作品タイトル不明
第473話 他者に分け与えられる力
ラグナ宮殿官府にて『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』の出品申請を終えたレオニス。
その足で次は魔術師ギルドに向かう。
魔術師ギルド総本部の受付でギルドマスターのピースがいることを確認し、そのままギルドマスター執務室に向かうレオニス。
冒険者ギルド同様、魔術師ギルドでもレオニスの顔と名は知られているのでほぼ顔パスだ。
執務室の扉をノックしてから中に入るレオニス。
扉の直線上、執務室の奥にある執務机には相変わらず書類の連峰が連なっていた。
「おう、邪魔するぞー」
「!!その声は!!レオちん!!」
書類の峰々の奥から、歓喜に満ちた声が上がる。
その声の主とはもちろん、魔術師ギルドマスターであるピース・ネザンその人である。
書類の山々から抜け出し、抱きつかんばかりに諸手を挙げて小走りでレオニスを大歓迎するピース。
小走りした勢いそのままに、本当にレオニスの胴体に飛びつきしがみついたのはご愛嬌というものだ。
「レオちん!よく来てくれたね!レオちん大好き!愛してるッ!」
「ぃゃ、お前に好かれるのは嬉しいしありがたいが、さすがに愛は重たいぞ……」
「そんなこと言わずにッ!小生をこの書類の檻から救い出してくれるのは、レオちんだけなんだからッ!」
木登りする猿の如く両手両足をガッチリと組み、レオニスに頬ずりしながらしがみつくピース。
確かにこの書類の山にずっと埋もれていたら、ピースでなくともうんざりして脱走したくなりそうだ。
しかし、ピースは魔術師ギルド総本部マスター。サイサクス世界における魔術師達の頂点に立つ者。
その責務は重く、逃げることは許されないのだ。
「あー……お前も相変わらず忙しそうだし、俺の用事はまた今度でもいいぞ?」
「レオちん、お願いだからそんなつれないこと言わないでッ!ささ、部屋の入口で立ち話も何だし、座ってお茶でもしようよ!ね、ね?」
ピースはよじ登っていた 大木(レオニス) から降りて、今度は手を引っ張って応接セットのソファにレオニスを連れて行く。
書類の檻から救い出してくれる救世主を逃すまいと必死である。
ピースはレオニスの向かいの席に座り、己の空間魔法陣からお茶やら茶菓子やらをヒョイヒョイと出してはテーブルに並べていく。
こういうことはお付きの秘書がやりそうなものだが、ピースには秘書はいないのだろうか?
「レオちん、今日はどしたの? そろそろアイテムバッグ用の魔石ができた?」
「それもあるが、他にもいくつか用件があってな」
「レオちんの!頼みなら!小生!いくらでも!聞いちゃうよ!」
いつになくハイテンションのピース。
あの書類の檻によほど長時間拘束されていたのだろうか。
レオニスは空間魔法陣を開き、アイテムバッグ用の魔石を取り出した。
「アイテムバッグ用の魔石は、今のところ月産十個のペースで魔力充填している。今はまだそんなにポンポン売れるようなもんでもないだろうし、このくらいのペースでいいよな?」
「もちろんもちろん!特に初期のうちはあまり価格は落とせないからねー。それに、年間百二十個と考えれば十分な生産量だよー」
テーブルの上に無造作に置かれた十五個の魔石。
その一つ一つを手に取って眺めていくピース。その出来栄えを見つつ、魔力量などを検品しているようだ。
「うん……それにしてもレオちんが持ってきてくれる魔石は、いっつも最高級品質だよね!やっぱカタポレンのド真ん中で生産する魔石ってのはすごいよねぇ、森の外周ギリギリのところで生産する魔石とは格が違うよ」
「まぁな、森の外側の淵とド真ん中じゃ魔力の濃さが全然違うしな」
実はあまり知られていないことだが、魔石とは何もレオニスが一人で完全独占している訳ではない。
カタポレンの森が途切れるギリギリのところ、隣接している荒野にもいくつか魔石生成魔法陣が設置されているのだ。
ただしその充填にかかる期間がとても長く、レオニスがカタポレンの森で二週間で充填するのと同じサイズの水晶に魔力を完全充填するのに三ヶ月以上はかかるという難点があった。
そして難点はそれだけではない。そもそもカタポレンの森に誰も近づきたがらないのだ。
魔力耐性が低い者だと、森の中まで足を踏み入れずともその手前、森の端の木々に近づいただけで悪寒や吐き気を催すという。
また、森に隣接する荒野にも魔物は出るし、森からも魔物が出てきて襲われる危険性もある。故に魔石を回収するのも一苦労なのだ。
こうした諸事情の問題から、魔石の生産はレオニスがほぼ一手に引き受けている状況となっているのだ。
「ところで、このアイテムバッグ用の魔石のことなんだがな。こないだライトが面白いことを言ったんだ」
「ン? ライっちが?」
