軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第588話 悪ガキのような笑顔

「よう、ツィちゃん」

『あら、ラウル。お久しぶりですね、ようこそ』

「すまんがここで休憩がてら、昼飯食っていいか?」

『ええ、どうぞ。ゆっくり寛いでいってくださいね』

「ありがとう」

カタポレンの森の家の横の畑の開墾作業を終えて、ユグドラツィのもとを訪れたラウル。

ユグドラツィの許可を得て、少し遅めの昼食を摂り始める。

爽やかで清浄な空気と静かな空間で、神樹に見守られつつ食べる昼食とは、何とも贅沢なひと時である。

大きな神樹の根に上がり、幹に背中を凭れながら座りサンドイッチを頬張るラウル。

神樹のもとで食べるサンドイッチの、何と美味なることよ。開墾作業の疲れも一瞬で吹き飛ぶようだ。

そんなラウルの様子を眺めながら、ユグドラツィがラウルに話しかけた。

『そういえば、ラウルに一つ聞きたいことがあるのですが』

「何だ?」

『その……先日のお酒のことで、レオニスやライトから怒られたりしませんでしたか……?』

「ン?……ああ、あのことか」

おずおずとした口調で、ラウルに問うユグドラツィ。

お酒のこととは、例のクレーム・ド・カシスのシャーベットの件である。

今から一ヶ月半ほど前に、ラウルがユグドラツィに洋酒を数滴垂らしたシャーベットを振る舞ったことがあった。

その数滴でユグドラツィは、その後の記憶がほとんど残らないくらいに見事に酔っ払ってしまったのだ。

後日、ユグドラツィの話からそのこと聞き知ったライトとラウル。

二人とも「樹木のツィちゃんに、お酒を飲ませるなんて!」と、呆れ半分憤慨半分な様子だった。

そのことでラウルが二人に叱られたのではないか、とユグドラツィはずっと気が気ではなかったのだ。

「それなら大丈夫。特に怒られてはいない」

『そ、そうですか……なら良かった』

「もし今後ツィちゃんに同じものを振る舞うとしても、お酒は一滴までね!とは強く言われたがな」

『……ッ!……すみません……』

ラウルの答えに一度は安心するも、その後強く警告を受けたことを知り再び謝るユグドラツィ。

そんなユグドラツィを励ますかのように、ラウルはカラカラと笑いながら話す。

「ツィちゃんがそんな気に病むことじゃないさ。そもそもあれは、特に深く考えずにツィちゃんに酒入りデザートを与えた俺が悪いんだからな」

『そんな……そんなことを言わないでください……私はあの時、生まれて初めての経験ができて……とても嬉しくて、楽しかったのです……』

ラウルが明るい声で弁明するも、ユグドラツィの方はますます萎れるかのように声が小さくなっていく。

ユグドラツィが、カタポレンの森のド真ん中に生を受けて早幾星霜。

その樹齢ももうすぐ四桁の大台に乗ろうかという、長い長い時を生きてきてなお新しい経験を得られるというのは、ユグドラツィにとっては奇跡にも等しい貴重な体験だったのだ。

どんどん声が小さくなっていくユグドラツィ。

そんなユグドラツィを気遣うかのように、ラウルはユグドラツィの根を撫でるように擦りながら語りかける。

「ツィちゃんほど長生きしてても、新しい経験ができるってのは嬉しいことなんだな」

『……はい……』

「だったらこれからも、俺達とともにいろんな新しいことをしていこうな」

『…………』

「楽しいこと、嬉しいこと、面白いこと、珍しいこと……この世界には、ツィちゃんでも知らないことがまだまだいっぱい溢れている。俺はツィちゃんに、世界中のいろんなものを見せてやりたいんだ」

ユグドラツィの根を撫でるラウルは、とても穏やかで優しい顔をしている。

ラウルが語る言葉を、ユグドラツィはじっと静かに聞き入っていた。

「俺がツィちゃんにしてやれることなら何でもしてやるし、どんな願いだって叶えてみせる。ただし……」

『……ただし……??』

「ご主人様達に怒られない程度に、な?」

『…………フフッ、そうですね』

ユグドラツィの顔を見上げるかのように、真上を向きながら話しかけるラウル。

『怒られない程度に、何かしていこうぜ!』という、悪戯っぽい笑顔でニヤリと笑うラウルに、ユグドラツィも思わず噴き出しつつ笑う。

ラウルのそれは、まるで悪戯やドッキリを企む悪ガキのような笑顔。

品行方正なユグドラツィには到底できないような思考に、神樹が惹かれて同意してしまうのも無理はない。

「また何か変なことをして、後でご主人様達にバレたら……その時はツィちゃんも、俺といっしょに怒られような」

『……はい!』

怒られる時はいっしょだぞ?と 唆(そそのか) すラウルに、ユグドラツィは嬉しそうに承諾の返事をする。

ツィちゃん相手なら、ご主人様達もそこまで鬼怒りはできんだろ!というラウルの算段は実に、実にあざとい。

だが、少し前まで萎れていたユグドラツィはすっかり元気を取り戻している。

自分のせいでラウルが怒られてしまった、とユグドラツィが自分を責めて気に病むくらいなら、俺とともにお叱りを受ける方がはるかにマシだ。

ラウルの一見腹黒く見えるあざとい算段には、そうした思いもあった。

やはりラウルという妖精は、親しい者にはどこまでも優しい紳士であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ユグドラツィの気も晴れて、ラウルもサンドイッチを食べ終えたところで本題に入る。

