軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第393話 禍精霊【炎】との戦い

禍精霊【炎】―――それは炎の精霊と酷似した魔物だが、炎の精霊とは別種として扱われる。

姿形こそ炎の精霊と似ているものの、ところどころ違う点がある。どちらも幼児体型で一見愛らしい姿をしているのだが、通常の炎の精霊はぽややーんとした雰囲気であるのに対し、禍精霊【炎】は目が釣り上がりギラギラとしていて、口は常に三日月状を描き不気味な笑みを湛えている。

その狂気に満ちた禍々しい笑顔こそが、禍精霊と名付けられた所以である。

そんな禍々しい精霊が、今ライトとレオニスの目の前に立ちはだかる。

赤い髪は業火の如く全方位に燃え広がり、目は極限まで見開かれ、耳まで裂けんばかりの口からはケタケタケタケタ……と狂気じみた哄笑が途切れることなく洞窟内に響き渡り続ける。

そして通常の炎の精霊には見られない、身体中に浮かぶ刺青のような紋様が禍精霊【炎】の異様さ、禍々しさをより際立たせていた。

「ライト、危ないから壁際まで下がってろ」

「う、うん、分かった!」

レオニスの指示通り、ライトはレオニスから離れて急いで近くの洞窟の壁際まで退避する。背後にライトを置いたままでは、如何にレオニスでも全力を出して戦うことなどできない。

目の前にいる禍精霊【炎】には、全力を以って当たらねばならない。レオニスもライトも瞬時にそう判断したのだ。

しばし無言のまま対峙する、レオニスと禍精霊【炎】。

先に動いたのは禍精霊【炎】だった。

キャァァアアアアァァアアッ!!という絹を裂くような叫び声とともに、禍精霊【炎】の炎の髪がレオニス目がけて矢の如く襲いかかる。

レオニスは自分に向かってくる炎の髪を大剣で迎撃し、その全てを切り裂いていく。

切れども切れども、途切れることなく攻撃し続ける禍精霊【炎】の炎の髪。四方八方からものすごい勢いで無尽蔵にレオニスに襲いかかる炎の髪を、レオニスはひたすら大剣で防ぎ続ける。

ライトの目には両者は拮抗、もしくはレオニスが防戦一方で押されているようにも見える。

レオニスと禍精霊【炎】の戦いをただ見守るしかないライトは、脳内で必死に考えを巡らせていた。

『禍精霊【炎】、怖過ぎるだろ!何であんな怖ぇんだよ!』

『そりゃこの世界、ゲームじゃないけども!現実世界として存在してるけど!それにしたって怖ぇよ!』

『つーか、あれ本当に普通の禍精霊【炎】だよな!?まさか未知の新種の上位種なんてことはないよな!?』

内心でかなり怯えつつ、必死で堪えるライト。

ラグナ教に潜んでいたグレーターデーモンや、オーガの里の襲撃事件の際に遭遇した屍鬼将ゾルディスとの対峙の時もそうだったが、明確な悪意や殺意、狂気といったものを向けられることにライトは未だ慣れていなかった。

画面越しに眺めるゲーム風景とは違う、生々しくも禍々しい憎悪。それらを直接ぶつけられる怖さを、改めてその身を以って知るライト。

足はガクガクと震え、ともすればその場にへたり込んでそのまま腰を抜かしてしまいそうだ。

だが、ライトとてこんなところで腰を抜かす訳にはいかない。

目の前で魔物と戦うレオニスや父グランのように、将来は立派な冒険者になると心に誓ったのだ。

冒険者になれば、魔物からの威嚇や悪意を浴びることなど日常茶飯事になるだろう。今日はそれに慣れるための練習だ!修行だ!予行演習なんだ!ライトは必死に己にそう言い聞かせ続けた。

これは予行演習、予行演習、予行演習、強い魔物に慣れるための修行、修行、修行……目の前で狂気と悪意を撒き散らす禍精霊【炎】をじっと睨みつけながら、ライトは己の心の内で何度も何度も繰り返し唱える。

自己暗示の成果が出てきたのか、ようやく少し落ち着いてきたライト。

気を取り直して、改めて禍精霊【炎】のステータスデータを『アナザーステータス』で見てみることにした。

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【名前】禍精霊【炎】

【レベル】125

【属性】火

【状態】狂乱

【特記事項】第二類特殊警戒指定種

【HP】31000

【MP】15900

【力】1590

【体力】1570

【速度】500

【知力】1460

【精神力】1500

【運】50

【回避】240

【命中】820

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『うッはぁ……何このステータス……信じられん』

『やっぱ状態異常が狂乱で、特記事項つきか……もともと禍精霊【炎】って、BCOでもレアモンスター扱いだったもんな。この特記事項は一応禍精霊【炎】のもので間違いはないが……』

