軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第548話 人化の術の指南

ライト達がモクヨーク池で水汲みをしたり、鍛錬場であれやこれやをしていた頃。

マキシはラウルとともに、フギンとムニンを除く六羽の家族に人化の術の指導をしていた。

「マキシ兄ちゃんは、どうやって人化の術を覚えたの?」

「えーとね、僕は二十歳くらいの時に里の外でラウルと出会って、友達になったんだ」

「そうなのね!ラウルちゃんはマキシ兄ちゃんと百年も友達なのね!」

「あー、うん、そういやそれくらいになるかなぁ」

ミサキの質問にマキシが答え、ラウルも同様に頷いている。

マキシが二十歳の頃と言えば、双子のミサキと体格差がかなり出てきた時期だ。

成長の差が一目で分かるくらいについてきて、それにつれてマキシの魔力の乏しさが明らかになってきた頃でもある。

それが分かるのか、ミサキ以外の家族は皆無言のまま二羽の話を聞き入っている。

「ラウルはもともと人型で、僕は八咫烏。人型のラウルが八咫烏になることはないけど、八咫烏の僕が人化の術でラウルに似た姿になれるということをある日知ったんだ。その時僕は、人化の術を会得しよう!と強く思ったんだ」

「マキシ……そこまでお前を追い詰めてしまったのは、私の責任であり失態だ。今更謝ってもどうにもならぬが……本当にすまなかった」

マキシの人化の術を会得するに至った動機を聞き、ウルスが改めてマキシに謝る。

マキシが人化の術を会得していたことを知った時、ウルス達は少なからず衝撃を受けていた。

八咫烏の身でありながら、人化を望む。それはマキシが八咫烏以外の別の者になりたい、そう強く願ったということに他ならない。

何の罪もない我が子にそんな思いをさせてしまっていたことに、ウルスは改めて己の非力さを悔いていた。

「父様……そのことについては、もう謝らないでください。確かに少し前までの僕は、とても苦しくて辛い思いもしていましたが……過去の僕があってこそ今の僕がありますし、それに……」

ここでマキシの言葉がふと途切れる。

そしてマキシは徐に、横にいたラウルに視線を移す。

「里の外に出たおかげで、ラウルとも友達になれました。もし僕が普通の八咫烏だったら、今でも里の外に一歩も出ないまま過ごしていたかもしれません」

「マキシ……」

「だから、これで良かったんです。ただ……父様や母様にとって、僕は生まれた時から今までずっと心配ばかりかける、とても親不孝な息子で……本当に申し訳ないと思っています」

結果的にはこれで良かったのだ、とウルスに伝えるマキシ。

だが、マキシは同時に親不孝者であることを詫びる。

家出して里を飛び出した挙句、魔力を取り戻した今でも人里に住み着いたまま里に戻らないマキシ。そのことをマキシは両親に詫びているのだ。

「……いいえ、マキシはもうそんなことを気にしなくていいのよ。今までずっと里の中で耐えてきたんだから……」

「ああ。それに、マキシはこれから広い世界をその目でたくさん見て、その素晴らしさを私達にも伝えてくれるんだろう? ならば親不孝者などと思わず、己にしか出来ぬことをとことん追求するが良い」

「父様、母様……ありがとうございます」

アラエルもウルスも、マキシの全てを受け入れる。

それまでずっと不自由で肩身の狭い思いをさせてしまった息子への贖罪でもあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「では、改めて人化の術のコツを伝えたいと思います」

親子のわだかまりが解けたところで、マキシが改めて人化の術のコツを話し出す。

「僕にはラウルというお手本があったので、比較的早く習得できたと思います。そうですね……人化の術の会得を目指してから、二ヶ月くらいで習得できたかな」

「えッ、そんなに早く覚えられたの!? マキシ兄ちゃん、すごい!」

「うん、あの頃は毎日のようにラウルに見本として付き合ってもらってたからね」

二ヶ月で人化の術を会得したというマキシに、ミサキがびっくりしつつも絶賛する。

ミサキも人化の術を覚えようと頑張り始めて、早四ヶ月。未だに上手くできないのに、マキシは二ヶ月で覚えたというのだから、ミサキが尊敬の眼差しで兄を見つめるのも当然である。

