作品タイトル不明
第634話 森の中の絶世の美女
ライトとレオニスが、二人の女王達がいる神殿に向かった後。
天空樹ユグドラエルがいる島に残ったラウルは、ユグドラエルのもとで里を形成しているというドライアドの里に向かった。
「天空樹の話だと、ここら辺にあるはずだが……」
ラウルがユグドラエルの周辺の森をゆっくりと歩いていく。
天空樹のある島は、その中央にユグドラエルが鎮座ましましており、ユグドラエルの周辺をぐるりと囲うようにしてさらに別の木々が森を成している。
木々の高さはカタポレンの森と大差ないくらいで、それなりに立派な森だ。ただし、天空樹があまりにも巨大過ぎて、傍から見れば周辺の木々はそれこそ少し伸びた芝生程度にしか見えないのだが。
そんな周辺の木々の中を、ユグドラエルが教えてくれた方向に進んでいくラウル。
すると、ある地点から空気が変わった。どうやらドライアドの縄張りに入ったようだ。
だが、ラウルがそこで立ち止まりしばらく様子を見るも、特に何の変化も起こらない。ドライアド達に警戒されているのだろうか。
黙って佇んでいても埒が明かないので、ラウルの方から声をかけてみることにした。
「おーい。ここにドライアドの里があると聞いてきたんだが、誰かいるかー?」
「いたら返事してくれーーー」
ラウルの呼びかけに、辺りはシーーーン……と静まり返る。
さて、困ったな……こりゃ一体どうしたもんか……とラウルが考えていると、どこからかクスクス……と小さな笑い声が聞こえてくる。
ラウルが慌ててキョロキョロと周囲を見回すと、数本向こうの木の陰に人影が見えたような気がした。
とりあえずラウルは、その人影が見えた方向に進んでいく。
人影が見えた木の裏側に回り込むと、そこには今まで見たこともないような絶世の美女がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドライアドの里の縄張りの中で、絶世の美女と出くわしたラウル。
互いに未知の存在とエンカウントした格好だが、どちらも物怖じすることなくラウルの方から絶世の美女に話しかける。
「何だ、かくれんぼでもしてたのか?」
『うふふ、見つかっちゃったわぁ』
「ここはドライアドの里で間違いないか?」
『ええ、間違いないわよ』
ラウルの問いかけに、絶世の美女は妖艶な微笑みとともに肯定する。
身の丈はラウルより少し小さいくらいか。肌は淡いクリーム色をしており、木の葉や蔦をまとった滑らかなスレンダーボディが壮絶なまでに美しい。
流れるような濃緑色の艶やかな髪がふわふわと揺れ動き、パッチリとした翡翠色の大きな瞳にはラウルが映る。
ふっくらとした艶めかしい唇から漏れる甘い吐息とともに、絶世の美女が微笑みながら口を開いた。
『私はドライアドのモモ。ねぇ、美しい人。私といっしょにこのドライアドの里で、永遠に暮らしていきましょう?』
モモと名乗った絶世の美女は、両手でラウルの頬をそっと包み込む。そして口付けをせんばかりに極限まで己の顔を近づけ、ラウルの耳元で甘い声で囁く。
こんな官能的な女性から口説かれたら、大抵の男はその場でノックアウトされてしまうだろう。もしかしたら、あの朴念仁なレオニスですら頬を紅潮させるくらいには反応するかもしれない。
だがしかし、ここにいるのはレオニス以上に朴念仁なラウル。残念なことに、このキング・オブ・朴念仁な 妖精(ラウル) にはドライアドの蠱惑的魅了は通じなかった。
「あー、すまんな。俺、お前らと同じで木から生まれた妖精だから、その手の誘惑かけても全く効かんぞ?」
『……え。そなの?』
「残念ながらな」
シレッと宣うラウルの言葉に、それまで妖艶なオーラを醸し出していたモモが目をぱちくりとさせて驚く。
『え、何、そしたら貴方、どこの妖精族よ?』
「地上のカタポレンの森、その一角に住むプーリアという妖精族だ」
