作品タイトル不明
第1330話 今年だけの特別なイベント
その後ライト達は、しばし平和な日々を過ごしていた。
レオニスはカイ達アイギス三姉妹が家に戻るのを手伝ったり、ラウルは伐採木の丸太化と並行して巨大大根作りに勤しんだり。
ライトはラグーン学園に通う傍ら、アイギスに納める紐などのパーツをせっせと作ったり。
マキシは海樹ユグドライアの枝で首飾り用のペンダントトップをひたすら作り続けたりと、各自やるべきことをこなしていた。
そして迎えた三月十四日。いわゆるホワイトデーと呼ばれる日だ。
この日のライトは、級友達ととある約束をしていた。
それは『放課後に皆で向日葵亭に集まって、プレゼント交換会をする!』である。
今年のバレンタインデーは、謎の亀裂出現によりラグナロッツァ中が大混乱に陥っていて、バレンタインデーどころの話ではなかった。
ラグーン学園も例に漏れず臨時休園となり、バレンタインデーのプレゼントを誰かに渡す以前に家から外に出ることすら禁止されていたのだ。
だが、幸いにも三月に入る頃に謎の亀裂騒動は終息し、ラグーン学園も再開された。
なので、今年は迎えることができなかったバレンタインデーとともに、ホワイトデーの日の学校帰りに皆でプレゼント交換しよう!という話になったのだ。
授業が終わり、ハリエットの迎えの馬車に乗り込むライト達。
ハリエットの厚意で、皆でいっしょに馬車に乗って全員で向日葵亭に行くことになっているのだ。
イヴリンやリリィ、ジョゼがウォーベック家の豪奢な馬車に乗るのは二回目のこと。馬車に乗り込む前から「ハリエットちゃんちの馬車、すっごく綺麗!」「ふかふかのクッションで、座り心地最ッ高ー!」等々興奮気味にはしゃいでいる。
そうしてウォーベック家の馬車が向日葵亭の前に到着した。
ライト達は馬車から降りて、向日葵亭の中に入っていった。
「パパ、ママ、ただいまー!」
「お、リリィ、おかえりー」
「イヴリンちゃん達もようこそ!」
「おじさん、おばさん、こんにちは!」
「今日はお邪魔しまーす!」
「お邪魔いたします」
一人娘の帰宅と娘の友達たちの来訪を、リリィの父ビリーと母シルビィが快く迎え入れる。
この向日葵亭も、謎の亀裂騒動の時にはかなり大変だったが、今はもう通常の日々に戻って賑わっている。
ただし、今は午後の三時半。昼食と夕食の合間なので、食堂も空いていてビリー達もひと休みしていたところだ。
ライト達がリリィの両親に挨拶をしていると、リリィが母であるシルビィに話しかける。
「ママー、後でリリィの部屋に皆の飲み物持ってきてくれるー?」
「いいわよー。皆ぬるぬるドリンク紫でいい?」
「オッケー!」
今回のプレゼント交換会は食事会ではないので、食堂ではなくリリィの部屋でやる予定だ。
飲み物の差し入れのやり取りをしているところに、誰かが向日葵亭に入ってきた。
ぬっ……と現れたその人物は、ライト達の背後に立ち声をかけてきた。
「おや、リリぷっぷにライぴっぴではないですか。リリぷっぷ、おかいもー」
「あ、ねむちゃま、たろいもー!でもって、ねむちゃまもおかいもー!」
「たろいもー。ライぴっぴもおひさですねぇ」
「あ、ねむちゃま、こんにちは!お久しぶりです!」
向日葵亭に入ってきたのは、謎の剣豪眠狂七郎。
いつもの黒い着物に黒い羽織物を重ね着していて、左脇には彼の愛用の得物である『小悪魔将軍の重刀』を差している。
右肩には白い管狐のちゃーが乗っていて、ふぁぁぁぁ……と大きなあくびをしていた。
ちなみに眠とリリィが言っていた『たろいも』は『ただいま』、『おかいも』は『おかえり』で、リリィ曰く『ねむちゃま語』なのだそうだ。
リリィよ、そんな胡散臭い言葉を使ってていいのか?と思わなくもないのだが、彼女の両親も然程気にしていないようなので問題はないのだろう。多分。
