軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1638話 南の天空島での孵化とラキとの会話

南の天空島最大の島の真ん中に立ち、使い魔の卵の孵化作業を準備し始めたライト達。

まずラウルがハドリー達から預かっていた卵を空間魔法陣から取り出して、サマエルに手渡した。

「この卵に食べ物を与える。まずはカタポレンの畑で採れた林檎からやっていこう」

『あの林檎か。それをこの卵に与えると、何が生まれるのだ?』

「それは実際に孵化してみないと分からん。俺達だって、これまでこの卵を孵化させたのなんて二回だけだからな」

『神樹のところのハドリーと、オーガ族の里にいるラニ、だったよな? あのラニとかいう狼も素晴らしかった……まるで漆黒の闇に包まれたかのような艶やかな毛並みは、実に良いものだ』

己の手のひらにすっぽりと収まる茶色い卵を、サマエルがじっと見つめている。

前日のユグドラツィのもとに皆で集まった際に、ハドリーから譲り受けた茶色い卵と孵化後の生き物の話をしていたら、ラキが「それは、うちのラニのことか?」と話に加わってきて、その流れでラキが一旦オーガの里に戻ってわざわざラニを連れてきてくれたのだ。

…………

………………

……………………

「この黒い狼が我の四番目の息子、ラニだ」

「ワォン!」

『おおお……何という美しい毛並み……少しだけ、触らせてもらいたい』

「少しと言わず、好きなだけ撫でてやってくれ。うちの子は人見知りしない方だし、悪意や害意を持つ者でなければ全く問題ない」

『…………(もふもふ)…………』

初めて間近に見るもふもふ系生き物に、サマエルが感動に打ち震えながらラニの身体を撫で回す。

南の天空島には基本サマエルと天空竜しかいないので、小動物や四つ足の獣系の生き物とはとんと縁がないサマエル。

そんな彼にとって、ラニの黒々とした毛並みは実に魅惑的だった。

そしてラニの毛艶の素晴らしさ、その秘訣はラキの長女であるルゥのブラッシングのおかげだ。

ルゥは毎日欠かさずラニの全身を隈なくブラッシングしてあげていて、ラニもそれを喜んでいる。

それはルゥの弟に対する惜しみない愛情の表れであり、ラニもまたルゥを姉として慕い信頼している証なのである。

ラニの極上のもふもふを堪能したサマエル。

しばらくしてやっと顔を上げたかと思うと、とんでもないことを言い出した。

『この黒いのを、我が天空島に連れて帰りたい!』

「何ッ!? そんなん絶対に駄目に決まってんだろ!?」

『む。何故だ? 私とともにあれば、このラニは天空島に住めるのだぞ? これ程栄誉なことはあるまい』

サマエルの突然の言い草に、レオニスが泡を食いながら止めにかかる。

サマエルの思考がナチュラルに傲慢なのは今に始まったことではないが、だからといってそれを『ハイ、ソウデスカ』と簡単に受け入れることなどできない。

何よりラーデもオーガの里の者達とも仲良しなので、サマエルを諭した。

『これ、サマエルよ、無理難題を申すでない』

『無理なものですか。全ての生き物にとって、天空に住まうは栄誉。これを拒否するなどあり得ません』

『サマエル……其方が思う程、天空島は万能ではないぞ?』

『何ですって……?』

ラーデの言葉に、サマエルの眉がピクリ、と動く。

ラーデが発した『天空島は万能ではない』という言葉が気に障ったようだ。

しかし、ラーデはサマエルのご機嫌などキニシナイ!とばかりに話を続けた。

『まず、ラニのような四つ足で翼を持たぬ生き物は、天空島に住むには向かぬ。万が一領域の外に出てしまったら、地上に墜落して命を落としてしまうだろう?』

『ぬ……それは……し、しかし!南の天空島の広大さは、父上もご存知のはず!あれだけ広い島ならば山野を駆ける如き生活だってできますし、狼が山を超えぬよう天空竜達に監視させれば良いことです!』

『それとて限界があろう。そもそもラニがこのまま地上で生きていければ、万が一にも墜落死などという危険は一生ないのだからして』

『ぐぬぬ…………』

ラーデの諭しにサマエルも反論できず、ぐぬぬとなっている。

そしてラーデはさらに大事なことをサマエルに突きつけた。

『それに……ラニはラキ家の立派な一員であり、彼らの家族だ。ラニはラキを父と慕い、彼の妻であるリーネを母と慕い、彼らの実子であるルゥ、レン、ロイを兄姉と慕い、オーガの里で仲睦まじく暮らしておる。彼ら親子を引き離すような真似は……サマエル、如何に其方であっても我は許さぬ』