『…………』
モモが再びラウルの顔を両手で包み、じーーーっと見つめてくる。
ただし先程までのような誘う色香など全くなく、藪睨みの半目で品物を見定めるかのような見つめ方だ。
しかもラウルの頬の掴み方も、優しく包み込むようなものではなく、思いっきりガシッ!と掴んで時折むにむにと頬肉を押したり摘んで横に引っ張ったりしている。
何しろ先程までとは180°全く違う扱いである。
そうしてしばらくラウルの品定め?していたモモ。何やら『あらヤダ、ホント、これ人族の魂じゃないわ』『てゆか、確かに妖精っぽい……』『え、何、そしたらコレ、ホントに人間じゃなくて妖精なの?』などと小声でブツブツ呟いている。
そうしてようやく、ラウルが言っていることが事実だと理解したらしいモモ。俯きながらしばらくプルプルと震えていたかと思うと、今度は己の頭を抱えて仰け反りながら天を仰ぎ、大きな声を上げた。
『あ"ーーーッ!頑張って化けて損したぁーーーッ!』
緊張感の欠片もない大声とともに、突如モモの身体がボフンッ!と霧のように消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
モモの姿が突如消えたことに、ラウルはびっくりしながら周囲を見回す。
すると、一瞬にして消えたと思われたモモが立っていた場所の下、その地面に今度は身長15cmくらいの幼女がぺたんこ座りしているではないか。
身の丈こそかなり縮んだが、よくよく見ると髪は緑色で、目鼻立ちも先程の絶世の美女をそのまま幼女化したもの。どうやらこっちの方がモモの本当の姿、つまり本体らしい。
完全に消滅した訳ではないことが分かり、とりあえずラウルは安堵した。
ラウルは地面に座り込むモモの真ん前にしゃがみ込み、気の抜けたような声でモモに話しかけた。
「何だ、もう化けるのは終了か?」
『当たり前よ!同族相手に化けて誘惑したって、何にもならないでしょ!?』
「そりゃそうだな。……ま、お疲れさん」
『お疲れさんとか言わないでよ!すっごい久しぶりに頑張って、大きな姿に化けたってのに!余計に恥ずかしくなるじゃない!キーーーッ!』
基本空気を読まないラウル、実に気の利かない労いの言葉をモモにかける。
今回のラウル誘惑大作戦が失敗し、確実に黒歴史化したであろうモモの神経を逆撫でするには十分な威力である。
怒り心頭のモモ、プンスコと怒りながらラウルに飛びかかった。顔を真っ赤にしてラウルの頭や頬をぽこすかと叩いている。
ミニサイズのモモから叩かれたところで、ラウルは痛くも痒くもないのだが。しかし、ここは本人の好きなだけやらせてやろう、と黙っておとなしく叩かれてやるラウル。
本当に、女子供には優しい紳士である。
そうしてキーキー言いながら、しばらくラウルを叩き続けていたモモ。
思う存分ぽこすかして疲れたのか、ゼェハァと息を切らしながらラウルの右肩に乗り上げて完全にばてる。
『……ハァ、ハァ、ハァ……』
「気が済んだか?」
『……気が済むとか、済まないとかの、問題じゃなぁーい……』
「そうか。なら一休みしてからまた再開すりゃいい」
『休んでまで、また殴るの、続けるとか……意味分かんない……』
ヘロヘロになりながらも、自分に声をかけてきたラウルとの問答に懸命に応じるモモ。
この精霊も、案外生真面目なところがあるのかもしれない。
すっかりばててお疲れの小さな精霊に、ラウルが救いの手を差し伸べる。
「疲れた時には甘いものが一番だ。ほら、これ食いな」
『……?? これ、なぁに?』
ラウルがその場に胡座をかいて座り、空間魔法陣を開いて取り出したのは一個のマカロン。
マカロンのコロン、とした丸くて可愛らしい見た目に、モモが実に興味深そうに眺めている。
「これはマカロンというお菓子だ。モモには少し大きいかもしれんが、もともと軽いお菓子だから大丈夫だろ。ほら、こっちに来な」
