軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第510話 ミーアとミーナ

使い魔の卵から生まれた、第三の使い魔『天使』。

背中には一対の薄桃色の翼が生えており、頭上には肩幅よりも大きな二重の金環が浮いている。その手に持っている笏は、デフォルト装備だろうか。

ハイネックのレオタードのようなボディラインがはっきりと出る衣装をまとっていて、その身体つきから女性型であることが分かる。

流れるような優雅な眩い金髪は腰辺りまであり、瞳は宝石のエメラルドを思わせる鮮やかな緑色。

その姿を一目見ただけで『ああ、これは天使か』と誰もがすぐに納得するであろう容貌である。

「これは……天使……ですかね?」

『そうですねぇ……私の目にも天使に見えますねぇ』

「しかし……ぼくが知るBCOの使い魔の天使とは、かなり違う気が……」

使い魔の卵から生まれた天使を見たライトとミーア、小声でヒソヒソと会話している。

特にライトは相当戸惑っているようで、その動揺を隠せない。今目の間で使い魔の卵から孵化した天使と、己の知るBCOでの使い魔の天使とはかなり違っていたからだ。

まずその容貌からしてかなり違う。

ライトの知るBCOの女性型天使は、白い翼が一対二枚で金環は頭と同じ幅くらいの一重。クリーム色の髪はミドルロングで、衣装もシンプルなペプロスを着ていた。

そしてライトの記憶と最も違うのは、使い魔に与えた餌だ。

そもそもBCOで使い魔の卵から天使を孵化させる餌は、植物系だったはずだ。しかも上質のものを大量に与えなければ、絶対に天使にはならないとされていた。

だが今回餌として与えたのは、BCOでは餌の選択肢にはなかったMP回復剤だ。言わば全く新しいジャンルの餌であり、肉、魚、植物に続く第四の餌と言っても差し支えない。

回復剤だって人間が普通に飲むものなんだし、HPやMPが回復するアイテムだから毒にはならないでしょ!という考えで、今回初めてコズミックエーテルを使い魔の卵に与えたライト。

よもやそこから天使が生まれてくるとは、全く予想だにしていなかった事態だ。

あまりの予想外の出来事に、ライトは目の間の天使を見つめながらしばし無言になり脳内で懸命に考える。

『えーーー、まさか植物系以外の餌で天使が出てくるとは思わなんだぞ……』

『つーか、この天使、どう見ても植物系で孵化させた天使より上位種っぽくね? 翼は大きくて綺麗なピンク色だし、頭の輪っかもすんげーデカくてキラキラしてるし、着ている衣装もゴージャスだし……』

『もしかして、規定外の餌を与えたことでバグったか? それとも裏技小技みたいな裏設定でもあったのか、あるいは使い魔の種類を増やすアプデ予定でもあったか……んーーー、なんぼ考えても分からん!』

『だが……いずれにしても、高級回復剤で天使が生まれるってのは結構ラッキーかも。材料さえ集めれば、レシピ生成で高級回復剤を自分の手で作れるからそんなにお金もかからんし』

ライトの記憶と違う理由をあれこれと考えてみたが、その答え合わせをする術はライトにはない。それを知ることができるのはのは、前世の運営もしくは今世の創造神のみである。

なので理由の詮索は早々に諦め、目の前にある結果だけを見ることにした。

結果的に見れば、MP回復剤の大量投与で天使が孵化するのはライトにとっては朗報だ。しかもライトですら知らない上位種が生まれるとは、予想をはるかに上回る嬉しい誤算だ。

そしてこれは大いなる可能性を秘めた結果でもある。

MP回復剤でこれならば他の回復剤、例えばHP回復剤やエネルギードリンクなどでも新種の使い魔が生まれてくるかもしれないのだ。

もしエリクシルを与えたら、一体どうなるんだろう? 神様とか生まれちゃうかも!等々、ライトの中でいろんな期待が膨らむ。

ただし、エリクシルはまだ手持ちが一本だけで貴重過ぎるので、さすがに使い魔の餌として使うことは憚られるが。

与えるとしても、せいぜいエネルギードリンクまでか。

そんな風に考え込んでいるライトを、殻から完全に出た天使がじっと見ている。

そして地面にぺたんこ座りをしていた天使は立ち上がり、ライト達のもとに歩いてきた。

膝下くらいの長さのオーバースカートを優雅に靡かせながら、とてとてと歩く姿が何とも可憐だ。

天使はライトの前に来たかと思うと、すっと跪き深々と頭を垂れた。

『初めまして、主様。私は力天使ヴァーチャー、主様の忠実なる下僕。主様のお呼びで現世に顕現できましたこと、心より感謝申し上げます』

「えッ!? あ、主様!? ぼく、そんなんじゃないですよ!?」

ミーアの勇者様呼びに加え、使い魔の天使までが主様と呼ぶことにライトは大いに焦る。

こんな姿を他人に見られたら、一体何事かと思われること間違いなしだ。下手をすれば『え、何、ご主人様とメイド天使さんごっこでもしてんの?』などと勘繰られかねない図である。

