作品タイトル不明
第1635話 交流の橋渡し役
ラキ達がラウルやユグドラツィと挨拶を交わした後、彼ら視線は今日の目的であるラーデ親子に注がれた。
「ラーデ殿、先日ぶりだな」
『ああ、其方達も元気そうで何よりだ』
「先程森の番人殿から、今日はツィちゃん様のもとにラーデ殿がご子息とともに来ておられると聞いてな。是非ともお会いしたい、と無理を言ってついてきた次第だ」
『いや、こちらこそ詫びねばならぬ。本来なら我らの方から其方達のもとに挨拶をしに行かねばならぬところを……すまぬな』
ラキやヴィヒトからの挨拶を、ラーデがにこやかに返したり申し訳なさそうに受け答えしている。
ここ最近のラーデは、ラウルがオーガの里で料理教室をする際にいっしょについていくことが増えた。
そのため、ラキはもとよりオーガの人達とも仲が良い。
特にオーガの子供達に大人気のモテモテで、ラウルがオーガの奥様方を相手に料理教室を開催している間、ラーデは外で子供達と遊んでいるのが定番の流れとなっている。
料理教室が終わった後は、出かけたついでにナヌスの里や目覚めの湖、あるいはユグドラツィのもとに立ち寄ったりしている。
今のラーデの大きさは、ナヌスの成人男性より少し小さいくらい。故にナヌスの里の中でも、ラーデはご婦人方や子供達に大人気の引っ張りだこ。
かつてラーデがカタポレンの森に降りた当時の、ナヌス達の恐怖はすっかり消え去っていて今ではオーガ族同様大の仲良しとなった。
また、ユグドラツィのもとでもラーデは速攻でハドリー達に囲まれて、彼ら彼女らが作り出した花冠や蔓を使ったループタイもどきの装飾品?を毎回贈られてはゴージャスに着飾らされる。
最初のうちこそハドリー達の贈り物に戸惑っていたラーデだったが、あどけなくも無邪気な躑躅の精霊達の真心がラーデの心を解していくのに、そう時間はかからなかった。
こうした多種多様なご近所さんとの触れ合いは、今のラーデの密かな楽しみの一つとなっていた。
だからこそ、サマエルの来訪により近所迷惑になることだけは避けたい。そう思っていたのに―――
申し訳なさそうに謝るラーデに、ラキ達が豪快に笑い飛ばした。
「そんなこと、ラーデ殿が謝るようなことでもない」
「うむ、ラキ殿の言う通りぞ。むしろ謝るなら我らの方だ。森の番人殿やラーデ殿のお気遣いを知りながら、無理を言ってツィちゃん様のもとに押しかけて来たのだからな!」
『ラーデ君って、ホントに真面目さんだよねー。うちのアクア君より真面目なんだからー☆ ……ねぇねぇ、ラーデ君、そんなことより息子君を紹介してくれないかい?』
笑って許してくれるラキ達ご近所さんの心遣いが、ラーデの心に沁み入る。
そしてウィカの催促に応じ、ラーデがサマエルのことを紹介し始めた。
『ここにいるは、我が息子サマエル。我の三人の子供のうち末子で、サマエルの上に一男一女がいる。……さあ、サマエル、其方からも皆に挨拶せよ』
『……分かりました』
ラーデがサマエルのことを軽く紹介した後に、サマエルからも自己紹介をするよう促す。
一方でサマエルは、ムスッとした顔をしている。
先程まではハドリー達に囲まれてご機嫌そうに見えたのだが、ゴツい 鬼人族(オーガ) が現れたことで再び警戒心が湧き上がっているようだ。
しかし、敬愛する父の言いつけを無視する訳にもいかない。
サマエルは無表情な顔で徐に口を開いた。
『我が名はサマエル。偉大なる皇竜が第三子にして、南の天空島と天空竜達の主である』
「ほう、天空島の主をしておられるのか。それはすごい」
「うむ、ラーデ殿のご子息だけあって、とても偉い御仁なのだな」
『へー、天空島っていくつもあるんだねー☆』
サマエルの簡素な自己紹介に、ラキ達が興味津々といった反応をしている。
ただしウィカだけはいつも通りマイページで、サマエルのことよりも『南の天空島』というところに反応していたが。
そしてそんなラキ達の反応に、サマエルがふんぞり返りながら口を開いた。
