作品タイトル不明
第627話 天空島への上陸
突如多数の兵士達に囲まれ、動揺するライト。
レオニスの背中にしがみつきながら、小声で呟いた。
「レ、レオ兄ちゃん……ど、どうしよう……」
「…………」
レオニスはじっと前を見ながら、頭の中で考えている。
何の前触れもなく現れたのは、天空諸島だけではない。天空諸島側からすれば、ライト達もまた突如縄張り内に現れた完全な部外者だ。
もとより天空諸島に外部からの出入りが多いはずもなく、部外者というだけで即侵入者と見做されてもおかしくはない。
あちら側から先に実力行使されれば応戦も已む無しだが、できることなら穏便に済ませたい。この地域には、天空樹や属性の女王達がいるからだ。
それら高位の存在とは、今日限りではなく今後も何度か会わなければならない可能性がある。特に天空樹は、他の神樹達との交流の橋渡しのために、この先も何度か通わなければならない可能性大だ。
そのためにも、ここに住む彼女達とは良好な関係を築いていく必要があり、何としても正面衝突の戦闘は避けたかった。
『…………』
「白銀の君、まずは俺から話をしてみる。相手の様子を見たいから、しばしここで黙って見守っててもらえるか?」
『……分かりました。ここは其方に任せるとしましょう』
「すまんな。ライト達を守ってやってくれ」
それまでレオニス同様ずっと沈黙していた白銀の君に、レオニスが穏やかな声で諭すように待機を頼み込む。
普段の白銀の君ならば、物怖じすることなく相手を対等もしくは下に見て堂々と会話を始めていただろう。
だが、ここは天空諸島の領域。初めて踏み込む領域であり、自分達が招かれざる客であることは白銀の君も理解していた。
そして、今の白銀の君には『我が君の言葉を、姉君である天空樹ユグドラエルに伝える』という重大な使命がある。
その使命を全うするには、ここで争う訳にはいかない。敵対者と見做されて目的を果たせなければ、ユグドラグスに合わせる顔がないからだ。
我が君至上主義の白銀の君だけに、ここは堪えてレオニスに任せることにした。
まずは話し合いをすべく、レオニスは白銀の君の背から降りて付与魔法の飛行で宙に浮く。地上で言えば、馬から降りて地面に立つのと同じである。
そして両手を上げて攻撃の意志がないことを示す。
「俺達は侵入者じゃない。ここにいるであろう天空樹と、属性の女王である光の女王、雷の女王に会いに来た」
「……(えッ、何!? コイツ、空を飛んでる!?)……」
「その証の品をいくつか持っている。それを天空樹や光の女王、雷の女王に見せれば分かってもらえるはずだ」
「……(翼を持たない人族が、何で空を飛べるの!?)……」
兵士達は言葉を発することなく、ただただ驚きの表情を浮かべている。
そして槍を構えた姿勢のまま、ずっと警戒し続けている。いや、それどころか先程よりもさらに強い警戒心を抱いているようだ。
巨大な竜を駆り、天空島を侵略しに来た卑小な人族だと思ったら、あろうことか平然とした顔で宙に浮いたのだ。そりゃ兵士達も余計に警戒を強めるというものである。
対話の礼儀として、竜の背から降りたレオニス。だがそれは、どうやら完全に逆効果だったようだ。
眉間にさらに深い皺を寄せて、槍を握る手にさらに力を込めて深く構える兵士達。
あちゃー……こりゃちぃと失敗したか?と己のヘマを悟ったレオニス。今度は深紅のロングジャケットの内ポケットをゴソゴソと漁り、何かを取り出す。
それは、炎の勲章と木彫りの小鳥の置き物だった。
レオニスは天空樹のある方に身体を向ける。
そして手に持つ二つの品がよく見えるよう、両手を高々と掲げて大きな声で語りかけた。
「天空樹ユグドラエルに、光の女王、雷の女王。今もここを見ているんだろう?」
「何度でも言うが、俺達は敵じゃない!その地を動けない神樹ユグドラツィや炎の女王に代わり、届け物や無事の確認をしに参上した次第だ!」