しかし、天使がライトに傅くのもある意味仕方ない。

使い魔の卵というアイテムの所有者はライトであり、卵に餌を与えて孵化に導いたのもライトである。

卵から孵った天使にしてみれば、まさしくライトは生みの親であり、己の忠誠を捧げるべき主人以外の何者でもないのだ。

そうした客観的な事実を踏まえたミーアが、ライトにそっと進言する。

『ライトさん、これはもう諦めた方がよろしいかと。卵を孵化させたのがライトさんであることは、動かしようのない事実ですし……』

「ぐぬぬぬぬ……そ、そしたらせめてぼくへの呼び方だけでも何とかしないと……」

砂粒一つの異論すら捩じ込む隙もない、ミーアの紛うことなき完璧なド正論に、さすがのライトもぐうの音も出ない。

ならばせめて自分への呼び方だけでも……と足掻くライトに、天使が声をかけた。

『主様、一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?』

「ン? お願いって、何でしょう?」

『私にこの地上で名乗る名をお与えいただけないでしょうか?』

「あ、名前ですか? 確かにそれはこれから必要ですね」

天使の要望に、ライトもすぐに納得した。

BCOでは使い魔に名をつける機能はなかったが、このサイサクス世界においてはそうはいかない。個々の名がないと不便極まりない。

「んー、何て名前がいいかな……天使……ヴァーチャー……ンーーー……」

天使の名付けにうんうん唸りながら考え込むライト。

彼女は女性型なので、できれば女の子らしい可愛い名前にしてあげたい。

ここでライトはふとミーアの顔を見る。

「そうですね……ミーアさんの妹分ということで、『ミーナ』なんてどうでしょう?」

『え? この天使様が、わ、私の妹分、ですか?』

「はい。この天使の子には、これからもここにいてミーアさんといっしょに暮らしてもらうことになりますし。そしたらミーアさんは先輩で、彼女のお姉さんということになりますからね!」

『わ、私が、先輩……お姉さん……』

ライトの言葉にミーアは両手を頬に当てながら、照れたような顔をしている。

頬をほんのりと赤く染めながら、はわわわわ……と小さな声が洩れる。ライトの思いもよらない言葉に、戸惑いながらも嬉しい様子が伝わってきて何とも微笑ましい。

もともとBCOにおいても、転職神殿にいるNPCはミーア唯一人だった。同僚はおろか、兄弟姉妹だって一人もいない。いや、もしかしたらどこか遠くの故郷、エルフの里とかに親兄弟がいる、なんて裏設定もあるのかもしれないが。

少なくともライトの知る範囲では、転職神殿の専属巫女NPCにそうした設定があるとは聞いたことがなかった。

そんな天涯孤独の身で、転職神殿という職場に一人縛られたミーアに後輩、しかも可愛らしい天使の妹分ができるなど一体誰が予想できようか。

普段から穏やかでおとなしい性格のミーアだから、大はしゃぎしたり飛び跳ねたりなど全身で喜びを表現する訳ではない。だがそれでも、ミーアがとても喜んでいることがライトの目から見ても分かる。

こんなに喜んでもらえるなんて、ここで使い魔を孵化させて良かったな。やっぱりミーアさんも、この転職神殿にずっと一人きりでいるのは寂しかったんだろうな……とライトは心の中で思う。

照れながら喜んでいるミーアの横で、ライトは今度は天使に向かって声をかける。

「ミーナ、という名前はどうかな? 気に入ってくれると嬉しいんだけど」

『ミーナ、ですか。とても可愛らしい名前で嬉しいです!』

「それは良かった、じゃあ君のことはこれから『ミーナ』と呼びますね」

「はい!主様からこのような可憐な名をいただける私は、世界一の果報者です!」

「ま、また大袈裟なことを……」

ライトの案『ミーナ』という名を、天使も気に入ったようだ。

これで三体目の使い魔の名は目出度く『ミーナ』と確定した。

ミーナは明るい笑顔でさらにライトに希う。

『そしたら主様、早速ですが私に使命をお与えください。主様のお役に立ちたいのです!』

「えーとですね、使命とかそんな難しいことを考えなくてもいいです。ミーナにしてほしいことはただ一つ、ここでミーアさんと仲良く暮らしてほしいんです」

『仲良く暮らしていく、ですか……? お使いに出かける、とかではなくて……?』

「はい」

ミーナがきょとんとした顔でライトに問い返す。

ミーナは種族こそ天使だが、使い魔の卵から生まれた以上その性質はライトが使役する使い魔であり、本来の役目は『お使いに出かけて様々なアイテムを拾ってくること』である。