『ッ!!!』

突如発生したラーデのものすごい圧に、サマエルの身体がビクンッ!と反応する。

サマエルは基本的に父であるラーデよりもファフニールとリンドブルム、兄姉の言うことを聞く傾向が強い。

しかし、ラーデが本当に本気を出した時は違う。

皇竜メシェ・イラーデが放つ本気の圧には、如何にサマエルであっても抗うことは難しいのだ。

するとここで、何故かレオニスが慌ててラーデに声をかけた。

「ぉ、ぉぃ、ラーデ……ちょっと落ち着け」

『ぬ? 我は取り乱してなどおらぬぞ?』

「ぃゃ、お前はそのつもりかもしれんが……お前の圧に、ハドリー達が怯えてるぞ」

『何ッ!?』

レオニスの言葉にラーデが我に返り周囲を見回してみると、レオニスの言うようにハドリー達が全員涙目になっていて、その小さい身体をプルプルと震わせているではないか。

これに慌てたラーデ、一瞬にして圧を解いてハドリー達のもとにふよふよと飛んでいった。

『す、すまぬ!其方達を脅かすつもりではなかった!』

『ぴええ……』

『ラーデ君、怖いよぅ……』

『すまぬ!本当に申し訳ないことをした!』

『『『……グスン……』』』

慌てて謝り倒すラーデに、最初のうちは怖がっていたハドリー達も次第に落ち着きを取り戻していった。

『……うん、いつものラーデ君だ』

『ラーデ君、大丈夫?』

『何か嫌なことがあったの?』

『いい子いい子、ラーデ君はいい子だよー』

いつもの穏やかなラーデに戻ったことを実感したハドリー達が、今度は逆にラーデを慰めにかかる。

ラーデが何者であるか、皇竜がどのような者なのか、実はハドリー達はあまりよく分かっていない。

だからこそ、ハドリー達はラーデのことを『気の良いお友達』として接することができるのだ。

ハドリー達のおかげで我に返ったラーデ。

ハドリー達の渾身の慰め、頭撫で撫でや両頬同時頬ずり等を存分に受けた後、再びサマエルの前に戻った。

それまでハドリー達のハーレム待遇を見ていたサマエルが『父上、何と羨ましい……』と呟いていたような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!

『……話が逸れてしまったな。レオニスも、我を止めてくれてありがとう』

「どういたしまして。つーか、ハドリー達だけじゃなくヴィヒトも生きた心地がしなかったようだからな」

『うむ……ヴィヒトにも後で謝ろう』

レオニスにも礼を言うラーデ、ヴィヒトまでビビっていたと聞きバツが悪そうに項垂れる。

話の渦中となったヴィヒトは、ラーデの圧を浴びた瞬間に白目を剥いて卒倒してしまった。

ヴィヒトの突然の失神に、近くにいたラキとラウルが慌てて介抱して、今はラキの手のひらの上で安静に横たわっている最中である。

そしてラーデが改めてサマエルに向き直った。

『サマエル、先程我が言ったことは分かるな?』

『はい……父上の仰る通りです。強い絆を持つ親子を引き裂くのは、私としても本意ではありません』

『ならばラニを天空島に連れていくのは諦めよ』

『分かりました……』

ラーデに窘められて、しょんぼりと俯くサマエル。

これはかなり珍しい光景なのだが、ラーデにだって父親の威厳というものがちゃんとあったのだ。

するとここで、ラキがサマエルに話しかけた。

「如何にラーデ殿のご子息であろうとも、うちのラニを渡す訳にはいかんが……茶色い卵を譲り受けたのならば、天空島で卵を孵してそこで皆で暮せばよいのではないか? サマエル殿の話では、その天空島は山野を持つほど広大なようだし」

『ぬ、確かに……ラニが茶色い卵から生まれたとするならば、ラニの同族が生まれるはずだからな』

「茶色い卵からラニが生まれたのは、紛うことなき事実。我だけでなく、ラウル先生もその場におられたからな。なぁ、ラウル先生?」

「ああ、俺も保証する。茶色い卵にパイア肉50kgを与えたら、ラニが生まれたんだ」

ラキの提案にサマエルが頷き、ラウルもラニの出生秘話に証言をした。

ラニが使い魔の卵から孵化した時には、ラキ達オーガだけでなくライトやラウルもその場にいたから間違いない。

というか、使い魔の卵を孵化させるための餌=パイア肉はそもそもラウルがライトの要請に応じて提供したもの。

ラウルはラニの孵化に関する最大の功労者なのである。

そしてラキがなおも話を続ける。

「天空島に住まうサマエル殿が、天空を讃える気持ちは分かる。天空こそがサマエル殿達の故郷であり、居場所なのだからな」

『うむ。天空島は、選ばれし者のみが住まうことのできる特別な場所だからな』

「だろうな。翼を持たぬ我らには、到底住めぬ場所ではある」

ラキのフォロー?に、サマエルが得意げな顔で頷いている。

皇竜の子達の中でも特にサマエルは己の出自を誇っており、故郷である天空島を認められれば嬉しくなるのも当然である。

「しかし、我らのように天を駆けることができぬ者達が住む地上というのも、そう悪いものではないぞ? 地上にだって、天空島に負けぬ良い点がたくさんある」

『ン? それは、我が天空島が地上に劣る、ということか?』

一瞬だけ気色ばむサマエルに、ラキは事も無げに涼しげに受け答えする。

「優劣の問題ではない。それぞれがそれぞれに良い点と至らぬ点を持っている、というだけのことだ」

「例えばこの地上には、様々な生き物や植物が共存している。天空には持ち得ないであろう海や巨大な山河、そして広大な大地が果てしなく広がっている。そのおかげで魚介類や野菜、果物などの自然の恩恵も多い」