「ねむちゃま、ちゃーちゃんといっしょにどこかにお出かけしてきたのー?」
「ええ。先日このラグナロッツァで起きたという、謎の亀裂? その話をパレ公に聞きに冒険者ギルド総本部に行った後、現場の旧孤児院も見てきましたよ」
「何かいいものあったー?」
「ンなもんある訳ないでしょう。旧孤児院は既に取り壊されていて、辺り一帯を含めて公園にする工事が進められていましたね」
冒険者ギルド総本部と旧ラグナロッツァ孤児院を見てきたという眠。ギルドマスターであるパレンのことを『パレ公』と呼ぶのも相変わらずである。
その話を聞いたライトが、眠に話しかけた。
「ねむちゃま、あの騒ぎの時にラグナロッツァにいなかったんですか?」
「ええ。間が悪いことに、その亀裂騒動?が起こる三日前からちょいと山篭りに出かけてましてね。人里離れた山奥にいたもんだから、そんな事件が起きていたとは露知らず……非常に惜しいことをしました。あちしも剣の修行なんぞより、コヨルシャウキとかいう珍しいボスの方を一目見ておきたかった……」
ライトの問いかけに、眠がクゥーッ!と悔しそうな顔で答える。
あの亀裂騒動では勇者候補生を探すために、全国津々浦々の冒険者ギルド支部に連絡が通達されたので、普通なら眠の耳にも入るはずなのだが。何と眠はその時山篭りしていたというではないか。
どこの山中に篭っていたのかは知らないが、人里から離れたところにいたのならビースリー騒動のことを知らなかったのも無理はない。
そんな眠に、リリィが容赦ない言葉をかける。
「それはねー、あの時お山なんかに出かけてたねむちゃまが悪いんだからねー、仕方ないよねー」
「リリぷっぷ、死刑」
「リリィは死刑になんないもん!返り討ちにしてやるー!」
眠の口癖『死刑』に、リリィがほっぺたを膨らませながら両手の拳で眠をぽこすかと叩く。
言葉面だけ聞くとなかなかに物騒な会話だが、二人の表情を見ているとそれがただの戯れであることが分かる。
「てゆか、リリィは今から皆とホワイトデーのプレゼント交換会するの!でもって、リリィ、ねむちゃまにもちゃんとバレンタインデー用のプレゼントを用意してたんだよ?」
「おや、そうなのですか? それは嬉しいですねぇ、今いただけるのですか?」
「プレゼント交換会が終わってからだから、晩ご飯の時に渡すのでもいい?」
「もちろん。では、あちしも晩ご飯までにお返しの品を用意しておきましょう」
向日葵亭の常連宿泊客である眠、その彼にもバレンタインデーのプレゼントを用意していたというリリィに、眠が意外そうな顔をしつつ喜んでいる。
そしてライトの方を振り返ったかと思うと、ライトに話しかけてきた。
「ライぴっぴ、そういう訳であちしは今すぐジョージ商会にお買い物に行ってくるのです。レオぴっぴにも、近いうちにねむちゃまが会いに行くと言っていた、と伝えておいてくださいましーン」
「え、レオ兄ちゃんに何か御用があるんですか?」
「ええ。謎の亀裂とコヨルシャウキについて、どんなだったか聞きたいんです」
「わ、分かりました……」
眠からの思わぬ伝言に、ライトの顔が若干強張る。
レオニスのことだから、眠にあれこれ聞かれたところでボロを出すことはないだろうが、それでも勇者候補生であるライトは内心で冷や汗ダラダラだ。
そんなライトの心の内を知ってか知らずか、眠はそのままリリィやシルビィ達に声をかける。
「では、あちしはお買い物をしてきます。リリぷっぷにライぴっぴ、友達と楽しいひと時を過ごしてくださいね」
「うん!」
「はい!」
「あ、大将に女将、あちしの晩ご飯は午後八時にお願いしますねー」
「はいよー」
「はーい、ねむちゃまも気をつけてお出かけしてきてねー」
「では、これにて失礼。皆の者、あでゅーーー」
「「「……あでゅーーー……」」」