誰に教えられずとも、ミーナの口から『お使いに出かける』という言葉がでてくるあたり、それが自分の使命として本能レベルで刻み込まれているのだろう。

だが、そうした本来の役目ではなく、ただここで暮らせ、と言われてもミーナにはすぐに理解できなかった。

「ぼくはミーナに使い魔としての役目よりも、ここでミーアさんといっしょにのんびり楽しく過ごしてほしいと思ってます」

『のんびり、楽しく……?』

「もちろんミーナが神殿の外に出かけたいなら、たまには出かけてもいいです。……あ、でもこの近辺にも魔物とか普通にいるので、そこら辺は気をつけてもらわないといけないけど」

『魔物がいるのですか……でしたらこの私が殲滅いたします!』

「ぃゃ、あのね、ミーナ……君、さっき生まれたばかりでレベル1でしょ? まだちゃんとした装備も持ってないようだし、魔物殲滅とか絶対無理だと思うよ?」

『ぁ……そ、そうですね……ぁぅぅ……』

ライトの口から『魔物』という言葉を聞き、俄然張り切るミーナ。

だが彼女は生まれたてで、使い魔としてのレベルも高くない。いや、高くないどころかスタートラインのレベル1である。

これでは一番弱い草原スライムですら脅威になるかもしれない。

この転職神殿は山奥にあるので、草原スライムはいないのだが。

「だからね、外に出かけるのはもう少し先になってから。ぼくとたまにお出かけして、魔物を倒したり使い魔用の美味しいご飯を食べたりして、少しづつレベルアップしていこうね。まだミーナはレベル的に弱いけど、この転職神殿にいれば魔物は入ってこないから絶対に安全だよ」

『はいぃ……神殿の外にも出られるようになるまで、ここで自主鍛錬いたしますぅ』

ミーナは目を >< にしながら萎れつつライトの言葉に従う。

ライトの説得は尤も至極なものなので、ミーナも納得せざるを得ないようだ。

「で、もう一つ確認しておきたいことがあるんだけど。ミーナはご飯って食べる?」

『ご飯、ですか? 普通の生物か必要とする捕食活動などは必要ありませんが、何らかの方法で魔力を補充しなければなりません。魔力が減り過ぎると動けなくなってしまいます』

「魔力が要るんだね。そしたらアークエーテルとか魔石をたまに差し入れしに来ればいいかな」

天使であるミーナには食事は不要だが、その代わりに魔力を摂取する必要があるようだ。

魔力ならエーテル類や魔石を与えることでミーナの食事代わりになるだろう。

ここでふとライトがミーアにも問いかける。

「……って、そういえばミーアさんも食事は不要なんですか?」

『はい。私自身は何も食べなくても平気です。お腹が空くといったこともないですし、何らかの栄養を摂らなければ倒れるとか病気になるとかいったことは一切ないです』

「そうですか、分かりました」

ミーアの返事にライトも内心で納得する。

やはりNPCにそうした設定や配慮は今のところ不要のようだ。

ただし、時間が許せば暗黒神殿の時のようにお茶会とかしたいなー、と密かに思うライト。

今日は午後からここに来たのであまり時間がないが、次にここに来た時には三人でお茶しよう!と考えている。

「さて、そろそろぼくはお暇します。今日はこの近くにいる咆哮樹の木片採取もしなきゃならないので」

『そうですか。お気をつけてくださいね』

『主様、私も強くなったら素材採取のお手伝いをさせてくださいまし!』

ライトはアイテムリュックを背負い、帰り支度を始める。

今日は家に帰る前に、転職神殿の東側に棲息する咆哮樹から木片の採取をしなければならない。『咆哮樹の木片』という素材がコズミックエーテルの材料の一つなのだ。

今日は手持ちのコズミックエーテル五十本を全部消費してしまったので、新たに生成する材料を確保しておかねばならないのである。

ライトのすぐ傍で、ミーアとミーナが名残惜しそうにライトと会話を交わす。

アイテムリュックを背負ったライトがミーナの前に立ち、顔を見上げる。ミーナの可憐な瞳を見つめながら、ライトは優しい口調で語りかける。

「ミーナ、先輩であるミーアさんの言うことをよく聞いて、良い子にしててね。ミーアさんも、ミーナのことをこれからよろしくお願いします」

『勇者様から託された使命、全力で全うする所存です』

『一日も早く主様とミーアお姉様のお役に立てるよう、私も日々精進します!』

『お、お姉様……』

ミーナから『ミーアお姉様』と呼ばれたミーア、先程よりもさらに顔を赤くして固まってしまった。

ライトから『ミーナのお姉さん』と言われた時も照れ臭そうにしていたが、ミーナ本人の口から『お姉様』と呼ばれる方がはるかに破壊力が上のようだ。

「明後日は土曜日だし、これからも土日にちょくちょくここに来ます。何か不都合とかあったら、遠慮なくせずに教えてくださいね」

『分かりました。また会える日を心よりお待ちしております』

『主様、お気をつけていってらっしゃいませ!』

穏やかな笑顔で微笑むミーアと、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらブンブンと手を振る元気いっぱいのミーナ。

二人に見送られながら、ライトは転職神殿を後にした。