作品タイトル不明
第1527話 熱い眼差しと罪作りな言動
ライト達はツェリザーク領主邸を出て、氷の洞窟に向かう。
外はまだ日が高く、日差しはそこそこ眩しい。
しかし、ラグナロッツァや他の街に比べればかなり過ごしやすい。
ツェリザークを囲む外壁を出て、郊外を四人で進んでいく。
ただし、郊外ではもう人目を気にする必要もないのでマキシは八咫烏の姿に戻り飛んでいる。
そして他の三人は、猛スピードで走っていた。
「ツェリザークの地面の土が見えるのって、ホント不思議ー」
「ま、今の時期にしかお目にかかれない景色だよな」
「俺としては、一年中雪に埋め尽くされている方がありがたいんだがな」
「ラウル、さすがにそれはツェリザークに住む人達が可哀想過ぎるよ……」
ここツェリザーク郊外で、雪原ではなく普通の地面の上を走っていることにライトは不思議な感覚に陥る。
一年のうち半分以上を雪に閉ざされるツェリザーク郊外は、一面雪景色がデフォルト。
雪が全くない期間は極僅かであり、いつもは氷雪採取のためにここを訪れるライトが不思議な気持ちになるのも無理はない。
そんなライトの横で、ラウルが無茶苦茶なことを言っている。
ツェリザークの雪をこよなく愛するラウルにとって、雪がないツェリザークなどツェリザークではない!と思っている節がある。
なかなかに失敬な話だが、ツェリザークの氷雪はそれ程までにラウルに必要とされていることの裏返しでもある。
氷の洞窟に向かう道中、ツェリザークの固有魔物である狗狼や蜂型魔物のグリジオヴェスパ、ジンクゴーレム、植物系魔物の瘴蓮華などがライト達目がけて何度か襲いかかってきたが、猛スピードで駆け抜ける四人に魔物達の攻撃が届くはずもない。
スカッ!と空振りして素通りされるか、たまたまライト達の進路の先にいた魔物は先頭を走るレオニスに跳ね飛ばされて蹴散らされて終了していた。
また、いつもなら倒した魔物をライトがこまめに拾っていくところなのだが。
今日はあまり時間的に余裕がないので、蹴散らしたまま素通りしている。
そうして程なくして、四人は氷の洞窟の入口前に辿り着いた。
するとそこには、右肩に玄武を乗せた氷の女王が立っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ラウル!よく来たの!』
「モキェ!」
ラウルの姿を見つけた氷の女王が、嬉しそうにライト達に近づいてくる。
どうやら氷の女王は、愛しいラウルの気配が近づいてきていることを察し、待ちきれずに入口まで出てきたようだ。
相変わらずラウルのことが大好き過ぎる女王である。
両手を広げてラウルに駆け寄り、バフッ!と抱きつく氷の女王。
見た目はクールビューティーなのに、ラウルに対する態度だけは人一倍情熱的だ。
そんな熱烈な歓迎をしてくれる氷の女王に、ラウルが笑顔で話しかける。
「氷の女王、久しぶり」
『あまりに久しぶり過ぎて、もしやラウルは我のことを忘れてしまったのではないか?と悩んでおったのだぞ?』
ラウルに抱きついた氷の女王が、ちょっぴり拗ねたような物言いになっている。
実際今のような雪が全くない時期は、冬の間に比べてラウルがこの地を訪れる理由が激減するのは正直否めないところだ。
そしてそれは、氷の女王も痛い程理解しているからこそ拗ねているのだ。
しかし、ラウルは今でも必ず月に一度は氷の洞窟を訪れている。
それは、玄武への野菜その他の差し入れや、氷の洞窟内部の壁から氷塊を削り出すなどの目的もある。
そしてラウルは氷の洞窟を訪れたら、必ず氷の女王にも会いに行くことにしていた。
氷の洞窟を訪れて、玄武に会っておいて氷の女王とは会わないなどということは、絶対にあり得ない。
ラウルが氷の洞窟の氷の採取を通年許されているのは、ひとえに氷の女王の厚意であり、その厚意に胡座を欠いて礼を尽くさないのは信義に反することだからだ。
口をへの字にしてむくれてみせる氷の女王に、ラウルがびっくりしたような顔で話しかける。
