軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第692話 思い出の味と今後の懸念

「おお、レオニス君!よく来てくれたね!」

「よう、アレクシス侯。こないだぶりだな。……って、クラウス伯もいたのか。仕事の邪魔して悪いな」

「やぁ、レオニス君!仕事の邪魔だなんてとんでもない、君の来訪なら我々はいつでも歓迎するよ!」

プロステス領主邸の執務室で、ウォーベック家当主のアレクシスが両手を広げてレオニスとピースを歓迎する。

そこにはアレクシスの弟のクラウスもいて、どうやら仕事の話し合いの最中だったらしい。

クラウスもまたアレクシス同様に、レオニスの訪問を心から歓迎している。

レオニス達は炎の洞窟から出て、プロステス領主アレクシスとの面談に挑むべく真っ直ぐ領主邸に向かった。

レオニスがこの屋敷を訪ねるのも、もう幾度目のことか。

先日も【炎の乙女の雫】の件で訪ねたばかりなので、もはやレオニスの顔や立場もすっかり知られている。

おかげでもう入口の門で長く止められることもなく、ほぼ顔パスで入れるのである。

ちなみにライトは同級生のハリエットに会うために、レオニス達とは別行動の最中である。

そして、アレクシスがレオニスの横にいるピースをちらりと見遣りながら、レオニスに問うた。

「そちらの御仁は、魔術師ギルドの総本部マスターとお聞きしているが」

「ああ、こいつはピース・ネザン。俺の友人の一人で、魔術師ギルドの総本部マスターだ」

「プロステス領主様、初めまして!小生はピース・ネザン、仰る通り魔術師ギルド総本部マスターなんてもんを務めてます!……が、只今絶賛有給休暇中にて、レオちんと炎の洞窟探訪してた次第なのです」

「おお、そうだったのですか!」

もともと二人を大歓迎していたウォーベック兄弟の顔が、さらにパァッ!と輝く。

クラウスが早速ピースに向かって話しかけた。

「先だってレオニス君達が炎の女王をお救いした、最上級の浄化魔法呪符。その作り手は魔術師ギルドマスターである、とレオニス君からも聞き及んでおります」

「うん、あの時は小生があの呪符をレオちんに無理矢理持たせておいたんだ。それが役に立って、本当に良かったよ!」

「レオニス君にライト君だけでなく、ネザン卿……貴方もまた我がプロステスにとって、救世主にして大恩人。プロステスの民を代表して、心より感謝いたします」

アレクシスは執務室から席を立ち、ピースの前まで歩み出て深々と頭を下げる。

炎の洞窟問題を直接解決してくれたのは、レオニスとライトだ。だがその偉業も、ピースが作成した浄化魔法呪符『究極』がなければ成しえなかったことだ。

プロステス領主であるアレクシスが、ピースに対しても感謝し礼を述べるのは当然のことであった。

「領主様、頭を上げて。プロステスが救われたのは、もちろんレオちん達の活躍があってこそなんだけど。その活躍を引き寄せたのは、他ならぬ領主様の人徳あってこそだと思うよ?」

「私の人徳……ですか?」

「そう、人徳。ンだってさぁ、このレオちんが貴族からの直接指名の依頼を受けるって、相当なことだよ? レオちんの貴族嫌いは有名だからねぃ!」

ニコニコと笑いながら、レオニスの貴族嫌いを指摘するピース。

ピースの横にいたレオニスが、呆れたように口を挟む。

「お前なぁ……俺のこと何だと思ってんの? いくら俺が貴族嫌いだからって、プロステス全体の危機を黙って見過ごすような外道じゃねぇぞ?」

「そりゃ都市一つの命運がかかった案件だし、そこに住む無辜の民のことを思えばレオちんが断るはずないけどさ。それでもこうしていろんな報告をするくらいには、領主様達とちゃんとした交流ができてるんでしょ? そしたらそれはもう、領主様の人徳によるものだよね!」

