軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第292話 守秘義務

ライト達がきゃいきゃいと楽しそうに執務室を出ていく背中を、微笑ましく見送る大人達。

扉が閉まったところで、アレクシスがクラウスに向かって話しかけた。

「お前達も到着したばかりだ、荷物の整理やら休憩が必要だろう。部屋に戻ってゆっくりするといい」

「……はい、兄上。お心遣いありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせていただきます」

クラウスがアレクシスの顔を見るも、兄の意図を瞬時に汲みその勧めに従う。

クラウスとティアナは一礼した後、執務室を後にした。

子供達やウォーベック伯爵夫妻が部屋から出ていったことで、執務室に残るはアレクシスとレオニスの二人のみになった。

アレクシスは改めてレオニスの方に身体を向け直し、徐に口を開いた。

「レオニス君……いや、ここはレオニス・フィア卿とお呼びすべきか?」

「……俺は貴族でも何でもない。孤児院出の平民で、ただのいち冒険者に過ぎん。卿などと大層なものをつける必要などない」

「そうか。ではお言葉に甘えて『レオニス君』と呼ばせてもらうことにしよう。何、私も堅苦しいことは嫌いでな。君も気楽にしてくれたまえ」

ウォーベック侯爵家当主にしてアクシーディア公国屈指の商業都市プロステス領主である、このアレクシス・ウォーベックという男。ハリエットの父であるクラウス・ウォーベック伯爵同様、かなり気さくな人物のようだ。

とはいえ、初対面の大物貴族の語る言葉を額面通りに受け取るほどレオニスも愚かな単細胞ではない。

迂闊なことは言わぬよう、改めて心の内で気を引き締める。

「未だ茶のひとつも出さずにすまないね。長年勤めていた筆頭執事とメイド長が、あいにくと今不在なんだ。未熟な執事だし人手も全く足りないから、何を成すにも手が遅くて申し訳ない」

「……俺は別にそういったことは一切気にしないがな」

「ああ、君はそういうことは気にしなさそうだね。でも私が気にするんだ。これでもプロステスの領主という肩書がついて回るのでね」

「貴族様ってのは、本当に大変なんだな」

客人を迎える茶もまだ出せていないことを詫びるアレクシスに、面子を重んじなければならない貴族という生き方に若干呆れながらもその労を労るレオニス。

一見穏やかそうに見える会話だが、まだお互いに腹の探り合い状態である。

「ところで、今日はこのプロステスに仕事で来たそうだが。この街に君ほどの傑物を雇うような事案なんて、あったかな?」

「……俺は仕事を選り好みするほど偉くもない。気が向けば雑用だって何だってする」

「そうは言っても、雑用をこなせる者は掃いて捨てるほどいても難題を解決できる者は少ないだろう?君のような力ある者にどうでもいい雑用をさせるほど、冒険者ギルドも愚昧ではあるまい」

アレクシスが徐々に切り込んでくる。

次々と繰り出されてくる疑問形の投げかけは、まるで『お前はこの街に何をしに来たんだ?』と問うているようだ。

「……その問いは、まるで俺がこのプロステスに来ることが気に入らんと言っているようにしか聞こえんのだが」

「ああ、いや、決してそんなことはない。もしそのように聞こえてしまったなら、私の―――いや、貴族特有の迂遠な物言いのせいだろう」

「俺をそういう貴族の流儀に巻き込まんでくれ、不愉快だ」

「不快にさせてしまったなら申し訳ない。この通り謝る」

遠回しに探りを入れられたレオニスが、あからさまに不機嫌そうに言い放つ。もともと言葉での駆け引きやら腹の探り合いといった類いのことは、レオニスにとっては苦手な分野なのだ。

その手の問答は不愉快だ、とはっきり言い切ったレオニスに、アレクシスは慌てて頭を下げた。

「……さっきも言ったが、ここにはライトの保護者として護衛も兼ねてついて来た。他意はない」

「そして今日の仕事に関しては、俺にも守秘義務というものがある。軽々にそれらを喋ることはできん。プロステス領主の侯爵様相手であろうが、言えんもんは言えんし喋る気も全くない」

