作品タイトル不明
第337話 怒れるラウル
ラウルの足跡を頼りに追いかけたレオニスだったが、雪の降りが強くなってきて次第に横殴りのような吹雪の様相を呈してきた。
このままでは、ラウルの足跡すらすぐに消えて追えなくなりそうだ。
「くそっ、このままじゃマズいな……仕方ない、上から見てみるか」
レオニスは上空に飛び、樹々の上から周囲をぐるりと見渡した。
すると、レオニスが今いる場所から少し離れた距離、北北西の方角に黒くて巨大な靄の塊のようなものが浮いているのが見える。
それこそが、スミスが運悪く遭遇してしまったという邪龍の残穢で間違いない。
ラウルは目視ではなく、その高い魔力を駆使した感知能力によって邪龍の残穢の居所を捉えることができる。故にラウルもそちらの方向に真っ直ぐ向かっているだろう。
レオニスも飛行したまま、急いで邪龍の残穢のいる方向に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………」
その頃ラウルは既に邪龍の残穢のもとに辿り着き、思いっきり睨み合いながら対峙していた。
その名に恥じぬ、邪悪な魔瘴気を撒き散らし続ける邪龍の残穢。その周囲も既にどす黒く染まっている。
樹々のみならず、岩から雪から全てのものが黒く汚染された、何とも酷い光景が辺り一面に広がる。その無惨な有り様を見たラウルは、ギリッ、と歯を食いしばりながら忌々しげに邪龍の残穢を睨みつける。
レオニスが急いで邪龍の残穢のいる場所に飛行していく。
遠目からでもその醜悪な姿がはっきりと見えてはいたが、近づくにつれさらに魔瘴気の邪悪なオーラが強まっていくのを肌で感じるレオニス。
そして邪龍の残穢のすぐ近くに、ラウルが対峙しているのも見えてきた。
「ラウル!」
レオニスは邪龍の残穢の意識を自分の方に引きつけるために、敢えて上空から大声でラウルの名を呼んだ。
その思惑通り、邪龍の残穢の視線がレオニスの方に向いた。
『グルアアアアァァァァッ!!』
直接的な声ではない、超音波のような邪龍の残穢の雄叫びが一帯に響く。
その凄まじい衝撃波に、辺りの樹々はおろか雪さえもさらに黒ずみ朽ちるように吹き飛ばされていく。
上空に浮いていたレオニスも、咄嗟に顔の前で両腕を構えて頭部を防御しつつその勢いを相殺したが、それでも少しよろけたほどだ。
もともとラウルはプーリア妖精族だ。妖精だけに腕っぷしはさほど強くなく、ラウル自身も喧嘩や格闘など向かない軟弱者だと常日頃から自称している。
そんなラウルが、邪龍の残穢などという凶悪な魔物に真っ向から勝負を挑んで勝てる訳などない。
だったら今ここで俺の方に向かわせて、俺が直接邪龍の残穢を討ち滅ぼすしかない!!
レオニスがそう考えていた時。突如ラウルの闘気が爆発的に膨れ上がった。
突然の出来事に、レオニスは心底度肝を抜かれて動きが止まる。
「この真っ白な美しい白銀の世界を穢すだけの、ただひたすらに悍ましい存在が……」
「俺の大事な雪を黒く汚す奴は、誰であろうと許さんッ!!」
「貴様は今ここでこの俺が、跡形もなく消し飛ばしてくれる!!」
「おとなしく滅べッッッ!!」
ラウルはその目をクワッ!と大きく見開き、地面を蹴り邪龍の残穢に向かって飛んでいく。全身から発露する膨大な闘気は、レオニスですら圧倒するほどだ。
右の拳を突き上げながら、斜め上真っ直ぐ一直線に飛ぶラウルの勢いは音速を超えるかと思うくらいに凄まじい。そしてそのままとんでもない勢いで、邪龍の残穢の中心部に突撃した。
邪龍の残穢のど真ん中に、躊躇なく特攻したラウル。黒い靄の思念体をドパァァァァン!と容赦なく貫き背面側に飛び出していった。
靄の中心から突貫された邪龍の残穢は、まさに『土手っ腹に大きな風穴』状態になり、なす術なくそのままスーッと霧散していく。
その光景を目の当たりにしたレオニスは、完全に言葉を失い開いた口が塞がらない。
邪龍の残穢を貫いた勢いのまま飛んでいたラウル。レオニスのいる上空よりもさらに高いところまで上がってしまっている。
だが、完膚無きまでに敵を仕留めたことで満足して冷静になったのか、レオニスがいることにようやく気づきレオニスのもとにゆっくりと下りてきた。
「何だ、ご主人様も追いついてきていたのか」
「お、おう……」
「あのジャリュウノザンエってやつ?まあまあ強い魔物のようだけど、大したことなかったな」
「お、おう……」
「それよりこの黒ずんだ雪や樹々は何とかならんのか?浄化する方法があるなら是非とも実行しときたいんだが」
「お、おう……」
目の前で起こったあまりにも衝撃的な出来事に、レオニスは「お、おう……」と呟きながら返事するのが精一杯のようだ。
だがそれは、ラウルからして見れば生返事にしか聞こえない。
「ご主人様よ、どうした?俺の話、ちゃんと聞いてんのか?」
「お、おう……つーか、ラウル、お前……」
「ん?何だ?」
「とんでもなく強くなったね……」
そのまま上空に浮いていても仕方ないので、ゆっくりと地面に降りていくレオニスとラウル。
