軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1698話 コートの温もり

冒険者ギルドの転移門を使い、ラグナロッツァ総本部からツェリザーク支部に移動したライト達。

今日は冒険者ギルドで仕事を請け負うのではないので、依頼掲示板や受付に立ち寄る必要はないのだが。受付にクレハがいるのが見えたので、クレハに挨拶だけしに行った。

「クレハさん、こんにちは!」

「あらー、ライト君じゃないですかぁー。こんにちは、お久しぶりですねぇー。殻処理貴公子様もご無沙汰ですぅー」

「久しぶり。最近あまりこっちにこれなくてすまんな」

「いえいえー、氷蟹の殻問題は一番酷い時に比べたら全然マシなんで!……でも、もうそろそろというか、近いうちにお越しいただけるとありがたいですぅー」

「ああ、年内には必ず来ると約束しよう」

「ホントですか!? ありがとうございますぅー!!」

ライトの挨拶を皮切りに、ラウルとも親密に話すクレハ。

ライトの少し後ろにいたハリエットが「殻処理貴公子様???」と小首を傾げていたが、後でその由来をライトが解説して聞かせると納得していた。

するとここで、クレハがライトに笑顔で話しかけた。

「というか、今日は見慣れないお連れさんもいらっしゃるんですねぇ。背格好からして、ライト君のお友達ですか?」

「あ、はい。彼女はぼくのラグーン学園の同級生でして。今日はぼくといっしょに、ルティエンス商会にクリスマスプレゼントを買いに来たんです!」

「……あの店に、クリスマスプレゼントになりそうなものなんか売ってましたっけぇー……???」

最初はにこやかだったクレハの顔が、ライトの答えを聞いてものすごーく渋い顔をしながら考え込んでいる。

ライトに一番最初にルティエンス商会を紹介してくれたのはクレハであり、だからこそクレハはルティエンス商会がどんな店であるかをよく知っているのである。

あからさまに訝しがるクレハに、ラウルが擁護し始めた。

「まぁな、そう思うのも分からんでもないが。でも、ライトだけでなく俺もあの店は結構好きで、何度も買い物してるぞ?」

「そうなんですかぁー? 殻処理貴公子様のお眼鏡に叶う品があるとは、さすがはツェリザークでも屈指の老舗ですね!……というか、ラウルさんはツェリザークで何をお買いになったんですか?」

「巨猫族が使う巨大おたまとか、芋煮しか作れない呪いの鉄鍋なんかを買った。うん、あれは実に面白い調理器具だ」

「……呪いの鉄鍋……」

話の流れでラウルがルティエンス商会でのお買い物履歴を披露し、その内容にクレハが絶句している。

巨猫族の巨大おたまも大概だが、呪いの鉄鍋なんて常人には論外だ。

そんなとんでもねーもん、一体誰が買うんだ?と普通なら思うところなのだが。それは実際に目の前にいて、しかも目を閉じ満足げにうんうん、と頷いているもんだからどうしようもない。

しかし、クレハは知っている。

ラウルは殻処理問題に悩むツェリザークを救っただけではない。

廃番の危機だった『氷蟹エキスたっぷり!ぬるシャリドリンク』に救いの手を伸べて、輝かしい未来に導いてくれた伝道師であることを。

ラウルの素晴らしい実績を思い出したクレハの顔が、再びパァッ!と輝く。

「さすがはぬるシャリドリンクの救世主様!ラウルさんの手にかかれば、鉄鍋如きの呪いなど敵でない!ということですね!」

「いや、あの呪いの鉄鍋は俺の料理の腕をもってしても勝てん。何をどう逆立ちしても、芋煮以外の鍋料理は全て味が消え去った」

「……でしたら、芋煮以外に使い道はないのですか?」

「いや、湯を沸かすくらいならできるぞ」

「「「………………」」」

無駄にポジティブなラウルの答えに、クレハだけでなくライトやハリエットまで呆気にとられている。

まぁね、確かに芋煮以外の全部の味が消えるなら、味がない水を沸かすヤカンの代わりくらいしかできないよねー……と内心で思うライト。

そこまでして呪いの鉄鍋を使う必要があるのか?と問われれば、甚だ疑問ではあるが。

「フフフ……料理を極めるためには、どんな道具であっても使いこなす。実にラウルさんらしい、素晴らしいお考えですぅー」

「お褒めに与り光栄だ。……さ、そろそろ本命のルティエンス商会に行くか」

「今日もラウルさんのお眼鏡に叶う品が見つかるといいですねぇ」

「ああ、俺もそう願うわ。じゃ、またな」

「どうぞお気をつけていってらっしゃいませー」

笑顔を取り戻したクレハに見送られながら、ライト達は冒険者ギルドツェリザーク支部を後にした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