「依頼主のためにも、是非とも目通り願いたい。争うためにここに来たんじゃないんだ、この場を何とか穏便に収めてもらえないだろうか!」
レオニスが話しかけたのは、兵士達にではなくその上の存在。
今もその千里眼でこの状況を見ているであろう、天空樹や光の女王、雷の女王に向けての言葉だった。
凛としたよく通る声のレオニスの口上が終わり、しばしの静寂が流れる。
すると、レオニス達の前に立ちはだかっていた兵士達の顔が、はたと何かに気を取られような顔つきになる。
そしてしばらくしてから、兵士達が槍の構えを解いて武器を下ろし、左右横一列に並んだ。
「天空樹と女王達の許しが出た」
「お前達に会うとの仰せだ。ここを通るがよい」
「ただし、主達への無礼な振る舞いは決して許さん」
「我等が常に見ているからな。心しておけ」
険しい顔つきを崩さない兵士達が、レオニス達に向けて未だ厳しい視線を向ける。
おそらくは天空樹や属性の女王達が、兵士達に退くように念話か何かで伝えたのだろう。
何はともあれ、無事天空樹のもとに行く許可が下りたことに、レオニスはもとよりライトや白銀の君もほっとした顔になる。
ピリピリとしたムードは未だに収まってはいないが、それでも天空樹のところに行けることになったのだ。まずは目の前に立ち塞がった障害を乗り越えて、ほっと一安心である。
ようやくここでレオニスは、ずっと控えていたライト達に声をかけた。
「皆、待たせたな。何とか話はついたから、天空樹のある島までこのまま行くぞ。白銀の君も、我慢してくれてありがとうな」
『礼には及びません。我が君から賜りし任を全うするのが、今日の私の務めですからね』
「良かったぁ……レオ兄ちゃん、お疲れさま!」
「見事な交渉だったぞ。俺もご主人様を見習わなくちゃな」
左右に分かれて居並ぶ兵士達の間を、レオニスとライト達を乗せた白銀の君が静かに前に進んでいく。
それはまるで、モーゼの海割りの如き光景であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁー……一時はどうなるかと思ったぁ……」
「全くだ。どうなることかと思ったが……何事もなく通ることができて良かったぜ」
天空樹のある島まで行く途中、緊張の糸が切れたライトとラウルが心底安堵したように洩らす。
二人ともおとなしく推移を見守っていたが、内心ではハラハラドキドキしていたようだ。
「……あ。そういえばレオ兄ちゃんって、前に天空島に来たことあるんだよね?」
「ああ」
「その時はどうしてたの? さっきみたいに、毎回兵士に囲まれてたの?」
ライトがここでふと思った素朴な疑問を、素直にぶつけてみた。
今回は白銀の君という巨大な竜に乗ってきたので、天空諸島側に警戒されて兵士達に囲まれても致し方ないとは思うが。以前レオニスが天空島を訪れた時は、どうだったんだろう?とライトが疑問に思うのは当然である。
そんなライトの疑問に応じ、レオニスがその答えを語っていく。
「前回はフェネセンといっしょに来てたからなぁ。ほら、あいつ、あんな性格だろ? 人族からはなかなか理解されなくて、人間の友達こそ少ないが。その分精霊や天使といった、自然界に存在する者達にはかなり好かれやすいんだ」
「あー、そういうことだったんだね……うん、何か分かる気がする」
以前の訪問では、フェネセンが同行していたことで天空島の面々からも受け入れられていたようだ。
フェネセンの自由奔放さは、人間にはなかなか理解されずに受け入れてもらえないことも多い。だが、フェネセンと同じく自由奔放で野に生きる者達には好意的に受け止められることが多いようだ。
ちなみに妖精のラウルの場合だけは例外で、ラウルがそれまで懸命に貯め込んだ食材を全て食い尽くされるという実害があったので、フェネセンを受け入れるどころか毛嫌いする羽目になったという経緯があったりする。
そんな話をのんびりとしながら、天空樹のある島まで辿り着いたライト達。
