軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1556話 藁にも縋る思い

離れ宅の玄関から中に入り、フェルディナンドの後をついていくレオニス達。

一番奥の部屋に入ると、そこは広々とした明るい部屋だった。

南東の角部屋でとても大きな掃き出し窓があり、外の光をよく取り込んで眩しいくらいに部屋中が明るい。

南側の掃き出し窓の外には 庇(ひさし) がつけられていて、適度に陰を作っている。

そして部屋の中央には布団が敷かれていて、その奥には一人の初老のオーガがいた。

「父上、母上のお加減は如何ですか?」

「うむ……今日は少し落ち着いておる。機嫌も良くてな、椅子に座って外を眺めたいと言うから座らせてやったら、今は気持ち良さそうにうたた寝しておる」

「それは良うございました」

布団の奥、掃き出し窓の窓際にある椅子の手前で胡座で座るオーガ。

彼こそが、前族長にしてフェルディナンドの父マクシミリアーノである。

マクシミリアーノは、入口に背を向けたまま会話を続ける。

「今日は何やら大勢を連れておるな?」

「母上の体調を良くできるかもしれぬ者を連れて参りました」

「……それはまさか、その矮小なる他所者のことを指しておるのではなかろうな?」

「その通りです」

「「「…………ッ!!」」」

未だ後ろを振り向かず、レオニス達に背を向けているマクシミリアーノから猛烈な怒気が発せられた。

その怒気の凄まじさに、チェスワフやガイ達中央のオーガ三人が思わず怯み後退りした。

しかし、その中にあってレオニスとフェルディナンドは全く動じない。

「父上、斯様に苛烈な怒気を放たれては母上のお身体に障りますぞ」

「……ぬ……」

事も無げにサラッと窘める息子の言葉に、マクシミリアーノの怒気が瞬時に半減した。

妻の身体に障るとあっては、さすがに控えない訳にはいかないようだ。

その妻ベスは、マクシミリアーノの前で椅子に座ったままうとうとと寝ている。

マクシミリアーノはベスの穏やかな寝顔を愛おしそうに見つめた後、徐に振り返った。

年の頃を人族で例えると、還暦過ぎたくらいに見える。

実際にはベスと同世代なのだが、それより若干老けて見えるのは病に苦しむ妻の看病疲れのせいもあるのかもしれない。

しかし、見た目は多少老けていてもその眼光は誰よりも鋭い。

蘇芳色の眼をギラリ!と光らせ、フェルディナンドを睨みつけながら問い質した。

「……話はここで聞こう。人族が一体この里に何の用だ?」

「この者―――レオニスと名乗る人族は、中央の里のオーガ達と親交があるとのこと。また、前族長であらせられる祖父君からも頼まれ事を受ける仲のようです」

「何だと? それは真か?」

フェルディナンドの説明に、マクシミリアーノの顔が少なからず驚愕する。

その視線はガイ達三人のいる方に注がれ、三人とも「そ、そうです!」「フェルディナンドさんの言っていることは本当です!」「ここにいるレオニスは、人族だけど俺達の親友です!」等々、一生懸命にレオニスの擁護をした。

東の里の者達にとって、基本的に自分達以外は押し並べて他所者ではあるが、それでも同族であるオーガのことは異種族よりも格段に信頼している。

フェルディナンド同様、マクシミリアーノも中央のオーガが言うことならば多少は聞く耳を持っているらしい。

そしてその後もガイ達の話が続いた。

レオニスは中央の里の救世主であること、中央の里の族長ラキはもとより前族長のニルも一目を置く存在であること。

そしてそのニルから、自分達と同じくベス一家の様子を見てきてくれと頼まれていたこと等々を、マクシミリアーノに語って聞かせた。

「でな、ここからはレオニスから出た提案なんだが……もし良ければ、レオニスがベスさんに回復魔法をかけてくれるって言ってるんだ」

「何だと!? そんなことができるのか!?」

「あ、ああ。ベスさんの病気が回復魔法で治るかどうかまでは分からんけど、兎にも角にもまずは当人に会ってみてからでなきゃ話が始まらないだろう? だから俺達といっしょに、ここに来たんだ」

