軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第160話 勝敗の行方

「……ハァ、ハァ……」

「……ハァ、ハァ……」

数多の極上料理をひたすら出し続けてきたラウルと、出された絶品料理を悉く平らげてその胃に収めてきたフェネセン。

大ホールの中央に両雄は立ち、双方荒い息とともに再び鋭い眼光を発しながら対峙する。

両者から立ち上るものすごい圧に、誰一人として彼らに近寄ることができない。普段から強力な魔物を討伐している最強の冒険者レオニスでさえも、彼らが発する圧の凄まじさにただただその場に立ち尽くす他ない有様だ。

そうして、どれくらいの静寂の時が流れただろう。

周辺が固唾を呑んで見守る中、最初に姿勢が崩れたのは―――

「……ううう、吾輩お腹いっぱいでもう食べれないいいい」

フェネセンが、ゆっくりと崩れ落ちるように床に尻もちをつく。

そのお腹は見事に膨れあがり、まるでタヌキに生まれ変わったかの如きまん丸球体ぽんぽんになっている。

そしてその尻もちとほぼ同時に、今度はラウルが崩れ落ちる。

「……くっそー、もうここに出せる料理が一皿もねええええ」

その場に尻をつき、両手を身体の後ろの床につけながら天を仰ぎ呟くラウル。

目を閉じながら眉間に深い皺を寄せ、歯を食いしばりギリギリと呻くその姿は、普段の優雅で眉目秀麗なラウルとはとても思えない憔悴ぶりだ。

だが、何故か両者とも満足気な表情に満ちていた。

「ケプッ……ラウルっち師匠、吾輩生まれて初めてお腹いっぱいになったよ」

「おう、人生初の満腹ってのはどんな気分だ?」

「……うーん、物理的にはキツいし苦ちいけど……」

「……けど?」

「精神的というか、心や気持ちはとっても満たされるもんなんだねぇ……ケプー」

極限まで丸くなった己のお腹をさすりながら、フェネセンはとても嬉しそうな声で初めて味わう満腹という感覚に浸る。

そこに時折軽いゲップが入り交じるのは、ご愛嬌というものだ。

「そうだ、それが満足感というもんだ。腹いっぱい食べれば、それだけで満ち足りた幸福感が得られるんだ」

「うん、吾輩今とっても幸せー」

「もちろんただ腹いっぱい食べるだけが幸せじゃないぞ?美味いものなら、少量味わうだけでも幸せに浸れるんだ」

「そだねー。今までの吾輩だって、満腹にはならなくても美味しいもの食べたら嬉しくなったもん」

「この俺様の作る極上料理なら、尚更だろう?」

ラウルがニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、フェネセンに語りかける。

ニヤリと笑うラウルを見て、フェネセンはニカッ!と満面の笑みで答える。

「うん!吾輩やっぱりラウルっち師匠の作るご飯が一番大好き!」

今回勃発した【ラウルvsフェネセン・ごちそう食べ尽くし頂上決戦】。

どうやらこの勝負の行方、両者の勝敗は決したようだ。

双方ともに勝者であり敗者。引き分けである。

勝負の行方を見届けたギャラリー達は、心からホッとしたような安堵の表情になる。

安堵の空気が流れる中、この邸宅の家主であり今宵の食事会の主催者でもあるレオニスが、パン、パン、と両手を二回叩いた。

「さ、この勝負、引き分けってことで。二人とも、それでいいな?」

「ああ、俺はその結論に異議はない」

「うぃうぃ、吾輩も十分納得よー」

「よし、じゃあここからはまた皆でのんびりと話しながら楽しむか」

「「「「「賛成ー!」」」」」

レオニスの見事な采配により、会場は再び和やかな空気に包まれた。

ここから先はもう、料理の山を出したり消したりする必要はない。

各々が飲み物のグラスを持ち、デザートや軽いつまみを食しながらゆったりとした時間を過ごしていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「フェネセンさん、まずは私から贈り物を進呈させていただいてもよろしいですか?」

