作品タイトル不明
第1628話 喜ばしい報せ
眩い光を放つ魔法陣の中から、ゆっくりと下降してくるサマエル。
魔法陣が発する光と相まって、半端ない荘厳さに満ち満ちている。
左右三対の羽の翼が逆光の中に浮かぶシルエットは、さながら宗教画を思わせる圧倒的な美しさだった。
ラーデを抱っこしているラウルの前に降り立ったサマエルが、ラーデに向けて声をかけた。
『……父上、お久しぶりにございます』
『うむ、サマエル、其方も元気そうで何よりだ』
『さぁ、私とともに参りましょう』
『……待て待て、サマエル。来て早々にどこに行くというのだ』
再会の挨拶もそこそこに、すぐにラーデをどこかに連れ出そうとするサマエルに、ラーデが渋い顔をしながら待ったをかける。
サマエルはかつて、ラーデを自分達の手に取り戻そうとして天空島の光の女王達と一触即発の事態にまで揉めたことがある。
あわや天空島間で大戦争となりかけた、あの時のようなことをラーデとしても繰り返す訳にはいかない。
しかし、親の心子知らずとはよく言ったもので、ラーデの心中などキニシナイ!とばかりにサマエルはきょとんとしながら返事をした。
『どこに行くとは、決まっておりますでしょう? ファフ兄様のもとですよ。ファフ兄様とフレア義姉様のお子が、無事卵から孵化したという連絡がリン姉様から来たのです』
『おお、それは目出度い!』
『でしょう? ですから、今すぐ私とともにリン姉様のもとに参りましょう』
サマエルがもたらした嬉しい朗報に、ラーデが一瞬だけ顔を綻ばせるもすぐにまた渋い顔に戻った。
確かに長子ファフニールの第一子、ラーデにとっては初孫の誕生はとても目出度いことだし、すぐにでも顔を見に行きたいのは事実。
しかしそれはそれとして、ラーデはレオニス達に世話になっている居候の身。ここで何の連絡も残さずにすぐに飛び出してしまっては、彼らに心配や迷惑をかけてしまう。
それはラーデの矜持として許されないことだった。
『サマエル、我はこのラウルやレオニス達に世話になっている身。そしてレオニス達もまた、其方同様ファフニールやリンドブルムとも知り合い、孵化したら必ずまた会いに来るという約束をした。故に我は、彼らに黙って出かける訳にはいかぬ。せめて一言伝えるまで待ってほしい』
『父上は、そういうところで義理固いですねぇ……いいでしょう、リン姉様にも『ファフ兄はともかく、フレジャちゃんがすっごく疲れてるから、お見舞いに来るなら三日後くらいに来るようにパパンにも伝えといてねー』と言われてますし』
『サマエルよ……ならば何故、今すぐ行こうと言うのだ……』
ラーデが自分の意向をしっかりと伝え、サマエルもまたそれを渋々ながら了承する。
今から三日の猶予があるなら、ラーデにとっても好都合だ。
その間に息子夫婦達への土産も用意できるし、何より孵化という重大な使命を果たした息子嫁の身体を最優先に労らなければならない。
ラーデが頭をクイッ、と真上に上げて、ラウルに相談をし始めた。
『ラウルよ、聞いての通り我が息子のもとにあった卵が無事孵化したそうだ。ついては息子夫婦達を訪ねるに当たり、彼らを労うための手土産が欲しいのだが……どのような品を持っていけば喜ばれるだろうか?』
「ンー、そうだなぁ……まずは疲れた身体に効くような、とにかく精がつく食べ物が一番良いと思う」
『確かに、卵に魔力を注ぎ続けた身体を癒やすような食べ物があれば好ましいな。何が良いだろうか?』
「とりあえず、うちの畑で採れた林檎と苺、それと桃も持っていくか? それなら俺の方からたくさん出してやれるし、他にも肉や魚が良ければ明日明後日のうちに他の街で買ってきてやることもできるぞ」
『うむ、そうしてもらえるとありがたい』
ラーデに相談されたラウルが、間髪を置かずに適宜答える。
ファフニールとフレア・ジャバウォックの間に生まれた卵を孵化させるには、彼ら夫婦が交代で外で魔力を溜め込むための狩りをし、その都度巣に帰ってきては卵に魔力を分け与えていた。
その様子をラーデ含むライト達は 具(つぶさ) に見たのだが、それを見たのが今から約百日前の七月下旬のこと。
三ヶ月以上に渡り、毎日全力で魔力譲渡してきたファフニール達夫妻。