ラウルが左手でモモをヒョイ、と掴み、己の右肩から左太腿に強制移動させる。
その後ラウルはマカロンをそっと二つに分けて、左太腿の上にちょこん、と座ったモモの前に片方を差し出した。
ラウルから差し出された、マカロンなる未知の品。そんな怪しいものを、ついそのまま成り行きで受け取ってしまったモモ。
受け取った後、ハッ!とした顔をしながら、己の手に持ったマカロンとラウルの顔を繰り返し何度も見る。
ラウルの方も、キョロキョロと見返すモモの様子を見て『ああ、初対面のやつから受け取った菓子なんて、おっかなくてそりゃ食う気もしねぇか』と思い至る。
モモを安心させるために、ラウルは先程二つに分けたマカロンの残り半分をポイッ、と自分の口に放り込んで食べる。
マカロンをもくもくと食べ、ゴクン、と飲み込むラウルを、じーーーっと見つめていたモモ。
一度受け取ったものを突き返す勇気はないようで、しばらく思案した後観念したようにパクッ!と一口食べた。
『……ッ!!』
マカロンを一口食べたモモの目が、大きく見開かれる。
甘くてサクサクとした軽やかなマカロンの美味しさに、一口食べただけで魅了されたようだ。
それが美味しくて毒もない、安全な食べ物だと分かれば後は早い。まくまくまくまく、とものすごい勢いでマカロンを食べるモモ。
一心不乱に食べ進めた結果、半分に分け与えたマカロンはあっという間にモモのお腹に入って消えていた。
『ぷはー……もうお腹いっぱい!』
マカロン半分を食べきったモモ、ものすごく満足そうな声で満腹宣言をする。
もともと幼児体型だったのが、さらにお腹が丸くなってぽっこりと出ている。
ケプー、と言いながら、右手でまん丸お腹を擦るモモ。とても愛らしい反面、木の精霊の威厳は微塵もない。
『この、マカロンっていう、オカシ? とっても美味しかったわ!』
「そうか、そりゃ良かった」
『これは、貴方の一族に伝わる秘伝のお薬か何かなの?』
「いや、そんな御大層なもんじゃない。甘くて美味しい、ただのお菓子だ」
『ふーん、そうなの……でも、秘薬と言われても信じちゃうくらいに元気になったわ!』
モモがマカロンのことを興奮気味に尋ねるも、ラウルは軽く否定する。
ただのお菓子を秘伝の薬か何かと勘違いするのもおかしな話だが、勘違いした当のモモにしてみれば割と大真面目な話だ。
マカロンという、ドライアドの知らないお菓子。その美味なる味を初めて知ったモモにとっては、それ程に衝撃的な美味しさだったのだ。
『ねぇ、貴方。貴方のお名前は何ていうの?』
「ああ、すまん、まだ名乗っていなかったな。俺の名はラウル。普段は人里に住んでいるが、れっきとした妖精だ」
『ラウル、ね。今日はどうしてここに来たの?』
「俺のご主人様達が、天空島に大事な用事があってな。もともと俺も、天空島にあるというドライアドの里を前々から訪ねたかったんだ。だから、今日ご主人様達が天空島を訪ねるついでに、いっしょについて来させてもらったんだ」
モモから名を尋ねられたラウル、改めて名乗り今日の天空島訪問の目的や理由を話していく。
ふむふむ、とラウルが語る理由を聞いていたモモ。その理由を知り、嬉しそうな明るい顔になる。
『へー、そうなの。じゃあラウルは、私達に会いに来たってことね!』
「ああ、そういうことだ」
『なら、私がドライアドの里に連れていってあげる!ここからもう少し先にいったところにあるのよ!』
「そうなのか。案内してもらえるならありがたい」
『任せて!さっきの美味しい食べ物のお礼よ!』
それまでラウルの左太腿に座っていたモモが、ラウルの話を聞いてふわりと宙に飛ぶ。
先程のマカロンのお礼に、モモがドライアドの里に案内すると申し出てくれた。
ラウルはモモの厚意に甘えることにして、モモとともにさらに森の奥へと進んでいった。