作品タイトル不明
第599話 敏腕監督の提案
翌月曜日の午後。
レオニスとラウルは、ガーディナー組を訪問していた。
何故に二人してガーディナー組に?という疑問が湧くところだが、二人の用件は全く違う。
レオニスはラグナロッツァ孤児院の再建の話をしに、ラウルは四阿の作り方を聞きに行くためである。
二人でラグナロッツァの屋敷で昼食を食べていたところ、レオニスが午後にガーディナー組を訪ねるという話を聞いたラウルが「俺もガーディナー組に用事があるんだ」ということで、いっしょに行こうということになった。
レオニスとラウル、この二人がラグナロッツァの街中をともに歩くことは何気に珍しい。他にあるとすれば、いっしょに孤児院を訪ねる時くらいのものか。
イケメン高身長の二人が並んで歩く図は、実に目立ちやすい。
今日は冒険者向きの案件ではないので、服装こそ二人ともラフな私服でロングジャケットほど目立つことは絶対にない。
だが、イケメン特有の際立つオーラや華やかさは隠しきれない。いや、隠すも何も本人達はただ素の状態でいるだけなのだが。
二人は華やかオーラをダダ漏れ状態で振り撒きながら、ガーディナー組本社に到着した。
二人は早速建物の中に入り、正面玄関入口の受付で今日の用件を伝える。
奥の客間に通されて、しばし待つレオニスとラウル。ほどなくしてイアンが入室してきた。
脇に抱えた資料を横に置き、レオニス達の対面に座るイアン。
頭を下げつつレオニス達に挨拶をする。
「お待たせして申し訳ございません。レオニスさん、ラウルさん、お久しぶりです」
「いや、こちらこそ忙しいところに押しかけてきてすまんな。今日はラウルも何やらガーディナー組に用事があるらしくてな、いっしょに来た次第だ」
「久しぶりだな、イアン」
「ラウルさんもお元気そうで何よりです」
互いにご無沙汰の挨拶を済ませた後は、早速本題に入る。
「レオニスさんのご用件は、孤児院再建のお話ですよね?」
「ああ、今日はその話をしに来た」
「では、ラウルさんの方はどのようなご用件でしょう? ガラス温室の件ですか?」
「いや、今日は四阿の建て方を知りたくてな。ガーディナー組に教えてもらおうと思って来たんだ」
「「……四阿の、建て方……???」」
ラウルの突拍子もない話に、レオニスもイアンも呆気にとられた顔をしている。
いくらラウルがDIY好きだとしても、さすがに四阿の建設は個人の趣味の範疇を大幅に超えている。レオニスとイアンが『何を言っているのかさっぱり分からない』という顔になるのも当然である。
だがしかし、ラウルはその程度の空気に怯むような性格ではない。
何事もないかのように話を続けていく。
「このご主人様が持っているカタポレンの家の横に、最近新しい畑を開墾してな。その際に伐採した木材で、畑の横に四阿を作りたいんだ」
「あー、カタポレンの森の中に、ですか……さすがにそれは、我ら常人が気軽に赴ける場所ではありませんねぇ」
「だろう? 本当はガーディナー組に建設を依頼したいところなんだが、場所が場所だけに多分無理だろうと思ってな」
ラウルの話に、イアンも早々にその真意を察して納得する。
四阿程度のものなら、普通はガーディナー組に建設を依頼するものだ。当然料金はかかるが、その方が絶対に早いし確実だからだ。
それを『四阿の建て方を知りたいから教えろ』とは、筋違いにも程がある。建設費用をケチり過ぎだろ!と糾弾されても仕方のない所業である。
だが本当のところは、別に建設費用を節約したい訳ではない。四阿を建てたい場所が悪過ぎるのだ。
カタポレンの森は常時濃密な魔力に満ちていて、普通の人間には長時間滞在することができない。強い魔力に中てられて、目眩や頭痛、吐き気などの体調不良に見舞われてしまうのだ。
そんな場所に四阿を建てに来てほしいなどとは、さすがにラウルでも言えなかった。
それ故に『自分で建てるから、建て方を教えてくれ』という話になったのだ。