「そ、そりゃ、まぁな……」

ピースの正論に、レオニスは反論できずにゴニョゴニョと肯定する。

これまで貴族に対してあまり良い思い出がないレオニスにとって、ウォーベック家は初めての心許せる貴族だった。

そんな二人のやり取りを見ていたアレクシスが、破顔しつつ改めてテーブルに案内する。

「魔術師ギルドマスターからも過分な評価を頂けて、実に光栄だ。ささ、殺風景な執務室で申し訳ないが、良かったらお茶でも飲んでゆっくりしていってくれたまえ」

「……あ、お茶と言えば。ラウルからアレクシス宛にスイーツを預かってきたぞ」

「何ッ!? ラウル君のスイーツとなッ!?」

「おう、前に話に出てた『新作スイーツ』ってヤツだ」

客人を迎え入れるアレクシスの破顔が、レオニスの言葉で瞬時に真顔に変貌する。

同時にクラウスもまた超真顔になり、入口付近に控えていた執事に向かってガバッ!と振り返って速攻で指示を出す。

「スヴェン!この屋敷で最も上等なお茶と茶菓子を、今すぐ人数分用意するのだ!」

「はいッ!」

クラウスの指示を受けた執事が急いで部屋を出る中、レオニスは空間魔法陣からラウル特製の新作スイーツを取り出す。

小綺麗な箱に収められたそれを、レオニスから受け取るアレクシス。すぐさまテーブルの上に置き、息を呑みつつそーっと箱の蓋を開ける。

恭しく箱の蓋を上げるその真剣な様は、まるで宝箱を開けるかのようだ。とてもじゃないが、ケーキの箱を開ける仕草ではない。

「おおお……これは……何という美しさか……」

「まさしくこれは、先日我が家にもいただいたザッハトルテですね……しかも金箔入りとは、また何と豪華な!」

「ほええええ……レオちんとこの執事君が作るスイーツって、すごいんだねぇ……これ、もはや芸術品だよね!」

箱の中から御出ましになったのは、ラウル特製のホールケーキ、ザッハトルテ。

ツヤッツヤに輝くコーティングチョコレートに、中央にあしらわれた一欠片の金箔が負けじと金色の輝きを放つ。

そのあまりにも見事な美しさと出来栄えに、アレクシスとクラウスはしばしうっとりと眺めている。

そのザッハトルテを眺める輪の中に、何故かピースまで混じっているのはご愛嬌というものである。

しばし眺めて満足したのか、アレクシスがケーキの箱に再び蓋をしてそっと仕舞う。

「この新作ケーキは、今宵の晩餐にて家族といただくことにしよう。レオニス君、こんな素晴らしい手土産までいただけて嬉しいよ。本当にありがとう」

「おう、奥方や子供達、家族皆で食べてくれ」

アレクシスは自ら席を立ち、部屋の隅にあるワゴンの上にザッハトルテの箱を置きに行った。

その間クラウスは、うっとりとした顔で「ぃゃぁ、あのザッハトルテというケーキ、まさしく天にも昇るような極上の味でした……」と誰に言うでもなく語り、ピースはレオニスに「ねぇ、レオちん。小生もあのケーキ食べたいんだけど……浄化の『究極』十枚でどう?」と物々交換話を持ちかけている。

