軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1694話 ダリオの末路・その三

『全く……この程度のことで泡を噴いて倒れるとか、よくもまぁそのような軟弱者如きが妾達属性の女王に手を出そうとしたものよの』

白目を剥き仰向けでひっくり返ったダリオを、火の女王が見下ろしながら吐き捨てるように呟く。

実際彼女の言う通りで、精霊に危害を加えようとするなら精霊達に反撃されたり返り討ちに遭う覚悟だって必要だ。

そう、『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ』なのである。

未だ怒り心頭の火の女王に、レオニスが提言する。

「火の女王、とりあえずそのあたりで怒りを収めてはくれんか? 中でブッ倒れている奴はどうでもいいが、こっち側まで卒倒しそうなんでな……」

『ン? ……ああ、そうか、それは悪いことをしたな』

レオニスの呼びかけに火の女王が後ろを振り向くと、そこにはダリオと同じく失神している宮廷魔導師と膝をついて懸命に堪えているラグナ大公の姿があった。

現役冒険者で火の女王の加護を持つレオニスはともかく、一般人のラグナ大公や戦闘経験の乏しい宮廷魔導師には怒れる火の女王の苛烈な圧は相当キツいに違いない。

しかし、既に卒倒してしまった宮廷魔導師の横でラグナ大公が何とか正気を保っていられるのにはちゃんとした理由があった。

非力な人族の身なれど、一国の主としてアクシーディア公国を束ねる立場の自分が、民の前でそう簡単に倒れる訳にはいかない―――ただその一心で、ラグナ大公はギリギリのところで踏ん張っていたのである。