レオニスの方もようやく思考回路が働きだしたのか、何とか「お、おう……」以外の言葉を紡げるようになってきたようだ。
そんなレオニスの戸惑いまくる様子など一切気にしないラウルは、エッヘン☆とばかりに胸を張りながら答える。
「そりゃそうよ。俺だっていつまでも軟弱者のままじゃないぜ?」
「大神樹のシアちゃんに神樹のツィちゃん、神樹族の強力な加護と祝福をもらったからな!」
「でもまぁ、強くなったからといって積極的に戦闘しようとは思わんがな。俺の本職はあくまでも料理人で、お前んとこの屋敷の執事だし」
フフン☆と鼻も高々に宣うラウルの、何と頼もしき姿よ。かつてカタポレンの森に住んでいた頃に、赤闘鉤爪熊にズタボロ雑巾のように叩きのめされていた貧弱な妖精とはとても思えない勇姿だ。
しかし、ラウルの二足の草鞋である『料理人』と『執事』。どちらが先に来るかと言えば『料理人』の方をまず真っ先に口にするあたり、ラウルが根っからの料理バカであることがよく分かる。
「それだけ強くなったなら、冒険者稼業も普通にやっていけると思うぞ?」
「よせやい。さっきも言った通り俺は料理人で、お前んとこの屋敷の執事しながら気ままに楽しく暮らす方が性に合ってるんだ」
「そうか……ま、俺としてもラグナロッツァの屋敷の維持はこれからもラウルに任せたいしな」
「そういうこと。ラグナロッツァの屋敷で執事の仕事をこなしつつ、料理三昧しながらのんびり過ごす日々。そこにたまぁーにライトの護衛でどこかについて行く、これくらいがちょうどいいのさ」
「そうだな。ラウルにはそれが一番の似合いだな」
レオニスが冒険者稼業でもやっていけると太鼓判を押すも、ラウルは素気無く否定する。
現役金剛級冒険者であるレオニスが太鼓判を押すなど、滅多にあることではない。それだけラウルの実力を認めたということである。
「さ、じゃあツェリザークに戻って冒険者ギルドに討伐完了の報告しに行くか」
「そうだな。さっきのスミス、とか言ったか?あのおっさんが街に無事戻れたかどうかも気になるしな」
「あ、ついでに邪龍の残穢の討伐報奨金の申請もするぞ。倒したのはラウルだから、お前の名前で申請……って、お前冒険者じゃねぇけど、この場合どうなるんだ?」
とりあえずツェリザークに戻ることにしたレオニスとラウル。
その道中で、邪龍の残穢の討伐報奨金の申請をどうするか、はたと悩むレオニス。
ラウルの場合、冒険者登録云々以前に人族ですらないのだ。
獣人族や竜人族が冒険者登録することはちらほらとあっても、妖精族が冒険者になったなどとはレオニスでも聞いたことがない。
サイサクス世界の長い歴史の中でも、妖精族が冒険者として人族とともに歩んだことなど、ただの一例もなかった。
「あー、人族のめんどくせぇあれこれには巻き込まれたかねぇから、そこら辺は全部ご主人様の名前でやってくれ」
「んー、そうだなぁ……冒険者じゃない者が邪龍の残穢を討伐したなんて言っても、おそらく信じちゃもらえんだろうしなぁ……」
「だろう?何なら討伐報奨金とかめんどくせぇこともしなくていいぞ?」
確かにレオニスが懸念する通り、冒険者ではない者が邪龍の残穢を倒した、と言っても俄には信じられない話だ。
それほどに邪龍の残穢は脅威であり、並大抵の者では倒すことなど敵わないのだ。
だが、ラウルにしてみればそんな事情など知ったことではない。人族の柵やら面倒事なんぞまっぴらごめんだ、といった表情でラウルが言い放つ。
確かにラウルにとっては、自分とその周りの大事な者達さえ平穏無事ならそれでいいのだ。お金を得るための面倒な手続きや何やらに煩わされるのは、自由きままに生きていきたいラウルにとって本意ではないだろう。
そんなラウルに対し、レオニスは心配そうな顔でラウルの顔を覗き込む。
「ぃゃ、あれ結構な額出るよ?それこそお前の大好きなぬるシャリドリンクの100本や200本、軽ーく買い占めることもできr」
「絶対申請しといてくれ」
「ラウル……お前ってさぁ、ホンット現金だよね……」
「おう、そんなに褒めてくれるな、照れるじゃねぇか」
「褒めてねぇし……」
「代理申請の手数料は二割にはずむから、よろしく頼むなご主人様!」
「へいへい、承りましたでございますよ」
ラウルの手のひら返しのあまりの素早さに、レオニスは呆れながら突っ込むもそのツッコミはラウルには届かない。むしろ褒められた!と勘違いしてラウルが照れるほどだ。
ぬるシャリドリンクの買い占めができると知り、上機嫌でレオニスの肩に腕を乗せて肩を組むラウル。
相変わらず現金で、でも憎めない妖精である。
そんな憎めないラウルに、レオニスが代理申請を苦笑しながらも引き受ける。邪龍の残穢を討伐したのはラウルの手柄だし、本当なら手数料も要らないとレオニスは思っているのだが。それを言うとラウルがさらに調子づきそうなので、敢えて黙っておく。
邪龍の残穢と戦った後とは到底思えないような、気の抜けた会話が続く。だが、そんな他愛もない会話が心地良いレオニスとラウルだった。