作品タイトル不明
第451話 万能執事の本領発揮
バッカニア達やレオニス達との孤児院訪問を無事終えた、三日後の昼過ぎのこと。
今日もラウルは冒険者ギルド総本部を訪れていた。
背の高いラウルに見合った長めのマントに革の胸当、腕当、脛当など、これまでになく冒険者然とした格好のラウル。
それらの装備品は、週明けである月曜日にレオニスから譲られたものである。
レオニス曰く「お前の冒険者登録祝いとして、今度アイギスでちゃんとした装備品を作ってもらおう。お古ですまんが、最初のうちはここら辺の簡単なやつで慣れといてくれ」とのこと。
レオニスが今の定番装備に至る前に使っていた品々なのだろう。お古とはいえ、かなり状態の良い品々だ。
冒険者デビュー初仕事の孤児院では、何も装備せず普段着のままだったラウル。
もちろんそれでも全然平気なのだが、こうして冒険者用の装備品を身に着けると身も心も引き締まる気がする。
ラウルとしてはお古でも全くキニシナイ!な性格だし、むしろ冒険者デビューしたばかりの今のうちからアイギス製の装備品なんて贅沢が過ぎるというものだ。
このお古なら、将来ライトが大きくなって冒険者になった時にもきっと使えるだろう。
……いや、使える使えない以前にライトなら絶対に欲しがるだろう。人族というのは、親から子へ何かを渡し引き継いでいく者達らしいからな。
ご主人様の大事な品をライトも受け継いでいけるように、俺も大事に使わなくちゃな。
そんなことを思いながら、ラウルは冒険者ギルド総本部の建物に入る。
「さて……今日はどれがいいかな」
依頼掲示板の前に立つラウル。
ラウルが主に見るのは、左側の下方。常時継続依頼で危険度の低いものが貼り出されているエリアである。
ここ最近のラウルは、午前中にレオニス邸での仕事を済ませ、早めの昼食を摂ってから午後イチに冒険者ギルド総本部に来るのが習慣になっている。
低ランク低難易度の依頼をコツコツとこなし、階級を上げるために努力しているのだ。
「……よし、これにするか」
依頼掲示板をしばらく眺めていたラウルが、とある一枚の依頼書を手に取り受付窓口に向かう。
それは『ラグナロッツァ下水道壁面清掃(北地区五区画)』という内容の依頼だった。
昼過ぎてからの受付窓口はどこも割と空いているので、顔馴染みのクレナがいる窓口にとりあえず並ぶ。
しばらくしてラウルの番になり、窓口に進んだラウルは無言のまま依頼書をスッ……とクレナに差し出す。
「まぁ、ラウルさん、こんにちは。今日も依頼を受けられるのですか?」
「ああ。今日はこれにする」
「どれどれ……ああ、こちらですね。了解いたしました」
クレナは冒険者ギルド総本部の受理印を取り出し、所定の位置に判子を押す。
「昨日の南地区同様、まずはこちらの依頼書を担当事務局に提出してから清掃を開始してください。清掃が終了しましたら、担当事務局に戻り職員の検分を経てください。特に問題がなければ、その場で依頼完了の判子をもらえます。そしたら依頼達成ですので、こちらに戻って依頼書を提出してくださいね」
「承知した」
「お気をつけてー」
クレナの淀みない解説が、可愛らしい声と相まって心地良く響く。
見目麗しいだけでなく、相変わらず仕事面も有能である。
クレナから依頼書を受け取ったラウルは、クレナに窓口で見送られながら早速管理事務局に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルド総本部を出たラウルが向かった先は『ラグナロッツァ清掃管理局』。
ここにはラウルが今からこなす下水道の他にも、公園や街路樹など街の清掃管理全般を担う清掃管理局が入っている。
それらは部署が分けられており、他にもゴミの収集処理を行う部署などがある。
ラウルは早速下水道管理部の窓口に向かう。
昨日も南地区五区画の下水道壁面清掃の依頼を引き受けたばかりなので、二日連続での訪問だ。
窓口に出てきた男性も昨日と同じ職員で、向こうもラウルの顔を覚えていた。
「ああ、昨日の人か。昨日はお疲れさま。今日も壁面清掃に来てくれたのかい?」
「今日はこの『北地区五区画』の依頼を引き受けてきた」
「北地区か。あすこも長らく清掃されてないから、汚れがかなり溜まっていると思うが……」
ラウルは冒険者ギルド総本部から持ってきた依頼書を男性職員に手渡す。
男性職員は書棚からファイルを取り出し、下水道の入口が網羅された地図を開いて該当部分を探す。
「北地区の入口はここ、大通り公園の南側にある。居場所確認と清掃状況の進行確認、出入口の開閉は全てこの水晶玉を使う。昨日も言ったが、くれぐれも失くさないようにな」
「分かっている」
男性職員から直径3cmくらいの小さな水晶玉を受け取り、マントの内ポケットに仕舞い込むラウル。
普段なら空間魔法陣を使うところだが、レオニスから「紙級のうちからあまり目立つことはするなよ? ただでさえお前見た目派手なんだから、言動くらいは控えめにな」という忠告を受けているのと、後は単純に『マントの内側にある大きなポケットに、直接物を出し入れするのがちょっと楽しい』という理由で内ポケットを使用している。
もっとも、レオニスの『ただでさえ見た目派手』というのはラウルにとっては甚だ心外だ。ご主人様にだけは言われたかねぇわ、と思うラウル。
だが実際のところ、ラウルにはそこまで自覚はないが、眉目秀麗な美青年であるラウルはその外見だけで注目を浴びやすい。
