軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第429話 砂漠蟹の解体ショー

ルド兄弟が普段使う解体作業場に到着した三人。

生け簀牧場から少し離れた場所にそれはあった。

大きなガレージのような、間口の大きい入口から入っていく。

中には巨大な台があり、その上で解体作業を行うという。

台の高さはラウルの膝下より低く、台の上に直接乗って作業するようだ。

「砂漠蟹をその台の上に置いて作業してくれ。靴はこの長靴に履き替える。台の上に直接乗って作業するんだ。軍手や刃物はここにある物どれでも使ってくれて構わん」

「ありがたい。遠慮なく借りることにする」

ラウルはサンドキャンサーを仰向けにして作業台に乗せてから、刃物を置いてある棚に向かう。

軍手を両手に嵌めつつ鉈や大きな包丁をいくつか選び、作業台に戻って作業専用の長靴に履き替えるラウル。

さあ、ここからラウルの砂漠蟹解体ショーの始まりだ。

まず脚を胴体から切り離す。

関節の裏側の薄い膜部分に切っ先鋭い包丁を差し込み、中の肉の繊維を大まかに切断しておく。

そこから1メートルはあろうかという長い大包丁を用い、両手で柄を持ちながら包丁の背に片足を乗せる。背に乗せた足で包丁に全体重をかけ、少しづつ殻を割りながら関節を断つ。

これを八回繰り返せば、脚と胴体の切り離しは完了だ。

次に、脚の切り分け。

胴体からの切り離しの時と同様に、脚の関節部分の内側の薄い膜部分から包丁で切れ目を入れて繊維を切ってから、今度は素手で切れ目の反対側から折る。

さほど苦戦する様子もなく、テキパキと折っては綺麗に切り分けていくラウルの何と頼もしきことよ。

脚の処理が終わったら、最後は胴体部分だ。

腹側の前掛けと呼ばれる部分を持ち上げて、内側の薄い膜部分を包丁で切って外す。

甲羅から胴体部分を、これまた素手で持ち上げて取り外す。

取り外した胴体の左右についているエラや顔、口を包丁で丁寧に切り取る。

肉の詰まった胴体は、真ん中から縦に切り左右に分ける。

ここまで大まかに切り分けたら、ラウルにとってはもう十分だ。捌いた胴体部分を全て甲羅に再び収める。何だかパズルや積み木を元の箱にきっちりと収納していくお片付けのようだ。

「ふぅ……とりあえず下準備としてはこんなところかな。ここまでできれば、後はラグナロッツァの屋敷の台所でも余裕でできる」

「…………あんた、ホントにすげーな。俺がやるのとほとんど変わらんし、何より手際が良い」

「おう、お褒めに与り光栄だ。料理人たるもの、食材の下拵えくらいできなきゃ話にならんからな」

「ぃゃぃゃ、それでもだ。かなり力の要る作業だし、慣れない人間が捌こうとすると大概ずぶ濡れになりながら悪戦苦闘するもんだが……お客さん、膝下より上はほとんど濡れてねぇし」

ラウルの解体作業をずっと見ていたリカルドが、ラウルの腕前を手放しで大絶賛する。

本職たる砂漠蟹職人のリカルドから褒められたラウル、フフン☆とばかりに鼻高々である。

「度重なるお褒めの言葉、誠に光栄だ。さ、そしたらまだ支払い完了前だが、それより先にこの解体した砂漠蟹を俺の空間魔法陣に収納していいか?」

「ああ、今ここで収納していってくれて構わん。この後すぐにお支払いいただくしな」

リカルドの了承を得たラウルは、解体した砂漠蟹を全て己の空間魔法陣に収納していく。

テキパキポイポイー、と収納していくラウルの横で、リカルドがラウルに囁く。

「なぁ、もし執事の仕事を辞めたらうちに来ねぇか? あんたなら立派な砂漠蟹職人になれるぜ?」

「ありがたいお誘いだが、遠慮しとく。俺はあの屋敷で料理人兼執事として暮らすのが一番性に合ってるんだ。それに……」

「それに?」

ラウルが親指を立てて、クイッ、と後ろを指差す。

その仕草に、リカルドは「ン?」とラウルの親指が指し示す方向に振り返る。

するとそこには何と―――怒りのオーラに満ち満ちたライトが、ワナワナと小刻みに震えながら立っていた。

怒りに打ち震えるライトから、今にも 射殺(いころ) されそうな鋭い視線と『ズギャガガガドゴゴゴ……』という地の底から沸き上がるようなドス黒いオーラが陽炎のように揺らめき立ち上る。

