軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第502話 青と黒

ピシッ、という小さな音をきっかけに、卵の殻に次々と罅が入っていく。

それを見たレオニスは、急いで地面に下りてライトや闇の女王のいる場所に移動した。

そして三人で同じ場所に立ち、卵の行く末をともに固唾を呑んで見守る。

網目のように細かく入った罅から、まず細くしなやかな手が出てきた。その手が罅割れた卵の殻を内側から少しづつ押し退けていく。

まるで障子を破るかのように、卵の殻がどんどん破れ壊れていき、ついにはその中身が現れた。

卵から出てきたのは、無数の蛇の髪と蛇の下半身を持つ女型の魔物だった。

『おお……なんと神々しき御姿か……』

「これは……メデューサ、か?」

『如何にも。ノワール・メデューサ―――暗黒神殿が奉るべき守護神であり、最も尊き至高の御方であらせられる』

「…………」

その女型の魔物の姿を見た闇の女王は、感激と恍惚に満ちた眼差しで祭壇を見上げている。

レオニスもまたその姿を一目見て、それがメデューサと呼ばれる魔物であることをすぐに看破した。

だがライトだけは、心中で全く違うことを考えていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『ノワール・メデューサ、だと……? アズール・メデューサじゃないのか?』

『いや、見た目はアズール・メデューサにそっくりだが、色が全然違う……アズール・メデューサは全身青色だったが、このメデューサは全身黒系統だ』

『……もしかしてあれか、一時期ユーザーの間で話題になっていた『アズール・メデューサ亜種』か?』

ライトが思い浮かべている『アズール・メデューサ』とは、BCOにおけるレイドボスの一種である。

目覚めの湖の水神アープのように、神殿の卵から孵化して出てくるのはBCOのレイドボス―――ライトのこの予想は概ね当たっていた。

だが当たっていたのは半分だけで、残り半分は予想外のことが起きた。

見た目はBCOのレイドボス、アズール・メデューサなのだが、その色が全く違うのだ。

BCOというゲームは、レイドボスと言えど容赦なく他のモンスターに流用してそのグラフィックデータを使い回す。

さすがに格下の通常モンスターに使い回すことはなかったが、期間限定イベントのメインボスのグラフィックにレイドボスの色違いを出すことは度々あった。

このことを考えると、今ライトの目の前にいるメデューサも色違い加工されて何らかの他のイベントに使われていた可能性が高い。

ライトが知るアズール・メデューサのグラフィックデータ流用と言えば、不定期に出現する神出鬼没の謎の限定レイドボス『アズール・メデューサ亜種』である。

運営自身が『いつ貴方の騎士団の前に出てくるか分からない、神出鬼没の幻の討伐種!』『一ヶ所に滞在する時間は二時間、滞在中に見つけられたら超ラッキー!』『見つけたら即討伐あるのみ!』と銘打ち煽るだけあって、その亜種はいつどこに出現するか誰にも分からず、全く予想もできない。

アズール・メデューサに遭遇するには、完全に運任せなのである。

結局ライト自身も、前世では自身が持つ騎士団にアズール・メデューサ亜種が出てくることは一度もなく、ついぞ巡り合うことはなかった。

他の騎士団を持つBCO仲間から、話として二度三度聞いたことがあるだけである。

その仲間との会話を、ライトは懸命に思い出そうとする。

あん時あいつは何て言ってたっけ……色は暗くて、通常のアズール・メデューサより数倍強かった!何度も死にかけた!とか何とか言ってたような……

色が青色より暗いってことは、やっぱ黒系なのか?

そしたらやはり、この卵から生まれたアズール・メデューサにそっくりなあれは――― 黒い(ノワール) メデューサ、ということか……

自身の中である程度考察を進めたところで、ライトは【詳細鑑定】を発動してメデューサを見た。

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【ノワール・メデューサ】

メデューサ族の一体。

青のアズール、黒のノワールなど、様々な色のメデューサが存在する。

どの個体も非常に強い力を持っており、彼女達が持つ宝石の瞳には無限の可能性が秘められている。

もし彼女達の隠された瞳を解放することができたなら、その者は世界征服すら可能になるだろう、とまで言われている。

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ライトの目の前に浮かんだ【詳細鑑定】のホログラムパネル。