「俺が教えてもらいたいのは、四阿の設計図と組立手順だ。それさえあれば、俺一人でも何とか建てられるだろう。もちろんちゃんとそれなりに金は払う」
「何とも珍しいというか、当社でも全く前例のないご依頼ですが……分かりました、とりあえず見積もりはしてみます」
「ありがとう。見積もりを出すまでに何日くらいかかる?」
「そうですね……三日もいただければいいかと」
「分かった。では今週の金曜日にまた来る」
ラウルの無茶振りとも言える奇天烈な依頼に、イアンも前向きに検討してくれるという。
さすがは業界大手のガーディナー組、柔軟な対応と顧客への真摯な態度は随一である。
「じゃ、次は俺の番だな。ラグナロッツァ孤児院の再建の件、どこまで進んでる?」
「少々お待ちください。……まずはこちらの資料をご覧ください」
レオニスの言葉に、イアンが横に置いた資料を手に取りパラパラと捲っていく。
該当箇所を見つけた後、資料を左右に大きく開いてレオニスにもよく見えるように向きをレオニス側に変えてからテーブルの上に置いた。
「新たに孤児院を建設する場所、候補地を三つまで絞ってあります。一つ目は、鷲獅子騎士団の専用飼育場の近く。二つ目は同じく竜騎士団の専用飼育場近く。三つ目は東の塔の近くです」
「どれも郊外の、中心部からはかなり離れた場所なんだな」
「はい。買い物や交通の便などは、今の立地と比べると格段に落ちます」
イアンが挙げた、孤児院再建の候補地三ヶ所。その場所はどれも郊外で、ラグナロッツァを取り囲む高い外壁がよく見えるような端っこだ。
今のラグナロッツァ孤児院は、元が教会の建物ということもあり、そこまで中心部から離れていない。
立地条件だけ見れば、現状よりかなり劣って見えるが、郊外にあるメリットをイアンが懇切丁寧に解説していく。
「ですがその分敷地は広々としていて、大きな建物を建てても周囲との軋轢が起きる心配はございません。それに庭も広く作れるので、子供が大勢いてものびのびと自由に遊べますよ」
「ほう、それはそれでかなり良いな」
イアンの説明に、レオニスもふむふむ、と頷きながら得心している。
広々とした庭があれば、外で遊ぶ事もままならない今の孤児院よりはるかに良いだろう。
「でしょう? 孤児院という性質上、子供達の育成環境もより良いものを用意してあげるのがよろしいかと思いまして」
「確かになぁ。今のあの孤児院じゃ、外で遊ぶなんてろくにできていないだろうし」
「広々とした環境で得られるのは、子供達が遊べる場だけではありません。それこそラウルさんの温室じゃないですが、敷地の中にちょっとした畑を作ることも可能です。家庭菜園の延長線上として、その成果は孤児院の食費節約になりますし、何より子供達の食育にも繋がります」
滔々と語るイアンの顔を、レオニスとラウルが目を大きく見開きながら眺めている。
二人の視線に気づいたイアン、言葉を止めてレオニス達に問うた。
「……ン? 私の顔に何かついてますか?」
「いや……あんたの計画があまりにも完璧過ぎて、びっくりしていた。イアン、あんたすごく善い人だな。孤児院再建の件、あんたに依頼して本当に良かったよ」
「イアン、そこまで考えるなんてすげぇな!」
「いえいえ、そんな……この程度のことは出来て当然です。でなければ、この由緒あるガーディナー組の監督など務まりません」
レオニス達からの大賛辞を受けたイアン。
ガーディナー組とはラウルの温室建設を通じて得た縁だが、孤児院再建に関してもここまで親身に提案してくれるとは、正直レオニスは思ってもいなかった。
故に先程の賛辞はお世辞や上っ面ではなく、本当に心からそう思っての言葉だった。
そして、イアンはイアンでそれをさも当然のことのように言っている。だが、少しだけ照れ臭そうにしているあたり、内心では嬉しそうだ。
その照れ隠しなのか、イアンは物件の詳細の話を続ける。
「それにこの三つの候補地は、割と特殊でして」
「特殊、というと?」
