軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第677話 ラウルとイヴリンと祖母

時は少し遡り、ライト達が海樹ユグドライアと海底神殿に向かって出立した後。

ラウルは冒険者ギルドエンデアン支部にて、ありったけの貝殻処理依頼を引き受けていた。

受付嬢のクレエが、依頼掲示板にある数々の依頼書の中で貝殻処理関連を一つ残らず引き剥がして、ウッキウキのルンルンステップで受付窓口に戻ってくる。

「ラウルさん、お待たせいたしましたぁー♪」

「おお、こりゃまた大量に持ってきたもんだな」

「最近本ッ当ーーーに、ずーーーっとデッちゃんへの対応に追われてまして。おかげで他の依頼がほぼ全てストップ状態だったんですよねぇ」

「あんた達も苦労してるんだな」

伏し目がちに、ふぅ……とため息をつきながら、エンデアンの現状をラウルに説明するクレエ。

頬に手を当てて悩ましげに語る彼女の目の下のクマは濃く、少し 痩(こ) けた頬はその苦悩の深さを物語っている。

だが、今のクレエに悲壮感はない。海底神殿に出かけるレオニスに、海の女王への伝言を託すことができたからだ。

もちろんそれだけのことで、エンデアンの現状がすぐに好転するとはクレエも思っていない。しかし、海を統べる海の女王に人族側の苦悩を知ってもらえるだけでも、状況が変わる可能性はある。

それこそクレエの気持ちも軽くなるというものだ。

心が軽くなったクレエは、鼻歌交じりでご機嫌な様子で依頼書の束をテキパキと捌いていく。

まずは依頼書に優先順位をつけて番号を振り、『港湾都市エンデアン・見所満載観光マップ』の中の地図に番号を書き込んでいく。その番号のところに貝殻処理依頼を出した依頼主がいる、という図式だ。

こうしておけば、ラウルも効率良く依頼先を回れるだろう!というクレエの配慮である。

「ひとまずですね、ジャイアントホタテの貝殻処理依頼を出しているところを、全てこの地図に書き記しておきました。番号の小さいものほど依頼の日付が古く、貝殻の量もかなり溜まっているものと思われます。なので、番号の小さい箇所を重点的に回っていただきたいのですが、そこはラウルさんの判断にお任せいたします」

「……そうだな、順番通りに回っていたら、移動時間が結構かかりそうだしな」

クレエから渡された観光マップを眺めながら、彼女の説明をおとなしく聞くラウル。

番号は依頼を出した日付の古い順なので、真面目にその順番通りにこなしていたら移動だけでかなりの時間をロスしてしまいそうだ。

それならば、一番目の依頼をこなした後、そこから近い五番目の依頼をこなす等柔軟な対応をした方が、より多くの依頼をこなせるというものだ。

「じゃ、この地図を頼りに貝殻処理依頼を回ってくる。全部こなせるかは保証できんが、できるだけ多く完遂できるよう努力はする」

「ああ、何と頼もしいお言葉……さすがは殻処理の貴公子様ですぅ……」

「……殻処理の貴公子……」

ラウルの頼もしい言葉に、クレエは両手を組んで神に祈るような目つきでラウルを見つめる。

そしてラウルのことを『殻処理の貴公子!』と心酔しながら大絶賛するクレエ。もちろん彼女は大真面目であるが、残念感漂う二つ名にラウルの表情は微妙である。

しかし、巨大なホタテの貝殻や蟹殻の処理に苦悩する人達を救えるのは良いことだ。

それに、ラウルはまだ冒険者登録して日も浅い、正真正銘の新参者。そんなラウルが、自身にとっては全くリスクのない依頼で実績を積み重ねることができ、しかも報酬までもらえる。

おまけにその殻は、捨てることなくラウルの畑や家庭菜園に全て活用することができる。

ラウルにとっては料理の次に天職と思えるほどに、殻処理依頼は相性が抜群に良いのだ。

それ故ラウルが各関係者に『殻処理の貴公子』と持ち上げららるのは、もはや必然であった。

「じゃ、早速行ってくるわ。帰りは海鮮市場でご主人様達と合流してから戻るから、そん時にまた依頼達成の受付よろしくな」

「わかりましたぁー、いってらっしゃいませぇー♪」

弾むような声のクレエのお見送りの言葉を受けながら、ラウルはエンデアンの街に出かけていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうしてお昼になる前までに、クレエから預かった殻処理依頼を全て終えたラウル。海鮮市場で昼食を摂ってから、のんびりと買い物を楽しんでいた。

