軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第680話 当面の方針

クレエの視界が失われた後、次に彼女が目覚めたのは仮眠室だった。

クレエが寝かされていた簡易ベッドの横には、彼女の同僚の女性職員が付き添っている。

「…………んぁ…………」

「あっ、クレエ、気がついた!?」

「……ここ、は……?」

「仮眠室よ。会議室で倒れてしまった貴女を、レオニスさんがここまで運んでくれたのよ」

「………………」

目が覚めたばかりでまだ思考回路の整理がつかないのか、ベッドの上で横たわりながらボーッとしているクレエ。

ちなみにこのサイサクス世界の冒険者ギルドには、医務室といったものは常設されていない。その代わりに、建物内で体調不良の人が出た場合はこうして仮眠室で休ませることになっているのだ。

そして同僚職員からレオニスの名を聞いたことで、クレエは次第に気絶する前のことを思い出していく。

しばらくしてようやく完全に思い出したクレエは、ガバッ!とベッドから飛び起きた。

「……ッ!!わ、私、私が原因で……この街を……」

それまで落ち着いていたクレエの身体が、再びカタカタと震えだす。

自分が気絶してしまった原因を明瞭に思い出すにつれ、クレエが再びパニックに陥るのも無理はなかった。

動揺するクレエを、ベッドの横にいた同僚職員が宥めようと懸命に話しかける。

「クレエ、落ち着いて。そのことに関しては、今レオニスさんが上の方に話をしてくれているわ」

「……レオニスさんが……?」

「ええ。貴女が倒れてここに寝てる間に、レオニスさんが上の人達への説明を買って出てくれたのよ」

「…………」

クレエがふと窓の外を見ると、宵闇を通り過ぎてもうほとんど夜になっている。

会議室でレオニスと会話していた時は、まだ外は全然明るかった。クレエが倒れてから、三時間か四時間は経過してそうだ。

「レオニスさん、もうラグナロッツァに帰る時間でしょうに……ライト君やラウルさんも、まだこのエンデアン支部内でレオニスさんのお帰りを待ってるのでは……?」

「ああ、そのことなら心配ないわ。レオニスさんが貴女を仮眠室に運んだ後、ライト君やラウルさんに先にラグナロッツァに帰るように伝えていたから」

「……そうなんですか……」

「ラウルさんの貝殻処理依頼も、他の職員が達成受付処理したから心配しないで」

こんな夜遅くなるまで、レオニスが他の街に留まり続けるのは異例のことだ。

レオニスという冒険者は、どこかに出かけても基本的にその日の明るいうちに本拠地に戻ることで知られている。

それは、彼にしか務まらないカタポレンの森の警邏を日々こなさねばならないためであると同時に、彼の養い子であるライトの存在が大きかった。

幼子を一人家に残して夜遅くまで帰らないなど、レオニスの中ではあり得ないことなのだ。

とはいえ、今はラウルに預けておけばまだ安心できるので、レオニスは二人を先に帰して自分は後始末に奔走している、という訳である。

「……とりあえず、私もレオニスさん達の話し合いに合流しなければ……」

「ちょ、ちょっと、クレエ、本当に無理しちゃダメよ。貴女が倒れてしまった後、レオニスさんがその場で何回か回復魔法をかけてくれていたけど……完全無欠の貴女が倒れるなんて、余程のことが起きたんでしょう?」

「…………」

「レオニスさんが上と話し合いを始めてから結構時間が経つし、そろそろまたこちらにも様子を見にいらっしゃると思うわ。それまでもう少しここで休んでて、ね?」

「…………」

同僚職員の心からの心配と懇願に、クレエも無理を通すことができない。

自分のいないところで、レオニス達がどんな話し合いをしているかものすごく気になるが、同僚の心配や気遣いを無碍にするのも気が引ける。

どうしたものか、と悩んでいるうちに、ふいに仮眠室のドアがノックされて、その扉が静かに開いた。

「邪魔するぞ。クレエの様子はどうだ?」

「……レオニスさん……ッ……!」

「お、クレエ、もう起きたのか」

仮眠室に入ってきたのは、レオニスだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「レオニスさん、お疲れさまです。上との話し合いはもう終えられたのですか?」

