軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1607話 実を結んだ領主の努力

ライトとレオニスがビナーで薬草採取をした翌日の日曜日。

レオニスはラウルとともにツェリザークに出かけていた。

その目的は、氷の洞窟で氷の女王と会うこと。

前日にフェリックスから聞いた話、氷の洞窟で三つの私兵もしくは傭兵パーティーが全滅したという話を氷の女王にも聞いて確認するためだ。

まだ蒸し暑いラグナロッツァやカタポレンと違い、ツェリザークは既に秋の陽気でかなり涼しい。

日差しが柔らかいツェリザークの秋の空を眺めながら、二人はツェリザークの街の外に出て氷の洞窟に向かった。

「その、サンチェスとか言ったか? そいつが雇った傭兵を氷の洞窟に突っ込ませて全員死んだってことだよな?」

「そうそう。昨日ビナーでいっしょに薬草採取の仕事をしたフェリックスからの情報だ。あいつの話は確かな筋のものばかりだから、間違いないだろう。とはいえ、氷の女王にも話を聞いた方がいいには違いないからな」

「だな。つーか、そのことで氷の女王の機嫌が悪くなってなきゃいいんだがな……」

「だよな……俺もそこが心配でな」

道中で会話する二人の顔は、あからさまに曇る。

今のレオニスとラウルが最も危惧していること。

それは『複数の人族の集団が氷の洞窟に押しかけてきたことに、氷の女王が憤慨しているかもしれない』である。

もともと氷の女王は人嫌いで有名だった。

しかし、最近ではライトとレオニスの活動(属性の女王の安否確認)を知り、さらにはラウルという愛する存在を得て、彼女の人族嫌いもだいぶ緩和できていたというのに。

ここへ来て、無礼な人族の集団が何度も氷の洞窟に押しかけたことで、氷の女王が再び人嫌いに戻ってしまうのではないか―――レオニスやラウルがそう危惧するのも無理はなかった。

まだ地面の土が見えるツェリザーク郊外を、レオニスとラウルはのんびりと歩きながら氷の洞窟に向かう。

しかし、雪こそまだ降ってはいないものの空気は明らかに冷え込んでいて、何なら今すぐにでも初雪が降りそうな肌寒さだ。

そしてそれは、氷の洞窟に近づく程顕著に感じられた。

「これは……やっぱり氷の女王が怒っているか?」

「かもしれんな……まぁ、ラウルがいれば門前払いはされんだろうとは思うが」

「そんなん分からんぞ? 俺だって見た目はほぼ人族と変わらんからな、ご主人様達とまとめていっしょくたに嫌われるかもしれん」

「あの氷の女王がお前を嫌う? それこそ絶対にあり得んだろう……」

ラウルのあり得ない懸念に、レオニスが半ば呆れ返るように否定する。

氷の女王がラウルを好き過ぎて、うっとりとした眼差しでラウルを見つめたり頬を白く染めながら言い寄ったりするのは、レオニスも幾度となく目撃してきた。

自分達人族のことは切り捨てても、ラウルのことだけは絶対に愛し続けるだろう。

もっともラウルの方には、そうした自覚など一切ないのだが。

そうして氷の洞窟の入口に辿り着いたレオニスとラウル。

洞窟の中からは、冷凍庫かと思うような冷たい風が吹き出てきている。

とりあえず二人とも、氷の女王からもらった氷の勲章をジャケットの内ポケットに忍ばせる。

二人は意を決して洞窟の中に入っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……とりあえず、魔物は出てこねぇな」

「一応まだ氷の勲章の効力はあるってことだな」

魔物が一体も出てこない氷の洞窟の中を、小声で会話しながら進んでいくレオニスとラウル。

もし氷の女王が激怒していたら、ライト達が以前もらった氷の勲章の効力まで無効になる可能性がある。

しかし現状ではそうなっていないことに、レオニスは少なからず安堵する。

そうして氷の洞窟固有の魔物に一体も出食わさないまま、二人は最奥の間に辿り着いた。

最奥の間にある玉座には、玄武を膝の上に抱っこしている氷の女王がいた。

いつもの氷の女王なら、ラウルが最奥の間に入るなり『ラウル、よく来た!』と言いながら花咲くような笑顔でラウルに抱きついてくるのに。今日の彼女はそんな気分ではないらしい。

