マイラは頷きつつ同意する。
数ヶ月後には孤児達全員を連れて引っ越す予定の新しい場所だけに、マイラも事前にきちんと把握しておかなければならないからだ。
「よし、そしたら近いうちに俺といっしょに見に行こう。シスターは出かけるとしたらいつがいい?」
「私はいつでもいいよ。レオ坊の都合に合わせるし、子供達も半日程度の留守番くらいきちんとできるさ」
「分かった。行くのは早くても来月、九月に入ってからになると思うが……それでいいか?」
「もちろん。レオ坊に全てお任せするよ」
レオニスに全幅の信頼を寄せるマイラに、レオニスも嬉しそうに微笑む。
昔はマイラの手を散々焼かせたやんちゃ坊主のレオニス。それが今ではこんな立派な大人になって―――マイラの眦に、自然と涙が浮かぶ。
「……え? ちょ、待、シスター? 何で泣いてんの?」
「いや、レオ坊がとても立派で頼もしい大人になってくれたのが、本当に嬉しくてね…………嫌だねぇ、歳を取ると涙脆くなって困るよ」
「そうか……ならこれからも、シスターには嬉し涙をたくさん流してもらわないとな」
「そうだねぇ……この先レオ坊のお嫁さんや子供や孫を見て、嬉し涙で溺れ死にしたいねぇ」
「シスター、俺の嫁子供どころか孫まで見る気満々なんか……」
レオニスの嫁子供だけでなく、孫まで見たいと言うマイラ。実に欲張りである。
レオニスの孫というと、おそらく今から三十年以上先の話になるだろう。というか、孫より先にまず嫁を捕まえろ、という話になるのだが。
いずれにしても長生きする気満々のマイラの意欲旺盛さに、レオニスの頬は引き攣りっぱなしである。
「……ま、俺の孫がいつ見られるかは全くの未定だが。いつかきっとシスターにも見せてやるから、それまでシスターも元気で長生きしてくれ」
「もちろんさ!今からその日が楽しみで仕方ないよ!」
「(……ま、あんだけ大きな声で怒鳴る元気がありゃぁな、本当にあと百年くらい長生きできそうだよな)」
「ン? 何か言ったかい?」
「ぃぇ、何でもありません……」
レオニスがぼそりと呟いた言葉に、マイラがニッコリと笑いながら聞き返す。
もちろんマイラはそこまで耳が遠くはない。が、元やんちゃ坊主の戯言ということで優しーくスルーしてあげているのだ。
ここでレオニスは慌てたように、違う話題を振る。
「……さ、俺の話も終わったことだし、そろそろ向こうに戻ろうか!」
「ああ、そうだねぇ、私もライト君やラウルさんともお話をしたいしねぇ」
「ラウルもきっとおやつを作り終える頃じゃないか? さ、早くおやつを食いに行こうぜ!」
「はいはい……レオ坊、あんた、大きくなっても甘い物が好きなんだねぇ」
「そりゃそうさ、冒険者にだって糖分補給は必要だからな!さ、早く厨房に行こうぜ!」
おやつタイムを心底楽しみにしている、レオニスのキラキラとした笑顔。それは孤児院時代の幼い頃と何ら変わらない。
大陸一の冒険者という地位を得ても、中身はマイラの知る『レオ坊』そのままなのだ。
早く早く!とばかりに急かすレオニスに、マイラは苦笑いしながらともに執務室を出ていった。