「ああ、何とか理解してもらったよ」

「そうですか、それは良かった!」

レオニスの顔を見て言葉にならないクレエの代わりに、同僚職員がレオニスに話しかけて現状を聞く。

何とか理解してもらった、というレオニスの報告に、同僚職員の顔も明るくなり安堵している。

「でしたら私は、依頼整理の仕事に戻ってもよろしいですか?」

「ああ、今までクレエを見ていてくれてありがとうな」

「とんでもない!彼女は私達の大事な仲間ですもの、困った時は支え合うのが当然です!……では、後はよろしくお願いいたしますね」

「分かった。遅くまで仕事ご苦労さん」

同僚職員は自分の仕事に戻るべく、レオニスに後を託して仮眠室を出ていく。

去り際クレエに「クレエもちゃんと休んでね、無理しちゃダメよ!」と再び忠告しながら扉を開けて出ていく同僚職員。本当に仲間思いの優しい女性だ。

仮眠室にはレオニスとクレエの二人きりになり、しばし沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは、レオニスの方だった。

「……クレエ、体調の方はどうだ?」

「ええ、おかげさまで今は何ともありません。どこか痛むとか気分が悪いとか、そういった不調も今のところ感じませんし」

「そっか、そりゃ良かった」

「レオニスさんがすぐに回復魔法をかけてくださったと聞きました……ありがとうございます……」

「いや、気にすんな。そんなこと礼を言われるまでもないさ」

「…………」

クレエの体調に言及したレオニス、本人の口から大丈夫と聞いて安堵している。

確かに今は顔色も普通の肌の色だし、言葉遣いも安定しているようだ。

先程まで、顔色がラベンダー色にまでなる程に血の気を失っていたクレエ。決して血色が良いとは言えないが、それでも会議室で話を聞いていた時よりはよほどマシに見える。

とはいえ、二人の間には相変わらず気まずい空気が流れる。

若干居心地の悪い空気が流れる中、今度はクレエの方から口を開いた。

「……あの……上の方と話し合いをしていた、と聞いているのですが……」

「ン? ああ、クレエが倒れた後ちょっとした騒ぎになってな。その収拾ついでに、海底神殿での出来事も話しておいた」

「それで……その……上との話し合いは、一体どのようなものになったのか……お聞きしてもよろしいでしょうか……?」

「ああ、クレエにも関係のあることだからな、そりゃ結果を聞きたいよな」

クレエの心情に理解を示したレオニスが、クレエが倒れて以降のことを語り始めた。

…………

………………

……………………

「クレエが倒れた!すまんが仮眠室を借りるぞ!」

「えッ!? ちょ、待、何がどうしたんですか!?」

クレエをお姫様抱っこしたレオニスが、慌てて一階の事務室に飛び込んできた。

中にいた他のギルド職員達もまた大慌てになり、右往左往しながらもレオニスを仮眠室に案内する。

ちょうどその時間は誰も仮眠室を使っていなかったので、仮眠室にある簡易ベッドにクレエを寝かせることができた。

クレエの身体をそっと簡易ベッドに寝かせた後、レオニスがクレエに向けて中級回復魔法キュアラを複数回かけていく。

仮眠室に案内した同僚職員の目から見ても、とんでもないド紫色をしたクレエの顔色が次第に元の色白の肌に戻っていくのを目の当たりにした職員。思わず息を呑みつつ感嘆している。