「しかし……我らのような翼を持たぬ者達は、果てしなく広がる蒼穹を見上げては恋い焦がれるしかないのもまた事実。あの大空を自由に飛べたなら、どれ程心地良いであろうことか……そう思ったことは一度や二度ではないし、これは地に住まう者全てが思い抱くに違いない感情なのだ」

『………………』

静かに語るラキの言葉に、サマエルはただただ無言を貫いている。

地上の利点と天空島の利点、数え上げればきりがないくらいにどちらにも魅力がある。

『他人の芝生は青い』とはよく言ったもので、他人や他所がより素晴らしく見えるのは人族に限った話ではないのだ。

「そんな訳で。サマエル殿の故郷である天空島も、我らが住むこの地上にも、それぞれ良い点がたくさんあるのだということを理解していただけただろうか?」

『……理解した。何より父上の療養は、天空島には荷が重いからな』

「ご理解いただけたようで何よりだ。ラーデ殿、賢い子をお持ちで幸せだな」

『ぃゃぃゃ、うちの子が何かとお騒がせで申し訳ない……』

サマエルが理解を示したことに、ラキが嬉しそうにニカッ!と笑いながらラーデに声をかける。

ラキに子供を褒められたラーデは、それまでの言動を振り返るに縮こまるばかりだ。

こうしてサマエルはラキ達地上の者とも話し合った上で、ファフニール達のもとに出かける前日、つまりは翌日に天空島での使い魔の卵孵化をする話を進めていったのだった。

……………………

………………

…………

前日のうちに話し合った結果をもとに、レオニスが空間魔法陣を開いてパイア肉の塊を取り出した。

これは、レオニスがプロステス郊外で狩った人喰いパイアの肉だ。

炎の洞窟を行き来する際に狩った人喰いパイアを、いつも冒険者ギルドプロステス支部で解体してもらっている。

人喰いパイアの肉は自分とラウルのためにとっておいて、皮は鞣してアイギス三姉妹への手土産に、その他の骨や牙、内臓に蹄などは冒険者ギルドに売却。

売却額と解体費用はトントンなので、肉と皮の分だけ得られれば万々歳である。

「ラニに与えたのはこの肉だ。ひと塊でだいたい1kgだから、これを五十個もやれば黒い狼が生まれるはずだ。そうだよな、ライト?」

「うん!ぼくもラウルといっしょに、ラニの誕生の瞬間に立ち会ったからね。それに間違いないよ!」

「OK、そしたらサマエル、お前の手で卵に肉をやってくれ。生まれた子と今後もこの天空島で過ごすなら、食べ物を与えるのはサマエル、お前がこなすべき仕事だ」

『うむ……任せよ』

ライトに改めて確認をしたレオニスが、今度はサマエルにパイア肉を手渡した。

レオニスからパイア肉の塊を受け取ったサマエル。しばし右手の中にある肉塊をじっと見つめてから、左手に持つ卵に触れさせた。

サマエルが右手に持っていた肉塊が、茶色い卵に触れた途端にスーッ……と消えていく。

何とも不思議な現象に、サマエルは『ぉぉぉ……』と驚いていたが、ライト達にはもうすっかり見慣れたお馴染みの光景である。

その後卵にどんどんパイア肉を与えていき、それにつれて卵もぐんぐんと大きくなっていく。

卵はライトの身体くらい大きくなっていったが、サマエルはそれを重たそうにする素振りもなく平気な顔で片手で持ち続けている。

そこら辺は、さすがはラーデの子にしてレイドボスといったところか。

そうして肉塊四十個目にして、卵の殻に罅が入った。

いよいよ何かが生まれる瞬間に、サマエル達の期待はますます膨らむ。

ライトは「おおッ、もう少しで生まれるよ!」と興奮気味に言い、レオニスやラウルも「そろそろ卵を地面に置いた方がいいんじゃねぇか?」「そうだな、その方が安心だな」とアドバイスをし、サマエルもそれは妥当だと思ったので素直に卵を地面に置いてから肉塊を与え続けた。

そして五十個目の肉塊を与えたところで、網の目のように細かくなっていた罅が一気に割れ落ちた。

全ての殻が地面に落ちた後に出てきたのは―――黒妖狼とは正反対の、真っ白い狼だった。