「………………」

ガイ達の思わぬ話に、マクシミリアーノが黙り込む。

人族がオーガの友というだけでも喫驚ものなのに、まさか病を患う妻の身の心配までされるとは予想だにしなかったのだ。

しかも回復魔法という、オーガ族にはどう逆立ちしてもできない芸当まで可能だというではないか。

しばし思案していたマクシミリアーノだったが、ようやくレオニスの方を向いて話しかけた。

「……人族、其の方、岳父殿の知己というのは真か?」

「おう、ニル爺は俺の親友だぜ? ニル爺の方は、俺のことを名前ではなく『角なしの鬼』と呼んでいるがな」

「ニル爺……角なしの鬼……」

初っ端から砕けた口調のレオニスに、マクシミリアーノが思わず絶句する。

マクシミリアーノの威圧を受けてなお怯まないレオニス。その胆力はオーガ並みどころの話ではない、オーガ以上だ。

この一点だけでも特筆すべきなのに、マクシミリアーノの義父に当たるニルのことを『ニル爺』と呼ぶとは。想定外にも程がある。

しかし、今考えるべきはそこではない。

レオニスが回復魔法を使えるということだ。

それについて、マクシミリアーノが改めてレオニスを問い質した。

「其の方、回復魔法を使えるのか?」

「ああ、一応な。最上級はさすがに使えんが、中級のキュアラなら100連チャンくらいは余裕でできるぜ」

「100連チャン……ならばちょうどいい、我のこの手のひらの怪我を治してみせよ」

マクシミリアーノが己の右手をレオニスに向かって差し出した。

すると、彼の右手には多数の小さな切り傷があった。

「この傷は、どうしたんだ?」

「先程妻の好きな野花を摘んできたのだが、この花は何しろ葉に棘が多くてな」

「……ああ、アザミの花か」

マクシミリアーノがふと見遣った先、布団の枕元に一輪挿しがあり、そこには一輪の鮮やかな桃色の花、アザミが挿してあった。

このアザミの花、茎や葉に棘があって素手で詰むにはかなり危険な花だ。

しかし、妻が好きな野花だから毎日摘んでは新しい花を見せてやっているのだろう。

そしてこの切り傷は、確かにレオニスの回復魔法を試すのにちょうどいい。

如何にマクシミリアーノ達が回復魔法を欲していると言えど、初対面で見ず知らずの人族のことをいきなり信用する訳にはいかない。

まずはその腕前をベス以外の者で試すのは理に適っている。

もっと言えば、マクシミリアーノ自身の身体で効果の程が実感できれば言うことなし、である。

早速レオニスが、マクシミリアーノが差し出した手に向かって中級回復魔法『キュアラ』をかけた。

この程度の切り傷なら、キュアラ一回で十分回復する。

レオニスがキュアラを唱えた途端、マクシミリアーノの右手のひらの切り傷がスーッ……と消えていった。

その抜群の効果に、マクシミリアーノだけでなくフェルディナンドやガイ達も「ぉぉぉ……」と感嘆の声を上げている。

そして、これ程の効果を目の当たりにさせられたら、如何に懐疑的な東のオーガ達でも認めざるを得ない。

「……良かろう、我が妻を見ることを許す」

「おお、そうか、ありがとう」

マクシミリアーノの許可が降りたことに、レオニスの顔がパァッ!と明るくなり礼を言う。

そして早速レオニスが前に進み出て、ベスが座る椅子の横に立った。

椅子の上でうたた寝するベス。

スヤスヤと眠る様子はとても穏やかな寝顔だが、顔色はすこぶる悪い。

ベスの肌色は中央のオーガ特有の小麦色だが、同じ肌色のガイ達と比べても明らかに血色が悪いのがレオニスの目にも分かる。

するとここでレオニスが、改めてマクシミリアーノとフェルディナンドに向かって話しかけた。

「今から俺がかける回復魔法は、基本的に外傷や疲労回復を治すものだ。病巣に対しての治療や完治は望めない。それだけは承知しておいてくれ」

「……分かった」

「ただし、疲労回復することによって身体の怠さや辛さは取ることができる。例えそれが一時的なものであっても、ベスの身体には良い影響が期待できるだろう」

「それでもいい、よろしく頼む」

レオニスの事前忠告に、マクシミリアーノとフェルディナンドが小さく頷く。

彼らにしてみたら、レオニスは最後の頼みの綱だ。

病に苦しむ妻や母を思い、少しでも身体を楽にしてやりたい。

そのためなら、異種族だろうと何だろうと藁にも縋る思いだった。

二人の家族の了承を得て、レオニスがベスの方に身体を向き直す。

そして両手を翳し、中級回復魔法キュアラをベスの身体に向けてかけ始めていった。