軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第667話 人間不信の理由

突如口調が変化したユグドライアに、ライトは内心で戸惑っていた。これまでライト達が出会って来た神樹達は、どれも穏やかで温和で優しい性格だったからだ。

しかも先程のユグドライアの言葉には威圧にも似た重圧感があり、敵愾心といったものも含まれていることがひしひしと伝わってくる。やはり外部の者、特に人間に対する不信感があるのだろうか。

正直ライトにとって、このユグドライアの反応は全くの想定外だった。

だが、一方のレオニスは特に表情を変えてはいない。

事も無げにユグドライアの問いに受け答えする。

「あんた、俺達がここに来るまでの会話を聞いていたんだろう? だったらそれと全く同じことを答えるしかないんだが」

『ユグドラツィの友達で、言葉や品物を届けに来た、という話か?』

「ああ。ここの他に、向こう側にある海底神殿にも寄っていくがな」

『じゃあ何か、ここには海底神殿に来るついでに寄った、ってことか?』

「そういう訳じゃないんだがな。俺達にとってはどちらも大事なことで、決して欠かすことのできない重大な用事だ」

『…………』

ユグドライアの『ここはついでか?』という少し意地悪な問いかけに、レオニスは迷うことなく『どちらも大事な用件』と答えた。

これはレオニスの嘘偽りない本音であり、だからこそ即座に答えられた。

それを聞いたユグドライアは、しばしの間黙り込む。

『……嘘は言ってなさそうだな』

「だから、さっきも言ったろう。俺は嘘をつくのが下手だと」

『だがしかし。それらは嘘ではなくとも、他にも下心や企みがないということの証明にはならん』

「……またえらく疑り深いやつだな」

『これまで人族の連中からは、疑り深くなるだけのことは散々されてきたんでな』

「「…………」」

ユグドライアの言葉の端々から、人族に対する不信感がこれでもかというくらいに滲み出ている。

『お前ら人族の強欲さってのは、本当に留まることを知らんよなぁ。もっとも、人族がここまで来れること自体が滅多にないが』

『それでもたまにいるんだよ。人魚を欲しがる奴らがこの海域に現れることがよ』

『海底に落ちてる人魚の鱗を拾うくらいなら、まだ可愛いもんだ。中には人魚を生け捕りにしようとする馬鹿もいる』

ユグドライアが人族を信用しない理由を明かしていく。

そういや確かに、冒険者ギルドエンデアン支部の依頼掲示板には『人魚の鱗拾い、一枚から高価買い取り!』とかいう依頼書が貼ってあったな……とライトは頭の中で思い浮かべる。

前世でも人魚の肉を食べると不老不死になる、などの有名な伝説があったし、現代日本準拠のサイサクス世界にも似たような伝説があるのかもしれない。

『遠い昔のことだが、一度人魚を生け捕りしようとした奴等にその目的を聞いてみたことがあるんだ。何故人魚を捕まえようとするのかをな』

『だってほら、生きるために仕方なく殺生することだってあるだろう? 生きとし生ける者は、他者の生命を食らうことで己の命を繋ぐ。それが自然の摂理ってもんだ。だから、もしかしたら人族にもそういう事情があるのかもしれない、と……そう思ってな』

『そしたらな、そいつ等はこう言ったよ。『そんなもん、金になるからに決まってんじゃねぇか』『一匹丸ごと捕まえることができりゃ、一生遊んで暮らせる金が手に入るからな!』と―――』

『そいつらの下卑た笑い声は……今でも俺の記憶にこびりついて離れない』

「「…………」」

ユグドライアの話に、ライトもレオニスも絶句する。

今でこそ人間に不信感しか持っていないユグドライアだが、かつては人族を理解しようとしていた時期もあったのだ。

そのユグドライアの淡い期待を完膚なきまでに打ちのめしたのは、他ならぬ人族側だった。

怒りと悲しみの入り混じったユグドライアの声が、ライト達の胸を抉る。

言葉を失う二人に構うことなく、ユグドライアは話を続ける。

『人魚をとっ捕まえようとする奴らなんて、ろくなもんじゃない。奴等が言った『一生遊んで暮らせる金』とやらがどんなものかは知らんが……人魚を見世物にするのか、あるいは鱗や鰭、肉、骨などを使って薬か何かでも作り出すのか……ま、いずれにしても救いようのない外道に違いはない』

『……そんな訳でな。その時以来、俺は基本的に人族のことは信用しないことに決めたんだ』

生きるための捕食ならともかく、一生遊んで暮らすために他者の生命を弄ぶ。こんな考えを、ユグドライアが容認できるはずもない。

人魚達を生け捕りにしようと目論む愚かな人族が、この海域を荒らす様を何度も間近に見ていたら―――ユグドライアが人族を嫌悪し、ライト達の善意を全く信用しようとしないのも無理はなかった。

『でな、話はこれだけに留まらんぞ。その滅多に来れない奴らが、運良くここを見つけるとどうなると思う?』

『そりゃもう目の色変えて俺に群がってくる訳よ。連中にとっては人魚もお宝だが、どうやら俺はそれ以上に魅力的なお宝らしくてな』

『何とか枝の一振りだけでも持ち帰ろうと、そりゃ必死の形相で近寄ろうとするんだ』

『まぁでも、ここにこいつ等がいる限りそれはできんがな』

ユグドライアの話に、またもライトは内心で『ぁー……』と思う。

海樹ユグドライアは、植物の樹木ではなく海中にある珊瑚。しかも珊瑚の中でも『宝石珊瑚』と呼ばれる種類のもので、かなり稀少性が高い。

色や大きさにもよるが、その価値はそこら辺の宝石よりもはるかに高いとされている。

人魚の鱗などのお宝を求めて海中にやってくる連中にとっては、海樹ユグドライアはまさに宝の山にしか映らないだろうことは、ライトにも容易に想像ができた。

『百歩譲って、俺のことはまぁいい。この図体だ、人族に多少削られたところで痛くも痒くもない。海に潜った人間が、その手に持ち帰ることのできる量なんぞ高が知れてるしな』

