作品タイトル不明
第360話 唯一の同胞
「……さ、私の用事は済んだし。これ以上ラウルのご機嫌が悪くならないうちにもう帰るわね」
シャーリィがラウルから離れ、溢れる涙を拭いながら笑顔になる。
ラウルに直接お礼を言いたかった、という目標を達成したシャーリィの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
そんなシャーリィに、ライトが残念そうに話しかけた。
「せっかくこうして会えたんだから、もう少しゆっくりしていってくれてもいいのに……ああ、でも『暁紅の明星』の皆さんも心配してますよね」
「あ、そのことなら大丈夫。私が行く先々で、あちこちフラフラ出歩くのはいつものことだから♪」
「「「…………」」」
ライトがシャーリィを引き留めつつ心配するも、フラフラ出歩くのは常だというシャーリィ。周囲の普段からの苦労が忍ばれるというものである。
玄関まで見送るライト達。外はもうすっかり暗くなり、夜の帳が降りている。
「シャルさん、今日はゆっくりしていってもらえませんでしたけど、今度またうちに来た時にはお泊まりできるくらいゆっくりしていってくださいね!」
「そうですよ、その時は是非ともラウルの手料理を皆といっしょに食べましょうね!」
「うん、それがいいね!ラウルのお料理は世界一美味しいもんね!」
ライトとマキシがシャーリィに声をかける。
その努めて明るく振る舞う声は、先程までの重たい空気を吹き飛ばすかのようだ。
そんな二人とは対照的に、ラウルは呆れたように呟く。
「お前らね……俺の料理の腕をお褒めいただくのは誠に光栄だが、シャーリィだって忙しい身で―――」
ラウルがシャーリィの身を気遣おうとするも、言葉の途中でシャーリィが細く可憐な人差し指を立ててラウルの唇にそっと触れる。
唇に人差し指を当てられたラウル、少しだけびっくりしながら言葉を止める。
「ラウル? 私は人里では『シャル』で通してるって言ったでしょ?」
「……ん、すまん」
「でもね、ラウル。貴方だけは特別に私のことを『シャーリィ』と呼んでもいいわ」
「……いいのか?」
「ええ。だって貴方は外の世界で会える唯一の同胞ですもの」
「!!」
ラウルだけは『シャーリィ』呼びを許すというシャーリィ。
その特別扱いの理由、ラウルが外で会える唯一の同胞だから、というのを聞いたラウルはハッとさせられる。
妖精族プーリアは極度の外界嫌いで知られており、ほとんどの者はその生涯を里の中で終える。プーリア族で里の外に飛び出した者など、正真正銘ラウルが初めてだったのだ。
「私を『シャーリィ』と呼んでいいのは、カタポレンの森でフォレットの木から生まれた仲間と母さん達フォレットの木だけ」
「それ以外の人達には、新しく生まれ変わった私『シャル』と呼んでもらうのがいいの」
「『シャーリィ』と『シャル』、どちらも私であることに変わりはないけれど」
「でも、外の世界で私を『シャーリィ』と呼べるのはラウル、貴方だけなのよ?」
小悪魔のようないたずらっぽい顔をするシャーリィ。
うふふ♪と小さく笑うその笑顔は果てしなく魅力的で、横で見ているライトやマキシまでその色香に中てられてドキドキしてしまう。
もっとも、その微笑みを向けられた当のラウルはドキドキするどころか全く平静なまま、シャーリィを見つめ返しているのが実に小憎らしいところだ。
「そうか……まぁ確かにな。里の外にいるプーリア族なんて、お前以外は俺くらいしかいないだろうな」
「でしょう? 里の外に出る変わり者なんて、貴方と私くらいのものよ」
「そうだな。俺もお前も変わり者だ」
「あら酷い。変わり者度で言えば、私なんかより貴方の方がはるかに上よ?」
自分で変わり者と言っておきながら、ラウルに変わり者と言われて途端にむくれるシャーリィ。これはあれか、『自分で言うのはいいけれど、他人に言われるとムカつく』というやつか。
何とも身勝手な話だが、ぷくー、と頬を膨らませてむくれるシャーリィは絶妙に愛らしくて憎めない。
そんな話を玄関先でしていると、急に空がパァッと明るくなる。
何事かと空を見上げると、ラグナ宮殿側から盛大な花火が上がっていた。生誕祭の締め括りにして終了を告げる合図である。
菊に牡丹、しだれ柳にスターマイン、色とりどりの打ち上げ花火が次々とアクシーディアの空に咲き誇る。
夜空を煌々と彩る数多の花火。それは国家の生誕を祝い、人族の隆盛を誇示するに相応しい華やかさである。
四人はしばし夜空の宴に見入る。
ふとライトが何気なく横を見ると、空に咲く花々の明かりを浴びるシャーリィとラウルの横顔が見える。
ともに並び打ち上げ花火を見入る二人の妖精は、息を呑むほどに美しかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
打ち上げ花火も終わり、再び夜空に暗幕と静寂が戻ってきた。
「……あー、ここでラウル達といいもの見れたことだし、そろそろホントに帰らなくちゃ!」
ンーッ!と腕を上げて、思いっきり背伸びをしながら明るく言うシャーリィ。
名残惜しいのは皆同じだが、それでも別れの時はやってくる。
「じゃあね、ラウル。またいつか会いましょう」
「ああ。シャーリィも元気でな」
「ライト君に、マキシ君。ラウルのこと、よろしくお願いね」