依頼書は十枚以上あったはずだが、その全てをサクッと完了してしまうラウル。もっとも、依頼をこなすと言っても、綺麗に洗浄されたホタテの殻を空間魔法陣に仕舞うだけの簡単なお仕事なのだが。

しかし、その空間魔法陣を使って大量に殻を引き取れる者がラウル以外にはほぼいないのだから、やはりラウルは万能執事兼凄腕冒険者なのである。

人が行き交う海鮮市場を、ラウルはのんびりと品定めをしつつ眺めて回る。

前回来た時よりも、心なしか店の数や人の量が減っているような気がする。これはやはり、先程クレエが言っていたデッちゃんとやらのせいか……とラウルは心中で考察する。

それでもやはり、ここはサイサクス大陸一の港湾都市。

様々な海産物が並ぶ海鮮市場は賑やかで、店主達の「今日捕れたばかりの、新鮮なマグロだよー!」「美味しいバカガイが入荷したよー!」など、品物アピールの威勢の良い掛け声が飛び交い活気に溢れている。

雑多な掛け声の飛び交う中、一際可愛らしい声がラウルの耳に飛び込んできた。

「今日はタイとヒラメが入ったよー!うちのお魚は、とびっきり新鮮で美味しいよー!」

ラウルの耳にも聞き覚えのある、幼くて愛らしい女の子が元気良く声を張り上げて道行く人々に品物アピールをしている。

ラウルは自然とその声のする方に歩いていく。そして声の主の方も、ラウルの姿を見て掛け声が止まった。

「お魚見てってー!…………って、ラウルさん?」

「やあ、イヴリンちゃん」

その可愛らしい掛け声の主は、ライトの同級生であるイヴリンだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ラウルさん、こんにちは!……ぃゃーん、こんなところでヨンマルシェ市場のアイドルに会うなんてー!」

「こんにちは。この店は、イヴリンちゃんの親戚の店か何かか?」

「ここはね、おばあちゃんのお店なんだ!夏休みはいつもエンデアンのおばあちゃんの家にお泊まりに来るんだけど、お昼はおばあちゃんのお店を手伝っているの!!」

「お店の手伝いを頑張ってて、イヴリンちゃんは偉いな」

「ありがとう!」

イヴリンはラウルに挨拶しつつ、店に来てくれた嬉しさにキャー♪と大喜びしている。

しかも店の手伝いをしていることをラウルに褒められて、ただでさえニコニコだったイヴリンの顔がますます花咲くような笑顔になる。

「今日はラウルさんは、お仕事でエンデアンに来たの?」

「ああ、ライト達といっしょにエンデアンに来たんだ。ライトは今は別行動してて、後で合流することになってるんだがな」

「あー、そういえば夏休み前にライト君がそんなこと言ってたー。エンデアンにお出かけするから、その時に海鮮市場に寄るねって!」

ラウルが冒険者になったことは、イヴリンも知っている。

ラグーン学園でライトからそんな話を何度か聞いたし、ヨンマルシェ市場の皆も全員知っているくらいだ。

「俺もライトから『イヴリンちゃんがお店のお手伝いしてるかもしれないから、もし見かけたらお店を覚えといてね』と言われてな。イヴリンちゃんのお店を見つけられて良かったよ」