「ふぅ……ひとまずこれで何とか少しは回復したと思うが」

「うわぁ……レオニスさんが回復魔法をかけるところ、初めて見まし たが……すごいですね」

「中級回復魔法を何度もかけなきゃならんようじゃ、すごくも何ともないがな」

同僚職員の絶賛に、レオニスは事も無げに軽く否定する。

これは謙遜でも何でもなく、レオニスは本当にそう思っているのだ。

そして会議室での経緯を、同僚職員にも掻い摘んで話していくレオニス。

その話を聞いた同僚職員も、愕然とした顔で呟く。

「そ、そんなことが……クレエちゃん、さぞショックだったでしょうに……」

「ああ、クレエ自身に関わることだから、まずはクレエに先に話をしたんだが……まさか卒倒するとは思わなかった。可哀想なことしちまった」

同僚職員がクレエの身体に、そっと薄手の毛布をかけていく。

顔色も落ち着いたクレエの様子を見て、レオニスは一安心しつつよっこいしょ、と立ち上がる。

「さて、それでは俺は今からここの上と話をしてくる。ちょいと込み入った話になるんで一番上に直接話をしたいんだが、支部長は今いるか?」

「はい、今日はもう外から帰ってきてるはずです」

「支部長室に行けばいいか?」

「ええ、今は支部長室で書類仕事をしている最中かと」

「分かった、ありがとう。クレエのこと、頼んだぞ」

「分かりました!」

まだ目を覚まさないクレエを見守るよう、同僚職員に頼んだレオニスは仮眠室を後にし、早速支部長室に向かった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「何と……デッちゃんの襲来が頻繁だった理由が、クレエ君にあったとは……」

「本当にな、俺も全く予想だにしなかった展開だわ」

支部長室の応接ソファで、レオニスと中年男性が対面で座りながら会話をしている。

中年男性の名はカルロス・ナバロ、冒険者ギルドエンデアン支部長だ。

カルロスが支部長室で書類仕事をしていたところに、レオニスが突如アポ無しで押しかけた格好だったが、現役最強の金剛級冒険者の訪問とあれば対応しない訳にはいかない。

幸いにもカルロスの書類仕事もほぼ終わりだったため、快くレオニスを受け入れたのだ。

そうしてクレエに話したのと同じことを、カルロスにも聞かせていったレオニス。

あまりにも予想外のことに、カルロスもしばし絶句して二の句が告げずにいた。

「……しかし……そうなると、一体どうすればいいのだ……クレエ君の身の安全を考えると、本当は遠くにやった方がいいのだろうが……彼女は我がエンデアン支部でも指折りの有能な職員だけに、そう簡単に手放す訳にもいかん……」

「…………」

文字通り頭を抱えて悩むカルロスに、レオニスが質問をする。

「なぁ、カルロス。一つ聞いておきたいんだが……このことで、クレエをクビにしたりはしないよな?」

「もちろんだとも!デッちゃんの襲来目的が、実はクレエ君を見るためだったという事実があったとしても、それは決して彼女のせいではない。彼女の与り知らぬところで起きていたことなのだからな」

「そうか……それを聞いて安心したよ」

レオニスの問いに、クレエに責はないと即答したカルロス。それを聞いたレオニスは、伏し目がちに小さく微笑む。

もしこれが職員に対して理解のない職場だったり、あるいは部下に責任を丸投げするような上司だったら、クレエの受付嬢生命が危うくなる。

クレエ他クレア十二姉妹にとって、受付嬢とは天職であり生き甲斐にも等しい。ディープシーサーペントのせいで彼女の天職が奪われることは、レオニスとしても到底受け入れられなかった。

だが、レオニスも一応このエンデアン支部長のカルロスのことは知っている。前回のデッちゃん関連の事情聴取の時にも同席していたし、その人となりは穏和で優秀な人物だという評判も聞き及んでいた。

そんな人物だから、今回の件でクレエのことを迫害したり追い詰めたりはしないだろう、とレオニスも思ってはいたのだが。それでもやはりクレエの行く末が心配になって、誤魔化すことなく直球で尋ねてみたのだ。

「とりあえず、ディープシーサーペントと話をしてな。もう人里には近づかない、と約束してくれたよ」

「何ッ!? レオニス君、それは本当かね!?」

「ああ。これが知性のない魔物や狡猾な魔族だったら、人族との約束なんぞ平気で破るだろうがな……相手は海底神殿の守護神だ、間違っても己が交わした約束は誰であろうと破ることはあるまいよ」

