作品タイトル不明
第594話 世紀の一騎打ち
小島の林の木陰でうたた寝していたレオニス、ふと目を覚ます。
のっそりと身体を起こし、ンーーーッ……という声とともに両腕を上げて背伸びする。
あーーー……こんな野外の、しかもカタポレンの森のド真ん中でぐっすり寝ちまうなんて。いつ魔物に襲われるかも分からんってのに、これじゃ冒険者失格だな。
……って、そうは言ってもここは目覚めの湖で、しかも湖のド真ん中の小島の上だしな。湖の主や水の女王、果ては水神まで仲間なのに、外敵の危険もへったくれもねぇか。
穏やかな陽気のあまりの気持ち良さに、ついついうたた寝してしまったことを反省するレオニス。
もっとも後半の方では、今いる目覚めの湖において外敵に襲われる危険性など皆無であることに気づいたが。
レオニスの横にいる水の女王も、まだ昼寝している。
んにゃむにゃ……浜焼き美味ちぃ……と寝言を漏らしている。夢の中でも先程の贅沢な昼食を食べているのだろうか。
しかし、水の女王の向こう側にいたはずのライトの姿が見当たらない。
はて、ライトのやつ、どこ行った? ションベンでもしに行ったのか? そう思いながら、周囲をキョロキョロと見回すレオニス。
するとレオニスの視界に、湖面を優雅に泳ぐアクアの姿が映る。そのアクアの背にはライトが乗っていて、にこやかな笑顔でアクアに話しかけている。
ライトの方も、ふと小島の方を見てレオニスが起きているのが分かったようだ。
アクアに何事かを語りかけ、アクアとともに小島の方に向かってくる。
アクアが浜辺に到着すると、ライトはレオニスのもとに駆け寄った。
「レオ兄ちゃん、起きたー?」
「おう、お前の気持ち良さそうな寝顔につられて、俺も昼寝しちまったぜ」
「ピクニックのゴロ寝って、すっごく気持ち良いよねー!それに、ここならイードもアクアも水の女王様もいるから、安心してお昼寝できるし!」
「フフッ、そうだな……俺も外でこんなに気持ちの良い昼寝をしたのなんて、かなり久しぶりのことだ」
ライトとレオニスが他愛ない話をしていると、その気配でラウルや水の女王も起きてきた。
「ンンーーー……はぁー、よく寝たぁー」
『ふぁぁぁぁ……皆おはよーぅ……』
二人とも背伸びをしたり目を擦ったりしながら、のそのそと起きる。
ラウルと水の女王もまた心地良いお昼寝タイムを過ごせたようだ。
『ぁー、そだ……アクア様にレオニスの件、お願いしなくっちゃ……』
「あ、そのことならさっきぼくがアクアにお話しときましたんで」
「ン? そうなのか?」
「うん。アクアもニコニコしながら聞いてたから、きっとOKしてくれたと思うよ。アクアー、こっちおいでー」
まだむにゃむにゃとした口調の水の女王の言葉に、ライトが声をかける。
ライトがアクアに向かってその名を呼びかけると、何とアクアが湖面からふよふよと浮いてライト達のいる方に来るではないか。
アクアが飛べることに、びっくりするレオニス。
「え、何、アクア、お前空も飛べるようになったの?」
「クルルゥン♪」
「ぼくもさっき知ったばかりなんだけどさ。でも、アクアにもこんなに立派な羽が生えてるんだから、飛べても当然だよね」
「ぉ、ぉぅ、そうか……まぁな、水神だもんな」
『そうよ!何てったってアクア様は、偉大なる水神様ですもの!』
ライトの解説に呆然とするレオニスの横で、水の女王が興奮気味にアクアの偉大さを讃える。
そもそも空気中にだって、目に見えない水蒸気などがたくさん含まれているのだ。水神であるアクアが浮遊できない道理などない。
「水の女王、とりあえずさっきの件をもう一度アクアに聞いて、訳してもらえるか? 俺達じゃアクアの言葉がよく分からん」
『いいわよー。アクア様、ライトからもう聞いていらっしゃると思うけど、レオニスがシュマルリ山脈の南にある『善十郎の滝』というところに行きたいんですって』
「キュイキュイクルルゥ」
『それは私のお姉ちゃん達の無事を確認するためのお仕事なので、是非ともアクア様の御力をお借りしたいの。是非とも彼を『善十郎の滝』まで送り届けていただけますか?』