『当然だ。私はこの世で最も尊き存在であらせられる父上、皇竜メシェ・イラーデの血を濃く受け継ぐ者の一人なのだからな』
『こ、これ、サマエル!誰がそのような尊大な挨拶をしろと言った!?』
『というか、そこの黒猫。お前は天空島のことを知っているのか?』
『サマエル!ウィカを黒猫呼ばわりするでない!』
慌てて止めに入るラーデの言葉などキニシナイ!とばかりに、ウィカの言葉に反応するサマエル。
ウィカはライト達とともに北の天空島に赴いたことがあるので、サマエルが北の天空島の住人達とは全く別者であることをすぐに理解した。
それがサマエルには不思議だったらしい。
『うん、ボクもライト君達といっしょに天空島に行ったことがあるよー。光の女王ちゃんや雷の女王ちゃん、グリンちゃんにヴィーちゃん、天空樹のエルちゃんにたくさんの天使ちゃんやドライアド達、みーんなボクの大事な友達さ☆』
『何だとぅ……何という羨まけしからん黒猫だ……』
糸目笑顔で話すウィカに、サマエルが半ば愕然としながら羨ましがっている。
そんなサマエルに、ウィカが名乗り始めた。
『ボクの名前はウィカ、水の精霊でウィカチャという種族だよ。普段は目覚めの湖に住んでいるんだー。サマエル君、これからヨロシクね☆』
『う、うむ……お前のその艶やかで美しい毛並みは実に素晴らしい』
『そう? サマエル君にそう言ってもらえると、ボクも嬉しいな♪』
ウィカの毛艶を褒めるサマエルに、ウィカの糸目がますます細く釣り上がる。
小さくて可愛いものが好きなサマエルの目に、ウィカは余裕で合格したようだ。
そんな二者のやり取りを見て、ラキとヴィヒトがくつくつと笑っている。
「さすがはウィカ殿、その愛らしい見た目で早速サマエル殿をも籠絡したか」
「いやはや、『可愛いは正義!』ですなぁ」
「全く全く。こればかりは、我らオーガには決して真似できぬ……ウィカ殿が本当に羨ましい」
「我らも身体の大きさだけなら、ウィカ殿と大差ないのだがなぁ……如何せん顔の作りが全く違う故に、可愛いとは程遠いのが口惜しい」
ウィカの愛らしさを褒め称えつつも、自分達にウィカ程の外見的魅力がないことを悔しがるラキとヴィヒト。
もちろんそれはただの軽口であり、他愛もない冗談である。
そんなラキ達に、今度はサマエルが物申した。
『私はきちんと名乗ったというのに、貴様らは名乗らぬのか。何という無礼な輩達だ』
「おお、それはすまない。名乗りが遅れて申し訳ないことをした。我はラキ、この近くに住むオーガ族の族長をしておる。以後お見知りおきを」
「私はヴィヒト、ラキ殿と同じくこの近くに住むナヌス族の族長をしている。よろしく頼む」
『フン、貴様らのような無礼者などどうでもよいわ』
クレームをつけたサマエルに、ラキとヴィヒトが改めて名乗る。
しかし、サマエルの反応はすこぶる悪い。
それは、小さくて可愛いハドリーやウィカと違って、ラキは見るからにゴツい巨躯、ヴィヒトは小人族だけどおっさんであるせいか。
サマエルはぷいっ!とそっぽを向いてしまった。
しかし、サマエルに悪態をつかれたラキとヴィヒトが怒る様子はない。
それどころか、一瞬だけポカーン……とした後に大笑いし始めた。
「フハハハハ!聞きしに勝る毒舌ぶりだな!」
「うむ、これは森の番人殿も懸念なさる訳だ!」
高笑いで笑い飛ばすラキとヴィヒト。
しかし、ラーデはそうはいかない。
サマエルがずっとラーデを腕の中に抱っこし続けていて、決して離そうとしないので全く身動きが取れない中、サマエルのあまりの態度の悪さにげんなりしつつ頭を下げた。
『ラキ、ヴィヒト、本当に申し訳ない……我が愚息こそ、不躾にして無礼極まりない。これはひとえに、ろくな躾もできなかった父たる我の不始末。如何様にも罰を受けようぞ……』
「何の何の、この程度の戯れ言でラーデ殿を罰する必要などあるまい」
「然り。とかく末子というのは甘やかしがちですからな」
『本当にすまぬ……後できつく言い聞かせておく故に、どうか許してもらいたい』