「クルルゥ」

クレアがクー太とともに、フェネセンのところにやってきた。

その手には、何やら大きな包みを抱きかかえている。

「ン?クレアどん、吾輩に何かプレゼントくれるのん?」

「ええ、私が手ずから作成したものでして。これは絶対にフェネセンさんに似合う品ですので、是非とも!着ていただきたく!」

「……ン?着る??」

クレアの謎の熱弁に、フェネセンは頭の上に『???』をたくさん浮かべながら、渡された包みを開ける。

その包みの中から出てきたのは、ドラゴンの幼体クー太にそっくりの着ぐるみであった。

「……クレアどん、これ……」

「癒やしの天使クー太ちゃんを模した着ぐるみです。ささ、せっかくですので、今!ここで!着てみてください!」

「え、ちょ、待、クレアどん、待……ッ……」

フェネセンが困惑しているうちに、あれよあれよという間にクレアにローブを剥ぎ取られる。着ぐるみの背中から頭を潜らされ、袖に両腕を、足部分に両足を通される。

クレアのなすがままにフェネセンの身体は着ぐるみにすっぽり収まり、背中のボタンをスパパパパッ!と留めて、頭にフードをカポッ!と被せて、顎紐をキュッ!と締めたら、ババーン!と完成だ。

「「「「「………………」」」」」

皆が無言で見守る中、一番最初に声を発したのはライトだった。

「……フェネぴょんドラゴン、カッコイイ……!!」

目をキラッキラに輝かせて、クー太ちゃん着ぐるみに身を包んだフェネセンを大絶賛するライト。

クレアも両手を胸の前で組み、瞳を潤ませて感激の面持ちでフェネセンドラゴンを見つめる。

「ああ、やはり私の見立ては間違ってなかった……フェネセンさん、ものすっごくよく似合ってます!」

「……え。そ、そう?ライトきゅん、吾輩、カッコイイ??」

「うん!!超々々々カッコイイよ!!」

「そうなんだ!……ンフフフ、吾輩カッコイイの大好き!クレアどん、素敵なプレゼントありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして。フェネセンさんにも喜んでいただけて何よりです。このクレア、徹夜で着ぐるみを仕立て上げた甲斐があったというものです、ョョョ」

最初のうちこそ怪訝な顔をしていたフェネセンだったが、二人の大絶賛モードにだんだん気を良くしていく。

カッコイイこと、褒められることが何より大好きなフェネセンだけに、この二人から大絶賛されて気を悪くすることなどありえないのだ。

だが、そんな大盛り上がりしているのは三人だけで、他の面々は皆一様に無言で下を向いたりフェネセン達に背を向けている。そう、笑いを堪えるのに必死なのだ。

ただでさえ面白おかしい格好だというのに、フェネセンのお腹が今満杯でぽっこり状態なのがまたドラゴンのお腹の丸みをよく再現していて、見ている者の腹筋を刺激することこの上ないのだ。

そんな中、レオニスだけは何故か顔を引き攣らせている。何故かといえば、先日クレアに氷の洞窟同行への報酬として挙げられ耳打ちされた内容を思い出していたからだ。

『ドラゴンの着ぐるみ……俺、あれを着せられようとしてたんか……』

その図を想像してしまい、レオニスはほんのちょっとだけ身震いしていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて、では次は私の番ですかね」

クレアからプレゼントされたドラゴンの着ぐるみをひとまず脱ぎ、大事そうに空間魔法陣に仕舞うフェネセン。

フェネセンが再びローブを着て元通りの姿になった頃に、グライフがフェネセンのもとに来た。

「ぐりゃいふ、本当に久しぶりだぁね。しばらくここラグナロッツァにいたのに、なかなか会いにいけなくてごめんよぅ」

「いいえ。冒険者を引退した私と違って、現役大魔導師である貴方は何かと忙しい身でしょう。気にしないでください」

「うん、今日ここで会えて本当に良かったよ」

グライフは、腕に抱えていた一本の筒のように丸められた紙製の何かをフェネセンに差し出す。

グライフから手渡された品を、フェネセンがそっと紐を解き丸みを解きながら開いていく。それはいわゆる世界地図であった。

「ぐりゃいふ、これは……?」

「ええ、見ての通り世界地図です。本でなくて申し訳ないのですが」

「……!!そんな貴重なもの、もらっちゃっていいの?」

「もちろん。これから貴方は、とある目的のため世界中のあらゆる場所を探訪すると聞きました。ならば、 こ(・) れ(・) ら(・) は必ずや貴方の役に立つことでしょう」