ライトから発せられるそのあまりにも凄まじい圧に、リカルドはヒッ!という小声とともに震え飛び上がる。

「リカルドさん!うちのラウルはあげませんからねッ!」

「ヒッ!……あ、ああ、いやいや、すまんかった、雇い主の前でしていい話じゃなかったな」

「ホントですよ!ていうか、ぼくのいないところで話してもダメですからねッ!」

「わわわ分かった!本ッ当ーーーにすまんかった!」

慌てて謝り倒すリカルドに、鼻息荒くプンスコと怒るライト。

ライトがここまで怒りを 露(あら) わにするとは珍しい。滅多にないことだ。

その原因は言うまでもなく、たった今ライトの目の前で起きたリカルドによるラウルのヘッドハンティング未遂。

うちの大事な執事を取られてなるものか!というライトの強い拒絶の現れである。

そこまで慕われては、ラウルとて悪い気はしない。

もっともラウルとしても、超ホワイト職場である今の仕事を辞するつもりなど毛頭ない。だが、それでもこうして自分を慕って引き留めてくれる存在がいるというのは、何とも嬉しいことだ。

ライトとリカルドがキーキーやり合っている横で、ラウルは自分の濡れた服や足元に洗浄魔法をかけながらライトに声をかける。

「小さなご主人様よ、そんなに怒らんでもいい。誰が何と言おうと、俺は今の暮らしを変えるつもりはない」

「…………ホント?」

「ああ。今以上に満ち足りた待遇を与えてくれる職場なんて、他にある訳ないだろう?」

「ん……まぁね」

「そういうことだ」

ラウルは軍手を外し、両手を水洗いしながら空間魔法陣からタオルを取り出し手を拭いてライトの頭をくしゃくしゃと撫でる。

ラウルに頭を撫でながら宥められたライトも、だんだんと落ち着きを取り戻していく。

「ぃゃー、本当にすまんかった。ここまで有能な人材は初めてだったもんだから、つい思わず口説いちまった」

「まぁな、俺様が超絶有能な人材であることは認める」

「うん、ラウルの自己肯定力ってホントにすごいよね」

「いやー、俺の人生の中で今日が最もたくさん褒められた日かもしれんな!ハッハッハッハ!」

砂漠蟹の解体の腕前を始めとして、リカルドやライトにモテまくったラウル、実にご機嫌である。

もっともライトの最後の言葉には、褒め以外の成分も若干含まれているような気がするが。多分気のせいであろう。キニシナイ!

ラウルのご機嫌な高笑いとともに、三人は解体作業場を後にして事務所兼住居の方に向かっていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて、お会計の方だが。中サイズの砂漠蟹丸ごと一匹20000G、そこから前金5000Gを差し引いて15000G。ここからさらに解体手数料無しの割引分と、その他諸々サービスして13000Gだ」

リカルドは事務室の棚から台帳を取り出し、パラパラとページを捲る。

ライト達の注文項目を見つけ、そこにペンで数字を書き込みながら代金の内訳詳細を語っていくリカルド。

そうして最終的な砂漠蟹の支払い金額は13000Gとなった。

「13000Gな、承知した」

「毎度ありー!今お茶を出すから、少し待っててくれな」

ラウルが空間魔法陣から財布を取り出し、金額分の金貨や銀貨を出してリカルドに渡す。

金貨一枚と銀貨三枚を受け取ったリカルドは、明るい声で代金の硬貨を手持ち金庫のような小箱に仕舞ってからお茶の準備を始めた。

何はともあれ、これでライト達の砂漠蟹の買い付けは無事完了である。

リカルドから差し出されたお茶を飲みながら、ほっと一息つくラウルとラウル。

お茶はさすがに普通の煎茶だが、お茶請けのカニせんべいが風味豊かで実に美味しい。カニの香ばしさと旨味がたっぷりで、お茶とともに一枚、もう一枚、と食べる手が止まらない。