「魔石の素材を水晶以外の宝石、ルビーやダイヤモンド、サファイアやエメラルドなんかでやってみたらどうか?ってな」
「!!!!!」
レオニスの話に、ピースの目が大きく見開かれる。
ピースもレオニス同様、魔石は水晶をベースにして作られるもの、という固定観念があったからだ。
その固定観念を根底から覆す斬新なアイディアに、ピースもまたその目から鱗がポロポロと落ちていく思いだった。
「ライっちって……もしかして、天才?」
「お前もそう思うか? 俺もそう思うわ」
半ば呆然となりかけていたピースが、目を見開いたままあれこれと思案しだす。
「アイテムバッグに付ける動力源が、水晶だけじゃなくて色とりどりの美しい宝石に……? 何ソレ、すごい!」
「アイテムバッグの価値がますます上がって、王侯貴族の受けも絶ッ対に良くなるしかないじゃーん!」
「しかも製品価格に宝石分の価値を堂々と上乗せできるし、デザインのバリエーションも一気に増やせる……ウヒョヒョ♪」
小声でブツブツとつぶやくピース、完全に商人モードに突入したようだ。
魔術師ギルドとて慈善団体ではない、国から得られる資金以外にもそれなりに資金を稼いでいかねばならない。
レオニスとフェネセンが匿名でもたらしたアイテムバッグの技術は、魔術師ギルドにとっても活動資金稼ぎのビッグチャンスなのだ。
「そしたらレオちん、水晶以外の宝石で魔力を貯める実験はしてみたのん?」
「ああ、昨日のうちに宝石用の魔石生成魔法陣を新規に五つ追加した。まずは原石のままで置いてあるが、二週間後には研磨後の宝石を置いてみる予定だ」
「うんうん、研磨後の宝石なら無駄なく使えていいね!……って、原石以外にも研磨後の宝石を置くってのもライっちの案なの?」
「正解。全部ライトの発案だ」
「ライっちって……マジモンの天才?」
「ああ、マジモンの天才だ」
色付きの稀少な宝石を魔石にする実験が既に進行していることを知り、ピースの顔がさらに明るいものになる。
そしてそれらの案を出したのは全てライトであるということに、ピースはもちろんレオニスもまた大絶賛していた。
「……あーでも予算どーしよ。良質の宝石となると、レオちんに支払う魔石代が上がるよね」
「ああ、金のことなんだがな、当分はロハでいいぞ」
「え? ホント? 何で?」
一瞬だけピースが魔石代の予算が膨れ上がるのを心配するも、何とレオニスは当分タダでいいと言う。
その理由がさっぱり分からないピースが、不思議そうな顔で何故かを問うた。
「前にお前の勘で作ってもらった浄化魔法の呪符な、あれがすごく役立ったんだ」
「あ、小生がレオちんに渡したアレ? やっぱアレが役立つ日が来たのねん、それは良かった!」
「ああ、もらった呪符全部使い果たしたよ」
「え、あの量を一気に全部? そりゃまたすげーね、何がどうしたらそんなことになんのよ?」
以前プロステスの炎の洞窟にて、穢れを埋め込まれて瀕死の状態だった炎の女王を発見したレオニス達。それを祓うために、訳も分からず事前にピースから渡されていた浄化魔法の呪符が大いに役立ったのだ。
そのことを、レオニスは順を追ってピースに聞かせていく。
最初のうちはきょとんとしていたピースの顔が、話を聞くにつれだんだんと険しいものになっていった。
「廃都の魔城の四帝が埋め込んだ穢れ、とは……如何にも奸悪らしい奴等のしそうなことだねぇ」
「以前同様のものをフェネセンが祓ったことがある。だが今はフェネセンがどこを旅しているか分からんから、フェネセンのやつを頼る訳にもいかなくてな」
「おお、さすがは我が師!小生の呪符では十枚も費やさねばならない呪いの塊をお一人で祓ってのけるとは!」
己の師であるフェネセンも同様に穢れを祓ったと聞き、彼の一番弟子であるピースは我が事のように喜び称賛する。
しかし、一頻り喜んだ後すぐにまた険しい顔に戻るピース。
「でもそう考えると、小生もまだまだだなぁ。師が己の術一つで祓える穢れを、小生は十枚もの呪符を全力で作らねば追いつけないってんだから。我が師の偉大さを改めて思い知ると同時に、小生の未熟さを痛感するよ」
「そんなことないさ。お前だって偉大な魔術師だ」
フェネセンの偉大さを身に沁みて知ると同時に、己の非力さを嘆くピース。
そんなピースに、レオニスは言葉をかける。
「確かにフェネセンは偉大な天才大魔導師だ。しかし、フェネセンの力は基本的にフェネセンが目の前にいる時でないと頼れない」
「だがピース、お前の力は呪符という形でいつでも他者にその力を分け与えてくれる。現に炎の女王の穢れも、お前がくれた浄化魔法の呪符がなければ決して祓うことはできなかった」
「炎の女王の穢れは、すぐにでも祓わねばならない喫緊の重大案件だった。どこにいるか分からないフェネセンを探していたら、それこそ手遅れになるところだったんだ」
「お前のおかげで、炎の女王とプロステスという都市が救われたんだ」
