軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第286話 第二の聖遺物

意を決して聖具室に入った、レオニス達。

窓一つない部屋の中は暗く、ほとんど何も見えない。部屋の中を照らすべく、オラシオンが手のひらの上に小さな光球を作り天井付近に浮かべた。

炎を灯したような柔らかな光が、辺り一面を照らす。

部屋の中は雑然としていて、そこかしこに司祭用の祭服やら香炉、燭台、織物などが適当に置かれている。どうやら悪魔幹部には整理整頓の概念はあまりないようだ。

だが、そんな雑然とした中でも明らかに人目を引くものがあった。

それは一般に『司祭杖』と呼ばれる道具で、祭式の時に用いられる杖である。

その司祭杖はレオニスが蹴破った扉の入口から見て左側の壁に、無造作に立て掛けられていた。

杖や持ち手部分は、一見して何の変哲もない銀色の金属製だ。

だが杖の一番上、天辺の先端部分にオレンジ色の宝玉のようなものが設えられている。その大きさは、子供の頭くらいか。

まず真っ先に目立つのはその宝玉の巨大さだが、それ以上に宝玉から放たれる邪気の量が半端ないのだ。

レオニス達の視線は、自然とその司祭杖に吸い寄せられるように引きつけられる。

そうしている間にも、レオニスの身体に得体の知れない黒い靄のようなものがじわりとまとわりつく。

だが、先程オラシオンにかけてもらったばかりの上級浄化魔法によってレオニスの身は守られ、邪気の直接接触を弾き防いでいる。

もうしばらくはその効果が続くだろう。

「これは……」

「ああ、間違いない。こいつはラグナロッツァの神殿に祀られている魔剣と同類だ」

「聖遺物、ということですか?」

「そういうことになるな。この杖が俺の魔力を喰いにかかってきてやがる」

「「……!!」」

衝撃的なレオニスの言葉に、オラシオンやエンディが息を呑んだ。

レオニスのように魔力を喰われてはいないが、それでもその司祭杖から異様な気が放たれていることは二人とも己の肌で感じている。

それ故に、レオニスの話も素直に受け入れられた。

「でしたらレオニス卿は、あの司祭杖からなるべく距離を取るべきでしょう。持ち運びは私や大教皇様がしますので、レオニス卿は離れてください」

「ええ、私や兄上もこの司祭杖が異常なことは分かりますが、今のところ魔力を喰われるなどには至っていませんし。普通に触れて運ぶのも問題ないでしょう」

「……そうだな、そうさせてもらうか」

三人がそんな会話を交わしていた、その瞬間。

壁に立て掛けられていた司祭杖の宝玉に、突如異変が起きた。

キィィィィン……という小さな甲高い音とともに、真円に近い宝玉の真ん中から細い縦長の線が現れる。じわりと現れた赤黒い縦長の線は、縦径の2/3ほど伸びた後に中心点から徐々に横にも開いていく。

真円の宝玉と相俟って、それはまるで瞳孔のようだ。

日中の猫目のような、もはや完全に眼球と化した司祭杖の宝玉。

あまりにも異様な光景に、レオニス達はその場を動くことができずただただ宝玉を凝視する。

縦長の瞳孔が、部屋の中を見渡すようにゆっくりと左右に動く。そして、その瞳孔が中央に戻った瞬間。

レオニスの身体が衝撃波を受けたように大きく揺れ、己の身体が幾重にもぶれるかのような錯覚に襲われた。

心臓から一回だけ『ドクン』という大きな鼓動が鳴り響き、その音を機にレオニス達を包む時間が停止した。

……

…………

………………

一瞬にしてプツン、と目の前が暗くなり、視界が完全に暗闇と化す。

その数瞬後、今度は視界一面がモノクロの砂嵐に覆われる。

白黒入り混じる砂嵐は間髪を置かずぐにゃりと歪み、天地が混ざるような無重力感でどこに立っているのかも分からなくなる。

そんな不可解な現象に襲われたレオニス。

だが、レオニスの思考回路が停止したのはほんの僅かな数秒のみ。

我に返ったレオニスは、精神を集中して心を鎮める。

心の目を閉じ、砂嵐を遮断して無重力感が生み出す歪みをも感覚から追い払う。

暗闇の中で静寂を取り戻した瞬間、レオニスは勢いよくカッ!と目を見開いた。

………………

…………

……

目を見開いたレオニスの前には、聖具室にあった司祭杖が浮いていた。

その他の背景も聖具室の室内なのだが、限りなく薄く透けたような、まるっきり下手な合成写真のように司祭杖だけがくっきりと浮かび上がっている。

レオニスが周囲を見回すと、オラシオンとエンディもレオニスの後ろにいる。

だが、彼らも合成写真の背景と同じく薄く透けていて、しかもその顔が驚愕に染まったまま微動だにしない。

レオニス以外の全ての時間が停止したかのようだ。

何だ、これは……時間が止まっているのか?