しかし、俯きながら玄武の背中を撫でていた氷の女王だったが、レオニス達が入ってきたのを見て顔を上げて小さく微笑む。

『おお、ラウルにレオニス、よう来たの』

「久しぶりだな、氷の女王」

「玄武といっしょに元気にしてたか?」

『まぁ、見ての通りだ』

「「…………」」

微笑んではいるものの、あまり元気そうではない氷の女王の様子にレオニス達の顔も曇る。

そんな女王の様子を心配してか、彼女の膝にいる玄武も心配そうに見上げている。

このまま黙っていても話が進まないので、レオニスは思い切って話を早々に切り出すことにした。

「氷の女王よ、最近また人族のパーティー……集団が、この氷の洞窟に入って全滅したそうだな?」

『ああ……いつもなら、氷の洞窟に狩りに来た人族の群れなど放置しておくところなのだがな……先だっての奴等は目に余る所業でな、我としても捨て置けなんだ』

「目に余る所業って……一体何をやらかしたんだ?」

『奴等は……氷の精霊を 拐(かどわ) かそうとしたのだ』

「それは……」

氷の女王の話に、レオニスとラウルも絶句思わず固まりする。

例えばの話、氷蟹やブリザードホークを狩るだけなら氷の女王も口出しはしない。

氷の洞窟内も弱肉強食の原理に従い、強い者が生きる糧を求めて狩りをするのは当然のことだからだ。

しかし、氷の精霊が標的となれば話は別だ。

氷の女王は全ての氷の精霊達の長であり、彼女自身も氷の精霊のうちの一体。

仲間を庇護するのは彼女の責務であり、当然の権利と言えよう。

『奴等、上級下級問わず、何でもいいから氷の精霊を攫おうとしていてな。まだ生まれて間もない小さな氷の精霊を鷲掴みにして、小汚い袋に押し込めたのだ。それを見た時……我の理性は吹っ飛んだ』

「そりゃ仕方がないだろう……例えばの話、俺達だってもし禍精霊に襲われたりなんかしたら、さすがに精霊相手でも死に物狂いで反撃するだろうが……今回のは、そういう話じゃないんだろ?」

『ああ……今のような、外が暑い時期は氷の精霊は外にはおれず、皆氷の洞窟の中で過ごす。そこを狙われたのだろうとは思うが……嫌がる氷の精霊を素手で捕まえて、袋に押し込めた時の奴等の下卑た笑みが、我にはどうしても許せなんだ』

ぽつりぽつりと語る氷の女王の話に、レオニスも何と言葉をかけていいのやら分からない。

氷の女王の逆鱗に触れた愚か者達は、皆氷の女王の手により全身を氷槍で貫かれた後、氷漬けにされて蒼氷鬼や氷魔兵の手で洞窟外に放り出されたという。

なかなかに惨い最期だが、か弱い氷の下級精霊を虐げようとした者達の末路としては相応しいとも言えよう。

「氷の女王、愚かな人族が迷惑をかけてすまなかった。俺が詫びたとて何もならんことは承知しているが……それでも謝らせてくれ。本当に申し訳ない」

『いや、レオニス、其方が謝ることではない。其方は何も悪くないからな。それに、他の人族だってここ最近は友好的な者も多くてな。玄武様への供物をたくさん置いていってくれるので、我としても助かっておるのだ』

人族代表として深々と頭を下げ、真摯に謝るレオニス。

そんな彼に、氷の女王は謝罪など不要と告げる。

八月初頭にレオニスは、ツェリザーク領主であるジョシュア・スペンサーに氷の女王と引き会わせる約束をした。

領主という仕事柄、多忙を極めるジョシュア側の都合がつかず、氷の女王に会うという念願は未だ果たされていない。

しかし、レオニスとの会談時に『玄武は野菜や氷蟹が大好物』という情報を耳にしたジョシュア。

いつか会える日のために、少しでも氷の洞窟の主達の心証を良くしておきたいのだろう。それ以来、時折大量の野菜や氷蟹の刺身などを差し入れするようになったのだ。

野菜の運搬役は、地元ツェリザークの冒険者ギルドで依頼を出して雇っているという。

そして野菜とともに、氷の女王と玄武への手紙も必ずつけて置いていくのだとか。

もっとも、氷の女王も玄武も人族が用いる文字など読めないので、これまた時折氷の洞窟を訪れるラウルに代読してもらっている。

ジョシュアの氷の洞窟の主達を慕う気持ちが、これでもか!と綴られた手紙。

それを読み聞かせてもらう氷の女王や玄武とて、悪い気はしない。

むしろ『今代の人里の領主は、なかなかに好ましい人物なのだな』と氷の女王に思わせたくらいだ。

そうしたジョシュアの努力の甲斐あって、今の氷の女王は無礼な人族の集団が三回も押しかけてきても人族全てを嫌うまでは至らなかった。

これは間違いなくジョシュアの大手柄である。

「そっか……そしたら今度、ジョシュアに会って直接言葉をかけてやってくれ。そしたらジョシュアもすごく喜ぶと思うから」

『そうだな。ジョシュアという者のおかげで、玄武様が思う存分大好きな野菜を食べることができているのだからな。我からも礼を言わねばなるまい』

「ありがとう。氷の精霊を付け狙う輩に対しても、俺からジョシュアに相談しておく。どのくらい対策が取れるかは分からんが、人族の方でも出来る限り努力をすることを誓おう」

『うむ。頼んだぞ』

レオニスの言葉を受けて、氷の女王が今日初めて玉座を降りてレオニスの前に立つ。

氷の女王は左腕で玄武を抱っこしたままで、右手をスッ、とレオニスに差し出した。

和解を意味する氷の女王の右手を、レオニスもまたすぐに右手を出してそっと握る。

この握手によって、人族と氷の女王との絆は無事繋ぎ止められていた。