軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第210話 屍鬼化の呪い

【屍鬼化の呪い】―――それは本当に文字通りの現象で、生きたまま屍鬼と化してしまう非常に厄介な恐ろしい呪いだ。

これを行える者は歴史上でも指折り数えるほどしかおらず、またそれは屍鬼の中でもかなりの上位の存在に限られる。

この呪いを判別するのは、実はさほど難しいことではない。

肌が全身青黒く変色し、瞳は赤く染まる。そして髪の色が地色とは真逆の色に根元からじわじわと染まっていくという非常に分かりやすい特徴が複数あるのだ。

髪の色が白や明るい系なら黒系に染まり、黒や茶などの濃い系の色なら色が抜けて白くなる。

先程ラキの身に起きていた現象そのものである。

そしてこの呪いが流行りだした時には、速やかに感染源となり得る者を隔離および駆除しなければならない。

何故ならば、この呪いは恐ろしいことに感染するからだ。

まず『屍鬼』と『屍鬼化の呪い』は似ているようで違う。

ただ単に死後に屍鬼となった者は、他の魔物同様に倒せばそれで終わる。生きている者がただの屍鬼に攻撃されて怪我をしたとしても、適切な処置を施せばそこから腐り落ちて屍鬼になってしまうなどということにはならない。

だが、屍鬼化の呪いで生きたまま完全に屍鬼化させられた者、『生きた屍鬼』は違う。『生きた屍鬼』から傷を受けるとそこから腐蝕していき、傷を負わされた者も程なくして屍鬼と化してしまうのだ。

しかも、腕や足などの傷を受けた部分を切り落せば助かるなどという生易しいものではない。たとえその部位を身体から切り離したとしても、屍鬼化の進行は止まることなくいずれは完全な屍鬼となってしまうのだ。

それこそが『屍鬼化の呪い』と呼ばれる所以でもある。

それ故、屍鬼化の呪いにかけられた者『生きた屍鬼』を発見した場合には、迅速な隔離と早急な駆除が求められる。

屍鬼化の感染を他者に拡げて大流行する前に、元凶となる大元を駆除する。これは過去に人族が屍鬼化の呪いの蔓延および鎮静化を幾度か経験したことによって得た叡智であり、屍鬼化の呪いに対する唯一無二の絶対的な鉄則となっているのだ。

そしてこの対処法は誰であろうと絶対に遵守しなければならず、そこに例外はない。そして一切の私情を捨てて、事に当たらなければならない。

そうしなければ、人類のみならず全世界を巻き込んだ滅亡の危機を招いてしまうから。

現役の金剛級冒険者であるレオニスも、当然そのことは必須知識として知っている。だが、この時のレオニスはすぐには動けなかった。

屍鬼化の呪いへの対処法を知ってはいても、それを己の知己に対して行わなければならないとなるとどうしても感情面が追いつかなかったのだ。

隔離ならともかく、駆除だけは何としても避けたい。

駆除とは文字通り『感染源を処分する』を意味する。そしてそれはラキを殺さねばならないということに他ならないからだ。

ラキはレオニスにとって、初めてできたオーガ族の友だ。

物理至上主義の完璧脳筋腕力命のレオニスと、種族そのものが完全脳筋のオーガ族のラキ。

最初に出逢った時から拳で語り合い、二人とも地面に大の字になるまで闘い尽くしたあの日。その日からレオニスとラキは友になった。

脳筋同士とても気が合い、もはや互いに親友と呼んでも差し支えない程に親交が深い。

そんな大事な親友を、自らの手で殺したくなどない。

だが、屍鬼化の呪いはレオニス一個人の好悪の感情に左右されていいような瑣末な事象では決してない。

屍鬼化の呪いは見つけ次第、一分一秒でも早く対処しなければならない。対処が遅れれば遅れるほど、オーガ族だけでなく世界全体が危機に晒されていくのだから。

「ラキ……どうして……」

屍鬼化の呪いを受けてしまい、崩れた家の壁の瓦礫に埋もれて気を失っているラキを目の前にして呆然と立ち尽くすレオニス。

だが、レオニスに迷っている暇などない。ここで対処を誤れば、オーガ族の者達はもとよりこの世界に生きる全ての者達に滅亡の危機が迫ることは必定だ。

「……ひとまず隔離だけでもしておかなければ……」

「その後どうするかはまた後で考えればいい、まずはラキをどこかに隔離だ」

レオニスは瓦礫の中からラキの身体を掘り起こし、目を覚まさないように慎重に負ぶいながらラキをどこかに運んでいった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