「クルキュァァ」
アクアと会話をしていた水の女王が、レオニスに向かってその答えを伝える。
『もちろん、ライトと私の頼みだからOK!ですって。ありがとう、アクア様!』
「そうか、ありがとう!」
「クゥクゥキュイィ、マキュモキュ」
『え? アクア様、どうなさったの?』
アクアのOKが確実のものとなり、レオニスと水の女王は明るい顔でアクアに礼を言う。
だがその後もアクアが水の女王に、何やらマキュモキュ言っている。
水の女王はその都度ふむふむ、と相槌を打っている。
そうしてアクアとの会話を一頻りした水の女王が、レオニスに身体を向き直してアクアの意向を話し始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『何かね、アクア様がね、レオニスと勝負したいんですって』
「ン? 俺と勝負?」
『目覚めの湖で追いかけっこしようって。レオニスが逃げる方で、アクア様は追っかける方。勝負時間は半刻。半刻逃げきれたらレオニスの勝ち、半刻以内にアクア様がレオニスを捕まえたらアクア様の勝ち』
「おお、面白そうじゃねぇか」
水の女王の翻訳で、アクアから勝負を持ちかけられたレオニス。
基本その手の勝負事には目がないレオニス。ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、彼の双眸からキラーン☆と鋭く強い光が放たれる。
『レオニス、どう? この勝負、受ける?』
「もちろんだ。売られた勝負は必ず買うのが俺の信条だからな!」
『レオニスが勝てば、善十郎の滝からの帰りの手段も授けてくださるって。アクア様が勝った場合は、レオニスに罰ゲームですって』
「罰ゲーム? 一体どんなことさせられるんだ?」
勝負の報酬は、勝てば善十郎の滝の帰路の保証、負ければ何らかの罰ゲームだという。
勝った時の報酬は魅力的だが、負けた時の罰ゲームとやらも先にその内容を確認しておかなければならない。でないと後でとんでもない罰ゲームさせられたら敵わないからだ。
『アクア様、罰ゲームとはどんなものでしょう?』
「クキュルル、マキュモキュモキュキュ」
『ふむふむ……なるほど』
アクアに向かって罰ゲームの内容を確認する水の女王。
聴き取り終えた水の女王が、レオニスに向かって花咲く笑顔で伝えた。
『罰ゲームは『アクア様をおんぶして目覚めの湖一周』ですって!』
「……アクアをおんぶ……」
「……湖一周……」
「ま、ご主人様ならそれくらいできるんじゃね?」
罰ゲームの内容に、唖然とするライトとレオニス。二人とも頬がピクピクと引き攣っている。
今のアクアはまだイードほどの大きさはないが、それでもかなりの巨体を誇る。身体の大きさだけ見たら、オーガ族の族長ラキをも優に超えている。
もちろん重さだってそれに比例する。アクアが乗れる体重計などこの世のどこにも存在しないが、果たしてアクアの体重は一体何kgなのだろう。
少なくとも数百kgはありそうだが、それをおんぶして湖一周とか常人には到底成し得ない無理難題である。
だがそこは、世界最強の金剛級現役冒険者たるレオニス。
ここでもまた『レオニスならば、やってくれるのではないか』と思わせる何かがある。
それ故か、二人の横で聞いていたラウルだけはシレッと『レオニスならそれも可能説』を唱える。
まぁ他人事だと思って、気軽に宣う妖精である。
「……いいだろう。俺も男だ、一度受けた勝負から逃げることは絶対にない」
「レ、レオ兄ちゃん、ホントに大丈夫……?」
「要はアクアから一時間逃げきりゃいいんだろ? やってやるぜ!」
「じゃあ俺が時間を計ってやる。今から三分後に午後の二時になるから、午後二時に開始しよう」
「おう、スタートの合図と時間計測はラウルに任せたぞ」
あまりにとんでもない罰ゲーム内容に、一瞬怯んだレオニス。
だが、彼が勝負から逃げることは決してない。改めて不退転の決意で、アクアからの勝負を受けることを宣言する。
そして一時間のタイム計測係に名乗りを上げたラウル。