「そうだな、冒険者ギルドの掲示板に貼られているような、誰でも内容を見れる公募ならともかく。そうでない仕事の内容をペラペラと話す訳にはいかんだろう、守秘義務は守るべきだ」

「…………チッ」

ここで何と、レオニスが軽く舌打ちする。

アレクシスの物言いが相変わらず貴族特有のそれであり、彼の言っていることは『お前の仕事とは、冒険者ギルドで誰でも見れるような公のものではなかろう』という探りが含まれていたからだ。

「……ああ、またも君の機嫌を損ねてしまったか。本当にすまないね、貴族という生き物は本当に厄介なんだ。侯爵である私が言ったところで耳障りにしかならんだろうが」

「…………」

「では単刀直入に聞こう。これ以上遠回しに聞いて君の不興を必要以上に買っても仕方ないし、私も腹を割って話した方が楽だからね」

レオニスの一連の態度に、これ以上の腹の探り合いは無益と判断したアレクシス。ふぅ、と軽いため息をひとつつき、改めてレオニスの目を真っ直ぐに見つめながら問うた。

「君がラグナ教に直接出向く仕事とは、一体何だね?」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……!!!!!」

突如核心を突く質問を投げつけられたことに、レオニスは不覚にも驚きを隠せない顔になる。

レオニスがラグナ教プロステス支部の再調査入りしたのは、今日の午前中のことだ。しかもそれが終了したのはほんの二時間程度前のこと。

もちろんそれまでに誰にも吹聴などしていないし、そもそも冒険者ギルドでさえマスターパレン以外は知らない極秘の任務である。

その核心部分であるラグナ教の名をズバリと切り出されたことに、レオニスが驚愕するのも無理はなかった。

「……何であんたが俺の行動を知っている?俺に監視でもつけてんのか?」

「いやいや、私が君を見張る理由など何一つないよ?」

「だったら何故ここでラグナ教の名が出てくる?俺の行動を監視してなけりゃ出てこない言葉だろうが」

「……レオニス君。君、それ本気で言ってる?」

またも貴族特有の迂遠な物言いになってきたアレクシスに、苛立ちを隠せなくなってくるレオニス。

そんなレオニスに対し、若干胡乱な視線を投げかけるアレクシス。

「あんたは一体何を言いたいんだ?」

「そうだな、この際はっきり言わせてもらうとだな。君のその出で立ちは、この数多の人が行き交うプロステスですらも非常に目立つということだ」

「…………?」

「街を見回る警備兵が、今朝とても興奮しながら周囲に話していたそうだよ?『俺、とんでもない有名人がラグナ教支部に入っていくのを見たぜ!』『ありゃ間違いない、伝説の金剛級冒険者レオニス・フィアだ!』とな」

「!?!?」

アレクシスのごもっともな指摘に、レオニスはまたも驚愕させられる。

今日のレオニスは、冒険者仕様の制服にして彼のトレードマークでもある深紅のロングジャケットに黒の革パンその他フル装備で来ている。ラグナ教プロステス支部の再調査で何が起こるか分からない以上、万全を期して挑んだのだ。

そして午前中にレオニスの身に起きた出来事を思えば、その判断は正解であり最適だったことは間違いない。

だが、今回に限ってはそれが予期せぬ方向にも展開していた。

この深紅のロングジャケットは『世界最強の金剛級冒険者レオニス・フィア』そのものであり、それを知らぬ者など一人もいない!と言い切れるレベルで広く世間に周知されている。

ただでさえ人目を引く、見目鮮やかな深紅色の羽織物。その背に子供の背丈を上回る巨大な幅広の大剣を背負っていれば、それはもはやどこからどう見てもレオニス・フィアその人以外にあり得ないのだ。

