軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第228話 血は繋がらずとも

結局レオニスはおとなしくアイギス製のスーツに身を包み、小綺麗な私服のライトとともにラグーン学園に向かった。

ライトの服装は、ベージュのタートルネックセーターに黒のズボン、冬物の濃いグリーンのダウンジャケットというシンプルな格好だ。

特にイチオシのファッションポイントは、ダウンジャケットの胸元にキラリと輝く八咫烏の羽根のラペルピン。そう、フェネセンとお揃いの品である。

時刻は午前10時の10分前、理事長室の扉をノックしてから入室するライトとレオニス。

理事長室の中では、既にオラシオンが執務机に座り待っていた。

「ライト君、レオニス卿、おはようございます」

「理事長先生、おはようございます!」

「おはよう、オラシオン。今日はライトのために出てきてもらってすまないな」

「いいえ、これも理事長としての務めです。どうぞお気になさらず」

いつもと変わらぬ柔和なオラシオンが、ライトとレオニスを歓迎する。

神殿側の人間はまだ誰も来ていないようだ。

ライトとレオニスは応接セットのロングソファに並んで座り、一息つく。

「ところで神殿側の方は誰が来るんだ?」

「エンディ・ユシオーリ、当代の大教皇です」

「えっ、大教皇ですか!?」

オラシオンの答えに、ライトが思わず声を上げて驚く。

レオニスも、声こそ出さなかったが目が見開かれたその表情には驚きの色が滲み出る。

二人が驚くのも無理はない。大教皇と言えば、ラグナ教の頂点に立つ唯一無二の存在なのだから。

「オラシオン、あんたにラグナ教大教皇と繋がりがあったとは驚きだな……」

「普段から公言などしておりませんしね」

「どういう関係か、聞いてもいいか?」

「ええ、構いませんよ。ただし、ここだけの話ということで誰にも言わないでくださいね?」

「ああ、もちろんだ。ライトも守れるな?」

「もちろん!」

二人の宣言を聞くと、オラシオンは静かに語り始める。

「エンディは私の父の再婚相手の連れ子で、血の繋がらない弟なんですよ」

「エンディと私は年齢が 十(とお) 離れてましてね。血の繋がらない私を『兄様』と呼んでとても慕い懐いてくれた、可愛い弟です」

「ですが……」

オラシオンは目を伏せ、少しだけ寂しげな表情を浮かべる。

「彼が十歳の時に受けたジョブ適性判断の際に、ジョブ候補の中に【大神官】がありましてね」

「それを機に、彼は家族のもとを離れて聖職者の道に進みました。それはもちろん立派なことで、誇るべきことなのですが……」

「本当は父も母も、そしてもちろんこの私も……幼かったエンディと、もっと家族としての時間をともに過ごしたかった」

「……今更言っても詮無きことですがね。何より本人が選んだ道ですし」

そう言うと、オラシオンは俯きがちだった顔を上げた。

「ですが、月日が経ちエンディはその後順調に力をつけていき、今ではラグナ教の大教皇として立派に務めを果たしています」

「エンディは、私にとって今も昔も―――可愛い自慢の弟です」

そう言い切ったオラシオンは、静かに微笑んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

オラシオンが大教皇との関係を一通り話終えたところで、不意に窓の外から馬車が止まる音が聞こえてきた。

オラシオンが立ち上がり窓の外を見ると、その馬車にはラグナ教の旗が何本もはためき、車体にもラグナ教の紋が大きく描かれている。

どうやら神殿側の人間が到着したようだ。

「あちらもお越しになったようですね」

「そうか……なぁ、オラシオン。神殿側の話したいことってのは、一体何だと思う?」

「さぁ、それは私にも全く分かりませんが……先日ライト君が神殿訪問の際に水晶の壇の前で倒れたことと、全く無関係ではないでしょうね」

「だよなぁ……」

レオニスがとりあえずオラシオンの意見を尋ねてみるも、やはりオラシオンにも全く見当がつかないようだ。

そうこうしているうちに、理事長室の扉がノックされた。

すかさずオラシオンが「どうぞ、お入りください」と短く返すと、扉がゆっくりと開かれていく。

開かれた扉の向こうには、白地に金の刺繍が散りばめられた、とても立派な聖職者の衣装を纏った男性が立っていた。

腰まである長い真っ直ぐな月白色の髪を、うなじの後ろで軽くひとつに結わっている。

涼し気な目元に松葉色の瞳が映える、深い彫りの顔立ち。年の頃は三十代中盤から後半に差し掛かるくらいか。

ライト達三人も静かに席を立ち、新たな来客達を迎える。

男性の両側に控えていたであろう従者が二人、左右それぞれの内開きの扉を最大限まで開いていく。開き終えた後は恭しく頭を下げて、主であろう男性を室内に迎え入れる。

男性は静々と理事長室の中に入り、従者が再び扉をゆっくりと閉めていく。

