軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1535話 ガベリーナの矜持

転移門を設置した屋上を出て、ラウルを呼ぶために一階の給湯室に向かうライト。

階段をトントンと降りていくライトの頭には、さるぼぼガベリーナがちょこん、と乗っかっている。

今ここにいるのは、ライトとガベリーナのみ。

レオニスやラウル、砂の女王はいない。

勇者候補生とレイドボスが二人きりという、滅多に訪れないチャンスにライトが動いた。

「ガベリーナさん、一つ聞いてもいいですか?」

『ン? 何ぞ?』

「勇者候補生のぼくのこと……叩きのめしてやりたいという気持ちは、まだありますか?」

『………………』

ライトの質問に、ガベリーナがしばし黙り込む。

この質問は、ライトにとって結構切実な問題だ。

BCOで毎日のように討伐していたレイドボスは、このサイサクス世界では一部を除いて属性の女王を守護する役割を持っている者が多い。

そしてライトは属性の女王の大ファンなので、彼女達と敵対するようなことにはなりたくない。

これまでライトが出会ってきた神殿守護神達は、皆己の正体を知らなかった。だからこそ、ライトを生みの親と慕ったり好意的に接してきてくれた。

しかし、ジャッジ・ガベルのガベリーナだけは違った。

彼女は無意識下でライトを敵視していて、ライトとレオニスに会いたがっていた砂の女王を無理に止めていたくらいだ。

そして、何故そんなにもライトに対してのみ無性に敵意が涌くのか、彼女自身全く分からずにいた。

その本能レベルでの嫌悪感が拭えなければ、ライトと仲良くすることなど到底無理だろう。

もしガベリーナの自分に対する憎悪や忌避感が、今後もずっと涌き続けるのであれば、砂の女王様に会いに来るのは控えなきゃならない。砂の女王様との交流はレオ兄に任せて、自分は極力ここにこないようにしよう―――ライトはそう考えていた。

そしてライトの問いに対する答えが、ガベリーナからもたらされた。

『正直、お前に対して思うところが全くない訳ではない。最初の頃程ではないが、今も何だか胸の中が鬱屈としていてもやもやする』

「そうですか……だったらぼくは、もうここに来ない方がいいですよね……」

『ン? 何故だ?』

ガベリーナの予想通りの答えに、ライトがしょんぼりとしている。

ガベリーナのライトに対する心象は、初対面時よりはまだマシになったようだ。

しかし、それでもライトと会うと鬱屈とした気分になるというなら、もう会わない方が両者のためだ……とライトが思うのも当然である。

なのに、もうここには来ない、お互い会わない方がいい、と断腸の思いで告げたライトの提案に、当のさるぼぼガベリーナは何故か小首を傾げて不思議がっているではないか。

この予想外の反応に、ライトが問い重ねた。

「何故って……ガベリーナさんがぼくを見て嫌な気分になるなら、ぼくとは会わない方がいいでしょ?」

『ンーーー……』

ライトの再度の問いかけに、さるぼぼガベリーナが頭を上下左右に動かしながら考え込んでいる。

しばらくそうしていたガベリーナだったが、思考を整えてから徐に口を開いた。

『確かにこの鬱屈とした気分は、実に晴れない鬱陶しいものではあるが……対処できないほどのものでもない』

「対処……ですか?」

ガベリーナの言葉に、今度はライトが小首を傾げている。

彼女は一体、何をどうするつもりなのだろうか。

『そう。前回の法廷でのお前の証言により、この嫌悪感は別の世界におられる創造神によってもたらされたものと判明した』

「はい……そちらの世界では、ぼくとガベリーナさんは敵同士でしたから……ガベリーナさんがぼくを嫌うのも、無理はないことなんです」

『しかし、今は敵同士ではない。違うか?』

「そ、それは、そうですが……」

ガベリーナが思いの外ライトを肯定的に捉えていることに、ライトが驚いている。

『私は審判を下す者として、何事に対しても平等でなければならない。全てにおいて平等な判断のもと、悪事を働く者には鉄槌を下し、例え罪を犯した者であろうとも心から悔いているなら更生の機会を与える』

『そうした私の目から見て、お前は悪人ではない。むしろ兄とともに世界中を回り、属性の女王達に救いの手を延べる善き者だ』

『善き者に対し、私が裁きを下すことはない。そしてこの事実は、私の審判者たる意思を強く奮い立たせてくれるのだ。それこそ訳の分からない、鬱屈とした理不尽な感情など瞬時に消し去るくらいにな』

