軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第666話 海樹ユグドライア

海樹―――それは厳密に言えば樹木の類いではない。

その正体は、巨大な珊瑚である。

珊瑚とは生物学上は動物類であり、植物とは異なる生態系を持つ。

しかし、遠目から見ているライト達の目には、たくさんの枝が伸びた大きな樹木を思わせる威風堂々とした姿に映る。

「あれが、海樹ユグドライアか……」

「すごいね……」

『貴方達はちょっとここで待っててね。先にオス達に話をしてくるから』

まだ海樹の近くまで行ってもいないうちから、人魚達に先に進むのを止められたライト達。

ライト達はここに初めて来るので、そのまま先に進めば男型の人魚達に無断侵入者と思われてしまうだろう。

それを防ぐために、三人の人魚のうち一人がスススー、と先に進んでいって話をつけてくれる、という訳だ。

そうして待つこと数分。

先行した人魚がライト達のところに戻ってきた。

人魚の両脇には見知らぬ人魚が二人いた。

『これが、フラウが言っていたニンゲン、か?』

『そうよ。海の女王ちゃんと海樹に会いに来たんですって』

『信用に足る者なのか?』

『私達人魚が使う呼び笛と、海の勲章を持っていたわ。呼び笛はアリッサから、勲章は海の女王ちゃんから直々にもらったものなんですって。確かに両方とも本物だったわ』

見知らぬ人魚二人は、太い二の腕に厚い胸板、割れた腹筋等々見るからに鍛えられた身体をしている。マスターパレンほどの筋骨隆々さははないが、引き締まった筋肉から漂う肉体美は半端ではない。

そして肩まである髪は女型と同じ銀色で、青い鱗に覆われた下半身にひらひらとした優雅な尾鰭。

紛うことなき男型の人魚である。

二人とも端正な顔立ちをしているが、澄んだ美しい瑠璃紺の瞳からは鋭い眼光が放たれる。

それはまるでライトとレオニスの品定めをしているかのようだ。

『……名は何という?』

「俺の名はレオニス、こっちの小さいのはライト。人族だ」

『先程フラウから話は聞いた。念の為我等にもその呼び笛と海の勲章を見せてもらえるか』

「もちろんだとも。これでいいか?」

男型の人魚の要請に応じ、海の勲章と人魚の呼び笛を見せるライトとレオニス。

居丈高に威圧してくるでもなく、極めて紳士的な態度なので、レオニスも快く応じることができるというものだ。

『……確かに。では、海樹のもとにお連れしよう』

「ありがたい、よろしく頼む」

先に行っていたフラウという名の人魚のおかげで、特に争うこともなく海樹のもとに行けそうだ。

男型の人魚の案内に従い、ライト達は彼らの後をついていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

道中で女型の人魚達がぺちゃくちゃと喋っている。

『海樹のところに来るのは、私達も久しぶりねー』

『そうねー、私達は滅多にこっちの方には来ないものねー』

『別に私達メスがこっちに入っちゃいけないって決まりはないんだけどねー』

彼女達の話を聞くに、やはり人魚は男女で住むエリアが違うようだ。

それに対し、男型の人魚はあまり喋らない。性格的にもかなり違うのだろうか。

そして道すがらでは、男型の人魚が遠巻きにライト達を見ている。ここら辺に滞在している人数はあまり多くないようだ。

案内に従い歩いていくにつれて、遠目でも大きく見えていた海樹がさらに大きくなっていく。

とうとう海樹のド真ん前に着いたライト達。男型の人魚が海樹に向かって話しかけた。

『海樹よ。貴方を訪ねてきた客人をお連れした』

『……俺に客人とは、珍しいこともあるもんだ』

不敵な笑みでも浮かべていそうな、何とも砕けた口調。

それこそが、ライト達が初めて聞く海樹の声だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ライト達の目の前に、樹木のような大きな珊瑚が聳え立つ。