「俺が氷の女王のことを忘れる? そんなこと、天地がひっくり返ってもある訳ないだろう?」
『そうよな!ラウルが我のことを忘れるはずはないよな!』
「ああ、そうとも。だって俺は、もはやこの氷の洞窟無しには生きていけないからな」
『……ラウル……』
「キュアッ♪」
右手で氷の女王の頭を、左手で玄武の頭を、ラウルがそれぞれ優しく撫でる。
事も無げにサラッとすごいことを言ってのけるラウルの顔を、氷の女王がうっとりとした顔で見上げ、熱い眼差しで見つめ続けている。
言葉だけ聞いていたら、一体どこの敏腕ホストだ?と思うような台詞だが、もちろんラウルに他意はない。
今のラウルは、氷の洞窟で得た氷を生活の中のあらゆる場面で使用している。
夏場は屋敷の主だった部屋に氷槍を適宜置き、屋敷全体を涼しくしているし、その使い方は新しく建てたコテージでも活かされている。
そしてその氷槍が融けた水は、お風呂に足すだけで疲労回復や肩凝り、切り傷、冷え性、火傷に関節痛、果ては美肌効果その他諸々、温泉顔負けの素晴らしい効能を発揮する。
また、氷の洞窟の氷壁から切り出した氷塊だって、ツェリザークの雪とともに飲み物や料理でよく使っている。
冷たい飲み物を作るのにも便利だし、茹で上がった麺類を氷水で締める際にも必ず氷の洞窟の氷塊を使う。
さらには生クリームやアイスクリーム作りなど、お菓子作りで氷水に当てる作業にも使うという贅沢さだ。
このように、ラウルがこれだけ惜しみなく氷の洞窟の氷塊を使えるのも、ひとえに氷の女王の理解と快諾があってこそ。
料理バカのラウルにとって、今や氷の洞窟の氷塊は絶対に欠かせないマストアイテムとなっている。
故に『もはや氷の洞窟無しには生きていけない』という先程の表現に繋がる訳だ。
だが、ラウルのそうした真意など、氷の女王が正しく理解できようはずもない。
『え、何、ラウルは我無しには生きていけぬのか!?』『そそそそんなに我のことを好いてくれているのか!』と、激しく胸ときめかせながら勘違いするだけである。
そしてそんな二人のすれ違いラブコメもどきを、ライト達はぼけーッ……とした表情で眺めていた。
「ラウルってさぁ、ホンッ……トーーーにすごいよね……」
「全くだ……しかもあれ、狙って言ってる訳じゃねぇからな……あれを自覚なしに素で言えるって、マジすげーよな」
「氷の女王様……うちのラウルがいろいろとアレで、ホンッ……トーーーにすみません……」
ライトとレオニスはラウルの女王たらしぶりに心底脱帽し、マキシは子供の至らなさをひたすら謝る 母親(オカン) のように縮こまっている。
そんな三人の様子など全くお構いなしに、ラウルが氷の女王になおも話しかける。
「氷の女王、今日は女王と玄武に大事な話があってここに来たんだ。とりあえず、話だけでも聞いてくれるか?」
『もちろんだとも。其方の話ならいくらでも、それこそ一晩中でも何百年でも聞こう』
「ありがとう。そしたらここで皆でお茶にするか、時間もちょうどおやつ時だし」
『ラウルが出してくれるお茶は、いつも美味しいから好きだ。玄武様の分も、何か出してくれるよな?』
「もちろん。玄武にも美味しいものをたくさん食べさせてやろう」
「モキェキェ♪」
今日氷の洞窟を訪ねた理由を伝えるべく、お茶にしようと誘うラウルに氷の女王と玄武が喜んでいる。
氷の洞窟の主達の賛同を得て、早速ラウルが動き始めた。
「さ、ご主人様達よ、お茶会の支度をするぞ」
「ぉ、ぉぅ……」
「大きなご主人様はテーブルと椅子、小さなご主人様はテーブルクロスとおしぼりをよろしくな」
「う、うん……」
「マキシは俺達が用意している間、氷の女王と玄武に挨拶しててくれ。マキシはここに来るのは初めてだからな」
「う、うん……」
テキパキと動き出すラウルに対し、ライト達は未だ動きが鈍い。
しかし、あまりもたもたしていたら日が暮れてしまう。
次第にライト達もシャキッと動くようになり、氷の洞窟入口でのお茶会の準備が整っていった。