そこに書かれていた内容は、やはりノワール・メデューサとは複数存在するメデューサの一種、つまりはアズール・メデューサ亜種であることを示すものだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

卵から出てきたのは、ライトの【詳細鑑定】や闇の女王が語った通り『ノワール・メデューサ』である。

闇の女王には卵が孵化したという記憶はないが、卵から出てきたそれが何者であるかは本能レベルで理解しているらしい。彼女のその言葉には一切の迷いなく、キッパリと断言していることからもそれが分かる。

いずれにしても、闇の女王からすればノワール・メデューサは崇め奉るべき神であるようだ。

しかし、レオニスにはノワール・メデューサが種族として一体何に該当するかさっぱり分からない。

崇めるべき神なのか、それとも単に爬虫類系人族なのか、あるいは敵対する魔物なのか、判断が極めて難しいところである。

その名の由来は、言わずと知れたギリシャ神話の有名なゴルゴン三姉妹の末妹メデューサであることは明白だ。

ギリシャ神話では、メデューサは醜い怪物として描かれる。頭髪は無数の毒蛇、猪の歯に青銅の手、黄金の翼を持っているという。

そして最も有名なのが『メデューサが見た者は石に変わる』という特殊能力だ。

ゲーム世界において石化とは、即死状態に陥ることを指す。腕や足の一部が石化するならともかく、彼女の目に映した時点で石化するのだからそれは全身石化を意味する。

そうなった時、パーティーなどですぐに石化解除してくれる者が近くにいなければそこでゲームオーバーとなる。

それはこのサイサクス世界でも同じことで、石化能力を持つ魔物に対しては厳重な警戒と回避、事前の対応策などが必須とされていた。

ここでレオニスが改めて、卵から生まれた『ノワール・メデューサ』とされる女性型の何者かを慎重に観察する。

頭髪は無数の黒い蛇からなり、ゆらゆらと蠢いている。下半身はへそから下が黒い鱗の大蛇で、翼などは見えない。

上半身は形の良い胸にビキニのような衣装?を着用していて、首元や腕に豪奢なアクセサリーをしている。

上半身だけ見れば、非常にグラマラスなナイスバディの女性である。

肌の色は錫色で、灰色系のはずなのにその肌はうっすらと輝いてみえる。

というか、錫色の肌だけでなく髪の黒蛇や下半身の大蛇の部分も引っ括めて、全てが艶やかで神々しいまでの光沢に満ちている。

その名の通り全身黒色系統なのに、内側から光り輝いているように見えるとは何とも不思議だ。これは孵化させるための餌に、聖なる餅を大量に用いたせいだろうか?