クルッ!と踵を返し、颯爽と向日葵亭を出ていく眠。
その背中や黒い羽織物が流れるように動く様はとても格好いいのに、妙ちきりんな言葉遣いのせいで何ともちぐはぐだ。
しかし、それこそが眠狂七郎という人物なのだろう。
相変わらず強烈な印象を残していく眠を、一同は小さく手を振りながら見送っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
嵐のような珍客が去った後、真っ先に気を取り直したリリィがライト達に声をかける。
「さ、リリィ達もプレゼント交換会始めよう!」
「ぁ、ぅ、うん」
「ママー、飲み物の差し入れよろしくねー!」
「はーい」
リリィがイヴリンやハリエットの手を引っ張りながら、店の奥にある私室に進んでいく。
リリィの部屋に入り、前もって人数分用意されていた椅子にそれぞれ適当に座る。
そして皆が各自の鞄から、バレンタインデー用もしくはホワイトデー用のプレゼントを取り出した。
「まずは女の子の方、バレンタインデーのプレゼントをジョゼとライト君にあげるね!」
「はい、どうぞ!」
「気に入ってもらえたら嬉しいですが……」
「「ありがとう!」」
場を取り仕切るイヴリンの言葉にリリィとハリエットも応じ、ライトとジョゼにプレゼントを渡す。
リリィとイヴリンは去年と同じく一口サイズのチョコレート、ハリエットは缶入りのチョコレートを二人に渡した。
「全くねー、今年のバレンタインデーは散々だったよねー」
「ホントホント。おうちから出ちゃいけないってパパ達から厳しく言われてたから、外で遊ぶこともできなかったし」
「私もプロステスの伯父様のところに避難しましたが……本当は皆さんといっしょにこのラグナロッツァに残りたかったです……」
バレンタインデーのプレゼントを渡しながら、先日の外出禁止令等厳しい日々を振り返り愚痴る女子達。
そんな中、ライトとジョゼが努めて明るく振る舞う。
「でも、思ったより早くに問題が解決して良かったよね」
「う、うん、そうだね。あの様子だと、もっと長引くかと思ってたよ」
「あ、ライト君のところはレオニスさんやラウルさんが現役の冒険者だものね。僕もラグナ官府務めの父さんから、あの亀裂についていろいろ聞いてはいたけど」
「そ、そうなんだ……」
ジョゼの言葉に、ライトの内心は再び冷や冷やしている。
ラグナ官府に務めているというジョゼの父が、どこまであのビースリー騒動のことを聞き及んでいたのかは分からない。
だが、ライトとしてもここで下手に藪をつついて蛇を出すようなことにはなりたくない。
ライトは懸命に平静を装いつつ、女子達三人に出すプレゼントの確認をしながら話を逸らす。
「そしたら、今度はぼく達がお礼のホワイトデープレゼントを渡す番だね」
「うん。イヴリン、リリィ、ハリエットさん、プレゼントありがとう。僕達からのお返しも気に入ってくれると嬉しいな」
「「ありがとう!」」
「ありがとうございます」
ホワイトデーのお返しを渡すライトとジョゼに、イヴリンとリリィは花咲くような笑顔で、ハリエットは照れ臭そうにはにかみながら礼を言う。
そしてその場でライト達のプレゼントを開けるイヴリンとリリィ。それを見たハリエットが、自分もとばかりにそそくさと包みを開ける。
「ジョゼのはマシュマロのお菓子ね!ありがとう!」
「うわ、これ、【Love the Palen】のやつだ!嬉しーい!」
「【Love the Palen】のお菓子なんて……行列に並んだのでは?」
「うん、こないだの日曜日にお店の前に並んで買ってきたんだ。すんごい行列が出来てたけど、今日のために頑張ってきたよ」
「さッすがジョゼ!カッコいいー!」
「フフフ、それ程でも……」
ジョゼのお返しは【Love the Palen】のマシュマロ。