島の中央には天空樹が聳え立つ。その根元には、上空に広がる枝葉の分だけ空き地のような平地がスペースが広がっていて、それ以外の部分を島の外周まで他の木々がびっしりと取り囲む形だ。
巨大な白銀の君が周囲の木々を踏み倒さぬよう、一気に天空樹の目の前に降り立つ。
一行の中で唯一飛べないライトも、ようやく安心して島に上陸した。
白銀の君の背から降りて、上を見上げるライト。そこには一際雄大な天空樹の姿があった。
「これが、天空樹……」
「見事だな……」
「ああ、圧巻としかいいようがないな……」
『我が君にも負けぬ美しさですね……』
ライト達はその雄大さに、息を呑みつつただただ見惚れる。
ライト達が神樹と出逢うのは、これが四回目だ。
神樹ユグドラツィ、大神樹ユグドラシア、竜王樹ユグドラグス。これまで出逢ってきた神樹、そのどれもが荘厳で偉大だった。
そしてこの天空樹ユグドラエルもまた、実に圧倒的な存在感を放っていた。
運動場の400メートルトラックをはるかに超える太い幹、天に向かって勢いよく伸びる枝、樹齢四桁を超えているとは思えない、瑞々しい緑葉―――神樹に相応しい威厳を持ちながらも、とても最古の神樹とは信じられないくらいに若々しい樹勢を誇っていた。
皆が皆、呆けたようにずっと見惚れていると、どこからか声が聞こえてきた。
『ようこそいらっしゃい、お客人達よ』
その声に、ライト達はハッ!と我に返る。
そしてここは一行を代表して、まずはレオニスから話しかけた。
「突然の訪問にも拘わらず、快く受け入れてくれたことを感謝する」
『どういたしまして。我が弟妹達の加護を持つ者達に、害を加えて追い払う訳にはいきませんからね』
天空樹の声はとても優しくて穏やかで、他の神樹達とよく似た空気をまとっている。
物腰柔らかな口調は、まるで小川のせせらぎのように心地良く響く。その癒やしパワーはMP回復効果すらありそうだ。
するとここで、ユグドラエルが待ち侘びたかのように話を切り出した。
『まずは、先程見せていた小鳥の置き物……よく見せていただけますか?』
「ああ、これか? これはツィちゃん……ユグドラツィの枝で作った置き物だ」
ユグドラエルの要請に、レオニスが右手に持っていた小鳥の置き物を高々と差し出した。
実はこの木彫りの小鳥の置き物、いつものアイギス製ではない。何と魔の者達が彫ったものだ。
今もラグナ神殿に軟禁中の魔の者達だが、軟禁とは名ばかりの措置で、その実態は総主教主催の木彫り教室で日々彫刻の腕を切磋琢磨し、それなりに楽しく暮らしているという。
今回ユグドラエルに他の神樹の枝の品を届けるにあたり、装備品ではなくて置き物にすることにしたライト達。その製作依頼を、木彫りが得意なラグナ教の魔の者達に出したという訳だ。
すると、どこからか先程の兵士と同じ女性型の天使が現れて、レオニスの手から小鳥の置き物をスッ……と持っていった。
その天使は、顔や姿形こそ外にいた兵士と全く同じに見えるが、ラフな格好の服装で槍や鎧などは装備していない。
おそらくはユグドラエルのお世話係のようなものだろう。
天使は小鳥の置き物を両手で大事そうに持ち抱えて、ユグドラエルのもとに持っていく。
幹から枝に分かれる上部まで飛び、小鳥の置き物をユグドラエルの枝分かれの部分にそっと置いた。
『ああ……確かに……ユグドラツィの魂を感じます……』
「ツィちゃんのだけじゃなくて、他の神樹のもあるぞ」
レオニスは空間魔法陣を開き、ユグドラシアの枝でできた木彫りの八咫烏、ユグドラグスの枝で作った木彫りのドラゴンを取り出した。
先程小鳥の置き物を運んだ天使がまたレオニスのところに来て、二つの置き物を再びユグドラエルのもとに運んでいく。
ユグドラエルよりも先に会っている三本の神樹、彼ら彼女らの枝を用いて作った木彫りの置き物。
それらを受け取る度に、ユグドラエルの枝葉がさわさわと揺れ動く。
言葉こそ口にしなかったが、ユグドラエルが心の底から喜びを噛みしめていることを、その場にいる全ての者が感じ取っていた。