『しかし……洞窟入ってすぐ禍精霊【炎】と鉢合わせるとか、冗談抜きで洒落ならん……何故か他の雑魚魔物も、全部狂乱状態だし』

『こんなんどうすりゃいいんだ……このままじゃ、奥に入るどころか数歩先に進むことすら無理ゲーじゃねぇか!』

禍精霊【炎】のステータスを見たライトは、半ば呆然とする。

HPMPともに五桁を超えるなど、もはや立派なダンジョンボスクラスである。

だが、この禍精霊【炎】はダンジョンボスではない。出没頻度の低いレアモンスターではあるが、あくまでも中ボス的な位置づけだ。

そしてダンジョンボスでもない中ボスクラスの魔物が、こんな入口付近で遭遇すること自体が異常事態にして大問題であった。

ライトがつらつらと考えを巡らせているうちに、レオニスと禍精霊【炎】の戦闘に少しづつ変化が起きていた。

最初のうちこそ両者拮抗していたかのように見えたが、ライトがふと見上げた時にはレオニスの方がかなり押していて優位になっていたのだ。

禍精霊【炎】の炎の髪による攻撃も徐々に弱まっており、その勢いが衰えているのが目に見えてライトにも分かる。

一方レオニスの剣捌きは衰えることなく、むしろその勢いは増していっているようだ。

禍精霊【炎】の勢いが最初の半分程度に低下した時、レオニスが一気に勝負に出た。

「ハアアァァッ!」

レオニスの気合い十分の斬撃が縦一閃に走る。その斬撃をまともに受けた禍精霊【炎】は、叫び声を上げる間もなくサァァァァ……と霧散した。

禍精霊【炎】との戦闘に決着がついてから、十数秒ほどその場に待機するライトとレオニス。禍精霊【炎】が完全に消え去ったことを確認したライトは、急いでレオニスのもとに駆け寄った。

「レオ兄ちゃん、大丈夫!?」

「ああ、心配すんな。どこも怪我してはいない」

「そっか、良かった……」

「さ、今のうちにとっとと洞窟を出るぞ。また禍精霊【炎】や他の魔物に囲まれたら厄介だ」

「あ、うん!!」

冷静沈着なレオニスの言葉に、ライトも慌てて同意する。

二人はさっき歩いて入ってきたばかりの洞窟入口に向かって走り出した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

炎の洞窟の入口を出て、すぐ横の岩肌に背を凭れながら座り込むライトとレオニス。

炎の洞窟の魔物達は洞窟の外に出ることはないので、一歩でも洞窟の外に出てしまいさえすれば一安心だ。

ハァ、ハァ、と少し上がった息を整えるライト。一方のレオニスは、禍精霊【炎】との激しい戦闘の後にも拘わらず息も切らさず平然としている。

ここら辺はさすがに体力の違いが如実に出るところだ。

それぞれ空間魔法陣やアイテムリュックからエクスポーションやハイポーションを取り出し、二人して飲み始める。

「ハァ、ハァ……炎の洞窟、何かすごいことになってたね……」

「ああ……異変が起きているとはウォーベック侯爵からも聞いてはいたが、まさかこれ程とはな……」

「レオ兄ちゃん、これからどうする?」

「このままじゃ、苦戦を強いられるのは間違いない。一旦プロステスに戻って、新たに対策を練らなきゃならんな」

「だよね……」

今回の炎の洞窟の調査探索をするにあたり、レオニスとて決して舐めてかかった訳ではない。装備も新調してアイテム類も十分に補充して、準備万端整えて挑んだつもりだ。

だが、ライトやレオニスの予想をはるかに上回る不測の事態が炎の洞窟内で起きていた。

事前に聞き及んでいた禍精霊【炎】のみならず、まさか他の通常の魔物達まであそこまで強くなっているとは、想定外にも程がある。

今の状態で間を置かずに再び炎の洞窟内部に突入するのは、無謀以外の何物でもない。新たにアイテムを用意するなり対策を考えてから出直さなければ、それこそ命がいくつあっても足りない。

冒険者とは命知らずな者も多いが、この稼業をしながら長生きしようと思ったらそれなりの慎重さはもちろんのこと、時には潔く撤退する勇気も必要なのだ。

空間魔法陣から取り出したエクスポーションをぐい飲みし終えたレオニスは、空瓶を空間魔法陣に放り込んで立ち上がる。

「さ、じゃあ一度街に戻るか」

「うん」

ライトもハイポーションを飲み終えて、空瓶をアイテムリュックに仕舞いつつ立ち上がる。

二人はプロステスの街に戻るべく、先程来た道を再び歩いていった。