「そうなのね!そしたらラウルさんも、うちのお店を見てって!特に今日は新鮮なお魚がね、いつもよりたくさん入ったのよ!」

「そうか、そりゃ是非とも見ていかなきゃな」

イヴリンの明るいセールストークに、ラウルも微笑みながら応える。

店頭に並べられた数々の魚を、じっくりと眺めるラウル。どれも活け締めにされていて、鮮度の良さを伺わせる品ばかりだ。

「うん、とても新鮮な魚ばかりだな。そしたらここにある魚を全部もらうとするか」

「えッ!? ラウルさん、全部買っていってくれるの!?」

「ああ、ラグナロッツァではこんなに鮮度の良い魚介類は滅多にお目にかかれないからな」

「ありがとう!おばあちゃーん!お魚全部売れたよー!」

店の奥で他の仕事をしていたイヴリンの祖母が、その手を止めて店頭の方に出てきた。

「イヴリン、お魚全部売れたって、どういうことだい?」

「このラウルさんが、お店にあるお魚を全部買ってくれるって!」

「まぁまぁ、それはすごいねぇ!でも、どうやってお持ち帰りするんだい?」

「ラウルさんは空間魔法陣を使えるから大丈夫!ね、ラウルさん?」

「ああ、イヴリンちゃんの言う通りだ」

魚が全部売れたという話を、俄には信じられないのか不思議そうにイヴリンに尋ねる祖母。

店頭には数種類の魚があり、全部合わせて三十尾くらいは並べられている。それを一人の客が全部買い占めるなど、イヴリンの祖母がすぐには信じられないのも無理はない。

だが、イヴリンの言う通りラウルには空間魔法陣がある。

イヴリンの祖母に、持ち帰りは大丈夫ということを証明するために、彼女達の目の前で空間魔法陣を開いて見せるラウル。

大丈夫な証拠を見せられたイヴリンの祖母は、目を丸くして驚いている。

「まぁ!空間魔法陣なんて、お客さん、すごいものをお持ちなんだねぇ!……というか、イヴリン。このお客さんのことを、ご存知なのかい?」

「うん!この人はラウルさんといってね、私の同級生のライト君のおうちにお勤めしている執事さんなのよ!」

「そうだったのかい。はるばるラグナロッツァからエンデアンまでいらしてくれたんだねぇ」

さっきからラウルと親しげに話し、名前まで知っているイヴリン。

祖母からしたら、ラウルは一見さんなのに何故イヴリンがラウルのことを知っているのか疑問に思ったようだ。

だがその疑問も、孫の話を聞いて納得する。

そして首都ラグナロッツァからの来客ということで、祖母が張り切ってサービスをする。

「そしたら、今ここにある魚全部で1万Gでいいよ」

「何? そんなに安くしていいのか? 絶対にそれより高いだろう?」

三十尾はある魚の値段の総額を、計算もせずに全部で1万Gでいいというイヴリンの祖母。

だがそれは、破格の値段であることにラウルは瞬時に気づく。

これまでラウルは海鮮市場の中の他の店をいくつも見てきたが、他店での同等品はどれも一尾500Gはしていたはずだ。それが三十尾となれば、1万5千Gは下らない価格である。

それを1万Gまでまけてくれるとなれば、ラウルがびっくりするのも無理はない。

だが、イヴリンの祖母はきゃらきゃらと笑いながら、ラウルの心配を笑い飛ばす。

「いいんだよ!うちの孫のイヴリンがラグナロッツァで世話になってるようだからね!」

「そ、そうか……?」

「そうだよ!だからという訳じゃないが、これからもイヴリンのことをよろしく頼むよ」

「……分かった。そういうことなら、ありがたく買わせてもらおう」

鮮度抜群の魚を破格値でサービスする代わり、とまでは言わないが、これからもイヴリンのことをよろしく頼む、とラウルに言ったイヴリンの祖母。

それはラグナロッツァという遠い地にあって、常に見守ってやることのできない祖母のささやかな願いだった。

その言外にある密かな願いを理解したラウルは、素直にその厚意を受けることにした。

ラウルは空間魔法陣から1万Gの金貨を取り出し、そのまま祖母に渡す。

「代金はこれでいいか?」

「もちろんだとも。1万Gの金貨なんて、滅多にお目にかかるもんじゃないけどね」

「じゃ、ここにある魚を全部いただこう。イヴリンちゃん、手伝ってくれるか?」

「うん!ラウルさん、たくさんのお買上げ、ありがとう!」

空間魔法陣を開きついでに、そのまま店にある魚を全部収納していく。

手近にあるものはラウルが収納し、店の端にある魚はイヴリンがラウルのもとに運んでいく。

そうして全部収納し終えた頃に、ラウルがふと店の外の方に視線をやる。

「……お、うちのご主人様達がエンデアンに帰ってきたようだ」

「そうなの? そんなことまで分かっちゃうなんて、やっぱりラウルさんは凄腕冒険者さんなのね!」

「まだまだ駆け出しの新米だがな。……そしたら、俺はご主人様達を出迎えてくる。ライトもイヴリンちゃんのお店に来たがってたから、また後で皆を連れてここに来る」

「ライト君もうちのお店に来てくれるの!? 分かったわ、お店はまだ畳まないでここで待ってるね!」

どうやらラウルは、エンデアンに帰還したライト達の気配を感知したようだ。

ライト達を連れてまたここに来る、というラウルの言葉を聞いたイヴリンは、思いがけず同級生に会えることを喜んでいる。

たった今ラウルが店の品物を買い占めたので、本当ならさっさと店仕舞いするところなのだが。ライト達が来ると聞いては、それはできない。

遠い地からわざわざ店を訪ねてくれた友達相手に、閉店ガラガラ☆と追い返すなんて無碍なことをする訳にはいかないのだ。

そうしてラウルは一旦イヴリンの店から出て、エンデアンに帰還したライト達を出迎えに向かった。