レオニスがそう考えた瞬間、不気味な声音がレオニスのいる空間に響き渡った。

『ほう……我の眼差しに耐え得るか』

高い知性と教養を感じさせる、凛とした声。だが、その静かな声の中に隠しきれない悍ましさが多分に漏れ出し山彦のように木霊する。

この異常な空間で、レオニス以外に確たる存在を有しているのは唯一つ。

その声は、司祭杖の宝玉から発せられていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「貴様……何者だ!」

歪む世界に、言葉を弄する杖。もはや完全に異常事態でしかない。だが、そんな奇っ怪な場でもレオニスはそれに屈することなく果敢に挑んでいく。

レオニスに問われた眼球状の宝玉は、その果敢な姿を見て満足するかのようにニタリと瞳孔を細める。

『その台詞、そっくりそのまま返してやりたいところだが』

『物怖じせずに我に問うてくるその荒胆に敬意を表し、特別に教えてしんぜよう』

『我が名は【賢帝】―――廃都の魔城の最奥にて、常闇を統べし四帝の一角 也(なり) 』

「!!!!!」

司祭杖の宝玉が上げた名乗りを聞き、絶句するレオニス。

その名はレオニスがその生涯をかけてでも必ず討ち果たすと誓った、憎き仇。不倶戴天の怨敵にして、サイサクス世界に住む生きとし生けるもの全てに仇なす敵対者。

『フッ……過日途絶えたチャンネルがようやく繋がったかと思えば―――何やら面白き者共が紛れ込んでおるようだな』

「貴様……一体何を企んでいる!!」

『企むなどとは人聞きの悪い。心外としか言い様がない』

「何だと!?」

軽い侮蔑を含む【賢帝】の物言いに、レオニスは半ば逆上しながら食いかかるように言う。

『ならば問おう。貴様は大気に申し訳ないと思いながら息を吸うのか?』

『体内に取り込んですまぬと詫びながら水を飲むのか?』

『貴様等人族とて、他者を喰らい命を繋ぐ捕食者。我等と何ら変わらん』

「……ッ……」

【賢帝】が語るもっともらしい語り口に、一瞬言葉に詰まるレオニス。

だが、レオニスとて【賢帝】の口車に乗せられるほど愚かではない。

「貴様等と同じにするな!少なくとも人族は貴様等のように、他者を弄し絶望や恨みを撒き散らすだけの存在ではない!」

「確かに俺達人族は肉も魚も喰らうし、他の命を刈り取りもする……だがそれは、生きて命を繋ぐ者なら当たり前のことだ!その宿命から逃れられる生者など、この世のどこにもいはしない!」

「だいたい貴様等の捕食の牙は、人族にのみ向けられるものではないだろう!このサイサクス世界に存在する全ての命を飲み込もうとするのは―――貴様等廃都の魔城の連中を含む魔族だけだ!」

「貴様等のその留まることを知らぬ貪欲さは、いずれ世界を滅ぼす……貴様等の生み出す闇が全てを覆い尽くす前に、俺は貴様等を完膚無きまでに殲滅する!!」

【賢帝】の弄する上っ面だけの侮蔑を払拭するように、その詭弁を真っ向から否定し奮い立つレオニス。

その力強い言葉を聞いた【賢帝】は、しばしの沈黙の後に徐に静かに声を発した。

『……ふっ、そうか。貴様―――奴等に連なる者か』

【賢帝】の意志が宿っているであろう司祭杖の宝玉の瞳孔が、先程よりもさらににやけるように瞳孔を細める。

『ならば我の眼差しに耐え、この空間においてなお己が意思を保ち続けられるのも道理よの』

『我等と同じ、歪められし哀れな存在よ……このような場所で 相見(あいまみ) えるとはな』

『運命とは、斯くも数奇にして面白きものか』

独りごちる【賢帝】の言葉からは先程までの侮蔑は一切消え失せ、代わりに本当に楽しんでいるかのような軽快さや愉快さが含まれるようになる。

だがその言動は、レオニスにとっては神経を逆撫でする以外の何物でもない。

苛つきの極限に達したレオニスは、思わず声を荒げた。

「……貴ッ様……何訳の分からないことを言ってやがる!!」

『ああ、いや、すまん。我の戯言だ。……クックック……』

訳の分からないレオニスに怒鳴られるも、全く意に介さず含み笑いを洩らす【賢帝】。侮蔑が消え愉快さだけの笑いといえど、そこは魔族の頂点に立つ【賢帝】のこと。言っていることの意味不明さも相俟って、不気味さが際立つ笑い声だ。

一頻り笑って満足したのか、笑い声が止まった後【賢帝】は新たに言葉を紡ぎ始める。

『いと気高くも哀れなる血族の末裔よ。来れるものならば我がもとに来よ』

『この杖は其の方にくれてやろう。我がもとに来るための通行手形にして、我の慈悲たる餞別よ』

『其の方が我が眼前に現れ辿り着く日を、深淵にて心より待ち望もうぞ―――ハッハッハッハ!』

「……あっ、おい、待てッ!!」

【賢帝】に似つかわしくない高らかな笑い声とともに、レオニスの視界が再びモノクロの砂嵐に覆われる。

だがその砂嵐は一瞬で消え去り、目の前は聖具室の景色に戻っていた。