軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第581話 ほんの僅かな違和感

ラウルと分かれたライト、早速ルティエンス商会の中に入っていく。

チリン、チリン……と扉の内側につけられた鈴の音が鳴る。相変わらず軽やかで心地良い音色だ。

だが、店の中に飾られている数多のお面の不気味さもまた相変わらずで、こればかりは何度見ても慣れることができそうにない。

店の奥に進みながら、思わずライトの口から「うひぃぃぃぃ……」という小さな声が漏れる。

幸いにも、店の中に他の客はいない。

これなら人目を気にすることなく、今日の要件を店主に伝えられそうだ、とライトは内心で安堵する。

そうしてしばらく待っていると、店の奥から店主が出てきた。

「いらっしゃいませ。……おや、いつぞやいらした小さなお客様ではないですか」

「こんにちは、お久しぶりです」

「毎度ご贔屓いただき、誠にありがとうございます」

店主はライトの姿を見て、恭しく礼を言う。

小さな子供であるライトにも、客として敬意を払う。とても礼儀正しい店主だ。

「本日はお客様お一人でいらしたのですか?」

「はい。ツェリザークにはもう一人いっしょに来ていますが、他の仕事を終えてからここに来る予定でして」

「そうですか。ではそれまでどうぞごゆるりとお過ごしください」

「……あッ、ちょっと待ってください!ぼく自身もこのお店に用があって来たんです!」

店の奥に引っ込もうとした店主を、ライトが慌てて引き留める。

ウィンドウショッピングなら一人の方が気楽だろう、と思い気を遣ったつもりの店主。逆に引き留められて、意外そうな顔をしている。

「お客様も何かお探しのものがおありですか?」

「お探しのもの、というか、何というか……うーーーん」

店主に尋ねられて、一瞬躊躇するライト。

ここには買い物に来た訳ではない。BCOシステムの交換所イベントの件で来たのだ。

店主に対し、何と尋ねていいものやら迷うライト。考え 倦(あぐ) ねているうちに、ふと頭の中に鮮緑と紅緋の渾沌魔女の顔が浮かんだ。

「店主さん、つかぬことをお聞きしますが」

「はい、何でしょう?」

「『ヴァレリア』という人をご存知ですか?」

「……ッ!!」

ライトの問いかけに対して、店主は目を大きく見開き驚愕の反応を示した。

それまでは常に平静を保っていた店主。その顔がここまで瞬時に変わるということは、答えは既に出ているも同然である。

息を呑む店主と、店主からの返答を待つライト。二人の間にしばしの静寂が流れる。

そして店主の方が、ふぅ……と小さく一息つき、ようやく口を開いた。

「その件は、ここではお話し致しかねます。続きは奥の部屋でお聞かせくださいますか?」

「はい」

店主の要請に、快く応じるライト。

確かにBCOにまつわる重大な話は、店の中で気軽に口にしていいような話ではない。今はライト達の他に誰もいないが、いつ客が入ってくるか分からないのだ。

奥の部屋に場所を移そう、という店主の提案は理に適っていた。

店の奥に向かって歩き出した店主の後を、ライトはおとなしくついていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

店主の後ろにくっついて、ルティエンス商会の奥の部屋に移動するライト。

結構歩いているのに、まだ店主は歩き続ける。

この店、こんなに広いのか? 外から見た感じでは、そんな風には見えなかったが……一体どれだけ歩くんだ、下手すりゃラグナロッツァの屋敷より広いのかも……

そんなことをライトは考えつつ歩いていると、ようやく奥の部屋とやらに辿り着いたようだ。

「只今お茶をお持ちしますので、こちらの部屋でお待ちください」

「あ、いいえ、どうぞお構いなく」

店主が部屋の扉を開けながら、ライトに中に入るように促す。

ライトが部屋に入った後、店主はお茶の用意をしに行ったのか中には入らず扉だけ閉めてどこかに向かった。

店主に言われるままに部屋の中に入ったライト。応接ソファにぽすん、と座りおとなしく待つことにする。

ソファに座りながら、ライトは部屋の中をキョロキョロと見回す。

装飾はほとんどなく、実にシンプルな部屋だ。普通に応接室として使用しているのだろう。

応接室までお面びっしりでなくて良かったぁ……と思うライト。ここでも数多のお面に見つめられた日には、夢にまで出てきそうだ。

もしあのお面群が夢に出てきたら、ライトは魘されるだけでなくおねしょしてしまうかもしれない。

程なくして、店主が小さめのワゴンとともに入室してきた。

「お待たせいたしました」

「ぃぇぃぇ、本当にお気遣いなく」

ワゴンに乗せたティーセットや茶菓子を、手際良くテーブルの上に置いていく店主。音も立てずに茶器類を置いていく姿は、何とも優雅である。

お茶の準備を一頻り終えた店主。ようやくライトの対面の席に座った。

「ここでなら、 彼(か) の世界のことも存分にお話いただけます。私が答えられることであれば、何でもお答えしましょう。……と言っても、私が知っててお答えできるのは交換所関連しかございませんがね」