そうこうしているうちに、執事がワゴンとともに入室してきた。

どうやらお茶とお茶菓子の支度ができたようだ。

執事がテーブルの上に、人数分のお茶とお茶菓子をそれぞれの前に恭しく置いていく。

それは何と、温かい紅茶と紅茶のかき氷だった。

「これは……かき氷か?」

「そう、凍らせた紅茶を削り出した『紅茶のかき氷』だ」

「かき氷なんて贅沢なもんが作れるのか……侯爵ってのはすげーもんなんだな」

このサイサクス世界には、冷蔵庫はもちろん冷凍庫などという便利な代物はないので、基本的に氷菓はそこら辺に出回るものではない。

しかし、冷蔵庫や冷凍庫の代わりに氷の魔石や冷晶石といった、冷やす手段の代替品はある。

それらを使えば冷蔵庫も氷菓も思いのままであるが、やはりそれを使えるのはある程度財力を持った富裕層に限られる。

そしてかき氷という氷菓を出してきたということは、このウォーベック家にもそれ相応の財力があることを示していた。

「いやいや、これもひとえにレオニス君、君達のおかげなのだよ」

「俺達のおかげ、か?」

「然様。昨年までは、冷晶石をこのような贅沢に使う余裕など全くなかったからな」

「ああ、そういうことか」

アレクシスの賞賛の言葉の意味を、それに続くアレクシスの言葉ですぐに察したレオニス。

炎の洞窟の異変が解決される前までのプロステスには、その酷暑を乗り切るために全ての冷晶石を部屋の冷房に使っていた。

そのため、冷房以外の目的で冷晶石を使うことは許されなかったのだ。

執事に差し出されたかき氷の器を手に取り、一口、また一口、ゆっくりと口に入れていくアレクシスとクラウス。

「このプロステスで、こうして再び夏にかき氷を食べられるとは……」

「そうだな……我々が子供だった頃は、夏は毎日のようにかき氷を食べることができていたな……」

「ええ、とても懐かしい味で……まるで夢のようです」

アレクシスとクラウスが、静かな声でしみじみと語り合う。

炎の洞窟の異変は、十年近くに渡り続いてきたという。その間、アレクシス達も子供の頃のような贅沢は全くできずにいたのだろう。

領主自らが襟を正すことは当然のことだ。だがそれでも、子供の頃の思い出を失うのは辛いことに違いない。

そんな失われかけた思い出を、こうして再び取り戻せたことにアレクシス達は感無量の思いであった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて……本日のレオニス君達は、どのような用向きで来てくれたのかね?」

思い出のかき氷の味を一頻り堪能した後、アレクシスが早速レオニス達の来訪の目的を問う。

レオニスが事前のアポ無しで来るのはいつものことだが、そのどれもが悉く重要案件を携えてくる。

故にアレクシスとしても、早々にレオニスの真意を聞いておきたかった。

「ああ、今日は俺達三人で炎の洞窟に行ったんだ。このピースが炎の女王に是非とも会いたい、と言うもんでな」

「そうか、それは当然のことだな。彼の作る呪符で炎の女王は命を救われたのだし、ピース君には炎の女王に謁見する権利は十二分にある」

「でな、その炎の洞窟で今日、守護神が生まれたんだ」

「………………は?????」

レオニスの口から突如『守護神』なる言葉が飛び出てきたことに、アレクシスもクラウスも瞬時に石のように固まる。

「それまで炎の洞窟には、守護神がまだ誕生してなかったらしいんだが」

「ちょちょちょ、ちょーっと待ってくれたまえ、レオニス君。……そ、その『守護神』というのは、一体何の話だね?」

「ン? ……ああ、あんた達にはそこから説明が要るか」

レオニスの話にウォーベック兄弟が追いつけないことに気づいたレオニス。二人のために、概要を掻い摘んで説明していく。

炎の女王などの属性の女王には、皆神殿とそれを守る守護神がいること。炎の女王の場合、神殿という建物はなく炎の洞窟そのものが神殿扱いであること。

守護神と呼ばれる存在は様々な形態をしていて、一概にどれという姿ではないこと。また、守護神は必ずしも全ての女王のもとに顕現している訳ではないこと。

炎の洞窟にもまだ守護神がいなかったが、今回レオニス達が訪れたことで目出度く守護神が降臨したこと、等々。

それらをずっと真剣に聞き入っていたアレクシスが、最も聞きたかったことをレオニスに問うた。

「……で、今日誕生した炎の洞窟の守護神とは……一体どのような姿をしておられるのだね?」

「あれは朱雀だな。生まれたばかりだから雛の状態だったが……いずれ大きく成長すれば、立派な朱雀となるだろう」

「朱雀……!!」

アレクシスとクラウスは、ともに目を大きく見開いて驚愕している。

このサイサクス世界の貴族というのは縁起を担ぐ習慣があるので、縁起が良い瑞鳥とされる四神のこともそれなりに知っているのだろう。

「兄上、何という目出度いことでしょう!」

「ああ、炎の化身にして瑞鳥である朱雀が炎の洞窟で誕生なさるとは……プロステスにとって、これ程の吉兆はない」

「では早速、本日をプロステスの祝日とする法案を出しましょう!」

「ああ、他にも我等で何かできることを探さねばな!」

レオニスからもたらされた朗報に、歓喜に湧くウォーベック兄弟。

そんなウォーベック兄弟を、レオニスが慌てて止めに入る。

「ああ、喜んでるところを済まんが、話はこれだけで終わらないんだ」

「ン? 何だね? 他にも何かあるのかね?」

「朱雀が生まれたことで、再びプロステスの気温が上がる懸念があるんだ」

朱雀が生まれた直後、その部屋の温度が明らかに上がったこと、炎の洞窟内のあらゆる火溜まりの勢いが増したことなどをレオニスが話していく。

炎の洞窟に炎の化身が生まれたら、内部温度が急上昇するであろう。そのことは、レオニスの説明によりウォーベック兄弟にも容易に想像できた。

「炎の女王の話によれば、朱雀が大きく成長すればいずれ炎や熱気の制御も自然とできるようになるから、心配は要らない、とは言っていたが……プロステスの方でも、警戒しておくに越したことはないと思う」