「このおせんべい、すっごく美味しいですね!これもネツァクの名産品なんですか?」

「ああ、これも隠れた名産品というか、砂漠蟹を用いた街おこし土産だ」

「どこのお店で買えるんですか?」

「土産物屋なら大抵置いてあるし、何なら冒険者ギルドの売店でも売ってるぞ」

「そしたら帰りに寄った時に買えるね!」

「おう、帰りがけにいくつか買っていくか」

カニせんべいが気に入ったライトとラウル、早速帰りがけに購入していくことを決意する。

というか、このサイサクス世界の冒険者ギルド売店は何故にこうもラインナップ豊富なのだろうか。特に地元の名産品の取り扱いが多いあたり、ある意味地場産業センターのような役割も果たしているのか。

ネツァク土産のカニせんべい購入が確定したところで、ライトはリカルドに一つ質問をした。

「ところで、この砂漠蟹って部位別に購入することはできるんですか? 例えば爪だけ欲しいとか、脚を二本欲しいとか……」

「あー、そういうバラ売りは市場での購入になるな」

「そうなんですかー。まぁそうなりますよねー。そしたら、甲羅や殻なんかの食べられない部分ってのはどうなります? やっぱりゴミとして処理されちゃうんですかね?」

ライトの問いは『今後どうやって砂漠蟹を素材として確保するか』を見据えた質問である。

今回は食材ということでラウルを巻き込んで入手したが、今後イベント等のために砂漠蟹の素材を入手する度に丸ごと一匹を買い付けるのは難しいだろう。

いや、やってできないことではないが、それでも効率としては甚だ悪い。ライトとしては今後を見据え、何とか効率良く部位毎に入手できる方法を模索せねばならなかった。

「んー、確か殻の処理は冒険者ギルドの依頼掲示板に貼り出されてたと思うが……坊っちゃんも面白いことを聞くねぇ、殻なんて何に使うんだい?」

「学園での課題や工作に使えたらいいかなー、と思いまして」

「あー、工作ね。それなら分かるな、何か面白ぇもん作れそうな気がする」

「ですよね!それに、蟹の殻は肥料にもなる、と何処かの本にも書いてありましたし」

「何ッ!?それは本当か、ライト!?」

ライトは殻入手の理由に工作や肥料を挙げたが、ライトの『蟹の殻は肥料にもなる』という言葉に何故かラウルが俄然食いついた。

ラウルの勢いに、思わずビビりながら「う、うん」と答えるライト。

「俺、近いうちにラグナロッツァの屋敷の庭で家庭菜園を始める予定なんだ。そこにどんな肥料を撒くか悩んでいたんだが、そうか……今日買い付けた砂漠蟹の殻を有効活用すりゃいいってことだな!」

「う、うん、そうだね……」

「お客さん、料理や執事だけじゃなく農業まで始めるんか……首都のお屋敷に仕える執事ってのは、本当に何でもできる人でなきゃ務まらんのだな……」

そういえばラウル、生誕祭の時に家庭菜園始めたいとか言ってたな……まぁあの屋敷もそこそこ敷地広いから、家庭菜園以上のことができそうだけど。

でも、ラウルのことだから放っておいたら庭全部に野菜植えちゃいそうだ……さすがにそれは避けたい、あすこ貴族街だしお隣さんの目もあるし。そこら辺ちゃんと先に話し合っておかないと……

ラウルの勢いに気圧されつつも、ライトは内心あれこれ考える。

そしてリカルドもまた、彼の中の執事像が激しくおかしな方向に捻じ曲かってしまっている。ラウルのような執事が他にいる訳ないのだが、ここまで捻じ曲げられてしまってはもはや手遅れかもしれない。

食べるだけでなく殻まで有効活用できる砂漠蟹、その有用性を知ってご機嫌のラウル。

キラッキラに輝くラウルの明るく眩しい笑顔を、ライトとリカルドはただただ眺める他なかった。