「……ッ!!」

店主の言葉に、ライトは度肝を抜かれる。

BCOとははっきりと言わずに『 彼(か) の世界』とぼかしつつ、そのすぐ後に『交換所』という言葉が出てきたのだ。

店主の方から突如核心に触れてきたのだから、ライトが驚愕するのも無理はない。

ライトがこのサイサクス世界に生まれついてから、今まで一度も『交換所』と名乗る施設を見たことがない。

カタポレンの森はもちろんのこと、首都ラグナロッツァやプロステス、ファング、エンデアン、数々の都市や街にも交換所という名の店?は一つとして存在しない。

それが、よもやこの城塞都市ツェリザークにあったとは―――ライトはしばし放心していた。

「……ライトさん、大丈夫ですか?」

放心したライトを、店主が心配し声をかける。

その声にハッ!と我に返るライト。慌てて返事をする。

「……あッ、大丈夫です!ついボケーッとしちゃって……ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ライトさんが驚くのも無理はありませんからね」

「ええ、本当に……この世界に交換所があるとは、夢にも思いませんでした…………って、あれ?」

店主がライトを気遣い、優しい言葉をかける。

その優しい言葉に同意しつつ、何とも言えぬ違和感を感じたライト。

しばし考え込み、そのほんの僅かな違和感の正体に気づいたライトが俯き加減だった頭を上げて店主の顔を見る。

「ぼく、この店で名前を名乗ったこと、ありましたっけ?」

「……ああ、申し訳ございません。貴方のお話は、ヴァレリアさんからよく聞いていたものですから……」

ライトが感じた違和感、それは店主が自分の名を知っていたことだった。

ライトがこのルティエンス商会を訪ねるのは、今日が三回目。

一回目はフェネセンとクレハとともに、特殊氷嚢を買いに来た。二回目はレオニスとともに、大珠奇魂を素材持ち込みで購入しに来た。

そしてその二回とも、ライトは自分の名前をわざわざ名乗った覚えがない。

いや、正確に言えば一回目の時にフェネセンがライトのことを「ライトきゅん」と店の中で呼んでいたかもしれない。だがそんな瑣末な会話を、店主がいちいち覚えているとは到底思えない。

なのに、何故店主が常連とも呼べぬこの小さなお客様、ライトの名を知っていたのか。

どうやらそれは、あの鮮緑と紅緋の渾沌魔女が原因のようだ。

「……ヴァレリアさんは、このお店によく来るんですか?」

「よく来る、というほどの頻度でもないですが……年に何回かは当店にお越しくださいますよ」

「何をしにここに来るんですか? もしかして、ヴァレリアさんもここでお買い物したりするんですか?」

「それはお客様のプライバシーに関わることですので……」

ヴァレリアが一体何をしにこの店に来るのか、純粋に不思議に思うライト。

思わずその理由を店主に尋ねてみるも、店主はプライバシーの保護を理由に言葉を濁す。

ああ、そりゃそうだよな、他の顧客の話をベラベラと喋る訳にはいかないもんな、と内心で反省するライト。すぐに店主に向かって謝罪した。

「そうですよね、つまらないことを聞いてすみません」

「時々レアな武器防具を売りに来たり、旧貨幣他様々なアイテムを当店に持ち込んだりするくらいですかね。当店を出た後に、スイーツ店巡りをするのが定番コースになっているらしいですが」

ライトが謝った直後に、ヴァレリアの行動をシレッとバラす店主。ライトの謝罪が台無しである。

だが、おそらくこの店主はきちんと理解している。ヴァレリアのことについて、どこまで話していいのかを。

その店主の基準で言えば、先程話したことは世間話としてライトに聞かせても問題ない範疇、ということだ。

というか、そもそもヴァレリアのことについて話せる相手など、ほぼいないに等しい。

ライトだって、ヴァレリアのことは誰にも話せない。話すとしても、転職神殿の専属巫女ミーアや今ライトの目の前にいる店主くらいのもので、ヴァレリアという存在を知っている者に限られる。

「ぼくはヴァレリアさんとは、転職神殿でしか会ったことがありませんが……このツェリザークにもよく来るんですね」

「ツェリザークに来るというよりは、当店に来ている、という方が正しいですかね」

「ルティエンス商会に、ですか?」

「ええ。より正しく言えば、BCOにまつわる箇所に来ている、と言うべきですか」

「…………」

店主の言葉に、ライトも無言のまま得心する。

ライトがいつもヴァレリアと会う転職神殿は職業システムの根幹だし、このルティエンス商会が担う交換所システムもBCOユーザーにとって必要不可欠だ。

どちらもBCOにおいて絶対に欠かせない要素であり、BCO世界で『鮮緑と紅緋の渾沌魔女』と呼ばれるヴァレリアがそれらを巡回しているのは当然のことに思えた。

そんな風に考え込んでいるライトに、店主が声をかけた。

「さて、そろそろ本題に入りましょうか。勇者候補生であるライトさんが、ヴァレリアさんの名を出してわざわざ当店を訪ねて来てくださったということは―――」

「……はい。BCOのイベントの一つである【交換素材目録を作ろう!】を進めて、交換所機能を使えるようにしに来ました」

「よくぞお越しくださいました。未来の勇者様の来訪、心より歓迎申し上げます」

ライトの真意を問うような店主の問いかけに、ライトも意を決して答える。

その目的を聞いた店主は、小さく微笑みながらライトのことを『未来の勇者』と呼び、胸に手を当て恭しく頭を下げた。