三分後の午後二時ジャストに勝負が始まることになった。
人族と神族の誇りを賭けた、世紀の一騎打ちである。
レオニスは屈伸したり腰から上の上半身を左右に捻ったり、準備運動をしている。
「ご主人様も時計持ってるよな? アクアから一時間逃げ切れたら、湖面に上がって飛んで戻ってきてくれ。その前にアクアに捕まったら、二人で小島に戻ってこいよ」
「了解」
準備運動をしているレオニスに、ラウルが声をかけて簡単な打ち合わせをしている。
そうして二分半ほど経過した頃に、懐中時計を持ったラウルが改めてレオニス達に声をかける。
「そろそろ時間になるぞー。ご主人様は俺のカウントダウンに合わせて湖に飛び込む準備しといてくれ。アクアはご主人様が湖に飛び込んだ十秒後に出発な」
「了解」
「クルルゥ」
「…………五、四、三、二、一、ゼロ!」
「うおおおおぉぉぉぉッ!!」
「…………五、四、三、二、一、ゼロ!」
「クルキュァァァァッ!!」
助走をつけるため、ラウルのカウントダウン十秒前から遠くでスタンバイするレオニス。三秒前から走り出し、ラウルのゼロ!の掛け声で高くジャンプして湖に飛び込む。
その十秒後に、アクアも湖に勢い良く飛び込むアクア。
二者は十秒の時間差を置いて、ズドドドド……と双方とんでもない勢いで湖の中に入っていき、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
そして、レオニスはともかくアクアの飛び込みの水飛沫が半端ない。水辺から結構離れていたライト達にまで、目覚めの湖の水がザッパーーーンッ!と大量に降り注ぐ。
だがしかし、ライト達は水の勲章を持っている。
そのおかげで、ライトもラウルも大量の水飛沫を浴びても髪や服がずぶ濡れになることはない。水の勲章様々である。
「うひょー……レオ兄ちゃんもアクアも、すっごくやる気満々だね……」
「ま、あのご主人様も大概負けず嫌いだからな」
『アクア様もレオニスも、どっちも頑張ってぇー!』
半ば呆然としつつレオニス達を見送るライトの横で、二者に全力でエールを送る水の女王。
水の女王としてはアクアに声援を送りたいところだが、姉妹達のために働いてくれるレオニスにも恩寵を授けたい。
痛し痒しでどちらか片方だけを選べない、水の女王なりの苦肉の策か。
何はともあれ、レオニスとアクアの追いかけっこ一騎打ちの勝負の幕は切って落とされた。
「さて、では俺は今のうちにまた湖底の貝を拾ってくるとしよう。さっきの昼飯で半分くらい消費したしな」
「あ、じゃあぼくも貝拾い手伝うよ」
「お、手伝ってくれるのか、ありがとうな」
一時間後に決着がつくこの勝負、その間ラウルは目覚めの湖の貝を追加で拾うと言い出した。
ラウルの話では、先程の昼食で収穫したばかりの籠いっぱいの貝の半分を消費したという。一体皆でどれだけ食べたのだ。
だがしかし、確かに一時間経つまでボケーッとしててもしょうがないし、時間の有効活用策としては最適だ。
時間活用と食材の補充も兼ねられるとか、ラウルにとってはまさに一石二鳥である。
「そしたら三十分くらい貝拾いして、残りの三十分で休憩しながらおやつの支度とかしようか」
「それがいいな。水の女王達はどうする? ここでのんびり待ってるか?」
『ンーーー……ただここにいるよりは、貴方達の貝拾いに付き合った方が楽しそうだからいっしょに行くわ』
「うにゃーん♪」
ライトだけでなく、水の女王やウィカもラウルの貝拾いに付き合うという。
昼寝はもう存分にしたので今更眠れないし、だったらライトやラウルとともに湖底散策をした方がいい、ということなのだろう。
「じゃ、皆で行くか。はぐれないように、俺のいる場所からあまり遠くに離れるなよ」
「『はーい』」「ンにゃッ」
ラウルの注意事項伝達に、素直に従うライトと水の女王とウィカ。
子供の遠足とその引率の先生のような図である。
こうしてレオニスとアクアは世紀の大勝負に、ライト達は目覚めの湖の二度目の貝拾いに、それぞれ分かれていった。