その世界地図はサイサクス大陸だけでなく、他の陸地や離島まで詳細に書き込まれていた。

そして更にその世界地図の下に、もう一枚の紙が重ねられていることに気づいたフェネセン。

「ン?これは何ぞ……?…………!!!!!」

世界地図の下に重ねられていた、もう一枚の大きな紙。

それは『ラグノ暦時代の世界地図』であった。

「ぐりゃいふ!これ……!!」

驚愕の色に染まるフェネセンに、グライフは微笑みながら「シーッ」と小声で呟き、人差し指を立ててそっと己の唇にあてる。

現代のラグナ暦の世界地図と、ラグナ暦になる前のラグノ暦時代の世界地図。

ぱっと見では、その二つには地図としての大差はないように思える。大陸の形状自体には、特に大きな変化はないからだ。

だが、フェネセンはその世界地図の違いを瞬時に理解した。

二枚の地図を見比べてすぐ分かる点として、首都の位置が違う、魔の森カタポレンの規模が全く違う等は認識できる。

だが、ラグノ暦の世界地図の真の価値は、そんな瑣末な箇所ではない。

言うなれば『古代地図』とも呼ぶべきその地図には、天空諸島の航路が破線や点線で事細かに書き記されているのだ。

天空諸島とはその名の通り『天空に浮かぶ島々』である。ライトやフェネセンが以前から口にしていた『天空島』と同じものなのだが、その実態は諸島という言葉の通り、大小複数の島々が存在する。

そしてその島々の位置を知ることは、現在のサイサクス大陸の文明では非常に困難だ。

地上から空を見上げても見えない高度にあり、またその高度が何らかの事由により地上に近づいたとしても地上からは見えないように隠蔽機能が働くという。現代日本でいうところの、ステルス機能である。

そんな場所に地上の人間が向かうのは、想像以上に困難を極める。

いや、厳密に言えばそれは絶対に行けない場所ではない。現にフェネセンやレオニスなどの超一流の腕を持つ者達ならば、行くことは可能だ。

だが、可能であっても容易ではない。近所の店に立ち寄るような気軽な気分で行ける場所ではないのだ。

よほどの理由や覚悟がなければ、到底行く気にはなれない場所。それが天空諸島であった。

その天空諸島の主立った島の航路を詳細に記したのが、グライフが渡した古代地図だ。

これがあれば、フェネセンの天空諸島調査はかなり捗ることは間違いない。もしかしたら数年、いや、数十年単位の短縮になるであろう。

グライフからの思いがけない贈り物に、フェネセンは感動のあまりグライフに抱きついた。

「ぐりゃいふ、ありがとう……ありがとう……!!」

「どういたしまして」

「あ、あとね、この他にももうひとつ、吾輩ぐりゃいふに御礼を言いたかったの」

「この他に?何のことです?」

抱きついたフェネセンが、顔を上げてグライフの顔を真っ直ぐに見る。

もうひとつ御礼を言いたい、とフェネセンに言われて何のことかすぐには理解できなかったグライフは、不思議そうな顔でフェネセンに問うた。

「表題のない本をぐりゃいふのところで買ったって、ライトきゅんから聞いたの」

「ん?表題のない本?……ああ、あれのことですか。確かに以前レオニスとともに当店にお越しいただいた際に、店主の私ですらその所在を知らなかった謎の本をライトが見つけて、そのままお買い上げいただきましたが」

表情のない本のことは、グライフにとっても記憶に残る出来事だったのだろう。フェネセンの話を聞いて、何のことかすぐに理解したようだ。

「あれね、吾輩にとってはとっても大事な本だったの」

「おや、そうだったんですか?」

「うん、レオぽんのところでそれを見せてもらってね。ライトきゅんが吾輩に譲ってくれたの」

「そうでしたか……やはりあの本は、己の意志で自らライトのもとに行ったのですね」

グライフの思いがけない話に、フェネセンは驚きの表情を隠せない。

「え?そうなの?」

「ええ。力のある本は、自らが読み手を選んで己の望む場所にいく。スレイド家に代々伝わる言い伝えのひとつです」

「そうなんだ……そんなこともあるんだね……」

「あの本は、ライトを通して貴方のもとに行きたかったのでしょう。そこまでしてでもあの本は、貴方のもとへ行くことを望んだのです」

「……!!!!!」

グライフの言葉に、フェネセンの顔は先程よりもさらに驚愕の色に染まる。

だが、その驚愕はほんの一瞬で驚喜の色に塗り替わる。

「そっか……そうだね……ぐりゃいふ、本当にありがとう」

グライフの身体に回した腕をさらにギュッ、と抱きしめたフェネセン。

グライフの胸に顔を埋めるフェネセンの目には、キラリと光る何かが滲んでいた。