従者が扉を閉め終わり男性の左右についた時、男性が声を発し始めた。

「初めまして。私はラグナ教第39代大教皇、エンディ・ユシオーリと申します」

「本日は神殿からの要請にお応えいただき、深く感謝します」

そう言うと、男性はオラシオンやライト達のいる方向に向かって頭を下げた。

「兄上……いえ、ここではラグーン学園の理事長ですね。お久しぶりです」

「ああ、エンディ……いや、大教皇様もご健勝で何よりのことと存じます」

オラシオンとエンディ、二人ともが似たような穏やかな口調で会話している。

親の連れ子同士で、血の繋がりはない———オラシオンはそう言っていたが、雰囲気的にはかなり似通っている。

先に事情を聞いていなければ、本当の兄弟と言われても疑うことなく信じるところだ。

「ところで……本日は大教皇様お一人でのお越し、ですか?」

オラシオンが不思議そうな顔でエンディに問うた。

確かにこの手の外部での話し合いの場で、組織の長たる大教皇一人で来るのはかなり珍しいことだ。

というか、珍しいというよりももはやおかしい。

通常ならば、もう少し下の地位の者が大教皇を守るために護衛とともに何人かついてくるはずだ。

今日に限って言えば、ラグーン学園に書簡を出したイェスタ・リュングベリ、ラグナ教No.3の大主教。

この人物がエンディ大教皇とともに今日の話し合いの場に来る、という連絡をオラシオンは神殿側から聞いていた。

故にオラシオンは、不思議に思ってエンディに問うたのだ。

「ええ、そのことですが……大変申し訳ないことに、リュングベリ大主教は今朝急用ができたとのことで、到着が少々遅れます」

「そうですか……一応いらっしゃることはいらっしゃるんですよね?」

「はい。30分から1時間後の間には来るはずです」

「そうですか。ではその方が到着するまで、軽い話でもして過ごしましょうか」

「そうしていただけると助かります」

大教皇が一人で来た理由が判明したところで、オラシオンがライト達の紹介を始める。

「大主教様がいらしたら、また改めて紹介するとして。まずは大教皇様に先に紹介しておきましょう」

「こちらはライト君、先日の神殿訪問の際に体調を崩して倒れてしまった子です」

「その横におられるのはレオニス・フィア卿。ライト君の保護者であり、また現役の金剛級冒険者にしてサイサクス大陸最強の人としても名を馳せておられます」

オラシオンに紹介された二人は、無言でペコリと頭を下げた。

エンディは穏やかな笑顔で二人を見つめている。

「現役の金剛級冒険者ですか。そんな伝説級の人物とお会いできるとは、光栄です」

「そして、ライト君。先日は我等がラグナ教神殿にて倒れられたとのこと、災難でしたね。心より御見舞申し上げます」

ラグナ教の大教皇に初めて会う二人だったが、その地位の高さからは想像もできないほどに温和で誠実な態度に内心びっくりしていた。

「あ、ありがとうございます」

「……まず、先に断っておく」

ライトが恐縮しながら礼を言うその横で、レオニスが重たそうに口を開いた。

「俺は今でこそレオニス卿などと呼ばれてはいるが、生まれも育ちも生粋の平民でしかも孤児院育ちだ」

「おまけに今の生業も冒険者、知っての通りこの稼業は荒くれ者も多い。かくいう俺も多分に漏れず、大して学もなければ礼儀作法なんてもんにも縁のない人生を送ってきた」

「だから全てを許せ、という訳ではないが。もし知らんうちに何か無礼を働いたとしても、そこは多少大目に見てくれると助かる」

「もちろんその場で指摘してくれて構わん。直せるものなら直す努力はする」

レオニスが静かに語る言葉を、エンディもまた静かに聞いていた。

「それから……先程オラシオンからの紹介にもあった通り、今日の俺はライトの保護者として同席している」

「この子は俺の実の子ではないが、訳あって今は俺が養育している。血は繋がらずとも俺の大事な家族だ」

「今日の話し合いとやらも、何の話が出てくるのかさっぱり分からんが……この子の不利益になるような話なら、俺も黙って折れるつもりはないし一切容赦はしない」

「……俺からは以上だ」

しばしの静寂の後、エンディがふふ、と小さな笑みを洩らした。

「血は繋がらずとも大事な家族、ですか。ええ、私にもよく分かりますよ。私自身そうでしたから」

「ライト君。君はとても良い家族に恵まれたのですね。たとえ実の父母の愛はなくとも、それに勝るとも劣らぬ大きな愛を受けることができたなら―――それは十分に幸せといえるでしょう」

レオニスの話を聞いたエンディが、ライトに向かって優しく語りかけた。

自身も親の再婚という幼少期の体験を持つエンディには、ライトとレオニスの絆の深さに感銘を受けたようだ。

「……はい!ありがとうございます!」

エンディからの思わぬ言葉を受けて、ライトは喜びを噛みしめながら大きな声で返事をしたのだった。