ホワイトデー限定品なので、長蛇の列に並ばなければ購入できない逸品だ。
それを見た女子達の嬉しそうなこと。この笑顔を見るために、ジョゼは頑張って何時間も列に並んだのだ。
そして女子達は、続いてライトのプレゼントを開け始めた。
小さな小袋に入っていたのは、御守袋だった。
「これは……御守?」
「そう、皆の安全を願って作った御守だよ。ほら、こないだからラグナ神殿での爆発事故や亀裂騒ぎで何かと物騒でしょ? だから、気休めかもしれないけど皆の分の御守も作ったんだ」
「うわぁー……とっても綺麗な袋ね……」
「うん……刺繍が凝っててとっても可愛くて綺麗……」
ライトのお返しの品、御守を見た女子達うっとりとしている。
それは赤いシルクの布地に金糸の刺繍が施されていて、小さいながらもキラキラと煌めく珠玉の逸品である。
そしてそれを見たハリエットが、ライトに問うた。
「ライトさん、これ、アイギス製ですか?」
「うん、そうだよ。外の袋はアイギス製で、御守の中身は秘密。すっごく貴重なものだから、皆肌身離さず持っててね?」
「え"ッ!? これ、あのアイギス製なの!?」
「えー、嘘ー、ヤダー、私、これ一生大事にする!」
御守の袋がアイギス製だと知り、イヴリンとリリィが興奮気味に叫んでいる。
御守を見て一目でアイギス製と看破したハリエットもすごいが、アイギスは女の子にとって憧れのブランド。それは貴族でも平民でも変わらない。
そしてライトは、隣にいたジョゼにも同じ御守を渡した。
「ジョゼ君にも御守を作ったんだ。せっかく良い機会だから、ホワイトデーのお返しだけじゃなくてジョゼ君にも持っててほしいんだ」
「え、僕にもくれるの? ありがとう!」
思いがけないプレゼントに、ジョゼがびっくりした顔でライトの御守を受け取る。
ジョゼの御守は青地のシルクに銀糸の刺繍が施されている、男の子向けのデザインになっている。
それを嬉しそうに受け取ったジョゼだったが、はたとした顔でライトに問うた。
「てゆか、僕はライト君に何もプレゼントを用意していないけど……僕だけこんないいものをもらっちゃって、いいの?」
「ううん、そんなの謝ることじゃないよ!ぼくが皆に御守を渡したかっただけなんだから、気にしないで!」
「そっか……ありがとう、僕も今度ライト君に何かプレゼントを渡すね!」
ライトの気遣いに、改めて嬉しそうに笑うジョゼ。
それを見たライトもまた、嬉しそうに微笑んでいる。
この御守の中には、サイサクス世界に存在する全ての神樹の枝の欠片が入れられている。
その大きさは親指の爪程度で、ものすごい効果が得られるという程でもない。
だがそこは神樹の枝、しかも六種全てが揃っているとなれば、例え切れ端であろうともそれなりに霊験あらたかなものであることに間違いない。
先程ライト自身も言っていたように、イヴリン達はラグナ神殿での破壊神顕現に巻き込まれたし、ラグナロッツァのビースリー騒動などもあった。
こうしたことから、ライトは級友達の身の安全を心から願い、御守を作ったのだ。
ちなみにこの御守は、目の前にいる級友達だけでなくイグニスの分も作ってある。緑の布地に金糸の刺繍のやつで、イグニス少年と【破壊神イグニス】の両者に向けて作った品だ。
これを後日、ライトからイグニスに手渡す予定である。
するとここで、リリィの部屋の扉が開きシルビィが飲み物を持って入ってきた。
「皆、飲み物とお菓子を持ってきたわよー」
「わーい!ママ、ありがとう!」
「おばさん、ありがとう!」
「女将さん、ありがとうございます」
シルビィの差し入れに喜ぶ女子達。
ライトとジョゼも「ありがとうございます!」と礼を言っている。
その後もライト達は、シルビィの美味しい差し入れを飲んで食べながら、楽しいひと時を過ごしていった。