「ところでツィちゃん。今日は俺、ツィちゃんに聞きたいことがあるんだが」

『何でしょう?』

「植物を早く大きく育てる魔法みたいなもんはないかな?」

『植物を早く大きく育てる、魔法……ですか?』

ラウルの問いかけに、ユグドラツィが不思議そうな声で問い返す。

「そ。俺、今新しい畑を作っててな。俺や人族よりはるかに大きい、オーガ族用の野菜を作りたいんだ」

『ああ……そういえば最近の貴方は、木を切ったり土を掘り起こしたりしていましたねぇ』

「そうそう。あれはご主人様達の家の横を開拓して、新しい畑を作ってたんだ」

『カタポレンの森で畑を開拓、ですか……間違いなく史上初の試みでしょうねぇ』

ラウルの話に、ユグドラツィも感心しきりといった様子で聞き入っている。

確かに魔の森カタポレンで畑を開拓するなど、常識ではあり得ないことだ。

だが、この妖精も含めてライトやレオニスに常識を当て嵌めることなど無意味に等しい。

良くも悪くも規格外な彼らにとって、瑣末な常識など破ってなんぼのものでしかないのだ。

ラウルから持ちかけられた相談に、ユグドラツィは懸命に考える。

『植物相手なら、私の加護が存分に効くでしょうが……その野菜類は、オーガ族の食物として用いるのですよね?』

「ああ。そもそもオーガ族には、野菜類を育てるという概念がないからな。まずは俺が大型の野菜類を作れるようにして、いずれはそれをオーガ族全体に伝授したいと考えている」

『すぐに食する物に対し、毎回私の加護を与えるというのも効率的にはあまり良くないですねぇ』

「そうなんだよな。だから、俺自身が植物を早く育てる魔法でも覚えられりゃ一番いいと思うんだが」

『植物魔法……うーーーん…………ぁ』

二人してうんうん唸りながら考えていたが、ユグドラツィが何かを思いついたようだ。

「何だ、ツィちゃん、何か良い案でも思いついたのか?」

『良い案というか、かなり難しいことだと思うんですが……』

「難しくても何でもいい、とりあえずどんな案か聞かせてくれないか?」

『はい……えーとですね……』

ユグドラツィの話によると、世界に六本存在するという神樹の一つ、ユグドラエルのもとにはドライアドの里が形成されているという。

そのドライアドの加護を受ければ、きっと植物魔法も使えるようになるのではないか、ということだった。

「そのユグドラエルという神樹は、どこにいるんだ?」

『それがですね……天空島なんですよ』

「天空、島……?」

『はい。我が兄姉が一つ、ユグドラエルは別名『天空樹』とも言いまして。天空諸島の中に、島全体に広大な森林を形成した一際大きな島があり、その中心に天空樹があるのです』

ユグドラツィが『かなり難しいこと』と前置きした意味がようやく分かるラウル。

ドライアドの里があるのは、数ある天空諸島の中の一つだと言うではないか。

天空島と言えば、文字通り天空に浮かぶ島。そこに行くには並大抵のことではない。

あのレオニスですら、行こうと思って簡単に行き来できるような場所ではないのだ。

「天空島か……ご主人様達が、いずれ行かなきゃならんみたいなことは言っていたが……」

『え? 天空島に行く予定があるのですか?』

「ああ、何でも天空にいる光の女王や雷の女王に会わなきゃならんとか何とか」

『光の女王に雷の女王……確かにそれらは天空島に住まう高位の存在ですが……』

レオニス達がいずれ天空島にいくつもりだ、ということをラウルから聞いたユグドラツィが驚愕している。

確かに人族の身でありながら、はるか高みにある天空島に行くのは至難の業だ。

レオニスが空をも飛べることは、ユグドラツィも知っている。だがそれでも、あの程度の飛翔能力で天空島まで届くとは到底思えない。

果たして一体、どのような手段を以て挑むのだろう?と、ユグドラツィは不思議に思った。

『その……レオニス達は、どうやって天空島に行くつもりなのでしょう?』

「あー、何っつってたかな……確か、シュマルリ山脈の野良ドラゴンをとっ捕まえて? 友達になって、野良ドラゴンに天空島まで飛んで連れていってもらう、とか何とか??」

『の、野良ドラゴン……』

レオニスのとんでもなく大胆で大雑把な計画に、ユグドラツィは絶句する。

普通に考えて、ドラゴンと友達になろう!などとは誰も思わないし考えつきもしない。

ここでもレオニスの非常識さが露呈した格好だが、それでもレオニスならばできるのではないか、とユグドラツィは思ってしまう。

あの常識のはるか上をいくレオニスならば、どんな困難なことでも成し遂げてみせてくれる―――そう思わせる何かが、レオニスという人族にはあるのだ。

『通常ならば考えもしない、まさに奇抜で破天荒な案ですが……きっとあの者ならば、できてしまうのでしょうね』

「ああ。うちの大きなご主人様は、世界一強い冒険者だからな。何でもないことのように、シレッとドラゴンとも仲良くなって友達になっちまうんだろう」

『では、そのうち私のところにもその野良ドラゴンを連れてきてくれる日が来ますかね?』

「ああ、いつかきっと連れてきてくれるさ。『ツィちゃん、俺の新しい友達を紹介するぜ!』とか言いながらな」

『ふふふ、その日がとても楽しみですね』

ラウルとユグドラツィ、二者の脳裏に深紅を身にまとった金髪碧眼の英雄の姿が過ぎる。

豪放磊落で人懐こい笑顔の英雄に、ラウルもユグドラツィも期待を寄せる。

「うちのご主人様、今頃盛大なくしゃみを連発してるかもな」

『かもしれませんねぇ、フフフ』

ラウルはくつくつと笑い、ユグドラツィもおかしくてたまらない、といった声で笑う。

レオニスが『ぶぇーッくしょい!』と特大のくしゃみを連発する姿を思い浮かべつつ、ラウルとユグドラツィは笑い合った。