がっくりと項垂れるラーデに、ラキもヴィヒトも優しい言葉をかける。
ラキ達が何故こんなにも寛容なのかというと、それぞれ理由がある。
ラキは年寄りオーガ達の我儘に手を焼くことが多いし、ヴィヒトはヴィヒトで末っ子を甘やかし過ぎて我儘に育ててしまった例をいくつも見てきていた。
そのため、ラキ達にはサマエルの言動が『癇癪を起こした幼い子供の我儘』としか映らなかったのだ。
そんなラキ達のやり取りを、レオニスとラウル、そしてユグドラツィまでもがハラハラとしながら見守っていた。
「ぉ、ぉぃ、ご主人様よ……もしここで大喧嘩が勃発したら、ご主人様が止めてくれよ?」
「も、もちろんそのつもりだが……ラウル、そん時はお前も手伝えよ?」
「無茶言うんじゃねぇ。俺が入ったところで、速攻で木っ端微塵だわ」
「そんなん俺だって同じだ。……よし、今のうちにエリクシルを用意しとくか」
『ああ……こんな時私は、一体どうすれば良いのでしょうか……』
レオニスとラウル、二人してゴニョゴニョと話し合う横で、ユグドラツィまでおろおろと慌てふためいている。
サマエル vs. ラキという大衝突が起きたら、如何にレオニスであっても無事仲裁できるかどうか分からない。
喧嘩の仲裁如きにエリクシルまで用意しようとしているレオニス達の横で、今度はウィカが動いた。
『ハドリーの皆ー、こっちに来てくれる?』
『『はーい☆』』
ウィカのこっそりとした呼びかけと手招きに、ハドリー達全員がウィカのもとに集まってきた。
全員集合した後輩使い魔達に、ウィカが密かな指令を出した。
『今から皆でサマエル君達に話しかけてあげてくれる? ほら、サマエル君は初めてここに来たお客さんだし、人見知りする方っぽいじゃない? だから、皆で仲良くお話しするためにもハドリーの皆の橋渡しが必要なんだー』
『分かった!』
『任せてー!』
『あ、サマエル君といっしょにラーデ君も構ってあげてねー。ラーデ君も板挟みになって辛そうだからさ☆』
『『『はーーーい♪』』』
使い魔の先輩であるウィカの指令を受けて、ハドリー達が早速サマエルのもとにふよふよと飛んでいく。
そしてウィカも後輩を扱き使うだけでなく、自らトトト……と軽い足取りで駆け出していき、サマエルとラーデに二言三言声をかけてからサマエルの膝?にちょこん、と収まった。
さすがはウィカ、その愛らしさでサマエルを完全攻略済みである。
十六体のハドリーのうち十体がサマエルにまとわりつき、三体がラーデ、残る三体はラキとヴィヒトのもとにいて、それぞれ話しかけている。
ウィカや無垢なハドリー達の振る舞いのおかげで、それまで非常に気まずかった空気がみるみるうちに穏やかになっていった。
これに心から安堵したのがレオニスとラウル、そしてユグドラツィ。
最悪の事態を想定して用意していた、右手に持ったエリクシル。
それをレオニスとラウルは空間魔法陣に再びそっと仕舞った。
「……最悪の事態だけは、何とか回避できたようだな……」
「ああ……ウィカはさすがだな」
『ウィカは本当に、本当に賢い精霊ですねぇ……』
レオニス達の視線は、ハドリー達とともにサマエルとラーデの前に座り込んで笑顔で話しかけるウィカに注がれた。
そう、ウィカはただ単に後輩達を働かせるだけの無能ではない。自らも率先して動き、サマエルとラキ達先住民の橋渡し役として動いていた。
「うん、やっぱウィカはすげぇよな。シュマルリの竜達だって、ウィカにはメロメロだし」
「ドラゴンを一瞬で骨抜きにするとはなぁ……サマエルや天空竜にも通じるあたり、もしかしてウィカはドラゴンキラーの素質でもあんのか?」
『ウィカは目覚めの湖の住民に留まらず、カタポレンの森の救世主だったのですね……』
ウィカの知らないところで、ドラゴンキラーだの救世主だのと評価が爆上がりしている。
サマエルを巡る険悪な空気が払拭できたことに、ユグドラツィの枝葉が嬉しそうにサワサワと揺れ動いていた。