軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第377話 素のナディア

二日後の水曜日。

いつものように、ラグーン学園に通うためにカタポレンの森の家からラグナロッツァの家に転移するライト。

その日ライトは学校の帰りに寄り道したいところがあるので、学園に行く前にラウルを呼び出す。

「ラウル、おはよーう」

「小さなご主人様、おはよう」

空(くう) に向かってその名を呼べば、数瞬のうちに何処からともなくラウルが現れる。

「ねぇラウル、今日は水曜日だけどペレ鍛冶屋さん行く?」

「ああ、今日も研いでもらった包丁を受け取りに行く予定だが」

「そしたらさぁ、お出かけついでに午後の四時頃に翼竜牧場に来てもらえる?ぼくはラグーン学園から翼竜牧場に直行するから」

「ビッグワームの大顎をもらいに行くのか?」

「うん。それもあるけど、他にもシグニスさんに頼んでおいたものがあるんだー」

「そうか。んじゃとりあえず午後四時に翼竜牧場に集合な」

「よろしくねー」

そう、ライトはそろそろ翼竜牧場でイノセントポーションの原材料である地虫の大顎を仕入れたいと考えていた。

さらに言えば、以前シグニスに依頼しておいた黄大河の原水が入手できたかどうかも確認したい。これが入手できなければ、クエストイベントが止まったまま進められないのだ。

「あ、ラウル、シグニスさんに頼んだもののことなんだけどさ。そのお礼は何がいいか聞いたら『ラウルの作ったご馳走』って言われたんだけど、何か美味しいもの用意してもらえる?」

「ほほぅ。仕事の報酬に俺の料理をご指名とは、あの兄ちゃんもなかなか見どころがあるな」

黄大河の原水の報酬についても、前もってラウルに相談するライト。

シグニスの希望する報酬が自分の作る料理だと聞き、ラウルも満更でもなさそうな表情で頷いている。

「前に翼竜籠で巌流滝まで行った時に、お昼ご飯いっしょに食べたでしょ?『すんげー美味くて感動もんだったぜ!』って、シグニスさん言ってたよー」

「そうかそうか、じゃあ今回も俺様の料理で大いに感動させてやらなくちゃな」

「うん、バスケットいっぱいに美味しいもの用意してね!」

「おう、任せとけ」

「じゃ、いってきまーす!」

「気をつけてなー」

シグニスへの報酬も確保できたことに、ライトは安堵しつつラグーン学園に向かった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