そこへきて空間魔法陣だの飛行だの、紙級冒険者にはとても似つかわしくないとんでも目立つ魔法など使っていたらどうなることか。
レオニスがラウルに忠告するのも無理からぬことである。
そしてラウルの方も、レオニスの忠告はラウルの身を心配してのことだと分かっていた。
口の悪さはお互い様だし、何だかんだ言ってもレオニスは冒険者としては超一流の先輩だ。先輩の忠告は素直に受け入れる方が身のためなのである。
そんなラウルを見ながら、男性職員が心配そうにラウルに話しかける。
「それにしても、本当に君一人で大丈夫なのかい? この仕事は基本的に大人数で手分けしてこなすような、かなり大変で時間もかかる作業なのに」
「それは昨日の南地区の仕事も同じだろう? もともと人数制限もないし、俺一人でもちゃんとできたことは昨日の依頼で証明したはずだが」
「そりゃまぁそうなんだが……あ、これ、長靴も忘れずにな」
男性職員の言う通り、この下水道壁面清掃は基本的に複数人数のパーティーが引き受けることを前提としている。
まず下水道管内を照らす者、壁面を水魔法で洗浄する者、水晶玉で現在地を確認しながら道案内を務める者などなど。
複数の仕事を分担しながら、少しづつ作業を進めていくのが常なのである。
だが、この清掃業務依頼に人数指定はされていない。ラウル一人で請け負っても何ら問題はないのだ。
それに、ラウルはもとより妖精族。複数の魔法を行使することなど朝飯前だ。
そして何より今のラウルはレオニス邸の筆頭万能執事。清掃業務で彼にできないことなどない!のである。
「じゃあ行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
男性職員から下水道の管内で使用する長靴を受け取ったラウルは、ラグナロッツァ清掃管理局を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラグナロッツァ清掃管理局から歩きで約三十分。
大通り公園に到着したラウルは、下水道の出入口を探す。
公園最南端にある、冬でも緑豊かな大木。その大木の陰に隠すように、公園外周を一周する石畳に紛れ込ませて下水道の出入口はあった。
下水道の出入口を示す、周囲と一個だけ色の違う石畳。
ラウルは内ポケットから水晶玉を取り出し、地面にしゃがみ込みその石畳に水晶玉を近づける。
すると、その石畳に直径1メートルくらいの円形状の穴が出現した。
穴は直下に向かって続いており、下へ降りる梯子が設置されている。
男性職員から、この依頼を受ける際の注意事項として「人目につかないように、蓋が開いたら素早く入るように」と言われているので、ラウルは男性職員から借りた長靴に履き替えて梯子を使わずそのままヒョイ、と管の中を飛び降りていく。
ラウルは飛べるので、梯子伝いに降りなくても平気なのだ。
ストッ、と下に降りる頃には、出入口の蓋は既に閉まっており辺りは真っ暗闇だ。管の高さは高身長のラウルがギリギリ立って歩ける程度か。
男性職員が言っていた通り、汚れがかなり溜まっているようで下水臭がかなり強い。ラウルはまず自分の周りに浄化魔法を乗せた風魔法をかけて、己の周囲の空気を清浄化する。
ラウルは右手の手のひらを上に向けて、小指の先ほどの小さな灯りを作り自分の真上、天井より少し下の位置に浮かべる。
この灯りは初級光魔法の初歩の初歩である『 点灯虫(テントウムシ) 』。レオニスに頼んで初級光魔法のスクロールを買ってきてもらって習得したのだ。
今度は内ポケットから水晶玉を取り出し、左手に持ち魔力を通す。すると、ラウルの目の前に薄水色のホログラムパネルか浮かび上がった。
このホログラムパネルには、水晶玉のある現在地と下水道北地区五区画分の全ての道が記されている。
現在地を示すのがオレンジ色の点で、下水道は黒寄りの濃灰色である。
準備を整えたラウルは、とりあえず右側に続く下水管の進行方向に身体の向きを変える。そして自身の周りにかけた浄化魔法つきの風魔法を一気に強めた。
ラウルの足元から強風が起き、ラウルの美しい巻き毛や着ているマントやがバサバサと激しく舞い上がる。
ラウルが徐に右手を前に翳すと、強風も瞬時に前方に風向きを変えて進行方向に吹き荒れていく。
右手を翳したまま、ラウルゆっくりと前方に向かって歩き出した。
ラウルが歩く横の壁が、どんどん綺麗になっていく。それまで黒ずんでいた壁の色が、ラウルの強力な浄化魔法を浴びてみるみるうちに灰白色に変わっていくのだ。
その強風に煽られて、下水管に流れる汚水もバシャバシャと水飛沫を上げて壁にかかるが、何の問題もない。その水もまた、ラウルの浄化魔法によって綺麗な水になっていくのだから。
壁が綺麗になっていくにつれて、水晶玉が映すホログラムパネルの下水管も濃灰色から明るい白色にじわじわと変化していく。
管の色が黒いほど強い汚れを表し、それが薄ければ薄いほど汚濁状態は軽いとされる。そうした表記方法の中で、明るい白色とは『極めて清浄』を表す最上級にして最良の状態であった。
レオニスには「目立つことはするな」と言われているが、ここにいるのはラウルだけ。人の目を一切気にせず、思う存分浄化魔法を駆使しても何の問題もないのだ。
今や『生けるスチームクリーナー』と化した無敵のラウルを阻む者などいない。
今回の依頼である北地区五区画分を全て綺麗に洗浄すべく、ラウルは強力な浄化魔法の風を巻き起こしつつ水晶玉が示す水路をスタスタと歩いていった。