レオニスがもたらした朗報に、カルロスが思わずガタッ!と椅子から立ち上がる。

もしそれが本当のことならば、今後エンデアンがディープシーサーペントの襲来に悩まされることもなくなるのだ。

期待を込めた眼差しになるカルロスだが、その一方で不安も滲ませる。

「本当に、そうなってくれるといいのだが……何分にも私達自身はデッちゃんと会話したことなどないのでな、どこまで信用していいものかさっぱり分からんのだ」

「まぁな、あんた程の人であっても困惑するのは無理ないさ」

「レオニス君から見て、デッちゃんというのはどのような人物……ではないな、人となり……でもないな、どのような性格、だった?」

「あー……何というか、ちょーっと、アホの子、っぽい?」

「アホの子、とな……」

レオニスのディープシーサーペント評を聞いたカルロス、さらに不安を募らせる。

「レオニス君、それ、大丈夫なのかね? 約束したこと自体を数日後には綺麗サッパリ忘れるヤツじゃなかろうな?」

「ンーーー、俺もそこまでディープシーサーペントの性格を把握してる訳じゃないからなぁ……絶対に大丈夫!とまでは言えん。ただ……」

「ただ?」

不安そうにレオニスに問いかけるカルロスに、レオニスも断言はできないと言う。

確かにレオニスは、ディープシーサーペントと直接対峙したのは今日が二回目だし、エンデアンを拠点とする冒険者でもないのでディープシーサーペントの性格をそこまでよく知らないのも無理はない。

だが、今日直接話をしてみて、レオニスにも分かったことがある。

「そこまで頭や性格が悪い奴だとも思えん。クレエのことは、本当に見てるだけで満足してたようでな。クレエを取って食ったり、無理矢理攫って海中に連れ込んだりする気は全くないと言っていたんだ」

「そうなのか……そこら辺はやはり、海底神殿の守護神らしい高潔さがあるのかもしれないな」

「ああ。アホの子と言っても、俺ともちゃんとした会話が成立していたし、何より海の女王が可愛がっている存在だ。少なくともただ単に邪悪な者という訳でもあるまい」

レオニスの論に、カルロスも納得しつつ同意する。

それまでディープシーサーペントは、人族の間では『巨大な海蛇型の魔物』としか認識されていなかった。

だが、海底神殿を訪れたレオニスが海の女王の言葉を伝えたことにより、実はディープシーサーペントは海底神殿の守護神だということが広く知られるようになった。

単なる魔物ではなく、海底神殿の守護神という高位の存在であるならば、エンデアン側もその印象は従来とはかなり変わってきていた。

「とりあえずは、しばらく様子を見てくれ。もしまたディープシーサーペントがエンデアンに押しかけてくるようなら、それは約束を反故にしたということで再び海の女王やディープシーサーペントに問い質さなきゃならん」

「そうだな……といっても、もしまたデッちゃんが再びエンデアンに現れたとして、私達にはデッちゃんや海の女王と会話する術などないのだが……」

「その時は、ラグナロッツァの総本部経由で俺に連絡してくれ。すぐに駆けつける」

「おお、それは心強い!……分かった、レオニス君の言う通り、しばらく様子見することにしよう」

「すまんな、当面はそれで頼む」

万が一の時は駆けつける、というレオニスの言葉に、カルロスの表情も明るくなる。

当代随一の最強冒険者が協力してくれるというのならば、これ程心強いことはない。

当面の方針が決まったところで、レオニスがソファから立ち上がる。

「話もだいたい済んだから、俺はクレエの様子を見に行ってくる」

「おお、是非ともそうしてやってくれ。クレエ君もきっと、ものすごくショックを受けただろうからな」

「ああ、クレエには可哀想なことをしたが……こればかりは隠し通せる問題でもなかったからな」

「そうだな……クレエ君にだけ事実を知らせない訳にもいかんからな」

クレエの身を案じ、少しだけ顔が暗くなるカルロス。

本当に部下思いの良い上司である。

「じゃ、俺はクレエが起きるのを見届けてからラグナロッツァに帰る。ディープシーサーペント関連で何かあったら、遠慮なく知らせてくれ」

「分かった。レオニス君にも負担をかけてしまうが、これからもよろしく頼む」

「承知した」

挨拶を済ませたレオニスは、支部長室を後にして再び仮眠室に向かっていった。