作品タイトル不明
第395話 炎の洞窟調査・二回目
その日ライトとレオニスはアレクシスに晩餐の誘いを受け、晩の食事をともにした。
晩餐中は当たり障りのない会話で、和やかな空気のまま美味しい食事をいただくライトとレオニス。アレクシス曰く『明日の英気を養ってくれたまえ!』との計らいにより、パイアステーキなどの豪華なメニューに舌鼓を打つライト達。
晩餐前にレオニスが手土産としてアレクシスに渡した、ラウル特製の苺のタルトがデザートに出てきた時にはアレクシス一家全員が大喜びしたのは言うまでもない。
晩餐の後は風呂にも案内されて、これまた晩餐同様ありがたくお言葉に甘えることにする。
「ふぅー、気持ちいいー……こんなに大きなお風呂、ぼく生まれて初めて!」
「俺も初めてっつーか、そもそも貴族の家に泊まること自体が初めてだからなー」
「ウォーベック家の人達って、皆優しくて気さくだからつい忘れちゃうけど。こういうの見ると、本物の貴族なんだって思うよねぇ」
「だなー」
のんびりと湯に浸かりながら、炎の洞窟で散々かいた汗を流し疲れを癒やすライトとレオニス。
その広々とした浴室は何とも贅沢で、ウォーベック家が侯爵位に恥じない高位貴族であることを改めて思い知る。
「レオ兄ちゃん、明日は何時に行く?」
「明日も朝早いうちの方がいいな。朝食出される前に出かけるか」
「じゃあ六時とか?」
「そうだな、洞窟の探索に時間かかるかもしれんし」
「そしたら今日は早く寝ないとねー」
二人で同時に風呂から上がり、風呂の入口のすぐ傍で待機していた執事の一人に、翌朝は早朝に出立するので自分達の分の朝食は不要の旨をレオニスが伝える。
ライト達に用意された部屋に戻り、明日に備えて二人とも早々に就寝した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日早朝。
五時半に起きたライトとレオニスは、身支度を整えて家人が目を覚まさないようにそっと領主邸を出た。
二月初旬の早朝ともなればかなり冷え込むものだが、ここプロステスに限ってはそれは当てはまらない。とても真冬の早朝とは思えない温かい空気である。
プロステスの門を出て、昨日と同じ道を歩きながら炎の洞窟に向かうライトとレオニス。道中では朝食代わりのプロテインバーを齧りながら、腹を満たしていく。
プロテインバーとぬるぬるドリンク、それぞれを手に持ちながら歩き食いするのは非常にお行儀が悪いが、ライトだけは『何かちょっと冒険者っぽいかも!』と内心テンション高めなのはナイショだ。
歩き食いしながらの道中で、ふとレオニスがライトに問いかける。
「なぁ、ライト。昨日の話なんだが」
「うん、なぁに?」
「洞窟全体に状態異常をかけている、何らかの異変があるかもしれないって話になっただろ?」
「うん」
「それってもしかして……穢れと同じようなものか?」
レオニスがいきなり核心を突いてきた。
穢れ―――それは八咫烏の里を襲撃し、長の子マキシに植え付けられ百年以上もの間マキシの魔力を奪い続けた悪辣な呪い。
あの場にはアレクシスもいたため、穢れのことは黙っていたレオニス。だが『まるで呪いをかけられたような……』と口にした時点で、レオニスの頭の中にも穢れのことが思い浮かんでいたのだ。
「それはこれから調べてみないと分からないけど……でも、その可能性はそれなりに高そうだよね」
「ああ……炎の洞窟全体に異変を起こすような、大規模な呪いじみたことを仕掛けられるのなんて、穢れを世界中に撒き散らせる四帝くらいのものだ」
レオニスがため息をつきながら肯定する。
ライトが語った仮説はあくまでも推測であり、それを裏付ける証拠はまだ何一つ得てはいない。
だが、炎の洞窟の常軌を逸した異常事態、それを意図的に引き起こせる存在となると数が限られてくる。
そしてその中で最も有力なのは、穢れという悪辣な呪いを仕掛けた張本人、廃都の魔城の四帝だった。
「しかし、そうなると……穢れを見つけ出すのは相当難しいだろうな……」
「うん……フェネぴょんなら感じ取れるだろうけど、フェネぴょん以外の人が穢れを感知できるかどうかも分かんないよね」
レオニスが考え込みながら呟く言葉に、ライトも即座に同意する。
かつて八咫烏マキシの中に巧妙に隠された穢れを看破し、その後見事に打ち破ったのは稀代の天才大魔導師フェネセンである。
それ以外の者は、マキシに潜む穢れという存在にすら気づくことができなかったのだ。
「だが、とにかくやってみなきゃ分からん。より慎重に観察して、少しでも異変らしきものを見つけ出す努力をしなきゃな」