午後三時半を少し回った頃。

ライトはその日の授業を無事終えて、予定通りラグーン学園から翼竜牧場に直行していた。

「こんにちはー」

「いらっしゃいませー!……あ、ライト君、こんにちは!」

待合室があるターミナルの中に入ると、受付窓口に座っているナディアが元気な挨拶で来客を迎え入れる。

ハキハキとした溌剌な声ににこやかな笑顔、ピョコンと動く黒い猫耳がまた可愛らしい。正真正銘ナディアはドラグエイト便の看板娘である。

「先日の生誕祭では、約束通り当牧場に遊びに来てくださりありがとうございました!」

「いえ、こちらこそとても楽しかったです!来年もふれあい広場に行きたいです!」

「是非ともまた来年もいらしてくださいね!」

アクシーディア公国の建国を祝う生誕祭、その初日に翼竜牧場が無料開放で開催している『翼竜わくわくふれあい広場』を訪れたのは記憶に新しい。

特に餌やり体験がとても楽しくて、20Gの有料販売の餌を結局十回分も買ってしまったのは良い思い出だ。

「ところで本日はどういったご用件でしょう?ビッグワームの大顎ですか?」

「はい、それもあるんですけどシグニスさんはいらっしゃいますか?」

「兄ちゃんでしたら、今頃翼竜達におやつを与えている頃ですよー。牧場の方にいるはずですので、声をかけてみてください!」

「分かりました、ついでに大顎もいただいていきますねー」

シグニスは牧場の方にいると聞き、ライトは早速牧場に向かう。

すると、牧場のとある一ヶ所に翼竜達が集まっている場所がある。それは前に見た餌置き場の近くで、どうやらそこで翼竜達におやつを与えているようだ。

「シグニスさん、こんにちはー」

「……ん?おう、ライトか!ちゃーっす!」

翼竜達が三時のおやつのビッグワームを、それは美味しそうにもっしゃもっしゃと食べている。その横で、リヤカーからせっせとビッグワームを下ろしているシグニス。

ライトに声をかけられ、振り返ったシグニスが人懐っこい笑顔でライトに挨拶を返した。

「お仕事ご苦労さまですー。今ここでお話しても大丈夫ですか?」

「あー、あと一回リヤカー運びすればおやつ終わるから、そこでちょっとだけ待っててくれるか?」

「分かりましたー」

シグニスの指示に従い、その場でおとなしく待機するライト。

まだ翼竜を触れるほど翼竜達からの信頼は得ていないが、それでもそこそこ近い距離から翼竜を眺めるだけでも楽しい。

先日の生誕祭の飛行ショーで観た飛竜や鷲獅子も格好良かったけど、翼竜だって十分格好良いよなー。翼竜牧場に就職する気はないけど、いつか翼竜に乗れたらいいなー。

そんなことを考えながらのんびり待っていると、おやつを運び終えたシグニスがライトのもとに来た。

「お待たせー!今日はアレか?前に頼まれた黄大河の水か?」

「はい、それも聞きたくて来たんですが、どうでしょう?」

「おう、こないだちょうど黄大河の上を飛んだから、約束通り空き瓶十本分の水を汲んで来たぜー」

「ありがとうございます!」

「瓶は俺のロッカーに入れてあるから、ターミナル行こうか」

「はい!」

二人揃って歩きながらターミナルに向かう。

ライトがシグニスに黄大河の原水採取を依頼したのは十日ほど前だが、実際はその間に生誕祭があったのでシグニスもさぞ忙しかっただろう。なのに、ライトの依頼を既に達成しているとはさすがシグニスだ。

ターミナルの中に入り、シグニスはロッカーに向かいライトは待合室で待機する。

すると、そこにラウルが外側入口から入ってきた。

「あっ、ラウル!来てくれてありがとう!」

「おう、ライト。もう来てたのか」

「うん。今ちょうどシグニスさんに頼んでおいたものを持ってきてもらうところなんだ。ラウルももうペレ鍛冶屋さんに寄ってきたの?」

「ああ、今日は先週研ぎに出した刺身包丁を受け取ってきて、そしてまた三徳包丁を新たに研ぎに出してきたところだ」

相変わらずラウルはペレ鍛冶屋にて週に二回、包丁研ぎの依頼を継続しているらしい。

ラウル、一体どんだけ包丁持ってんの?と思うが、一つ研いだら他のものも全部綺麗に研ぎに出したくなる気持ちは分からんでもない。

そんな話をしていると、ロッカーの方に行っていたシグニスが待合室に戻ってきた。

「ライト、お待たせー。……お、ラウルの兄さんじゃないか、お久しぶり!」

「おう、久しぶり。今日はライトの依頼の報酬に俺の料理をご指名いただいた、と聞いてな。ご希望の品を持ってきたところだ」

「えッ? 何ナニ、ホントにラウルの兄さんの料理くれるの? ウッソ、マジ? やったー!」

ラウルと挨拶を交わしがてら、黄大河の原水の報酬にラウルの料理をもらえると聞いたシグニスが飛び上がらんばかりに大喜びする。

「あれ、半分冗談のつもりで言ったんだけどな。本当に持ってきてもらえるとは思わなんだよ。ぃゃー、ダメ元でも言ってみるもんだな!本当に嬉しいよ、ありがとう!……あ、ライト、これ。原水入りの瓶な」

「こちらこそありがとうございます!ラウル、報酬のご馳走を出してもらえる?」

「了解」

どうやらシグニスは、本当に報酬をもらえるとは思っていなかったらしい。仕事中によく通りかかる河に、仕事帰りの休憩ついでにちょこっと寄り道して水を空き瓶に十本詰めて持ち帰るだけの、まさに超簡単な頼みごと。シグニスにとっては片手間もいいところだ。

思わぬ報酬に一頻り喜んだ後、シグニスはふと我に返り依頼品である黄大河の原水入りの瓶十本が入った革袋をライトに手渡す。

ライトはその革袋を受け取った後、ラウル特製ご馳走入りのバスケットをラウルからシグニスに渡してもらった。

「……うおッ、重てぇー!ちょ、こんなにもらっていいのか?」

「ライトの頼みだからな、少しだけ奮発しといた」

「少しだけってレベルじゃなさそうなんだが……でも、ラウルの兄さんの作ったご馳走がたくさんもらえるってんならやっぱ嬉しいな!」

バスケットの重量の予想以上の重たさに、受け取ったシグニスがびっくりしている。そこそこ大きなバスケットだが、ずっしりとしていてたくさんのご馳走が入っていることが伺える。