だがしかし。そんな兄妹の和やかな交流の空気など一切読まない者がここに一人。

「マキシも最初の頃は、なかなか上手く人化できなかったよなぁ。他は完璧なのに嘴だけそのまま残ったり、足だけ八咫烏のままだったり」

「ラウル……それは忘れて……」

「「「…………」」」

「皆も想像しなくていいから!」

マキシの黒歴史をシレッと暴露するラウル。

基本人型で嘴や脚だけ八咫烏モードとか、一体どこのギャグコスプレか。

思わずその図を想像してしまった家族達に、マキシが慌てて止めに入る。

「ま、そんな恥ずかしがるこたないさ。誰にだって失敗はある」

「ぅぅぅ……ラウルったら、他人事だと思って……」

「ところでマキシよ。俺が人化のモデルや見本になるのはいいが、一つ問題があるんじゃないか?」

「……あ、そうだね。それも皆にちゃんと説明しとかないと」

ラウルの慰めと上手いはぐらかし方によって、マキシがはたとした顔で家族達の方に向き直る。

「ラウルは僕と同じ男だから、手本として真似るには最適なんですが。女性のお手本となる人が、今ここにはいないんですよねぇ」

「マキシ兄ちゃん、人族のオスとメスはそんなに見た目が違うものなの?」

「良い質問だね、ミサキ。そう、僕も人里に住むようになって知ったんだけど、人族は男性と女性は見てすぐ違いが分かるくらいに特徴が違うんだ」

マキシ達八咫烏の場合、オスとメスで外見的な違いは全くない。

身体の色は全て黒で同じだし、鳥類の雌雄の区別に用いられやすい体格差も魔力の多寡で体格が変わる八咫烏には適用できない。

故に八咫烏にしてみたら、外見だけで男女の区別がつくという方が珍しく思えるのだ。

「しかも人族の場合、赤ん坊や小さな子供、大人、お年寄り、全てにおいて見た目が変わっていくんだ」

「そうなの!? 人族って、一生見た目が変わり続けるんだぁ。忙しい種族なのねぇ」

「うん。今回僕達といっしょに来た、レオニスさんとライト君を見ればよく分かると思う。レオニスさんは若い大人の男性で、ライト君は小さな男の子。二人の見た目は全然違うでしょ?」

「言われてみればそうね!あの二人、背の高さとか雰囲気とか全然違うものね!」

年代での見た目の差を、ライトとレオニスを引き合いに出すマキシ。

そう言われれば全く違う見た目であることに、ミサキ他全員が納得している。

「そしたらラウルちゃんは、レオニスちゃんと大差ないくらいのお年頃、ということになるの?」

「そうだな、俺も人里ではレオニスと同年代くらいの扱いになるかな」

「ちなみに僕は、ラウルやレオニスさんよりはもう少し若い、大人寸前の大きな子供、くらいに見えるらしいよ」

「そうなんだー。じゃあマキシ兄ちゃんは、ライトちゃんとラウルちゃんの間くらいに見えるんだね」

「僕の方が二歳お兄さんなんだけどね」

今回の里帰りは、マキシだけでなくライト、レオニス、ラウルまでついてきて、図らずも総勢四人の団体旅行と化したが、人化の術における年齢層の違いのサンプルとして大いに役立ったようだ。