『だが、人魚のことは話が別だ。一生遊んで暮らす、そのためにこいつ等を生け捕りにしようなんざ絶対に許さん』

『ここにいる人魚達は全員俺の家族であり、掛け替えのない親友だ。そいつ等に害を及ぼそうとする人族を、信用しろと言う方が無理ってもんだろ。なぁ、人の子よ?』

ここまで理路整然とした拒絶の理由を語られては、ライト達もどうしようもなかった。

実際人族の中には強欲な者がいるのも事実だ。例えそれが極一部の者達の所業だとしても、一度ならず二度三度と繰り返されていけば『人族とは、そういう種族なんだ』という全体評価に繋がっていく。

ライトもレオニスも人族である以上、その括りとしてユグドライアに拒絶されても致し方ないことだった。

「……そうだな。あんたの言うことは全て正しい。俺達人族は、いつまで経っても強欲で―――己の欲望を満たすためだけに、愚かな行いをする者が後を絶たない」

『そうだろうとも。人族の全てがそうではないだろうとは俺も思うが、少なくともここに来る連中はそういう輩ばかりだ』

「他の神樹の友達なんだから、あんたも俺達のことを信じてくれ、とは言わない。そもそも俺達初対面だし、今の話を聞いてなおすぐに仲良くなれると思うほど俺も能天気ではない。だが……」

レオニスは人族の業の深さを認め、ユグドライアに対して無理に友誼を結ぶつもりはないことを伝える。

その上で、レオニスの中でどうしても譲れないあることを切り出した。

「ツィちゃんやシアちゃん達の想いだけは、どうか受け取ってやってくれ」

『…………』

「あんたにとっては、いつも身近にいてくれる人魚達の方が大事だろう。それは俺にも分かる。人間の 諺(ことわざ) にも『遠くの親戚より近くの他人』なんてのがあるくらいだしな」

『…………』

レオニスの言葉に、今度はユグドライアが黙り込む。

「俺達のことは信用しなくてもいい。あんたが望むなら、俺達は二度とここには足を踏み入れないし、金輪際顔も見せないと誓う」

「だが、ツィちゃんやシアちゃん、ラグスにエルちゃん……他の神樹達の想いや願いまで否定しないでくれ」

「皆あんたと同じ神樹なんだ。樹木としてこの世に生を受けてからずっと……神樹という高位の存在に進化してもなお、一歩もその地を動くことのできないまま……命尽き果てるその瞬間まで、ずっとそこに居続けなきゃならない」

「その悲しみは、ユグドライア……あんただって分かるだろう」

『…………』

レオニスが語る願いに、ユグドライアはなおも無言を貫く。

樹木故にその地から一歩も動けない、というのは神樹が抱える共通の悩みだ。ユグドライアとてその苦悩を知らないはずはない。

人族そのものを丸ごと否定はしてもいいが、同族である神樹達の想いまで否定してほしくない―――それこそが、レオニスの願いだった。

レオニスは空間魔法陣を開き、いくつかの品を取り出す。

「これは、神樹の枝で作った品だ。一応海の中でも長持ちするように、と防水魔法はかけてあるが……」

『それは……魚、か?』

「ああ。超一流の木彫り職人に頼んで作ってもらった、魚の置き物だ」

レオニスが取り出したのは、魚の形をした木彫りの置き物。

メダカのような小さな可愛らしい魚、リアルな鮭、イードのようなイカにたい焼きを模したデフォルメ寄りの魚まである。

これらもまたラグナ神殿の魔の者達に依頼して作ってもらったものだ。その素晴らしい出来栄えは、魔の者達の木彫りの腕前がますます上達していることを 窺(うかが) わせる。

それらをライトとともに四つの手のひらに乗せて、ユグドライアに見えるように高々と上に掲げる。

「どれがツィちゃんで、どれがシアちゃんか、同じ神樹族のあんたになら分かるだろう。ラグスやエルちゃんのもあるぞ」

『……当然だ。この俺が分からないはずないだろう』

「今日俺達がここに来たのは、これをユグドライア、あんたに渡すためだ。遠く離れた地であんたのことを想い、兄弟と慕う神樹達のささやかな願いを叶えに来ただけなんだ」

『…………』

レオニスはユグドラツィ達の言葉を代弁するかのように、ユグドライアに語りかけ続ける。

その熱意に動かされたのか、しばし沈黙していたユグドライアがやっと声を発した。

『よかろう。我が同胞達の願いとあらば、無碍に断る訳にもいくまい』

「……!! じゃあ、この置き物を受け取ってもらえるか?」

『ああ。そこにいる人魚に渡してくれ』

ライト達の近くに控えていた男型の人魚が、ユグドライアの言葉を受けてライト達の方に近づいてきた。

ライトとレオニスは、それぞれ手に持っていた置き物を全て人魚に手渡す。

二人から魚の置き物を受け取った人魚は、それらを大事そうに胸に抱えてユグドライアのもとに向かっていった。