「はい!シャルさんもまた遊びに来てくださいね!」
「もちろんです!シャルさんもお元気で!」
ライトやマキシにも声をかけた後、手を振りながら門扉の方に向かうシャーリィ。
ライトは横で突っ立っているラウルの脇腹を突つく。
「……ラウル。シャルさんを『暁紅の明星』のいるところまで送っていってあげなくていいの?」
「ん?俺が、か?」
「ラウル以外に誰がいるの? ていうか、あんな綺麗な人をこんな暗い夜道に一人で歩かせるつもり?」
「ぃゃ、あいつそこまで弱くはな……」
「黙らっしゃい。ラウル、そこは紳士たるべきです!」
ラウルにシャーリィの護衛としての見送りを促すも、全くその気のなかったラウルはすっとぼけたことしか言えない。
そんなもどかしいラウルに、ライトは業を煮やし檄を飛ばした。
「ほら、シャルさんもう出ていっちゃうよ!早く送っていきなさい!これは命令です!」
「ぉ、ぉぅ、小さいご主人様の命令なら仕方ない、行ってくるわ……」
「仕方なくない、喜んでとっとと行く!」
「うおッ……ィェッサー!」
プンスコとプチ噴火状態のライトが、ラウルを蹴飛ばすかのように背中をグイグイと押し出して見送りを促す。
ライトとともにマキシもいっしょになってラウルの背中を押し出しているので、気の抜けたラウルに抗えるはずもなくどんどん前につんのめっていく。
ライト達に押し出された格好だが、それでもラウルは慌ててシャーリィの後を追っていき、門扉の手前で追いつく。
レディーファーストを重んじる万能執事ラウルがその重たい門扉を開き、シャーリィが嬉しそうに門扉を通って外に出る。
そのまま二人して外に歩いていくのを、ライトとマキシは嬉しそうに見送っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁー。何かいろいろあったけど、とっても楽しい三日間だったね!」
「ええ!僕も人族のお祭りなんて初めてだったので、全てが新鮮ですっごく楽しかったです!」
屋敷の中に戻ったライトとマキシが居間でキャイキャイとはしゃいでいると、レオニスが部屋に入ってきた。
「ただいまー」
「あっ、レオ兄ちゃん!おかえりなさい!」
「レオニスさん、おかえりなさい!お仕事お疲れさまです!」
生誕祭三日目の仕事を終えて帰宅したレオニスを、ライトとマキシが笑顔で迎える。
いつもならここでラウルもいるところなのだが、今はシャーリィを見送りに出ているので不在だ。
ラウルの不在という珍しい事態にレオニスが気づかないはずもなく、不思議そうにライト達に尋ねる。
「ン? ラウルがいないが、どうかしたのか?」
「あ、ラウルはねぇ、生誕祭でお友達に会ってね? そのお友達がここに会いに来てくれて、今その人をおうちまで送るために出かけてるところなんだ」
「ラウルに友達? あの人見知りに、そんないいもんいたのか?」
ライトの答えに、レオニスが壮絶に失敬な感想をダダ漏れさせている。
この場にラウルがいたら『このご主人様も大概失敬だな』と文句を言うところであろう。
「最近のラウルは結構お友達多いよ? 市場の人達とかペレ鍛冶屋さんとか、翼竜牧場の人達とか」
「そうなんか……でもまぁな、友達と呼べる人がたくさんいるってのはいいことだ」
レオニスはそう言いながら、先日のツェリザークでの光景を思い出す。
特製雑煮の大試食会だのあら汁の大盤振る舞いだの、ぬるシャリドリンク伝道師として大活躍するその勇姿は間違っても人見知りができる芸当ではない。
ライトがこのラグナロッツァのラグーン学園に通うようになってから、最も変わったのがラウルだ。
ラウルがライトから受けた良い影響は数知れない。『人見知りで軟弱者』を自称して憚らなかったラウルに、もはや人見知りや軟弱者などという負の面影は微塵も感じられない。
「でね、今日ここを訪ねてきたのはね、ラウルと同じプーリア族の妖精さんだったんだよ」
「何ッ!? あいつ以外の他のプーリアが里の外に出てるってのか!?」
「うん。今日のパレードの神輿に乗っていた、それはもうすっごく綺麗なお姉さん!」
「すっごく綺麗なお姉さん、だとぅ……そんな美女なら俺も会ってみたかったぞ!」
ラウルに会いに来た客人が、ラウルと同じプーリア族の妖精であることにレオニスはまず驚く。プーリア族は基本的に里の外に一歩も出ないことは、レオニスも知っているようだ。
そしてその客人が綺麗なお姉さんだと聞いたレオニス、シャーリィに会えなかったことを心底悔しがっている。
レオニスほどの傑物ならば、美女くらいいくらでも見飽きていそうなものだ。実際レオニスの身近にいるクレア十二姉妹やアイギス三姉妹だって、実はかなりの美女揃いである。
だがそれでも、シャーリィほどの美貌ならば目の肥えたレオニスでも見惚れるに違いない。
「そしたら来年は三日目のパレードを観るために、三日目にお休み取る?」
「そうだなー、今年は二日目に休みを取ったし、それもいいかもな」
「じゃあ来年の生誕祭は、三日目に皆でお祭り観に行こうね!」
今年の生誕祭が終わったばかりなのに、もう来年の生誕祭の予定を立てるライトとレオニス。何とも気の早いことである。
こうしてライトの初めての生誕祭は、たくさんの思い出と楽しさに満ち満ちたものとなったのだった。