「鷲獅子騎士団および竜騎士団の専用飼育場、そして東の塔、どれも国が管理する重要施設の近隣地域です。こうした場所は機密情報漏洩防止の観点から、一般的に家屋を建てる許可はまず降りないんです」
「ああ、そういやそうだな。どれもこれも国の中で重要な拠点ばかりだな」
イアンのさらなる解説に、レオニスが頷きながら理解を示す。
鷲獅子騎士団や竜騎士団は、ラグナロッツァ大公一族と首都ラグナロッツァを守護する近衛師団の一角である。
その騎士団の主要な乗り物である、鷲獅子や飛竜。その飼育場もまた最重要施設の一つであり、もちろん一般には一切公開されていない。
イアンの話では、その内部施設のみならず周辺地域にもスパイや怪しい人間が近寄ったり潜伏できないよう、各施設から一定範囲内での建物の建設許可はほとんど降りないのだという。
周辺地域まで制限が及ぶとはかなり厳重な警戒態勢だが、施設の重要さを鑑みれば当然のことと言えよう。
「ですが今回の件は、建てるのが孤児院ということで特別に許可が降りました。そもそもラグナロッツァ孤児院が移転の必要に迫られたのは、今孤児院がある地域の再開発で立ち退くという事情もありますしね」
「そうだな。いずれあの孤児院は、俺の手で再建するつもりではいたが……それでも再開発での今年中の立ち退き勧告さえなければ、もう少し余裕をもって動けた訳だしな」
「ええ。ですから官府での交渉時にも、そこら辺をより強調しまして。おかげで土地が広い候補地をいくつももぎ取ることができました」
イアンが挙げた孤児院の移転候補地。それらはイアンの機転と粘り強い交渉によって勝ち取ったもののようだ。
やはりこのイアンという男、かなり有能な人物である。
「そしたら、この三ヶ所のうちのどれかを選べばいいのか?」
「はい。どれでもお好きなところをお選びいただければ、当社にて官府への手続きをしてまいります」
「そうか、なら一日でも早く話を進めたいな。イアンとしては、この三つならどこが一番良いと思う?」
きっとどの物件も申し分ないのだろうが、素人のレオニスにはどこが良いのか今一つよく分からない。
ここはプロの意見を知りたい!とばかりに、レオニスはイアンのオススメを聞いてみた。
「そうですねぇ、土地の広さはどれも申し分ない物件ですが……敢えて一つを挙げるとすれば、この東の塔の物件ですかね」
「その理由を聞いてもいいか?」
「他の二ヶ所は、鷲獅子に飛竜という大型生物が近隣で多数飼育されている場所です。馴れれば問題なく過ごせるでしょうが、鷲獅子や飛竜の鳴き声が響き渡ることも往々にしてあるはずです」
「あー……猛獣が一つ所に何十頭といれば、日中に喧嘩して騒いだり夜はイビキなんかも聞こえてくるかもしれんわな」
イアンのオススメ理由に、レオニスも納得する。
要は、飼育場に多数いる鷲獅子や飛竜の鳴き声が騒音問題に発展する可能性がある、ということだ。
三つの候補地の中で、唯一生物がいない環境の東の塔ならその心配は一切ない、という訳である。
騒音問題というのは、割と深刻だ。よく『住めば都』などと言うが、もし騒音に慣れることができなければ地獄以外の何物でもない。
そうした懸念が事前に分かっていれば、回避することができる。イアンの最適なアドバイスは、レオニスにとってもありがたかった。
「じゃあ、東の塔の物件で孤児院を再建するように話を進めてくれ」
「承知いたしました」
「あと、前金とか要るか? 必要なら建設費用の総額見積もりといっしょに出してくれ。何割払うかもそちらの都合に合わせる」
「ではラウルさんの四阿の件と合わせて、こちらの方も三日後にはお出しできるようにしましょう」
話が一通り円満にまとまり、レオニス達は一息つきがてら出された茶を一口二口啜る。
「そしたらまた金曜日に、ラウルといっしょに見積もりを受け取りに来るわ」
「お待ちしております」
「これからもしばらく世話になるが、よろしく頼む」
「もちろんです。このガーディナー組と私にお任せください」
レオニスはイアンと固く握手を交わし、ガーディナー組本社を後にした。