だが、それら数多の特徴の中でも最も目立つのが、彼女の目だ。

メデューサの名を持つ彼女がその目に映した者は、全てが石に変わる。その特殊能力を封印するためなのか、何と彼女の両目は鋼鉄で出来た包帯状の目隠しで覆われていた。

これならば、彼女の視線を浴びて石化することはなさそうだ、とレオニスは内心で安堵する。

祭壇の上に現れたノワール・メデューサ。

卵の殻を全部破り、その全身を露わにした彼女は『ンーーーッ』という小さな声とともに思いっきり両腕を上に伸ばし背伸びをする。

ずっと卵の中にいるのは、なかなかに窮屈だったのだろうか。

腕や背中を伸ばしてスッキリしたのか、両腕を下ろした後にふと祭壇の下にいるライト達三人の方に顔を向けた。

その仕草に、思わずドキッ!とする三人。

目隠しのおかげで石化の心配はないが、逆にその状態で彼女の目は見えているのだろうか?という素朴な疑問にかられるライトとレオニス。

目の造形は目隠しで隠れていて全く分からないが、鼻や口の造りはとても美しく、そこだけ見れば間違いなく絶世の美女の類いに入る。

「「『『………………』』」」

しばらく無言のまま見つめ合う四人。

先に動いたのは、ノワール・メデューサの方だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

祭壇からふわりと飛び下りて、蛇の身体でスルスルとライト達に近寄るノワール・メデューサ。

ノワール・メデューサから見て左からライト、闇の女王、レオニスの順で並んでいた三人。その前に無言で立つ、ノワール・メデューサ。

立っている背丈で言えば、レオニスより頭一つ分小さいくらいか。ちなみに闇の女王よりもノワール・メデューサの方が背が高い。

現在の背の順を低い方から並べると『ライト < 闇の女王 < ノワール・メデューサ < レオニス』の順になる。

そしてノワール・メデューサはスススー、とレオニスの前に移動したかと思うと、何とレオニスにガバッ!と抱きついた。

「「『!?!?!?』」」

ノワール・メデューサの突然の抱擁に、レオニスどころか横にいる闇の女王やライトも目をまん丸にして驚愕する。

だがその驚愕も冷めやらぬうちに、今度はノワール・メデューサの下半身がレオニスだけでなく闇の女王やライトもまとめてぐるりと全員を取り囲んだではないか。

そしてノワール・メデューサの口から、何やらモニョモニョといった聞き取れない言葉のようなものが発せられる。

あまりの突然のことに、レオニスは完全に硬直したまま動けないでいる。ノワール・メデューサの目を直接見た訳でもないのに石化してしまうとは、何ともご愁傷様である。

そんなレオニスに代わり、ライトが闇の女王に向かって小声で尋ねた。

「や、闇の女王様……これは一体、どうなってるんです……?」

『ふむ。ノワール・メデューサ様は、レオニスのことを『パパ』と仰っておられる』

「パ、パパ!? レオ兄ちゃんが、パパ!?」

闇の女王の通訳内容に、ライトが先程よりもさらに目を大きく見開く。

その間にノワール・メデューサがレオニスから離れ、次は闇の女王に抱きついた。

『……えッ!? そ、そんな、吾如きがノワール・メデューサ様のママなどと……何と畏れ多きこと』

「マ、ママ!? 闇の女王様が、ママ!?」

闇の女王による衝撃の通訳の連続に、ライトの顎は外れるどころか限界を超えて地面に落ちそうだ。

ま、まさか、孵化した直後の刷り込み効果か? そういやアクアも俺のことを親だと思っているようだし……

え、何、そしたらレオ兄と闇の女王様がノワール・メデューサのパパとママってことになるの!? 待て待て待って、いやいやホント待って、レオ兄まだ一度も結婚したことないのに、今から未婚の父になっちゃうの!? しかも血の繋がらない人外の娘の父!? でもって、お嫁さんは闇の女王様!? ウソーーーン!!

ライトの頭の中で、ハチャメチャな思いがぐるぐると駆け巡る。

そんなライトの様子などお構いなしに、ノワール・メデューサはついにライトにまでむぎゅうッ!と抱きついてきた。

『ほう……ライトは『お兄ちゃん♪』だそうだ。ノワール・メデューサ様の兄君になれるとは……この世の全ての光栄を掻き集めたような栄誉ぞ』

「お、お兄ちゃん!? ぼくが、この子のお兄ちゃん!?」

闇の女王による通訳に、もはやライトの目も顎も全身が限界である。

何なら目玉は宇宙の果てまで吹っ飛び、顎は地中深くまで刺さって抜けなくなりそうだ。

だがノワール・メデューサの方は、実に嬉しそうにライトの顔に頬ずりをしてくる。

見た目はボン・キュッ・ボン!の、実にナイスバディな綺麗系の妖艶なお姉さんだが、中身はまるでライトよりも小さい幼子のようだ。

だがしかし、考えてみればそれも当然のことだ。

ノワール・メデューサと呼ばれたこの生き物は、たった今卵から孵ったばかりなのだ。

人間や普通の生物で言えば生まれたての赤ちゃんであり、女性というより女の子である。

そんな赤ん坊の目に、生まれて初めて映った三人の姿。

一番背の大きいレオニスはパパ、二番目に大きい闇の女王はママ、そして自分より小さいライトは先に生まれたお兄ちゃん―――自分の家族としてノワール・メデューサがそう認識するのも、当然の流れだった。