「………………」

ライトの頭の上に乗っかっているさるぼぼガベリーナが、前方を見据えながら淡々と語る。

ガベリーナが語るそれは、審判者としての矜持。

ライトやレオニスとはまだ二回しか会っていないが、それでも二人が善良な人間であることはガベリーナも既に理解している。

本来非力な人間が、世界中を飛び回って全ての属性の女王に会って安否を確認するなど、普通なら考えられないことだ。

その行き先は地上のみならず、天空や地底、果ては海底にまで及ぶ。

そしてそれを成すための労力や危険度は計り知れず、並大抵の努力では到達成し得ない。

そんな偉業を達成した者に対し『生理的に受け付けないから』などという理不尽な理由で存在を拒否するなど、法廷で 木槌(ガベル) を握るガベリーナの矜持が許さなかった。

「じゃあ、さっき言っていた対処というのは……」

『うむ。私がこのもやもやを黙殺すればいいのだ。何、他所の世界にいる あんぽんたん(・・・・・・) の戯れ言など捨て置くのが一番。ひたすら無視しておれば、そのうち消えるであろう』

「あ、あんぽんたん……」

ガベリーナが語る対処法に、ライトが唖然とする。

彼女の言う『あんぽんたん』とは、言わずもがなBCOの生みの親たるサイサクス= 創造神(うんえい) のことだ。

先程は『創造神』と真面目に言っていたのに、一転してあんぽんたん呼ばわりとは。

あまりにも予想外のことに、ライトが思わず噴き出す。

「ププッ……あ、あんぽんたんって……そりゃ確かにあの運営はあんぽんたんでポンコツで、いろいろとアレでしたけど……」

『であろう? 如何に創造神であろうとも、審判者たる私の目を曇らせようとするなど言語道断。よって今後はその名を『あんぽんたん』と改めるべきである』

「アハハハハ!ガベリーナさん、サイコー!」

真面目な口調で不遜なことを言い放つガベリーナに、ライトが堪らず大笑いし始めた。

前世でも、ライトはBCO仲間といっしょになって散々運営に対する愚痴を零したものだが、ここまでドストレートで辛辣な物言いは久しぶりだ。

「じゃあ、これからもぼくはレオ兄ちゃんといっしょに、砂の女王様やガベリーナさんに会いに来てもいいですか?」

『もちろん。砂の女王はお前達のことを信頼しているし、私もお前達の実績を高く評価している。今回初めて会ったラウルという者も、善良かつ有能な料理人であると認めよう』

「ありがとうございます!」

ガベリーナの許しを得られたことに、ライトが嬉しそうに破顔する。

これまでライト達が積み重ねてきた実績、属性の女王達に会ってきたことを高く評価してもらえたのは素直に嬉しかった。

そして、ラウルの存在も認めてもらえたことも喜ばしいことだ。

これはやはり、お茶会での美味しいスイーツの数々が効いているのだろうか。

そんな話をしているうちに、一階にある給湯室の手前まで来た。

給湯室の奥から、何やらカチャカチャという小さな音が聞こえる。きっとラウルが食器か何かを弄っているのだろう。

ライトは給湯室の中に入り、ラウルに声をかけた。

「ラウルー、いるー?」

「おう、いるぞー。どうした?」

「レオ兄ちゃんが、ガベリーナさんの屋上に設置した転移門ね。それを使ってカタポレンの家に直接帰れるようになったから、ラウルもいっしょに帰ろうって」

「おお、そうか。ちょうどいい、俺の方もだいたい 整理(・・) が終わったところだ」

「そっか!……って、ラウル、すっごいいろいろと出したんだね……」

給湯室に入ったライトが、中の様子を見て少しだけ顔を引き攣らせている。

ほんの少し前まで空っぽだった食器棚には、大中小様々なサイズの皿や丼、ボウル、小鉢に平皿等々、これでもか!というくらいに食器類が充実していたからだ。

この様子だと、食器棚のように表に見える部分だけでなく、引き出しや包丁入れなども相当充実しているに違いない。

如何に無人とはいえ、他所様の台所をたちまち自分色に染めてしまうラウル。有能なんだか傍若無人なんだかよく分からない、そのバイタリティ溢れる行動力には脱帽である。

様変わりした給湯室内をライトがキョロキョロと見回している間に、ラウルがエプロンをちゃちゃっと脱いで空間魔法陣に放り込んだ。

「じゃ、早速屋上に行くか」

「うん!」

ラウルの呼びかけに、ライトが嬉しそうに応じる。

その間にさるぼぼガベリーナがライトの頭上ですくっ!と立ち上がり、ピョイーン!と飛んでラウルの頭上に移動した。

誰かの頭上に乗って移動するならば、少しでも見晴らしの良い場所に移動する!という謎の信念がガベリーナの中にはあるらしい。

そしてもちろんラウルがこれを拒否することなどない。

そもそも害があることでもないし、 大きなご主人様(レオニス) だって受け入れていたのだ、ならばラウルだって当然のように受け入れるのみである。

そうしてライト達は、再び屋上に向かって階段を上っていった。