これにはレオニスも内心で感心していた。

そしてレオニスの言葉に、はたと我に返った火の女王。

先程まで彼女の全身から立ち上っていた青白い火の勢いが、みるからに弱まった。

そのおかげで彼女が発する圧はかなり緩くなり、ほとんど息を止めていたようなラグナ大公も呼吸が普通にできるようになった。

「……ぷはぁッ!……はぁ、はぁ……」

「ラグナ大公、よく火の女王のあの圧に耐えられたな?」

「そ、そりゃあな……俺は、ラグナ大公、という、肩書を……一身に、背負って、いる、からな……」

「その気概、見上げたド根性、俺は好きだぜ? つーか、もしあんたがラグナ大公なんて身分じゃなかったら、今すぐ冒険者にスカウトしたいくらいだ」

「金剛級、冒険者の、其方に、そう言って、もらえるとは……俺も、まだまだ、捨てたもんじゃ、ねぇな……」

緊張が一気に緩んだせいか、ラグナ大公が尻もちをついたように床に座り込んだ。

その額には玉のような汗が滲んでおり、呼吸も荒くて息切れしている。

しかしラグナ大公の表情は苦しそうではなく、むしろ晴れやかな顔で微笑んでいる。

それは、レオニスのラグナ大公に対する絶賛が思いがけず嬉しかったのだろうか。

レオニスとラグナ大公、和やかな会話を交わす二人に火の女王が声をかけた。

『時に人族の王よ。今この辺りで、火を使っておる場所はあるか?』

「は? ……ぁー、えーと、確か……最低限の暖は熱晶石を用いているはずだから……火を使用しているのは、廊下にあるいくつかの灯りだけかと」

『そうか、その程度ならば良い。今から妾は、この軟弱者に 祝福(・・) を授ける』

「「……祝、福???」」

火の女王の言葉に、レオニスもラグナ大公も思わず耳を疑う。

彼女の言う軟弱者とは、言わずもがなダリオを指している。

ダリオは火の女王のみならず、全ての属性の女王達の敵。

なのに、火の女王は憎んで然るべき敵に『祝福を授ける』と言った。これは一体どういうことなのか。

レオニスとラグナ大公が理解に苦しむのも当然である。

すると火の女王は目の前にあった檻をすり抜けて、ダリオが倒れている独房の中に入っていった。

そしてしばらくダリオを侮蔑の目で見下ろした後、徐に屈み込んでダリオの額に向けて右手を翳した。

その次の瞬間、檻の外にあるランタンの火が一斉に消えた。

「「ッ!?!?!?」」

照明の役割を果たすランタンの火が一気に消え落ちたことに、レオニス達の顔が驚愕に染まる。

光源と呼べるものは火の女王その人のみとなり、廊下部分は一気に闇が広がった。

周囲の環境の変化に戸惑いつつ、レオニスが火の女王に問うた。

「おい、火の女王、一体何をしたんだ?」

『この軟弱者の周囲に、金輪際火は灯らぬ。そういう祝福を授けた』

「「………………」」

火の女王の答えに、レオニスとラグナ大公が思わず息を呑む。

廊下にあるランタンは、経費節減のためか魔石や魔法の類いは一切使わずろうそくを使っている。

そのろうそくの火が一斉に消えたのだから、火の女王の『ダリオの周囲に火は灯らない』という答えは真実であるのは明白だった。

「その……そいつの周囲に火がつかなくなるってのは理解した。それはどれくらいの範囲に及ぶんだ?」

『さぁな、それは妾にも分からぬ。このような祝福を授けたのは、何分にも初めてのことなのでな』

「そ、そうか……」

『何なら其方達の方で調べてみるが良い。そしてその結果が分かったら、妾にも教えてくれ。今後の参考になる故な』

レオニスの問いかけに、火の女王はあっけらかんとした口調で答えた。

戸惑いを隠せないレオニスとは対照的に、火の女王はくつくつと笑っている。

レオニスは未だ座り込んでいるラグナ大公に向かって手を差し出した。

「ラグナ大公、ダリオの身柄を今すぐラグナ宮殿の外に出した方がいい。このままここに置いておくと、ラグナ宮殿内どころか宮殿の外まで永遠に火がつかなくなることもあり得る」