高さ自体は20メートルそこそこ程度で、他の神樹のようにそこまで高くはない。

だが、その分横幅が物凄く広い。枝のような突起が無数に分岐して、全方位に広がっている。その幅は100メートル以上はありそうだ。

その色は紅色や桃色、白などが主で、枝や場所によって微妙に色が違っていくのが何とも美しい。

幹に相当する根幹部分は、紅色が凝縮されているのか茶色のようにも見える。まるで本物の幹のようだ。

植物でいうところの葉っぱに相当するものこそないが、その姿はまさしく神樹と呼ぶに相応しいものだった。

『ほう、確かに我が神樹族の加護を得ているようだな。お前達、俺の名を知っているか?』

「世界に六本ある神樹のうちの四番目、ユグドライアとお見受けする」

『おお、やはり知っているか!しかも四番目という順番まで知っているとは、只者ではないな!』

ユグドライアの質問に的確に答えたレオニスを、大喜びしながら絶賛する。

『ここに来るまでに、お前達がフラウ達としていた話はちろっと聞こえてきていた。お前達、ユグドラツィの友達なんだって?』

「ああ。カタポレンの森にある神樹ユグドラツィは、俺の家の近所にあってな。最近仲良くさせてもらっている」

『神樹ってのは、大抵が人族の出入りなど容易にできんような場所にあるもんだが……ユグドラツィは違うのか?』

レオニスの答えに、ユグドライアが不思議そうにしている。

そもそも神樹をご近所さんと呼べる者はそうはいない。

大神樹ユグドラシアの八咫烏や、天空樹ユグドラエルのドライアド達のように、神樹のお膝元に里を形成する者達もいるにはいる。だがそれとて霊鳥や木の精霊という、それなりの格がある種族である。

間違っても人族如きが神樹をご近所さん扱いできるとは、ユグドライアには到底思えなかったのだ。

「いや、その認識で合ってる。カタポレンの森は別名『魔の森』と呼ばれていてな。濃い魔力が常に充満していて、普通の人間では長時間いることはほとんどできない」

『じゃ、何か? お前達は一応人族だけど、普通じゃない人族ってことか?』

「……不本意ながら、そういうことになるか。まぁ、他よりちょっとだけ使える人間、程度に思っておいてくれりゃ問題ない」

『…………』

ユグドライアに普通じゃない人間呼ばわりされて、少しだけムスッとするレオニス。レオニスは自分のことを普通の人族だと思っているので、ユグドライアのその問いは本当に心の底から不本意だと思っているのだ。

そしてまたそれを思いっきり口に出してしまうのが、レオニスクオリティというものである。

しかし、普通の人間はカタポレンの森に出入りしないのは厳然たる事実なので、そこはレオニスも渋々ながらでも認めざるを得ない。

そんなレオニスの不承不承な態度に、ユグドライアは呆気にとられたかのように無言になる。

ちょ、レオ兄、ユグドライアが黙り込んじゃったじゃん!どーすんの、コレ、海樹が怒っちゃったかも……どどどどうしよう……

レオニスの横にいたライトは、内心ハラハラして気が気でない。

ユグドライアとライト達の間に、しばしの沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは、ユグドライアだった。

『……ハハハハ!こりゃまた正直者だな!』

「……そりゃどうも。俺自身、嘘をつくのは下手な方だという自覚はある」

『嘘が下手ってより、腹の中を隠そうともしねぇだけだろwww お前の横にいる子供の方が、余程中身は大人らしいなwww』

「!?!?!?」

豪快に大笑いするユグドライアに、ムスッとしたままのレオニス。

そしてこの中で一番慌てているのは、他ならぬライトである。

話の流れでユグドライアに『中身は大人』と評されたライト、ギクッ!としながら内心で思わず『えッ!? 中身アラフォーなのがバレてる!?』と考えてしまう。

もちろんそんなはずはないのだが、レオニスとユグドライアのやり取りの中で流れ弾を食らってしまった格好のライト、ご愁傷さまである。

ユグドライアは一頻り笑った後、言葉を続けた。

『どっちも面白ぇ人間だな。……で? 今日は一体何の用事でここに来た? お前達がユグドラツィと友達っつーのは分かったが、それだけでここに来るとは思えん』

『俺もお前と同じで腹芸は得意じゃないから、単刀直入に聞くとしよう』

『俺からの問いには正直に答えろ。嘘偽りはもちろん許さんし、黙秘も認めん。本当のことだけを言え』

先程までの豪快な笑い声が収まったかと思うと、今度は徐々にその声は低くなっていく。

その声音が低くなるにつれて、冷ややかさがどんどん増していく。

そしてユグドライアは、底冷えするような冷徹な声でライト達に問うた。

『お前達の本当の目的は何だ?』