ライトの依頼というだけでなく、自分の料理を報酬として指名されたことに気を良くしたラウル、口では少しだけと言いつつかなり中身を奮発したようだ。

ただでさえ普段から人懐っこい笑顔のシグニス、さらに喜色満面の笑みを浮かべる。

黒い猫耳はピョコピョコと動き、尻尾はピンと真上に向けて立てている。その言葉通り、シグニスはかなりご機嫌である。

そんな三人の様子が気になったのか、受付窓口に座っていたナディアがいつの間にかシグニスの背後に来てひょこっと顔を出す。

「兄ちゃん、 何(にゃーに) をそんにゃに喜んでるん? 何(にゃーん) か良いことでもあったん?」

「おわッ!ちょ、ナディア、後ろから急に驚かすな!」

「んにゃー、驚かすつもりはこれっぽっちもにゃーよ?」

「お前にゃなくても俺が驚いたんだっての!……つか、お前、言葉、言葉……」

「んにゃ?…………ハッ!」

興味津々で覗き込んできたナディア、思わず普段の地の言葉遣いになってしまったようだ。

それに気づかずシグニスに小声で突っ込まれ、ハッ!と我に返ったナディアの顔がじわじわと紅潮していく。終いには耳の内側の毛の薄い部分まで紅く染まっているのが分かるくらい、見事な茹で猫ナディアの出来上がりだ。

「ぁ、あーら、ぃ、イヤですわァー、ワタクシとしたことがお客様の前でこのような言葉遣いをしてしまうだなんて……オホホホ、申し訳ございませんですぅー!」

ナディアは怪しい言葉遣いでゴニョゴニョと言い訳をした後、ピューッ!とすっ飛んで奥に引っ込んでしまった。

あー、ナディアさんって普段はああいう喋り方なんだー。あれが素の話し方なんだ、可愛らしいなー。でもナディアさんは受付嬢だから、さすがに仕事中はしゃんとした話し方しなきゃいけないよねー。仕事以外の私生活なら、きっとさっきのような可愛い話し方なんだろうな。ちょっと見てみたいかも!

ライトはそんなことを考えながらほっこりとしているが、ナディアの兄であるシグニスはそうはいかない。しばらくポカーンとしていたが、シグニスもまたハッ!と我に返りライト達に謝る。

「……あー、うちの妹がお恥ずかしいところを見せてしまって申し訳ない……」

「ぃゃぃゃ、恥ずかしいなんてそんな大袈裟なことじゃないですよー。むしろ可愛らしいじゃないですか、ね、ラウル?」

「ああ、別に俺達に害を及ぼすもんじゃないし、全く問題ないな」

ライトはほっこり、ラウルはスーン、と二者の間にはかなりの温度差があるが、いずれにしてもナディアを嘲笑うようなものではないことに変わりはない。

「あ、シグニスさん、お水の他にいつもの大顎もいただけますか?」

「あ、ああ、ビッグワームの大顎な。うちではゴミにしかならんものだが、いつも引き取ってもらって助かるよ。ありがとうな!」

「いえいえ、こちらこそ今年からは無料で譲っていただけることになってありがたいです!」

以前は一個につき10Gで買い取っていた地虫の大顎。これからは全て無料で譲ってもらえることになったのだ。

それは生誕祭の間に、ドラグエイト便の会長で最高責任者であるヴルムからもらった書簡でライトに伝えられた。

その書簡は『月に二度、定期的に回収しに来てもらえるのであればビッグワームの大顎を無償で譲る』という旨の書かれた、新しい契約書だったのだ。

ドラグエイト便にとって、地虫の大顎とは本来なら処理費用を払って処分していた廃棄物だ。それを全て無料で一手に引き受けてくれるのだから、ドラグエイト便からしたらライトは経費削減の御使いや天使にも等しい。

ドラグエイト便は廃棄費用を削減できてホクホク、ライトもイノセントポーションの材料のひとつを楽々入手できてホクホク。その見事な利益の一致は、まさに両者Win-Winのお手本のような完璧さである。

「じゃ、早速大顎持っていくか? 持っていくのはラウルの兄さんの空間魔法陣か?」

「ああ、俺が持ち帰り担当だ」

「そっか、俺は今いただいたこのご馳走をロッカーに仕舞ってくるから、皆は先に大顎の置いてある倉庫に行っててくれ。俺もこれ仕舞ったらすぐに行くから」

「はーい、先に行ってますねー!」

シグニスはいそいそとロッカーのある奥に行き、ライト達は地虫の大顎が収納されている倉庫に向かう。

こうしてライトは、イノセントポーションの材料のひとつである地虫の大顎をこの先ずっと無料で手に入れることができるようになったのだった。