衝撃の連打に、もはやライトは口から魂が抜け出たように呆然としている。

そんな中、いち早く立ち直ったレオニスが闇の女王におそるおそる声をかける。

「あ、あの……俺、この子のパパになるんか……?」

『吾等の間には血や種族といった直接的な繋がりこそないが、其の方等は紛れもなくノワール・メデューサ様生誕の瞬間に立ち会いし者。その奇跡にも等しい出会いは、尊き御方にとって家族も同然と認識されるに足るであろう』

「家族、か……」

孤児院育ちのレオニスは、『家族』という言葉に滅法弱い。

全幅の信頼を寄せることができて、完全に心を許せるほどに親愛の情を持てる者ならば―――例えそれが人外であろうとも、レオニスは家族として受け入れることができた。

妖精のラウルや八咫烏のマキシがそれに当たる。

果たして今生まれたばかりのノワール・メデューサが、レオニスが家族として受け入れられる性質のものかどうかは全く分からない。

もし邪悪な性格だったり、誰彼構わず襲いかかったり傷つけるような乱暴者だったら、決してレオニスは彼女を受け入れないだろう。

だが、レオニスや闇の女王、ライトに抱きつくその姿や仕草からは、悪意などは一切感じられない。ただただ赤子特有の純粋さに満ちている。

未だに魂が抜け出て呆けたままのライトに、口角を上げてニッコニコの笑顔でライトに頬ずりをするノワール・メデューサ。

レオニスは二人の様子を眺めながら、静かに口を開く。

「俺もライトもただの人族だし、この暗黒の洞窟に家族のように住むことはさすがにできん。ノワール・メデューサに家族と言ってもらえるのはありがたいが、ともに過ごす時間が取れなければ……それは上辺だけの空虚なものにしかならない」

『それは承知しておる。人族の身でこの暗闇の世界に長く留まることは能わぬであろう』

「だが……もし友達や親友、仲間といったものでもいいなら、たまにここに立ち寄らせてもらえたら嬉しい、とは思う」

『無論それで構わぬ。其の方等が時折顔を見せてくれれば、ノワール・メデューサ様もさぞお喜びになるであろう』

家族と呼べる者が増えることは、レオニスにとっては純粋に嬉しいことだ。

だが、住む世界があまりにも違う者は、常にいっしょの場所にはいられない。ともに住める者同士でなければ、家族とは言い難い―――レオニスがそう考えるのも無理はない。

そんなレオニスの考えに、闇の女王も理解を示す。

そもそもこの暗闇が支配する空間に、人族が住めるはずもない。もし無理矢理にでも住み込むとしても、それはこの暗闇の洞窟に何らかの光を用いなければ到底無理な話だ。

そして何らかの光をこの暗黒の洞窟に持ち込むことは、闇の女王を始めとする先住民達にとっては住処を奪われるにも等しい。

闇の住人と人族、同じ場所に長期間同居することは不可能なのだ。

そしてそのことは、闇の女王も重々承知していた。

『さぁ、ノワール・メデューサ様の生誕も無事完了したことだし、そしたら今からお茶会なるものを始めようではないか。其の方等にも、是非ともノワール・メデューサ様の生誕を祝ってもらいたい』

「おお、そうだな……そういや神殿の中でお茶するって話でここに来たんだっけな。祭壇に卵を見つけてからこっち、いろいろあり過ぎて半分忘れかけてたわ」

『ささ、ノワール・メデューサ様、今からお茶会なるものを催します故、こちらにいらして待っててくださいますか?』

『???……♪♪♪』

祭壇の卵と出会う前に話していたお茶会のことを、闇の女王が思い出したように促す。

そして闇の女王はライトにくっついたノワール・メデューサに優しく声をかけて、さり気なくライトから引き離すことに成功する。

レオニスも闇の女王に促されて思い出し、お茶会の言い出しっぺのライトの肩を軽く揺さぶりつつライトの意識を取り戻そうとする。

「ほれ、ライト、いつまで呆けてんだ、お茶会するんだろ?」

「……へ?……ぁ、ぅ、うん……」

「闇の女王様達がお待ちだ、ちゃちゃっと用意するぞ」

「はぁーぃ……」

未だ魂離脱のダメージが抜け切らないライト。

それでも皆とのお茶会のために、ヘロヘロになりながらも何とか動き出してレオニスとともにお茶会の準備を進めていった。