作品タイトル不明
第181話 気分転換
「……んん……」
脳内考察しているうちに、いつの間にか再び眠りについてしまったライト。目が覚めると、窓の外はすっかり明るくなっていた。
ベッドからもそもそと起き上がり、ゆっくりと伸びをする。
身体の怠さはまだ抜けきっていないが、それでも昨日よりはだいぶマシだ。
昨夜は殆ど感じなかった食欲も、さすがに空腹感が強くなってきたライト。
そのお腹から『ぐーきゅるるる』という腹の虫の催促が聞こえてきたところで、レオニスが食事を持って部屋に入ってきた。
「お、ライト、起きたか。おはよう」
「あ、レオ兄ちゃん、おはよう」
「もうそろそろ起きるかと思って、今ラウルから食事を受け取ってきたところだ」
「うん、ぼくもお腹空いてきたー」
「そうか、ちょうど良かったな。そのまま膝に乗せて食べるか?それともこっちの机と椅子で食べるか?」
「こぼしちゃいけないから、そっちの机に行くー」
ライトはそう言うと、ゆっくりとベッドから出てレオニスがトレーごと置いてくれた机の上の朝食を食べ始める。
そのメニューは、ふんわり柔らかいロールパンにコーンスープ、カットされたバナナにプリン。ラウルの心配りや気遣いがひしひしと感じられる、胃に優しそうなメニューである。
「レオ兄ちゃん、昨日は本当に心配させちゃってごめんね」
「気にすんな。むしろ俺の方こそライトに謝らなきゃならん」
「え?何のこと?」
レオニスから唐突に謝ると言われて、何のことか全く分からないライトは思わず聞き返す。
「実はな、俺も昔神殿でジョブの適性判断を受けた時に具合が悪くなったんだ」
「えっ、そうなの!?」
「ああ。お前と同じように、神殿の建物入ってから妙に具合悪くなってな。その時は夏風邪引いたんだとばかり思ってたから、今回お前が水晶の壇のところで倒れたって聞くまでそんなこと思い出しもしなかったんだ」
「レオ兄ちゃんも具合悪くなったんだね……何でだろう?」
「学園側の話では、十年に一度あるかないかの頻度で魔力の高い子が同じような症状を起こすらしいんだ」
「ただ、魔力が高いからって必ずしも体調不良を起こす訳じゃないそうでな……根本的な原因が分かっていないらしい」
確かに、ライトはもちろんのことレオニスも子供時代から魔力が高かったらしいから、その理由にライトは得心した。
「だが、もし今日の神殿訪問の前に俺がかつて神殿で具合が悪くなったことを思い出していれば、何らかの対策はできたかもしれん」
「いくら昔のこととはいえ、俺がきちんとしていればライトが倒れるような事態も防げたかもしれんと思うと……」
「すまなかった」
レオニスはライトに向けて、頭を下げた。
ライトは慌ててレオニスを止める。
「そんなことないよ、レオ兄ちゃんが悪いことなんて何もないから」
「それにほら、ぼくももう元気になってきたし。だから、あんまり気にしないで?」
「ただ……」
レオニスが謝るのを止めた後、ライトは若干言い淀む。
「ただ……どうした?」
「うん……しばらくというか当分というか、ラグナ神殿には近づきたくない、かな……」
「ああ、そりゃ仕方ないっつか当然だ。学園側にも、この先神殿関連の行事があったらライトは欠席させてもらうことを伝えておいたから、そこら辺は安心してくれ」
「ありがとう」
「ただし、ジョブの適性判断はいずれ受けなきゃならん時が来るがな」
「うん……それまでに、原因が分かるといいんだけどね……」
ライトとしては、ラグナ教の内情や実態が分からないうちはなるべく近づきたくない。
何よりラグナ神殿に近づけば、必然的にあの【深淵の魂喰い】にも近づくことを意味する。
それら諸々を含めて、当分近寄らなくていいと思うとライトの気分はだいぶ軽くなった。
とはいえ、それらの回避措置は一時的なもので、ジョブの適性判断という儀式はこの世界では避けようのない確定事項なのだが。
「ところでレオ兄ちゃん、あのラグナ神殿の祭壇に祀られてる大剣について何か知ってることはある?」
「ん?聖遺物と呼ばれているやつのことか?」
「そうそう、それ。ぼく、あれを見た瞬間に気を失っちゃったんだよね」
「そうなのか?俺はラグナ教教徒じゃないからなぁ……そこら辺のことは全く分からないんだ」
「そっかぁ……」
まずはレオニスに尋ねてみたライトだったが、レオニスは何も知らないという。
少し残念ではあるが、正式な信者でなければ致し方のないことだ。
「今度冒険者仲間にも聞いておくか……回復師や祈祷師、呪術師なんかはジョブの関係上、神殿と関わりを多く持つ者もかなりいるから」
「何か分かったらぼくにも教えてね」
「ああ、任せとけ」
レオニスの人脈の広さに期待を寄せるライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
倒れたライトが再び目を覚ましてから、四日後の土曜日。
学園を数日休み絶対安静で過ごしたライトは体調もすっかり元通りになったので、気分転換にヨンマルシェ市場にでかけることにした。