「でもそしたら、人族の女性は男性とどこがどう違うの? 私達メスがラウルちゃんをお手本にするのは不適切、ということになるの?」

「そう、そこが問題なんだよねぇ。人族の女性は、特に胸が男性よりも大きくて、二つの山があって、腰がキュッとくびれてて、身体の線が流線型で―――」

人族の男女の違いを、主に外見的な特徴を挙げて真面目に語っていくマキシ。

八咫烏達はそれをまた全員真面目に聞き入っているが、言葉だけでその違いを滔々と語り聞き入る図というのも何とも微妙である。

「ねぇ、ラウル。ラウルの空間魔法陣の中に、何か参考になるような本とかチラシとか入ってない?」

「お前なぁ、俺の空間魔法陣はゴミ箱や何でも屋じゃねぇぞ?」

マキシの問いかけに、ラウルがブチブチと文句を言いながら空間魔法陣を漁る。

そうしてしばらく漁った結果、数枚のチラシが出てきた。

「ンーーー、これなんか男女の違いが分かりやすいと思うが」

「どれどれ? うん、そうだね、じゃあちょっとこれ貸してね」

そう言ってマキシが持っていったチラシには、可愛いお姉ちゃんが全身で 科(しな) を作りつつ投げキッスのポーズをしている絵が描かれている。

それはいわゆるキャバクラのチラシであった。

ラウルが市場で買い物をしている時に、よく渡されるチラシの一つである。

「これが人族の一般的な若い女性を模した絵です」

「ほほう、確かにラウル殿やレオニス殿とは全く違う見た目をしているのだな」

「お胸やお尻が大きくて、お目目もぱっちりとしてて、唇が赤いのね!」

「本当にラウル殿とは全然違うわね……もはや別の生き物と言ってもいいくらいだわぁ」

マキシが持ってきたチラシとラウルを、思いっきり何度も往復しては見比べる八咫烏達。

ラウルとしても、バインバインの巨乳のお姉ちゃんと自分の姿を真剣に見比べられる日が来るとは、夢にも思わなかっただろう。

だが、そこら辺は基本大雑把なラウルのこと。特に不快に思うこともないようだ。

「じゃあそしたら、私や母様、姉様はこの図を参考にして人化の術を勉強すればいいの?」

「ラウルはどう思う? 僕はミサキはもう少しおとなしめの方がいいと思うんだけど」

「そうだな。このチラシは飲み屋のチラシだから、ミサキちゃんにはちょっと派手過ぎると思う。あくまでも男女の違いの見本だけに留めた方がいいだろ」

「だよねぇ。この絵を見本にできるのは、ムニン姉様とトリス姉様くらいかなぁ」

チラシをミサキの見本とすることに、マキシもラウルも難色を示す。

天真爛漫なミサキが、バインバインでボン!キュッ!ボーン!なナイスバディなキャバクラお姉ちゃんに変身したら、マキシやラウルでなくても嫌だろうと思う。

人化の術の見本とするには、性別もだが年齢層も相応にしなければならない。

最初に作り上げたものが絶対な訳ではないが、それでも一番最初に出来上がったイメージがその後の人化の術の基本形となりやすいのだ。いわゆる『最初が肝心』というやつである。

故に、チラシのような大人系女子は年齢的に長姉ムニンや次女トリス向けであり、お子様なミサキには不向きという訳だ。

「ンーーー、そしたらもうミサキちゃんは先に人里に来てもらって、実際にたくさんの人族を見せた方が早いんじゃないか?」

「そうだよねぇ、ミサキの手本になりそうな女の子をここに連れて来れるあてもないし……」

ラウルとマキシの相談会話に、ミサキが目を輝かせて食いつく。

「えッ!? マキシ兄ちゃん、私を人里に連れてってくれるの!?」

「ン? うん、それは父様と母様の了承が得られたら、の話だよ?」

「父様!母様!マキシ兄ちゃんのところに勉強しに行ってもいいよね!?」

「い、いくら何でもミサキ一羽で人里に行くのは危険過ぎる。父様は反対だ」

マキシの言葉を聞き、即座に両親のいる方向にギュルン!と振り返りつつ、了承を求めるミサキ。

末娘のギラリと輝く双眸に、ただただ気圧されながらも反対するウルスだが、アラエルはニコニコとしたまま口を開く。

「そしたら私といっしょに行きましょう」

「えッ!? 母様も私といっしょに来てくれるの!?」

「もちろん。今の話を聞いていると、ミサキだけでなく私の見本になるような女性像も入手できないようですし」

「ぇ、ちょ、待、アラエル? お前まで人里に出向くとか、それ本気で申しておるのか?」

アラエルの申し出に大喜びするミサキと、さらに戸惑うウルス。

人化の術の講習会だったはずが、どんどんおかしな方向に進んでしまったことに躊躇する夫に対し、妻は力強く宣言する。

「異種族との交流の手始めとして、まずは族長の妻たる私が先遣を務めるべきでしょう。……というか、ミサキ一羽だけで人里に向かわせるのはさすがに不安ですし。私とともに行けば心配ありませんわ」

「そ、それは確かにそうだが……」

「父様、僕からもお願いします。ミサキと母様の外出をお許しください」

アラエルの正論に頷きつつも、なおも戸惑うウルスにマキシも頭を下げてお願いする。

「僕も今ちょうどお仕事が休みで、七日ほど空いています。今ならミサキ達が人里に来ても毎日相手をしてあげられますし、その間僕がずっと二羽の傍についています。絶対に危険な目には遭わせません、ミサキと母様は僕が守ります」

「おう、何なら俺もミサキちゃん達の護衛をするぞ」

「マキシ兄ちゃん、ラウルちゃん……」

「貴方、いいですわよね?」

「…………」

マキシの絶対に二羽を守るという力強い言葉に、ラウルもまた護衛として協力すると言う。

そんな二つの心強いサポートに、ミサキは感激の面持ちで二人を見つめている。

しばし目を閉じ渋い顔をしていたウルスだったが、妻にまで同意を求められてはもはや抗う術はない。

「……分かった。許可しよう」

「やったー!父様、ありがとう!」

「ただし!三日だけだぞ!明日から三日後には、二羽とも里に帰って来るんだぞ!」

「もちろんですとも!ありがとうございます、貴方!」

父の許可を得られたことに、まずミサキが大喜びしながらウルスに抱きつく。

その直後に、アラエルもまた大喜びしながら夫に全力で抱きつく。

両側から愛妻と末愛娘に全力の抱擁を受けたウルス。一瞬だけ『グエッ』という声を洩らしつつも、何とか堪えて両翼で妻と娘を包み込む。

さすがは八咫烏一族の長、物理的耐力だけでなく包容力もピカイチである。

「父様、ありがとうございます!そしたら今日は、まずケリオン兄様とレイヴン兄様の人化の術の習得を進めましょう!」

「ラウル殿を見本としてイメージすればいいのか?」

「そうです、僕はラウルを見本として会得しましたが、年齢的にはレオニスさんを参考にしてもいいと思います」

「レオニス殿か……レオニス殿はかなり体格が良いから、フギン兄様向けかもしれないな」

「そうですね!レオニスさんとフギン兄様がこちらに戻ってきたら、そうお伝えしましょう!」

そこから先は、次兄と三兄の人化の術の練習に入っていった。