そんな彼らへの手土産として、このカタポレンの畑で収穫した果実類は最適であろう。
レオニスやライトへの通達、そしてファフニール達への手土産。
これらの問題はいとも簡単に解決したが、最大の問題が残っている。
それは、ラウル達の前にいるサマエルをどうするか、である。
『サマエルよ、とりあえずリンドブルムとの合流は三日後で良いのだよな?』
『はい。リン姉様にも、くれぐれも言いつけを守るよう繰り返し命じられました。リン姉様曰く『守らなかったら、フレジャちゃんとファフ兄に変わって私が鉄拳制裁するからね☆』とも言われております』
『そうよな……ならば其方はどうする? また三日後にここに迎えに来てくれるも良し、あるいはこの近辺に留まって三日経つのを待つも良し。ラウルやレオニス達に迷惑をかけぬと誓えるのであれば、其方の好きにするが良い』
『ふむ……どういたしましょうか』
ラーデの問いかけに、サマエルが思案し始める。
サマエルは今でもラーデと離れ離れな現状に納得していない。
しかし、この森が常時放つ魔力の豊富さはサマエルも己の身で感じ取っていて、ラーデの療養に最適かつ最高の効果をもたらすであろうことは認めざるを得ないところだ。
するとここで、ラウルが思案するラーデ達に声をかけた。
「そしたらサマエルも、このコテージに泊まっていけばいいんじゃないか? 一旦天空島に帰ってから三日後にまたここに来るのも二度手間だし」
『我はサマエルといっしょに過ごせるのであれば、これ程嬉しいことはないが……其方達に迷惑はかからないか?』
『父上……そんなにも私のことを愛してくださっているのですね……』
ラウルの提案にラーデが戸惑いつつも喜び、そんなラーデの何気ない言葉にサマエルが感激で打ち震えている。
そしてラウルはラウルで、事も無げに話を続けた。
「ここで三泊する程度なら、ご主人様達も特に文句は言わねぇだろ。何ならこの家の周辺を散歩がてら散策してもいいし。ただし、余計な騒ぎを起こさないこと。この周辺には俺達以外の森の住民もいるしな」
『承知した。サマエルよ、お行儀良くできるな?』
『もちろんですとも。私は皇竜が第三子サマエル、父上の言いつけを守れぬような愚か者ではございません』
「『……(本当に大丈夫か……?)……』」
鼻高々でふんぞり返るサマエルに、ラウルもラーデも一抹の不安さを覚える。
しかし、今のサマエルに最も必要なのは、ラーデ達家族以外の他者との交流。これを経ないことには、いつまで経ってもサマエルの無自覚な傲慢さは直らないだろう。
なーに、明日明後日はご主人様についてもらえば大丈夫だろ。もちろん俺もラーデ達の近くに必ずいるようにはするが、それでも万が一のことを考えたらご主人様にも見てもらうのが一番確実だしな!
ラウルがそんなことを考えているが、もしかしたら今頃レオニスは盛大なくしゃみを連発しているかもしれない。
「じゃあ、とりあえずサマエルはここに三泊してもらうとして……連れの天空竜三頭はどうする? あいつらはサマエルの護衛なのか?」
『うむ、あの者達は私の護衛を務める近衛兵だ。南の天空島に返してもいいが、できればここに留め置きたい』
「分かった。まぁ、ラーデのために切り拓いた平地がかなり広いから、そこでよければ泊まっていってもらえるとは思うが」
『それで良い。あの者達には私の方から伝えておく』
「そうしてくれ」
ラウルとサマエルの間で、お泊まりの話がとんとん拍子に進んでいく。
サマエルの再来だけでなく、天空竜三頭までついてきたと知ったら、ライトがものすごく喜ぶだろうな―――ラウルはそんなことを考えながら、改めてラーデとサマエルに話しかけた。
「じゃあ、ラーデとサマエルは天空竜達を向こうの平地に案内してやってくれ。その間に俺はコテージの中で、今日の三時のおやつやその他を用意しておく」
『承知した。サマエル、行こうぞ』
『分かりました。お前達、私と父上についてこい』
「「「承知、シマシタ」」」
ラーデがラウルの腕の中から抜け出して、サマエルとともにラーデ専用の療養地に移動していく。
ラウルは一足先にコテージの中に入り、サマエル達をもてなすための準備を進め始めた。