レオニスが飛び出していった後の議場。

そこは未だ喧騒に満ちていた。

ライトはレオニスが血相を変えて出ていったことも気になったが、数多溢れる怪我人への治療でそれどころではなかった。

ライトがアイテムリュックから絶え間なく取り出すポーション類を、女性陣や子供達が持っていっては怪我人に与えていく。

単なる外傷だけでなく、単眼蝙蝠の光線攻撃による眼球負傷者も多いため治療に時間がかかっているようだ。

それでもライトがもたらす回復剤によって、治療が進んでいく。重傷者は軽度になり、軽傷者は完全完治に至り、あちこちで喜びの声と安堵の空気が次第に広がっていく。

ライトとしては、完全にアイテム頼みでただ配るだけの作業にしか思えない己の立場に微妙な気分ではあった。だが、怪我を負ったオーガ族の人達が治っていき喜んでいる姿を見ていると純粋に嬉しくなる。

単眼蝙蝠は殲滅したってレオ兄も言ってたし、手持ちの回復剤もここにいるオーガの人達を全員治すくらいなら十分足りそうだ。

これならもう、オーガの里の危機は去ったと思っていいよね!

そんなことをライトが内心考えていた、ちょうどその時。

議場の扉が開き、再びレオニスが姿を現した。

ギィ……と鈍い音を立てながら、ゆっくりと開かれる扉。

先程の勢いとは真逆の、力無い音とともにレオニスが俯きながら議場の中に入ってくる。

「あっ、レオ兄ちゃん!おかえり!」

「さっきはどうしたの?何かあったの?」

レオニスの姿を見たライトが、一目散でレオニスのもとに駆け寄る。

だが、ライトの目線で下から見上げるレオニスの顔がどうにもおかしい。その表情は暗いなどというものではなく、底の底のどん底すら突き抜けたかのような―――そう、絶望に満ちた顔だ。

眉間に深い皺を寄せ、歯をギリギリと食いしばり、その顔色は完全に蒼白で、ずっと何かを堪えている。

こんな表情のレオニスなど、ライトは今まで一度も見たことがない。……いや、一度だけあったか、とライトはとある時のことを思い出す。

それは、かつてフェネセンが予知夢のことを語った時。

予知夢で見た通りに動けなかったことの結末として、八年前の廃都の魔城の反乱が起きたことを告白し悔恨するフェネセン。

そのフェネセンを制止し、当時先遣隊に加わらなかったことを今でも悔み続けていることを数粒の涙とともに吐露したレオニス。

あの時のレオニスの表情が―――今にも壊れて崩れ落ちそうなレオニスの悲痛な顔が、今まさにライトの目の前で絶望に染まるレオニスの顔と重なる。

「レオ兄ちゃん?……レオ兄ちゃん!!」

「どうしたの!一体何があったの!?ねぇ、レオ兄ちゃん!しっかりして!!」

あまりにも異様なレオニスの様子に、ライトはいてもたってもいられずにレオニスの身体にしがみつく。そして力いっぱいレオニスの身体を揺さぶり、大きな声で問いかけ続けるライト。