『くっそー、まさかこの完全装備が目をつけられる羽目になるとは……なんてこった』

『いつもの仕事なら俺の正体云々なんて誰も気にも留めないし、気にする必要なんざ全くないが……』

『ラグナ教のあの事件に関しては、全てにおいて完全極秘調査だってことすっかり忘れてたわ!』

『マズい、これはマズい……次からはラグナ教に関する仕事に行く時は、全て現地で着替えるべきか?』

思わぬ事態にレオニスは愕然としつつも、脳内で必死に考えを巡らす。

無意識のうちに犯してしまった大チョンボを、極秘調査対象であるプロステス領主アレクシスに正面切って指摘されたのだ。レオニスが内心焦りまくるのも当然である。

ぃゃ、ジャケットだけ現地入りしてから着れば……等々、ブツブツと呟くレオニスに、アレクシスが声をかける。

「もともとラグナ教に何かが起きたことは、かなり周知されている。三週間ほど前に、突然プロステス支部を緊急閉鎖したからね」

「もっとも、その翌日には近隣の空き家を借りてすぐに教会としての役割は再開したけど」

「緊急閉鎖の理由は『建物の老朽化による修繕のため』という報告が来てはいるが、それにしては未だに修繕工事が始まる様子もない」

「ま、そこら辺は内装の保護やら備品の持ち出しなんかで手間取ってる可能性も、無きにしもあらずだがね」

今度はラグナ教に関する様々な疑惑?をアレクシスが明かす。

確かにラグナ教プロステス支部がいきなり完全閉鎖したとなれば、それなりの騒動にはなるだろう。代わりの施設の用意や人員配置もしなければならないし、もっともらしい閉鎖理由も要る。

ラグナ教もそこら辺頑張って取り繕いはしたようだが、それでもやはり領主の目は誤魔化しきれなかったようだ。

「……レオニス君。君には君の立場があり、おいそれと人に明かせぬことも多々あるだろう。それは私とて同じだ、内に秘めたる隠し事など山ほどある」

「だが、私はプロステス領主としてこの街を守らねばならぬ」

「君の仕事内容を全て明かせとは言わない。ただ、これだけは聞かせてもらえまいか」

「君ほどの人が動くその仕事とは、このプロステスにおいて重大な災禍となり得るものか否かを」

「その返答次第で、私もそれなりに準備せねばならない。代々ウォーベック家が治めしこのプロステスという街を守り、慈しみ、育む。それこそが、この私に課せられた使命なのだ」

アレクシスはそれまでの迂遠な物言いを止めて、己の心情を明かしつつレオニスに問う。

レオニスの目を真っ直ぐに見つめてくる真摯な眼差しは、嘘偽りない本音であることを物語っていた。

アレクシスの本心を垣間見たレオニスは、しばしの沈黙の後徐に口を開いた。

「……さっきも言った通り、守秘義務で仕事の内容は明かせん。たとえそれがこの地を治める領主であるあんたであっても、だ」

「そして、俺は神でもなければ仏でもない、ただの人間だ。未来に起こり得る災禍なんて分かるはずもない」

「だが、領主としてのあんたの心意気は立派なもんだ。それに敬意を表してひとつだけ、あくまで俺の個人的所感として言おう」

「とりあえず、今のところ目に見える脅威はこのプロステスの近くにはいない」

レオニスの言葉を聞き、アレクシスは安堵したような表情になる。

だが、レオニスの言葉はここで止まらなかった。

「ま、もっとも?脅威なんてものは近くにはなくとも遠くには常に潜んでるもんだがな」

「それに、俺達が気づいていないだけで実は案外身近に―――それこそそこら中に転がってるもんなのかもしれん」

これは暗に廃都の魔城の四帝や、ラグナ教内部に悪魔が侵入していたことを指している。

だが、それを知るのはレオニスのみでアレクシスには知る由もない。

「そして、この街を守るというあんたの心意気は買うが―――今日のこの件、俺の仕事に関してはこれ以上詮索しない方がいいぞ?」

「……それは、一体どういう……」

レオニスのやんわりとした拒絶に、思わずアレクシスが問い返しかける。

だが次の瞬間、突如レオニスからものすごい圧が発せられアレクシスに覆い被さる。

「俺に口止めを強要し、俺もまたその強要に抗うことなく付き従う存在―――それができるほどの力を持つ者が、この世に果たしてどれだけいると思ってんだ?」