冒険者ギルドツェリザーク支部の建物を出ると、冷たい空気がライト達を包む。

今日の街の中の気温はマイナス15℃で、これでもまだ平均気温の範疇だという。

空は相変わらずどんよりとした曇り空で、今にも雪が降ってきそうな重たい空が広がる。

「うわぁ……この時期のツェリザークはとても寒い、と聞いてはいましたが……本当に、すごく寒いですね……」

「そうだねー。ラグナロッツァも結構寒くなってきたけど、それでもこのツェリザークに比べたらずっと暖かい方だと思えるよねー」

「全くです……」

初めて見るツェリザークの景色を見ながら、ハリエットが真っ白い吐息とともに感嘆している。

今日のハリエットは、極寒の地であるツェリザークに出かけるということで、町娘風を装いながらもそれなりに着込んできている。

厚手のコートを羽織り、コートの下には温かいセーターを着ている。スカートの下にもタイツを穿き、毛糸の手袋だってしている。

しかし実際にツェリザークの空気に触れると、思っていた以上に寒い。やはり膝丈のスカートが身体を冷やすのだろうか。

曇り空を見上げるハリエットの剥き出しの耳や鼻が、ほんのりと赤くなっていく。

そんなハリエットを見て、ライトは何を思ったか着ているコートを脱ぎ始めた。

「ハリエットさん、その格好だけじゃ寒そうだね。ぼくのコートを着るといいよ」

「え"ッ!? そそそそんなことしたら、ライトさんの身体が冷えてしまいます!」

「あ、ぼくのことなら大丈夫。ぼくもラウルも氷の女王様の加護をいただいているから、寒さには強いというか全然平気だし」

「「………………」」

ライトの斜め上過ぎる答えに、ハリエットとお付きのサヴェリオが二の句を継げないでいる。

人によって寒さに強い弱いはある程度あるだろうが、寒さに強い理由が『氷の女王様の加護をいただいているから』と答える者が、果たしてこの世にどれだけいるだろうか。

しかしライト自身は、その異常さに全く気づいていなかったりする。

それは、レオニスやラウルという規格外の大人達に囲まれて育ったが故の盲点か。

ライトはいそいそとコートを脱ぎ、ハリエットの肩にふわり、とかけてあげた。

そのコートは、かつてライトが初めてツェリザークを訪れる際にアイギスで作ってもらった特注のコート。

少しもこもことしたシルエットの紺色のダウンジャケットで、縁取りのファーがお洒落なフード付きの、今でも時々愛用している思い出の品である。

「このコートはね、ぼくが初めてツェリザークにお出かけする時にアイギスで作ってもらったものなんだ」

「えッ!? あのアイギスのお品なんですか!?」

「そそそ、アイギスのオーナーさん達はレオ兄ちゃんの幼馴染だからね。服とかちょくちょく作ってもらったりしてるんだー。ささ、ハリエットさん、袖に腕通してちゃんとコートを着てー」

「は、はいぃぃぃぃ……」

紺色のお洒落なコートがアイギス製と聞き、ハリエットがびっくりしている。

アイギスと言えば、ラグナロッツァ中の女の子達を魅了してやまない憧れのハイブランド。

そのオーナー達とライトの保護者レオニスが懇意というのは、ハリエットも以前ライトから聞いて知っていた。

しかし、子供用のコートまで作っているとは全く思いもしていなかったようだ。

ライトに促されて、ハリエットが紺色のダウンジャケットに両腕を通した。

先程までライトが着ていたコートなので、その温もりがしっかりと残っている。

大好きなライトの体温を感じられるコートに包まれて、ハリエットの顔がほんのりと紅潮する。

「ライトさんが着ていたコート、とても温かいですわ……」

「でしょでしょ? これねー、ボタンの金属部分にそれぞれ違う魔法付与がされててね? 体温調節機能もついてて、すっごく温かいんだー!」

「ウフフ……アイギス製のコートだけに、素晴らしい品質なのですね」

「うん!アイギスのカイさん達が作る服って、本当にすごいよね!」

ハリエットの何気ない呟きに、ライトが違う方向で同意している。

ハリエットはライトの体温が残るコートの温もりに感激しているのだが、ライトはコートに付与してもらった魔法の恩恵のことだと勘違いしていた。

実際にアイギス特製コートは『着るカイロ』と称してもいいくらいの保温性があって、ツェリザーク以外の街で着ると暑いと感じるくらい高性能なのだ。

「あ、ハリエットさん、まだ耳が赤いね。寒かったらフードを被るといいよ、はい!」

「ありがとうございます。すっごく温かくなってきましたわ」

「そっか、それなら良かった!……さて、そしたら早速ルティエンス商会に行こっか!」

「はい!」

ハリエットの淡い恋心など、全く気づかないライト。

ハリエットの耳が未だに赤いのは、頭や顔が外気に触れてるからだ!という解釈のもと、ダウンジャケットのフードをカポッ☆とハリエットの頭に被せてあげている。

この朴念仁ぶりは、一体誰に似たのであろうか。

ライトが赤ん坊の頃から世話をしてきた 保護者その一(レオニス) か、はたまたラグナロッツァの屋敷でいつも世話になっている 保護者その二(ラウル) か。

しかし、ハリエットにとってはライトが朴念仁であろうとなかろうとどうでもいい。

ハリエットの身を案じて気遣ってくれる、その心根の優しさが最も嬉しかった。

小さくても立派な紳士であるライト。そのコートの温もりに包まれて、身も心も温かくなったハリエット。

今日の目的であるルティエンス商会を目指して、足取りも軽く歩き始めるのだった。