静かに語るレオニスの言葉を、じっと聞き入るピース。
レオニスが語ることは全て真実だ。
かつて炎の女王の魔力を奪い取りを苦しめ続け、近隣の都市プロステスをも死の街に追いやりかけた穢れという元凶。
その元凶を祓えるのは、サイサクス世界広しといえどフェネセンもしくはピースの呪符、現時点ではその二択しかないだろう。
「お前には師にない力がある。お前の描く呪符、それがあればいつでもどこでも、それこそ魔術の心得の全くない者だってその力を行使することができる」
「お前の強味は、お前のその強大な力を他者にも分け与えることができる、ということだ」
「そしてそれは、如何にフェネセンであろうとも成し得ない特技であり偉業だ」
「だからな、ピース。お前はお前の力を誇っていい。フェネセンと比べる必要もない。お前達師弟の力や利点、やり方はそれぞれ違うのだから」
炎の洞窟でピースの呪符に救われたレオニスが、その呪符の偉大さ、ありがたさを噛みしめつつ滔々と語る。
実体験に基づく言葉だけに、その思いには真摯な感謝の意が込められている。
ここでレオニスがふと顔を上げると、何とピースの目からぽろりと雫が零れ落ちていくではないか。
一体何事が起きたのかとレオニスは慌てまくる。
「え、ちょ、待、どうした、ピース、俺何かおかしいこと言ったか!?」
「ンにゃ、おかしくない……小生、こんなに人から褒められたの、すっごく久しぶりだから……何だか嬉しくて」
「そうなのか? ……まぁな、お前やフェネセンが偉大なのは当たり前のことすぎて、今更口に出して褒める人もいないのかもしれんな」
ピースが涙したのは、どうやらレオニスから褒められたのがとても嬉しかったかららしい。
魔術師ギルド総本部マスターともなれば、いくらでも褒め称えてくる者などいそうなものだが、逆に損得勘定抜きで心から手放しで称賛してくれる人はそういないのかもしれない。
高い地位に 阿(おもね) るのではなく、純粋にピースの能力を称えその力に救われ感謝してくれる者。そうした者の声を直接聞いて触れる機会が、最近のピースには少なかったのだろう。
「我が師は褒められるの大好きだから、いっつも小生が褒め称えてたけどね?」
「あー……確かにフェネセンは褒められるの大好きだよなぁ」
「その分我が師もいっつも小生のことたくさん褒めてくれたけど……」
スン、スン、と鼻をすすりつつ呟くピース。
フェネセンと行動をともにしていた時は、師弟同士で褒め合っていたようだ。
さすが似た者同士の師弟、互いに褒め合うことで互いの能力を引き出し伸ばしていったのだろう。
長所を褒めて伸ばす。理想の育児にも似た師弟関係である。
「……ま、俺もライトもピースには感謝している。お前の力に救われた炎の女王だって、お前に会えばきっと褒めてくれるぞ」
「ホント!? そしたらレオちん、小生今度有給休暇取るから小生といっしょに炎の洞窟に行こう!」
「ン? ああ、まぁいいぞ。俺達もいずれまた炎の女王に会いに行かなきゃならんしな」
「ホント!? 絶対に絶対に約束だよ!」
「ああ、約束な」
ただし、総本部マスターのお前がいつ有給休暇取れるんだ?という言葉を呑み込むレオニス。こんなに喜んでいるところに水を指すこともあるまい、と思ったからだ。
実際いつ有給休暇が取れるのかは、ピース本人ですら全く分からないだろう。
「よーし、そしたらこの書類の檻を片っ端から片付けてやるぁぁぁぁ!」
「あ、ピース。その書類との格闘もいいけど、俺の方の頼みも聞いといてくれる?」
「レオちんの頼み? 何ナニ、なぁに?」
「穢れ祓い用の浄化魔法呪符。最上級の『究極』を三十枚欲しいんだが」
「浄化魔法呪符『究極』を三十枚ね、オッケーオッケー♪ 小生の息抜きタイムに活用させてもらっちゃうよー!」
レオニスの要望に、小躍りしそうなくらいにウッキウキの声で答えるピース。
有給休暇を取って炎の洞窟に行くべく、ピースは今からもう壮絶にやる気満々である。
「代金は前の十枚その他と合わせて、今差し出した魔石に宝石魔石の今後の実験結果と実物でいいか?」
「うんうん、全然オッケー!っていうか、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ!」
「浄化魔法呪符三十枚は、今月中に用意しといてくれ。ライトの春休み中に火の女王のいるエリトナ山に行く予定なんだ」
「おおぅ、レオちんなかなかに人使い荒いねぃ!でも全然いいよー、小生ならそのくらい余裕余裕♪」
「じゃ、今月末に呪符を受け取りに来るから頼んだぞ。ピースも書類仕事頑張れよ」
「うん!有給休暇取るために頑張るぅーーー!」
先程まで涙していたピースはどこへやら。すっかり明るさを取り戻し、やる気に満ちている。
そんなピースの笑顔に安堵しつつ、レオニスはギルドマスター執務室を後にした。