そんなライトの必死な声が届いたのか、レオニスが少しだけ我に返りその天色の瞳に微かな光が宿る。

「……ああ、すまん。ちょっとだけボーッとしてた」

レオニスは力なく呟くと、顔を上げて議場内のオーガ達に尋ねた。

「長老のニルはここにいるか?」

「……いや、ここにはいない。年老いた者と赤子はこことは別のところに避難している」

「そうか。ニル爺さんに相談したいことがあるんだが、誰かニル爺さんのいる場所に連れていってもらえないか?」

「……俺が行く!」

レオニスの頼みにいち早く立候補したのは、オーガ族の少年ジャンだった。

「すまんな。あまり時間がないんだ、すぐに連れていってもらえるか?」

「任せとけ!」

「……レオ兄ちゃん!ぼくも行く!」

ジャンは己の胸をドン!と叩いてレオニスの期待に応える。

そしてライトもレオニスについていくと宣言した。絶望に満ちたレオニスの表情があまりにも危う過ぎて、そのまま一人で行かせたらどうなるか分からない不安を感じたからだ。

ジャンの案内で、議場から程なく離れた大きめの屋敷に着いた。

ジャンの説明によると、そこは人族でいうところの村役場のような公共施設で、今は年寄りと赤子が避難しているという。

建物の中に入り、その中で一番広いと思われる部屋にジャンが先頭を切って入る。

「おーい、ニル爺様、いるかー?」

部屋の扉を開けながら、ジャンが中にいるであろう者達に向けて声をかける。

ジャンの声だと分かったオーガ達が、部屋の奥から次々と出てきた。

「おお、ジャン!皆は無事か!?」

「外から音が聞こえなくなったが、あの空飛ぶ蝙蝠達はどうなった?」

「戦はもう終わったのか?」

戦況が全く分からない年老いたオーガ達が、ジャンを取り囲んで質問責めにしている。

「あ、うん、単眼蝙蝠はもう一匹残らず退治されたよ」

「おおお!それは良かった!重畳、重畳!!」

「やはりオーガ族は最強種族ぞ!!」

ジャンからの勝利報告を聞き、一気に沸き立つ年老いたオーガ達。

そんな浮かれる年寄り達に、ジャンが慌てて訂正を付け加える。

「あっ、いや、あの、俺達が退治したんじゃなくてね?そこにいる人族、レオニスって人間が雷魔法でバンバン倒してくれたんだけど」

「……何?」

それまで飛び上がるほど喜んでいたオーガの年寄り達、全員の動きがピタリと止まる。

そしてゆっくりと彼らの後ろ、部屋の扉のある方にその老いた身体をンギギギギ……と軋ませながら向ける。

そこには完全放置されたレオニスとライトが立っていた。

「人族のレオニス……」

「アレか、人族のくせして【角持たぬ鬼】と呼ばれた、あのレオニスか……」

「何せその名の中にガッツリ『 鬼(オニ) 』が入っとるもんなぁ……」

「あやつ、絶対に人じゃないじゃろ……」

ヒソヒソと小声で話すオーガ族のジジイ達。なかなかに散々な言われようである。

だが、そんな可愛い戯言に 拘(かかずら) っている暇はない。

レオニスも、時間が惜しいとばかりにようやくこちらを向いた年寄り達に声をかける。

「元気そうで何よりだなぁ、ジジイども。……すまんが、ニルはいるか?」

レオニスの問いに、それまでまだ部屋の奥から出てきていなかった一人の老オーガがのっそりと出てきた。

その躯体は他の年寄りオーガ達よりもはるかに大きく、身体の大きさだけで言えば現族長であるラキをも凌ぐ巨大さだ。

「……角なしの鬼よ。久しいの」

「よう、ニル爺さん。まだ生きてたか」

「若いもんにはまだまだ負けんわい。あと千年は生きるつもりぞ?」

「ぉぃぉぃ、さすがにそれは欲張り過ぎじゃねぇか?」

「ふぉっふぉっふぉっ。言うだきゃタダじゃ、言うだけならな」

「ったく……食えねぇ爺さんだな」

白く立派な口髭と顎髭を蓄えたニルが、不敵な笑みを浮かべながら自慢の顎髭を撫でつつ豪快に言い放つ。

そんなニルの一見おちゃらけた言葉に、レオニスが呆れながらツッコミを入れる。

知己との会話で少しだけ気が解れたのか、それまでずっと硬かったレオニスの表情が若干和らぎ微かに笑みを浮かべる。

「して、角なしの鬼よ。儂を名指しでお呼びとは、何事が起きた?」

「……ああ。すまんがここから先はニル爺さん、あんた一人だけでついてきてくれるか」

レオニスが真剣な眼差しでニルに頼んだ。

それを聞きつけた他の年寄りオーガ達が後ろで何かキャンキャンと騒いでいたが、ニルが右手を挙げて彼らを制止する。

喧騒がピタリと止んで静寂に包まれた部屋の中で、レオニスとニルが無言のまましばし互いの目を見据え続ける。

その静寂を先に破ったのは、ニルだった。

「……よかろう。どこへなりと連れていくがよい」