「そうだね。ぼくもマントの内側にラペルピンをつけておくよ。穢れに反応するかどうかは分からないけど、つけておけば何かに反応するかもしれないし」
「それがいいな」
話をしているうちに、炎の洞窟の入口手前まで辿り着いたライトとレオニス。
二人は一旦足を止め、ライトはアイテムリュックからラペルピンを取り出して上着の胸元に装着する。
このラペルピンは八咫烏の羽根がモチーフについていて、さらにはフェネセンの強力な破邪魔法付与されている特別な品だ。
その破邪効果は凄まじく、ラグナ教に潜んでいた悪魔の変身を打ち破りその正体を暴露させた程である。
穢れに対しても反応するかどうかは不明だが、その破邪の力は邪悪な存在が装着者に近づいた時に発生するので、もしかしたら穢れにも効く可能性はある。
炎の洞窟の入口の前に立ち、レオニスが空間魔法陣から魔物除けの呪符を十枚ほど取り出し、全てをマントの内ポケットに収納してから一枚だけ改めて取り出す。
その一枚を真ん中から真っ二つに破り、魔物除けの効果を発動させた。
「マントに魔力は通したか?」
「うん、今通したよ。……あ、飴も口の中に入れておかなくちゃ」
「準備はできたな。さぁ、行くぞ」
「うん!」
マントに魔力を通し、MP補充のための飴を口に含むライトとレオニス。茹だるような熱気の炎の洞窟に入って調査活動するために、マント内の適温化とその持続は絶対に欠かせない対策だ。
準備万端整えたライトとレオニスは、炎の洞窟に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
炎の洞窟内を、静かに下っていくライトとレオニス。
昨日は洞窟に入ってすぐに数多の魔物達に取り囲まれたが、今日は魔物達が全く現れない。魔術師ギルド謹製の魔物除けの呪符が効いているようだ。
呪符の効果を体感した二人は、心の底から安堵する。昨日のようにたくさんの魔物に囲まれていたら、調査するどころの話ではなくなるからだ。
雑魚魔物だけでなく、厄介な禍精霊【炎】も出てこないというのは非常に良いことだ。戦闘に割く労力を、全て調査に向けられるということなのだから。
レオニスは地図を片手に、昨日行こうとしていた最初の分岐点のハズレルートから調査していくことにした。
しばらく進んでいくと、突き当たりとなって行き止まりになる。少し開けた空間になっており、壁の数ヶ所から炎が噴出していて明かりには全く困らない。
洞窟特有のゴツゴツとした岩肌の壁を眺めながら、二人で手分けしてじっくりと調べていく。
ちなみにこの岩肌に直接触れるのは大変危険そうなので、直接手を触れたりすることは絶対にしない。ところどころ炎を噴いてる壁を不用意に触ったら、すぐに火傷しそうだ。
「ここには特に何もなさそうだな」
「うん」
「じゃ、さっきの分岐点に戻るか」
「はーい」
この行き止まりの場所には特に何もないことを確認したレオニスは、手に持った地図に鉛筆でバツをつける。
そして二人は再び先程通った分岐点に戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
分岐点から本筋に進み、ハズレルートがある度にそこからチェックしていくライトとレオニス。いわゆる『虱潰し』というやつで、行き止まりで何もないとされる道でも一度は全てチェックしておいた方が確実なのだ。
また、ハズレルートだけでなく本筋ルートの壁もゆっくりとした足取りで注意深く観察しながら進んでいく。時間をかけて進むので、途中で魔物除けの呪符の効力時間が切れて雑魚魔物に襲いかかられもしたが、レオニスが瞬時に倒して即座に次の呪符を取り出し発動させて蹴散らす、の繰り返しである。
三つ目の分岐点に辿り着いたところで、レオニスが本日五枚目の魔物除けの呪符を取り出し破いて発動させる。
これが五枚目の呪符ということはそれまでに四枚分の時間、炎の洞窟に入ってから二時間が経過したことになる。
「ここで一旦引き返して外に出るか」
「うん、分かったー」
「まだ距離的にはそんな奥まで入ってないからな、帰りは観察しながら少し早めに歩いていくぞ。途中で呪符の効果が切れても新しい呪符は使わずに倒しながら抜ける。改めて魔物の様子見もしておきたいからな」
「了解ー」
帰りは行きよりも数段早目の徒歩で戻る。
一つ目の分岐点を過ぎたところで呪符の効果が切れたようで、その瞬間からすぐにマンティコアやレッドスライムに襲いかかられたが、レオニスの大剣で難なく薙ぎ倒していく。
魔物達の執拗な追跡を振り切り、入口の外に出たライトとレオニス。
こうして二度目の調査も無事帰還した二人だった。