「わ、分かった。ダリオはフェデリコとともに裁判にかける予定だったが、もうそんなことは言ってられん。今すぐアレカトラズに移送する」

「アレカトラズか……確かにそこなら、周囲を巻き込む心配はほぼなくなるな」

レオニスが差し伸べた手を借りて、何とか立ち上がったラグナ大公。

これまた未だに気絶している宮廷魔導師のもとに向かい、「これ、起きろ!」とほっぺたをペチペチと軽く叩いて起きるよう促している。

その間に、レオニスは再び火の女王と会話していた。

「つーか、火の女王……あんたも結構えげつないことを考えたな?」

『む? そんなことはないぞ? この場で命を取らぬという其方との約束も、こうしてきちんと守っておるではないか』

「まぁな……とはいえ、今後一切火が使えない人生ってのは、ものすごく辛いものになりそうだな」

『そうだろうとも。特に人族の営みは、火の恩恵なくしては立ち行かなくなるであろう』

火の女王の無慈悲な宣告は、レオニスの心胆を寒からしめた。

人族の日々の営みにおいて、火は水と同じくらいに重要な役割を持っている。

火がもたらす明かりや熱源といった恩恵。ラウルがこよなく愛する料理にだって、火は絶対に欠かせない。

特に今の時期、冬に暖を取るのだって通常は暖炉で薪を燃やして部屋を温めるものだ。

そうした莫大かつ様々な恩恵が、ダリオは今後一生得られなくなった。

これはもはや祝福ではなく、呪いそのもの。

火が使えない人生というのが、その先一体どのようなものになるのか―――全く想像もつかないが、壮絶なまでに不自由を極めることになるのは間違いない。

そしてこれはレオニスも今初めて聞いたことなのだが、何やら今回の件でレオニス以外にも火の女王に積極的に働きかける者がいたらしい。

それは、闇の女王と光の女王だった。

『闇や光が言っておった、それぞれの権能を取り上げたという話を聞いてな。それは良いことを聞いた、と思い、妾も姉妹達の知恵を見習ってみたのだ』

「……(闇の女王と光の女王の入れ知恵だったのか)……」

『何と素晴らしい報復であろう、このような素敵なことを思いつくとは、さすがは妾の姉妹よのぅ!』

きゃらきゃらと笑いながら、実にご機嫌そうに話す火の女王。

そのからくりを知って、レオニスが思わず絶句している。

最近の彼女達は、レオニスが築き上げた属性の女王専用ネットワーク、転移門を使ってちょくちょく女王同士で行き来しているらしい。

その日も夕暮れ時に、闇の女王と光の女王が二人してエリトナ山を訪れていた。

『火の女王よ。其の方……タロンを人族大虐殺の道具にして、本当にそれで良いのか?』

『闇の姉様の仰る通りです。如何に炎の女王の仇討ちとて、神殿守護神であるタロン様を利用してはなりません。それではタロン様があまりにも可哀想です』

『うぬぅ……確かに……』

二人の女王の説得に、火の女王も思うところがあったのだろう。

そしてこの二人の女王から、実に素敵な報復の報告も聞き及んでいた、という訳だ。

『其方ら人族が普段、あらゆる場面で使うておるであろう火。それを妾の権限で其奴から取り上げた。妾は火の女王、火にまつわることで妾にできぬことなどないからな』

「そうだろうな……」

『妾達精霊に仇なす不埒な輩―――炎の女王を甚振り大怪我を負わせるような者にまで、妾の恩恵をくれてやる道理などあろうはずもない。違うか?』

「……ああ、全てあんたの言う通りだ」

改めてレオニスに問いかける火の女王に、それまで戸惑うばかりだったレオニスの眼差しが真剣なものになる。

そう、彼女がダリオにかけたのは決して理不尽な呪いなどではない。

強欲で身勝手なダリオの自業自得であり、彼の愚かな振る舞いがその身に跳ね返っただけの当然の帰結であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ラグナ大公の迅速な判断により、ダリオはこの後すぐにアレカトラズに移送されることになった。

ダリオの因果応報に他の無関係な者、ラグナ宮殿やラグナロッツァの住民にまで被害が及んでは敵わないからだ。

ラグナ大公が移送先として指示を出したアレカトラズとは、サイサクス大陸から遠く離れた孤島を指す。

アレカトラズの領有権はアクシーディア公国が所持しており、位置はサイサクス大陸のはるか西側。

距離はラギロア島の十倍以上は離れていて、周辺に同様の島や陸地はない。完全な孤島である。

雨風を凌ぐ家屋はなく、本土からの物資の送り届けも一切なし。

日々の食糧は畑を耕して農作物を作って得るという、完全自給自足のみ。

島に出入りする船の定期便などもないし、周囲は海に囲まれていて陸地もものすごく遠いから、島から脱出したくても常人にはそれを可能にする方法がない。

それ故アクシーディア公国では、アレカトラズは重犯罪を犯した囚人のみが暮らす天然の刑務所として使われていた。

その後ダリオがどのような人生を過ごしたか、知る者はほとんどいない。

さすがに生死くらいは、ラグナ宮殿なりラグナ官府なりにきちんと報告されてはいるだろうが、それをレオニスやライトが知る機会もない。

その後もわざわざダリオの消息など知りたいとも思わないし、誰かに聞かせてもらったところで「ふーん、あ、そう」程度の所感しか出ないだろう。

また、レオニスが尽力した甲斐あって、それ以降属性の女王達が報復に動くこともなかった。

炎の女王とフラムに仇なした 不成者(ならずもの) に直接制裁する機会を得たことで、火の女王他属性の女王達も十分に満足したからだ。

これはひとえに人族と属性の女王達の間を仲介し続けたレオニスの功績と言えよう。

そしてこの件により、サンチェス家という家門はアクシーディア公国から消えた。

先々代王弟であるサンチェス公は、直系の孫がしでかした罪の引責として公爵位を返上。

ダリオの父親であるテオドロも、一人息子の監督不行届の責を負わされて伯爵位を剥奪された。

この結果、サンチェス公の流れを汲む一族はアクシーディア公国の大公位継承権リストからも完全に外されることとなった。

四十路を過ぎた息子の不始末を親や祖父、そして一族郎党までも負わされる羽目になるというのはナンセンスだ!と批難することなかれ。

今回の事件は、火の女王の報復という国家滅亡の危機直前にまで追い込まれた。

この事実は重大であり、ダリオ一人の流刑で済むほど軽くはない、というのがラグナ大公他国の中枢を担う重鎮達の総意であった。

そしてダリオのアレカトラズ移送当日に、ラグナ大公の勅命により精霊に関する法律の立法が決定した。

今回の事件を教訓に、もう二度と精霊の怒りを買うような愚かな真似を繰り返さないためにも立法は急務だった。

ラグナ大公肝入の精霊に関する法律は、一週間後には施行された。師走も押し迫ったこの時期に一週間で新法律の施行とは、異例中の異例である。

炎の洞窟での大事件を発端とした、アクシーディア公国滅亡の危機はこうして無事終息を迎えたのであった。