「……そうか。確かにレオニス君の言う通りだな」

「ええ。心配はないと思いますが、とりあえずは当面様子見しなければならないでしょうね」

「……何だ、あんた達そんなに心配はしてなさそうだな?」

一応様子見しなければ、と言う割には、ウォーベック兄弟の顔はそんなに深刻そうに捉えているようには見えない。

炎の洞窟であれだけ苦心したのだから、今回もきっとかなり警戒するだろうと考えていたレオニス。アレクシス達の反応に少し拍子抜けしてしまっている。

「いや、実は今プロステスで上がっている議題の一つに『熱晶石の生成装置をどうするか』というのがあってな」

「そう、昨年までは酷暑に対する対応策で、熱晶石の生成装置は増産に次ぐ増産だったのだがな。炎の洞窟の異変が完全解決に至った今、それらを全て稼働させたままでは逆に冷夏になってしまうのだ」

「あー……そういうことか」

アレクシス達の説明に、今度はレオニスが納得している。

これまでアレクシス達がプロステスを襲う酷暑に対して取れた策は、大気中の熱気を吸い取って晶石に閉じ込めて熱晶石に変えることくらいだった。

年々暑さが酷くなるにつれ、熱晶石の生成装置もうなぎ登りで増産していった。

だがその熱晶石生成装置も、問題解決した今となっては逆にお荷物になっている。このまま必要以上に大気中の熱気を吸い取り続けていくと、今度は冷夏と呼ばれる状態になってしまうのだ。

「だから、今は増やし過ぎた熱晶石生成装置をどう減らしていくかが我々の課題だったのだ」

「だが、たった今レオニス君から聞いた話は、我等にとってさらなる朗報となるやもしれん」

「そう、朱雀が生まれたことにより再び熱気が増えるなら、今ある熱晶石生成装置をそのまま活かして稼働させ続けることも可能だ」

プロステス市民の生命を守るため、生き残りを賭けたかつての策。

それを継続してきたことに後悔はない。当時はそうしなければ、もっと多数の死者が出ていたはずだから。

だがそれらの決死の策が、今は負の遺産と化しかけている。そのことに、アレクシスの心情は複雑に揺れていた。

だがその負の遺産を今後も活用できるならば、それはアレクシス達にとって朗報である。

伏し目がちだったアレクシスが、ふと顔を上げて前を向いた。

「これは今後の経過観察次第だが、炎の女王が心配ないと仰るならばその通りなのだろう。それに……」

「これまでのような、禍精霊【炎】の氾濫の酷暑にはなるまい。なぁ、アレクシス?」

晴れやかな顔で問いかける 兄(アレクシス) に、 弟(クラウス) もまた晴れやかな顔で応える。

「……そうですね。兄上の仰る通りです。あれ以上の悪夢にはなりますまい」

「もし万が一再び酷暑になったとしても、それは朱雀が成長するまでの辛抱だ。以前のような、先の見えぬ絶望に包まれることもない」

「ええ。守護神の成長速度など、我等凡人には計り知れませんが……数年程度ならば、我慢できましょう」

「兎にも角にも、まずは様子見だな。これらも全て議題として上げていかねばな」

ウォーベック兄弟の会話に、レオニス達も納得する。

朱雀の成長度合いは全くの未知数だが、それでも禍精霊【炎】の氾濫時に比べたらその展望はかなり明るい。

するとここで、アレクシスがピースに向かって声をかけた。

「ネザン卿、熱晶石生成装置の維持管理は魔術師ギルドに委託しているが、今後とも世話になると思う。よろしく頼む」

「うんうん!今回小生は有給休暇でここに来てるけど、何故かプロステス支部の熱晶石生成装置に関する仕事も持たされて来たからね!ラグナロッツァに帰る前に、プロステス支部にも伝えておくよん!」

「そ、そうなのか……魔術師ギルドの総本部マスターともなると、おちおちゆっくりと休んでもいられないのだな……」

社畜テイスト満載のピースの言葉に、アレクシスの頬が若干引き攣っている。

だが、当のピースはもののついで程度にしか考えていないので、然程負担にも感じていないようだ。

こうして重要案件を伝えたレオニス達は、再び緩やかでのんびりとした雑談に戻っていった。