その前にカーバンクルのフォルの様子が気になり、一旦カタポレンの家に戻ってみたらライトの机の上に何かが山積みになっていた。
しかも机の上だけでなく、椅子の上やら床やらにもあちこちに散らばっている。
これにはライトも心底びっくりした。
「これ、一回や一日のお使いで持ち帰る量じゃないぞ……もしかして、一度お使いに出すと何度でも繰り返し実行するオート的な機能でもついてるんか……?」
ライトは呆然としつつ部屋の中を見回すと、ライトのベッドの上でフォルがスヤァ……と寝ている。
先週ライトが神殿で倒れて以来、カタポレンの家には全く帰ってこれなかった。
フォルのお使いは金曜日の朝、学園に登校する前に開始して外に送り出したので一週間近くは経過している。
ライトが慌ててマイページの使い魔欄を確認すると、まだお使いボタンが点灯したままだ。点灯しているということは、お使いの命令がまだ生きて発動していることを意味している。
ライトはすぐにボタンを何回か押して、OFFである無色のボタンにしてお使いモードを解除する。
きっとフォルが疲れ果てて自主的に寝るまで、何度もお使いに出ては帰ってきて成果のアイテムを置いてまた出かける、をずっと繰り返していたのだろう。
ライトの知識では、使い魔をお使いに出すのは毎回手動で一回一回その都度コマンド入力するものだった。だが先程のお使いボタンの動作を見るに、どうやらこの世界では三種類存在しているらしい。
ボタンの色が無色の時はお使い完了後のOFF状態、青色の点灯は繰り返しお使いに出かけるオートモード、青色の点滅は一回限りの手動モードのようだ。
まさかゲーム内では未実装のオートモードがあるとは、全く思いもしていなかったライト。おそらくだが、これは将来的にお使い機能にオートモードを実装する予定だったのだろう。
もしかしたら、フォルは夜になってもずっとお使いモードをオートで継続していたのかもしれない。金曜日も普段通りカタポレンの家に帰宅するつもりでいたので、フォルにあれこれと言い聞かせなかったのが災いしたか。
「フォルにはすごく可哀想なことしちゃったな……ごめんね、フォル」
山と積み重なったお持ち帰りの品々は後でゆっくりと品定めすることにして、とりあえず床やベッドに落ちていて目についた物だけささっと拾い上げて机の上にひとまとめにしておく。
それからライトはベッドでスヤァ……と眠るフォルをそっと抱きかかえ、ラグナロッツァの屋敷に連れていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「マキシ君、フォルのことよろしくね」
「はい!ライト君も病み上がりなんだから、あまり歩き過ぎないで早く帰ってきてくださいね?」
「大丈夫だよ、ラウルがいっしょに来てくれるから」
「ラウル、ライト君から目を離しちゃダメだよ?」
「分かってるって」
一人で市場に出かけるつもりだったライト、ラウルとマキシにフォルを預けて行こうとしたら二人に猛反対されてしまったのだ。確かにライトは病み上がりの身であることを考えると、猛反対されるのも致し方ないところである。
だが、それでも外の空気を吸いたい、気分転換したい、とライトが主張すると、ラウルが渋々ながら了承したのだ。
「ま、俺もちょうど市場に買い出しに行きたかったからな」
「ただし、俺から絶対に離れるなよ?勝手にあちこちフラフラと歩くの禁止な」
「もし守れなかったら、ライトとレオニスのおやつ一ヶ月抜きだからな?」
ライトとしてももとより約束を破るつもりなどないが、おやつ一ヶ月抜きという厳罰宣言にライトは震え上がる。
しかもそれが自分だけでなくレオニスにまで波及するとなると、これはもう何が何でも何としても厳守せねばならない。
ちなみにレオニスはというと、今朝早くから出かけていて不在である。おそらくは先日のライトとの会話の流れで、ラグナ神殿に祀られている聖遺物に関して聞き込みなり調べてくれているのだろう。
もしここにレオニスがいたら、ラウルとマキシの猛反対どころの騒ぎじゃなかったかもしれない。
「ま、俺じゃ大した護衛にゃならんが、それでもいないよりはマシだろう」
「そんなことないよ。頼りにしてるからね、ラウル!」
病み上がりだというのに、眩い笑顔いっぱいでラウルに微笑みかけるライト。その笑顔の放つあまりの高威力オーラに、思いっきり胸を射抜かれるラウル。
仰け反るラウルの、グゥッ!という小さな呻き声とともに、ズドギューーーン!という効果音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。
「ハァ、ハァ……と、とにかくライトのことは俺がちゃんと守るから、マキシはフォルと留守番よろしくな……」
「うん、任せといて!二人とも気をつけていってらっしゃーい」
「キュウウウ」
眠るフォルを抱っこしたマキシに見送られながら、ライトとラウルはヨンマルシェ市場に出かけていった。